安倍政権は歴代政府が憲法上、禁じてきた集団的自衛権を「限定的」に行使する考えを示しています。与党内の慎重論をかわすためです。ただ、いったん集団的自衛権の行使容認に踏み切れば、憲法の“歯止め”がなくなり、時の政府の判断でいくらでも行使の範囲や事例を拡大することができます。
安倍晋三首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は5月にも提出する報告書で、集団的自衛権行使の事例として(1)朝鮮半島有事での米軍の後方支援や臨検(2)ペルシャ湾など、戦闘下での掃海活動―などを盛り込む方針です。行使に当たっては「5条件」(別項)を挙げ、これを“歯止め”とする考えです。
集団的自衛権の行使にあたっては、「海外で戦争する国になる」「米軍が戦争を起こせば、地球の裏側まで行くのか」といった懸念が相次ぎ、各種世論調査では5~6割が反対。与党内でも亀裂が生じています。
このため、行使の事例を“限定”し、「他国より厳しい条件」(北岡氏)を付けて批判をかわす狙いですが、これらは“歯止め”でも何でもありません。
これまで歴代政府が集団的自衛権行使を認めてこなかったのは、憲法9条に反すると解釈してきたからです。いったんこの解釈を変えてしまえば、行使の可否や対象事例、地理的範囲を、時の政府の「政策判断」で自由に決めることができます。
そもそも、安保法制懇自体、「集団的自衛権を行使する自衛隊部隊の活動の場所に地理的な限定を設けることは適切ではない」ことを確認しています。(昨年11月13日の第4回会合)
早稲田大法科大学院の長谷部恭男教授(憲法学)も、「ここでいう『限定』は憲法に基づいた限定ではなく、単なる政策的な限定でしかない」と指摘。「5条件」についても、「集団的自衛権の行使にあたって、当該国の要請が必要とされることは、国際的な判例(1986年のニカラグア判決)で確立している」としており、特別な“歯止め”にはなりえないとの見方を示しています。(3月28日の記者会見)
集団的自衛権の「5条件」 (1)密接な関係にある国が攻撃された場合(2)放置すれば日本の安全に大きな影響が出る場合(3)当該国からの明示的な支援要請がある場合(4)第三国の領海通過では許可を得る(5)首相が総合的に判断して国会承認を受ける
集団的自衛権の「限定行使」―想定 現実離れ
元政府高官「貨物船が武器運んでくるわけない」
安保法制懇は、集団的自衛権の「限定行使」の事例として、(1)朝鮮半島有事での米軍支援(2)ペルシャ湾での戦闘下での掃海活動―などを想定しています。しかし、このようなケースでの集団的自衛権行使は、現実の国際情勢とはかけ離れた虚構でしかありません。
朝鮮半島有事
安保法制懇で議論(第3回会合)されたのは、(1)集団的自衛権を行使して「被攻撃国」(韓国)を支援する米国が、攻撃を受けた際の防護(2)攻撃国(北朝鮮)に武器を供給する船舶の停船・立ち入り検査(臨検)―です。
まず、北朝鮮による韓国侵攻を意味する「朝鮮半島有事」自体、ほとんど想定されないというのが専門家の共通した見方です。
南北の兵力が比較的接近していた1960年代には、北朝鮮の越境攻撃が目立っていましたが、戦力に大きな差がついた現在は、核・弾道ミサイル開発に力を集中して米国を脅すことで、「体制維持」を図る路線に転換しています。
そもそも、現行の日米軍事協力の指針(ガイドライン)のきっかけになった事態は、北朝鮮の侵略行為ではありません。93年の「北朝鮮核危機」を契機とした、米軍の北朝鮮軍事介入に日本を動員することです。
また、北朝鮮へ武器を運ぶ船舶への「臨検」も想定しがたいケースです。柳沢協二元内閣官房副長官補は、「常識的に考えて、物資は中朝国境を越えて陸路で輸送される。戦闘下で、日本の近海を貨物船が武器を運んでくるわけがない」と指摘しています。
ペルシャ湾紛争
安保法制懇では、イランによるペルシャ湾封鎖(海上交通路への機雷敷設)を念頭に、「日本への原油供給の大部分が止まる」として、停戦前にも掃海活動を行う考えを検討しています。(第3回会合)
これも非現実的な議論です。イランでは昨年8月に就任したロウハニ大統領が対米強硬路線を転換。今年1月に欧米との「核合意」履行を表明しています。ペルシャ湾封鎖自体、現時点では考えられません。
仮にイランで再び強硬派が台頭してペルシャ湾周辺で武力攻撃が発生した場合はどうか。91年の湾岸戦争では自衛隊も含む複数の国がペルシャ湾で掃海活動を行いましたが、いずれも停戦後に開始しています。戦闘下での掃海活動は危険だからです。
各国が掃海艦派遣を見送る中、自衛隊が砲火を浴びながら掃海活動を行うというのでしょうか。
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