めるまがアゴラちゃんねる、第056号をお届けします。
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コンテンツ
・ゲーム産業の興亡(66)
究極のイノベーションの民主化「iPhone 3G」の登場
新清士(ゲームジャーナリスト)
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特別寄稿:新清士(ゲームジャーナリスト)
ゲーム産業の興亡(66)
究極のイノベーションの民主化「iPhone 3G」の登場
08年7月、アップルが新型スマートフォン「iPhone 3G」を発表した。これは現在のソフトウェア産業のあり方を大きく変えることになったが、ゲーム産業のあり方も激変させることになった。決定的な変化は、ユーザーは自由にゲームを開発し、自由に全世界のユーザーに公開し、自由に販売することを認めるというビジネスモデルを登場させたことだ。「App Store」の登場は、ゲーム産業のあり方を根こそぎ変化させることにもなった。
■ゲーム市場への参入障壁が事実上ゼロに
Macさえ所有をしていれば、公開しているiPhone向けのソフトウェア(アプリ)の開発環境を無料で手にすることができる。そして、年間99ドルさえ払えば、誰でもアップルの審査が完了した後には、全世界に公開することができる。しかも、それは個人も、法人も区別を付けない。また、アプリの価格も、開発者が自由に設定することができ、その手数料は、有料の場合は3割と固定されている。
これが、どれほど衝撃的なビジネスモデルだったのかを、いくら説明しても説明しきれない。これまで、家庭用ゲーム機向けにゲームを開発するためには、まず、ゲーム機を販売する企業と開発会社としての契約を行い、ライセンス費用を支払うのが当たり前だった。iPhone 3Gの発売当時、リリースされていたソニー・コンピュータエンタテインメントの「プレイステーション3」の場合、ハードウェアの複雑さの影響もあるが、開発用機材は1台につき100万円あまりした。
また、ゲームはDVDやブルーレイといった物理メディアとしてリリースしなければならず、その製造のために1枚あたりのライセンス費用を支払い、また、ゲームショップなどへ流通を行わなければならない。
そのため、ゲーム市場は、個人が参入することは不可能な市場だった。これは1983年に「ファミリーコンピュータ」が登場したときからまったく変わっていなかった。何回かに渡って紹介してきた「Mod」についても同様だ。どれだけModで素晴らしいゲームを開発しても、それを商品化しようとすると、ゲームエンジンを利用するためのライセンス費用が求められる。その価格は個人で負担できる金額ではなく、ゲーム業界に入ってくための登竜門的な意味合いを持つことはあったものの、その多くは自らのゲームをリリースすることは断念せざるえなかった。
Windows用には、ユーザーもゲームを販売することは自由にできた。しかし、その多くは収益を獲得するビジネスモデルが存在しておらず、基本的には無料でゲームをリリースするしかなかった。収益を得るためには、家庭用ゲーム機のように、小売店を通じて販売しなければならなかったが、Windowsでは違法コピーの問題が深刻で、ビジネス化は難しかった。
■個人にも簡素に開かれた流通から収益化
しかし、iPhone 3Gでは、これまでに存在した様々な限界も乗り越えることができた。iPhone上では、違法コピーのことをあまり気にすることなく、アプリを簡易に流通させ、収益も確実に確保することができる。参入コストもなく、誰にでも開かれている。マイクロソフトのXNAのような、アプリを流通させることに様々な制限がかけられている複雑なビジネスモデルでもない。
決定的な「イノベーションの民主化」を引き起こしたビジネスモデルの登場だった。もちろん、その後から、現在に至るまで、アップルはアプリを開発する開発者や開発企業に対して様々な制約をかけ、ときに横暴としか言いようがない仕様の変更を予告なく、何度も変更してきている。
しかし、それでも08年の発表後、iPhoneが爆発的なヒットを引き起こすなかで、ゲーム産業のルールは劇的に変動していくことになる。まだ、発売からわずか5年しか経過していないが、その後、グーグルも自社のOSを搭載したアンドロイド端末向けにも、同様の戦略を採ることによって、このルールは一般化した。
これは、現在では家庭用ゲーム機市場の縮小の要因の一つでもあり、また、急激に巨大化するソーシャルゲーム産業の急成長を引き起こしている要因でもある。
■ゲームも重要なアプリと位置付けられたが厳しい収益化の到来
iPhone 3Gの発表当時、様々なアプリの分野の一つとして、ゲームも位置付けられた。発表が行われた当時の目玉ゲームとして、セガの「スーパーモンキーボール」のデモンストレーションが行われた。01年に任天堂の「ゲームキューブ」向けのローンチソフトとして発表されたこのゲームは、サルが入ったボールを3Dで構成される舞台となるフィールドをコントローラーのスティックを傾けることで動かし、ゴールを目指していくという内容のものだ。シンプルな動作でありながら、パズル性の奥行きは深く、高い評価を集めていた。
ゲームキューブ版は5800円の販売価格だったが、iPhone 3G版は1200円(9.99ドル)。iPhoneが搭載している傾きセンサーをコントローラーの変わりとして、操作する。ただ、移植の度合が完全なものとは言いがたく、傾きセンサーで操作することは簡単ではなかった。しかし、ゲームキューブ水準レベルであれば、家庭用ゲーム機と遜色ないゲームがiPhone 3Gで動作することを示したことは大きかった。また、ゲーム会社にとっても、1200円で過去のソフトを販売できる市場が登場することは高い期待を持たせるものだった。
しかし、完全な「イノベーションの民主化」が行われた市場は、既存のゲーム会社にとって決して理想的な環境ではないということが、すぐにはっきりしてくる。誰もが参入できる環境は、極端なアプリの供給過剰状況を生みだし、そして、アプリの販売価格はどんどん下落したからだ。とても、1200円で販売する価格設定を維持することは不可能になった。
その後、続編の「スーパーモンキーボール2」が発売されたが、販売価格は250円(3.99ドル)などと価格は変動するものの、現在は85円(0.99ドル)で販売されている。完全な自由競争市場に待っていたのは、極端までに激しい市場競争を引き起こす環境の出現だった。
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新 清士(しん きよし)
ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部、及び、環境情報学部卒。他に、立命館大学映像学部非常勤講師。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)名理事。米国ゲーム開発の専門誌「Game Developers Magazine」(2009年11月号)でゲーム産業の発展に貢献した人物として「The Game Developer 50」に選出される。日本経済新聞電子版での執筆、ビジネスファミ通「デジタルと人が夢見る力」など。
Twitter ID: kiyoshi_shin
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