この二人から、彼女は、決定的な情報を菅沢にリークしようとしている。正確には、菅沢を通してマスコミに、表の世界に、嶋野美琴を含む三人が関わっていた裏の事実を暴露しようとしている。彼女は三人に恨みを持っている。しかし、美琴の事件があるから、この事実の暴露に関して、直接表には立てない。彼女が「マキ」=北浦真希である可能性は高い。
残念ながら学校側にファイルを返却してしまったため、今は手元に北浦真希の顔を確認できる資料はない。菅沢なら知っているだろうが、彼を再び捕まえている時間的余裕は今、さすがにない。
三十分早く、薫はJR池袋駅に到着した。朝早くにもかかわらず、南口の広場は待ち合わせに時間を潰す集団で賑わっていた。卒業式のシーズンで、集まっているのは近くの立大生だ。至るところに彼らはいて、待ち合わせにめぼしい席はほとんど埋まってはいたが、晴れ着のスーツや着物の中にあの学校の制服は目につくはずだ。とりあえず、目標を見失うことはなさそうだった。
約束の時間まで残り十分・・・・・五分。四方に気を配ったが、それらしい影は見当たらなかった。式が始まるのか、地上、西口公園前に通じるエスカレーターに、大学生が移動し始めている。彼女からの電話はまだ、来ない。やがて、時間を過ぎた。
すると、突然、薫のバッグの中から振動音が響きだした。菅沢のではない。自分の携帯だ。あわてて、薫は中身を探った。ディスプレイには知らない着信が入っている。怪訝そうに首を傾げながら、薫は電話をとった。辺りに気を配り、それらしい人影を依然探しながら。
「・・・・・もしもし」
『・・・・・・なんででないんだよ』
押し殺したような切迫した声が・・・・・突然聞こえてきた。
「あなた誰? わたしに何の用?」
『電話しろって・・・・・言ったじゃんか・・・・なんだよ、全然でないじゃんか・・・・・』
後半は、乱れた不規則な吐息と泣きじゃくる声が混じった。
「あなた・・・・・もしかして・・・・・」
薫は思わず息を呑んだ。まさか、野上若菜?
「野上さん?」
息を切らしながら、彼女はそうだと言った。やっぱりだ。
『なにやってんだよ・・・・・今、どこにいるのぉ・・・・?』
どうも、様子がおかしい。若菜はなにかに追い立てられているように、腹立たしげな泣き声を立てた。
「ごめんなさい、移動中だったの。・・・・・どうかしたの? 朝から、どこか様子がおかしいみたいだけど」
『今すぐ来て。すぐ。話したいことが、あるから・・・・・』
「話したいことってなに?・・・・・電話ではまずいこと?」
『いいから、すぐ来てよ!』
若菜は叫ぶように、言った。
(どうしよう)
今、ここを離れるわけにはいかない。しかし若菜の今の様子からも、そちらも放っておくわけにはいきそうにもない。
「あなた今、どこにいるの? もし、なにか切羽詰ってることがあるなら、本署の方に」
『あんたじゃなきゃだめなの! いつでも連絡してって言ったじゃん! 来いよ!・・・・・来て、お願い、やばいの・・・・』
菅沢の携帯が、鳴り出した。周囲を見渡す。それらしい誰かが来る気配はない。
「すぐ行くわ。どこにいる?・・・・・・わたし今、池袋にいるの。あなたは」
『西口公園・・・・・おっきなエスカレーターのある劇場の下、トイレ・・・・早く、急いで・・・・・』
最後は消え入りそうな声になった。小さく、咳き込む。彼女の身になにが、起こってる? 迷っている暇は、なかった。エスカレーターに群がる人並みを掻き分けて、西口公園を目指す。話からして、新芸術劇場の地下トイレだ。
菅沢の電話が鳴り響く。
「五分ほど席を外すわ。緊急の用事よ。・・・・・少し待って」
相手は返事をしなかった。否も応もない。薫は電話を切った。
将棋台を囲んだホームレスと、大学生がたむろする公園。薫は走った。どうして彼女はトイレにいる? トイレから、どうして薫に助けを求めている?
新芸術劇場は、一階のフロアから最上階に直通でのぼる長いエスカレーターと、地下のギャラリースペースに降りるエスカレーターに分かれている。若菜が呼んでいるのは、地下、その奥にあるトイレだ。打ちっぱなしのコンクリートの壁を伝いながら、薫はどうにかそこにたどり着いた。この早い時間、使用中のトイレは入り口側の一室だけだった。
薫はさっきから、何度も電話をかけなおしているが、彼女は着信に応じない。
ブーン、ブーン、と熊蜂が漂うような、低いうなり声のバイブ音が、そのドアからかすかに響いてきていた。
「野上さん」
ドアには鍵が掛かっている。薫は彼女の名前を呼びながら、トイレのドアをノックした。中からはすでに返事がない。上から中を覗き込んで、薫は、はっと息を呑んだ。
若菜が、倒れている。辺りに血を、撒き散らして。
白いセーターの袖。赤黒く濡れた手首。血まみれの指で、彼女は力なく、それを握っていた。
「野上さん!」
薫はすぐに、携帯で応援を呼んだ。
野上若菜はトイレの中で、右の手首を切って倒れていた。
それが自分でやった傷だと言うことは、状況から考えても明らかだった。彼女がもたれていた便器の脚の下に散らばった数枚の替え刃があった。呼び出し音とディスプレイを光らせて床で時計回りに回転していた携帯電話、そのいずれも、血にまみれた若菜の指紋がついていた。
自殺者が恐怖に思い余って、電話で助けを求めることはよくある。生と死を分ける二つのツール。その両方に若菜の手があったということは、それがそのまま彼女の混乱と不安の深刻さを表していた。
意識不明のまま、搬送された。手首を切って、薫の携帯電話にコールするまでの間、かなりの時間が経っていたらしく、薫が抱き上げたときには、その身体から体温はほとんど失われていた。
所持品の生徒手帳で、若菜の血液型が判った。若菜は薫と同じ、B型。彼女の名前を呼びかけながら、薫は救急車に乗り込んだ。
「水越」
薫の報告を受けて間もなく搬送先の病院に現れた金城は、唖然とした顔になって彼女に聞いた。
「大丈夫か」
「ええ、わたしは・・・・・大丈夫、平気よ」
そう言ったが、薫はほとんど放心状態に近かった。
「手首を切ったのは、亡くなった嶋野美琴の同級生だったらしいじゃないか。お前・・・・・まさか、偶然通りかかったわけじゃないよな?」
「・・・・・ええ」
薫は、静かに肯いた。今となっては遅いかもしれないが、もう話すべきだと、彼女は思った。
「どう言うことなんだ?」
薫は金城に、今までの動きすべてを話した。塚田、菅沢からあぶり出した、嶋野美琴の裏の顔。満冨悠里と野上若菜の二人のこと。そして、菅沢の情報提供者で、事件に深く関わっているはずの最後の関係者・・・・・北浦真希。
「なんだよそれ・・・・・・」
さすがに金城も顔色を失うくらいの戸惑いを見せて、言った。
「どうしてそんな重大なこと、今までみんなに隠してたんだ?」
「マキの正体が分かるまで、あなたにも伏せておきたかったのよ。・・・・・実は、わたしが見た悪夢が、わたしに『マキ』の存在を気づかせる、最初のきっかけになったから」
もはや、呆れられてもいい。薫は夢の話もすることにした。事件発生から、ここ何日にも渡って、執拗に薫を脅かした、美琴の死の悪夢のこと。現実との不思議な符号。そして、ついに接触を果たすことになっていたかもしれない、「マキ」のこと。
金城はそれを、余計な相槌ひとつ挟まずに聞いてくれた。長い間背負っていた荷を、やっと降ろせた気がしただけでも収穫だった。
薫の話の切れ目に、眉根を寄せて深くため息をついてから、金城が最初に口を開いた一言は、
「お前がなにか悩んでたのは、察しがついてたよ。どっか様子もおかしかったしな・・・・・だがなぜもっと早く、おれだけにでも話してくれなかったんだ」
「ごめんなさい。・・・・・わたしも最初は半信半疑だったの。悪夢に導かれて・・・・・調べるとそれがどんどん、本当のことになっていって、それを認めるのも怖かったからかもしれない」
「昨夜、お前が式場下のトイレの前で、誰かと騒いでたのを上から見てたよ」
突然、金城は言った。薫は、はっとして金城を見返した。
「相手は今日、手首を切った例の女の子か?」
金城は処置室のほうにあごをしゃくった。薫は無言で肯いた。
「その件は、黙っておいたほうがいいだろう。・・・・・ことによっては、証拠もない違法捜査で、関係者を脅迫したせいだと思われるかもしれないからな。ただ、それがなくてもまずいぞ。一課長は夕方から緊急記者会見を開く予定だと。あのとき現場にいたお前は、間違いなく事情を聴かれる。そのとき、どう答えるかだな」
若菜と自分との関係について聴かれることは、うすうす、覚悟はしていた。しかし迷っていたのは、今までの経緯をどう説明したらいいのか、と言うことだ。
「おれは・・・・・お前が今した話は、かなり信じられる線だとは思うよ。あの子と、もう一人いた満冨悠里って子、それにもう一人が深く事件に関わってるって言う、お前の話も筋が通ってると思う。だがもし、お前が追ってた子が死んで、違法捜査でお前がその槍玉に挙げられるとなると、たぶん、その線で事実関係を洗うことも、難しくなってくるはずだ」
「・・・・・そうね」
金城の言うことはいちいちもっともだと、薫も思った。
「ともかく、お前の話は出来る範囲でおれの方でも洗ってみるよ。怨恨がもとになってるとしたら、ネット仲間より人間関係は洗いやすいからな。話では主犯は、その北浦真希って子なんだろ?」
「・・・・まだ全然、自信持って言える範囲じゃないんだけどね」
「上出来だよ。手が空いてる仲間に声かけてみる」
「ありがとう」
金城はなにか他に、薫にかける言葉を捜そうとしたが、見つからなかったのか、頭を掻いてから、
「ちょっと休めよ、薫。早くそれ、着替えたほうがいいぜ」
「あ・・・・・・うん」
今、気づいた。若菜を搬送してきたときのまま、薫はずっと、血まみれだったのだ。
病院を出た直後に上司から電話があった。無期限の自宅待機。上司が直接、薫に事情を聞くのは後日と言う。若菜が手首を切った状況についての事実は、初動捜査を担当した刑事に話をしてある。そうなった詳しい経緯は別として、今は、目の前の事態を収拾しなければならないのだろう。
被害者の親友が、葬儀の後に自殺を図ったのだ。
緊急のニュース速報を伝える声の中を、どこか他人事のように聞きながら、薫は帰途に着いた。
いつのまにか、夕陽が赤く射していた。ドアを開けて中に入ろうとした瞬間、菅沢の携帯電話が鳴った。「非通知」だった。すぐに薫は通話ボタンを押した。
『・・・・・もしもし』
相手は今日の、若い女の声ではなかった。男だった。薫は怪訝そうに眉をひそめる。
「誰なの? 菅沢?」
『・・・・・ああ、菅沢ね』
? 相手は言った。
『君のお陰でやつには迷惑してるよ。・・・・・昨日も会ったが、電話を返してくれ、ってしつこくおれに、泣きついてきてな』
トントン、と背後から肩を突かれ、びっくりして薫は背筋を立たせた。反射的に距離をとって身構える。
「大変だったな」
いつのまにか真田が、電話を持って立っていた。
「なにか用ですか?」
「様子を見に来た。あれから、どうしてるのかと思ってね」
「・・・・・・・・・・・」
「君の同僚に聞いた。どうやら、君のせいで、嶋野美琴の関係者が自殺したらしいな」
無言で、電話を切ると、薫は真田にそれを投げつけたい衝動に駆られた。それでもどうにか無視して、ドアの鍵を探す。
「死んだのは、野上若菜か。彼女は死んだ嶋野美琴と、もう一人、満冨悠里って子と、つるんで、やばいことしてたんだろ。若菜が死んで、菅沢はがっかりするだろうな。これでまたしばらくは、誰もやつの原稿を買ってくれる編集者はいなくなる」
鍵が見つかった。強引に、薫は鍵穴にねじ込んだ。
「・・・・・彼女はまだ死んでいません。輸血もしたし、まだ五分の状態だと医者は言ってました」
「どちらにしても失態は、接触を図りながらみすみす彼女を自殺に踏み切らせてしまった、君の責任になるだろう。菅沢の言うことを信用して、君は野上若菜を追い詰めた」
「責任は甘んじて受けます。主張すべきことは主張して」
ついに耐え切れずに、薫は口火を切った。
「でも、それが今、あなたになんの関係があるんです?」
「・・・・・今日の野上若菜を含む三人は、人に頼んである夜、自分の同級生をさらわせたそうだ」
真田は、急に違う話を始めた。
「集団でバンに押し込めて、山奥に連れて行って、レイプしようとした。犯行に参加したのは、上は二十八歳、下は十六歳まで合計四人。中には森田勝行って言う、横浜で路上強盗の前科のある少年も含まれてる。下北沢でクラブをやってる、澤田由紀夫って男が人数を集めたそうだ。・・・・・・ちなみにこの澤田って男は、売春クラブの一件で菅沢があげてた奥田の高校の同級生らしい」
「・・・・・・・・・」
「計画が実行に移されたのが、三月の六日。嶋野美琴が塾からの帰宅途中になにものかに拉致され、殺害後、自宅近くのゴミ捨て場に遺棄される事件が起きる、ちょうど二日前だ」
「・・・・・どうして」
今。なぜ。
「真田さんはそのことを?」
「これは菅沢から聞いた話だ。だから君にも、聞く権利がある」
真田はスーツのポケットを探ると、煙草を取り出して、
「その日、狙われた同級生は進学塾へ行く途中におびきだされ、四人にバンでさらわれた。だが不思議なことに、次の日、無事に登校してきたし、暴行を受けた様子も見えない。普通に学校に通っていたそうだ。さらに事件後、森田はじめ、犯行に参加したメンバーは全員行方が分からなくなっている。・・・・・ところでこの同級生だが彼女が誰だか、君には心当たりがあるか?」
「マキ」
思わず事実が判明したショックに半ば自失して、薫は答えた。
「・・・・・北浦真希」
答えた、と言うより、ほとんどつぶやいた印象だった。
「そう、北浦真希だ。どうも同級生の証言によると、そのことがあった夜以来、彼女は様子がおかしくなっていたらしい。だがそれが、精神に傷を負ったり、塞ぎ込んだりした感じではなくてね。奇妙な話なんだ。・・・・・・多くの人は彼女が、別人のような印象になった、と証言している」
「・・・・・・・・・」
「奇妙な符号だろう? ちょうど、一年半前、嶋野美琴が言われていたことと、同じことを、彼女は言われているんだ。なぜ、彼女は変わったのか・・・・・」
「真田さん」
真田の言葉を遮るようにして、薫は言った。
「分かりません・・・・・あなたの目的は一体、なんですか? どうしてこの事件に・・・・・わたしに深く肩入れするんですか?」
「君に肩入れしてるつもりはない」
意外そうな顔をして、真田は首を傾げた。
「仕事は違うが、君とおれは同じ方向を向いている。中々、いい目の付け所だと言っただろう? おれは、嘘は言わない。まあ君は近々、今の事件の担当を外されるみたいだが」
「真田さんには関係ない・・・・・何度も言わせないで」
「捜査を続ける気があるなら、おれは君を救うことが出来る。ただ、今の捜査課でなくこっちに入っておれの指示に従ってもらうが」
「・・・・・・・・」
「弱みにつけこむ気はない。好きにすればいいさ。君の処遇も、近日中には決まってくるだろうし、その間少し休むのも、決して悪い考えじゃない」
マキの正体
ついに、野上若菜の意識は戻ることはなかった。もともと、そんな予感がしていた。今となってはあのトイレの記憶は遠く感じられたが、彼女の自殺は追い詰められて決意したもの、と言うよりは、誰かに強制された色合いが強いように思えてならなかった。
あの場には、二人の人物がいなかった。言うまでもなく、満冨悠里と北浦真希だ。少なくとも一人は、近くまで来ていた。
あれは緊急事態にあわてて薫に電話したものか、それがどう言う意図のものかは分からなかったが、若菜だけがあの場に残された。彼女は誰かのスケープゴートにされたのだ。薫は彼女を救えなかった。どんな処分を受けても不服はなかった。
ほどなく、事件の担当から正式に薫は外された。処分が決定するまで扱いは、自宅謹慎になった。
処分を受け、自宅へ帰ると電話に、母からの伝言が入っていた。兄の晴文が戻ったらしい。無言で、自室に引き籠もっているという。父親との冷戦状態が解消したわけではないので、一件落着と言うわけにはいかないが、一応、安心はした。
受話器の奥で父親がなにか話したがっていたが、事件の捜査があるということで、先に切った。たぶん、薫が単独捜査で処分を受けた件を小耳に挟んだのだろう。別に何も、意見を求めることはない。
菅沢の携帯には、二度と着信は入らなかった。若菜の事件が騒がれている。魚は、逃げた。捜査線上にもまだ、満冨悠里の名前は浮かんではいないようだった。
金城とは不定期に二、三度、連絡を取り合っている。
『野上若菜の件で、彼女の両親から警察に事情を聞きたいと申し出があったよ。今度の件で学校側も捜査協力に難色を示すようになってる。ほとぼりが冷めるまで、こちらとしては大人しくしているしかないな。お前が言ってる線を探るのは、しばらく無理だ』
「北浦真希の件は?」
『お前が聞いた、レイプ監禁云々の話は漏れてはこないな。もう学校は春休みに入って、彼女は自宅から二駅先の進学塾に通っているが、別に変わった様子はない。それは本当に確かな情報なのか?』
真田から聞いた情報だとは言えず、薫は口ごもってしまった。
北浦真希の生徒証の写真が、薫のもとに届けられた。そこに写っている黒髪ショートの女子高生は、確かに薫が学校と美琴の葬儀場で二度も接触した、あの少女だった。
やはり彼女が、北浦真希だ。彼女が、「マキ」。二人の少女の死に、関わった。たぶん、あの場にもいた。
不思議なことに悪夢は、その夜から再び復活した。
薫もこのままでは、引き下がる気にもなれなかった。ある日、真田の指定した番号に彼女はコールすることにした。
『分かった。・・・・・じゃあ、早速仕事にかかろう』
真田は言った。オフィスに来いとも言わず、いきなり待ち合わせの場所と時間を指定してきた。
『初仕事だ。君の働きを期待している』
「なにをするんですか?」
『そうだな』
と真田は歌うように言い、
『まずは、柄を押さえる』
「・・・・・誰のですか?」
『決まってるだろ』
愚問だと言うように笑うと、真田は言った。
『「マキ」のだよ』
指定された場所に、真田は現れなかった。いいようにあしらわれたのではないかと、正直、薫は思っていた。
界隈はひどく、物騒な場所だった。盛り場と言うでなく、抜け道のような裏通りでもない。寂れた駅の沿線にある、荒れ果てた裏路地だ。シャッターの下りた店舗が目立つ一本道に通じたT字路の境は、潰れた駐車場になっている。唯一営業しているように見える個人経営の楽器屋の店先まで、五百メートルはあるだろうか。
夕暮れどき人気は極端に少なく、明かりもない。風景が、無人の暗室にいるように赤黒く暮れなずんでいる。人目につきたくない取引や接触を果たすのには、絶好の場所だった。
真田は車でやってきた。フィルムを張った黒のセダン。こんなところに長く停めてあると、職質されそうな怪しい車両に見えた。
ミラー越しに真田が隣に乗れと、指示していた。薫は助手席に乗った。真田一人だった。ここからどこでなにをするかは分からないが、夕日も落ちきって、大分冷えてきている。真田を疑った十五分で身体はかなり固まっていた。
「合図があったらすぐ出るぜ。準備は出来てるか?」
わけが分からないまま、薫は肯いた。
「ここで・・・・・なにをするんですか?」
「言った通りさ。身柄を確保する。『マキ』のな」
「ここで? 『マキ』を捕まえる?・・・・・こんなところでですか?」
薫は不審そうに辺りを見回した。
「君の言いたいことは、大体分かる」
真田は、平然として言った。
「北浦真希の身柄を確保したいなら、彼女の自宅に行けばいい。それで済むはずだ。ただそれはもし、今、拘束できる理由があったなら、だろう?」
困惑している薫をどこか楽しむように、
「君はおれの指揮下に入った。ちゃんと、君の上司にも話は通してある。おれの指示に従って、まずはそれなりに役目を果たしてくれないと、困るな」
真田は言った。ちょうど、無線機に入電した。
「入ったか?」
真田が聞く。真田の班員がどこかで張っているのか、対象者が動いた、と言う知らせがノイズとともに返ってくる。
「よし、そのまま目を離すな。いいか。・・・・行くぞ」
薫の返答も聞かずに、真田はドアを開けた。
「君はあっちだ」
? まごまごしながら真田について出た薫に声が飛ぶ。
「反対側の路地から中に回ってくれ。早く。君はあの、角の通りを塞ぐんだ」
と、指示通り走ろうとする薫に、真田は小さな塊を投げて寄越した。二十二口径リボルバー、実弾の入った拳銃だった。
「これは?」
「護身用さ。・・・・・・場合によっては撃ってもいい。迷うな。始末書の心配は、無しだ」
こともなげに言うと、真田は走り出した。薫もそれに従う。拳銃を携帯した経験はほとんどなかった。まして、発砲が許されたことなど。大体、捕まえるのは、ただの女子高生のはずだ。そもそも、こんな時間、こんなところにいるはずのない。どうして? 薫に答えをくれるものは、鈍い夕闇の中、すでに誰もいなかった。
路地からは、暴走族でも暴れているのか、若い男たちの怒号が聞こえてくる。捜査員たちはその声を頼りに、なにか右往左往しているようだった。
真田に指定された角を曲がると、そこは古びたラブホテルが建ち並んでいるだけだった。声だけが聞こえてきた。囃すような声、笑い声。そして、たまにあれは・・・・・悲鳴か。女のものではないように思えた。
(どうすればいいの?)
真田は無線機を与えてはくれなかった。緊急で間に合わなかったのだろう。それほど、薫には期待していたわけではないのだ。
やがて、ホテルの裏から何者かが飛び出してきて薫と鉢合わせた。茶のブレザー、紅いリボン。チェックのスカート。北浦真希だ。
「あなた・・・・・・!」
声をかけて、薫は二の句が告げなかった。本当に、現れた?
「・・・・・刑事さん?」
不思議そうに、彼女は小首を傾げた。
「待って・・・・・待ちなさい」
その姿はこんな場所では、ひどく違和感あるもののように薫には映った。「マキ」も、薫の姿に気づいて一瞬、びっくりしたようだった。盗みをして走り出てきた猫のように、彼女は立ち止まった。
「なにか用?」
相手は言った。=電話口の声。感情の抑揚の少ない、真水のような声音だった。
「こんなところで一体、なにをしてるの?」
あなたこそ。と言うように、「マキ」は薫を見た。
「あの日、待ってたわ・・・・・池袋駅の南口で」
薫は、余計な駆け引きなしで「マキ」にぶつけた。
「菅沢の情報提供者はあなたでしょう? あなたは、あのとき、野上若菜と満冨悠里を証言者として同席させようとした」
そうだとも違うとも言わずに、彼女は黙っていた。怒号が遠くに聞こえる。
「あなたのせいで二人死んだ。それは、疑いない事実よ。あなたは彼女たちにどんな恨みを持っていたの?・・・・あなたの目的を教えてちょうだい」
「恨みなんか、別にないわ。・・・あなた、勘違いしてる」
彼女は言った。薫の剣幕に比べると、道端で盛り上がらない話をしているようなテンションだった。
「二人が死んだのは、自分たちの責任よ。彼女たちが、たぶん、ゲームに負けたから。つまり、そう言う仕組みなの。美琴も若菜も、死ぬべくして、死んだ」
「ゲーム? ふざけてるの? あなた、おかしいわ」
「そう? あたしが言ってることは・・・・・ただの事実なんだけどな」
薫の目の前に、彼女の指が突き出された。とっさに薫は身構えた。
「あなたも見たはずよ」
どこかで。と、彼女は言った。その指は彼女自身のこめかみにいって、そこを軽く、二、三回、突いた。彼女は薄く微笑んだ。
「悪夢は消えた?・・・・・よく思い出して。美琴は、・・・・・あの子は、どんな風に死んだのか?」
気がつくと、また同じ風景の中にいた。毎夜毎晩、薫を誘い込む風景の中に。男たちが、笑いさざめている。携帯電話を持ち寄り、吊るされた少女の遺体の写真を撮りつつ、「ゲーム」について話している。やつらは、言う。口々に。
そう。これは、ゲームだ。それに従って彼女は殺された。ゲームには、事実を正確に管理するために厳格なルールがある。彼女は、たぶん、それに則って殺されたのだ。
「いいか、これはフェアな、ゲームなんだ」
誰かが言う。彼を知っている。彼は、鶴見だ。もう一人が言う。
「ハズレを三回引けたら、助けてやる」
「再開の合図を受信したら、第二ラウンド再開だ」
男たちの手には、携帯電話が握られている。その憑かれたような眼差し。物欲に燃えた目、餓鬼の亡霊。ぼんやりとしていた男たちの顔が、はっきりと吊るされた薫の目に映りこんでいく。
「止まりなさいっ!」
薫は拳銃を構えた。両手で、狙いがぶれないように。反動を覚える。射撃訓練で教わった、基本中の基本をまず思い出した。マキは、はっとした顔ひとつ、しなかった。
まるで弾丸など、自分を殺す力はない、とでも言うように。
「手を上げて!」
薫の声には殺気が籠もっていた。なぜこうなったか分からない。悪夢。悪寒。そして憎悪。繰り返し刷り込まれた感情の高ぶりが、怒りが、一気に噴出して、彼女にぶつけられたのか。それでも平然と、彼女は銃口を睨んでいた。
「止まらないとあなたを撃つ・・・・・あなたを確保するわ」
「そう」
と、彼女は言った。マキとの間は、いつの間にか十メートル近くも離れていた。
「撃てばいいわ。たぶん、当たると思う。・・・・・・ちゃんと、人を撃った経験があるなら」
「撃てないと思ってるの?」
ぎりぎりの、はったりだった。撃たない理性くらいは残っている。それに日本の警官は無闇に拳銃を携帯しないし、発砲しないという前提で、厳然たる規則に縛られている。真田は無造作に拳銃を渡したが、薫には元来、街中で発砲すると言う意識それ自体がなかった。
端から威嚇だと思っているのか、まるで動じる気配がない。ただの女子高生が? そんなはずはない。まさか。
「聞かせて」
銃口を下に向けながら、薫は聞いた。
「あなたや、嶋野美琴になにがあったの?・・・・・どう見ても普通じゃないわ、あなた。・・・・・まるで」
「別人みたい?・・・・うん・・・・ほんと、そうかもね」
マキは言った。冗談を言ったようには、聞こえなかった。
「みんな、変わるみたい。しかも、本人も予想もしなかった方向に。イズム・・・・これは、そう言うゲームなの」
「イズ・・・・・ム?」
イズム? なにを言っているのだ、彼女は。
その瞬間、マキの背後から、誰かが走り出てくる気配がした。応援か。薫は、そこで初めて我に返って顔を上げた。そこにいたのは、どう見ても、スーツ姿の応援の捜査員ではなかった。
身長、一八〇センチ以上の。目を血走らせた、外国人の男だった。南米系、見たところブラジル人。罵り声は英語ではない。紫色のパーカーに、ジーンズ。普通ではない興奮の様子から、薬物を使用している独特の雰囲気がうかがえた。
追ってきたのは、やはりマキだ。彼女の姿を見つけて、男はなにか卑猥なスラングをわめき立て、襲い掛かってくる。
止めないの? と言う風に、彼女は肩をすくめた。一呼吸遅れて、薫は拳銃を構えなおした。
ブラジル人は、殺到してくる。このまま両足を引っこ抜いて、マキを身体ごとさらって行きそうなスピードだった。止めないの? 彼女が仕草で薫に合図したのは、自分自身のことらしかった。
この二人から、彼女は、決定的な情報を菅沢にリークしようとしている。正確には、菅沢を通してマスコミに、表の世界に、嶋野美琴を含む三人が関わっていた裏の事実を暴露しようとしている。彼女は三人に恨みを持っている。しかし、美琴の事件があるから、この事実の暴露に関して、直接表には立てない。彼女が「マキ」=北浦真希である可能性は高い。残念ながら学校側にファイルを返却してしまったため、今は手元に北浦真希の顔を確認できる資料はない。菅沢なら知っているだろうが、彼を再び捕まえている時間的余裕は今、さすがにない。
三十分早く、薫はJR池袋駅に到着した。朝早くにもかかわらず、南口の広場は待ち合わせに時間を潰す集団で賑わっていた。卒業式のシーズンで、集まっているのは近くの立大生だ。至るところに彼らはいて、待ち合わせにめぼしい席はほとんど埋まってはいたが、晴れ着のスーツや着物の中にあの学校の制服は目につくはずだ。とりあえず、目標を見失うことはなさそうだった。
約束の時間まで残り十分・・・・・五分。四方に気を配ったが、それらしい影は見当たらなかった。式が始まるのか、地上、西口公園前に通じるエスカレーターに、大学生が移動し始めている。彼女からの電話はまだ、来ない。やがて、時間を過ぎた。
すると、突然、薫のバッグの中から振動音が響きだした。菅沢のではない。自分の携帯だ。あわてて、薫は中身を探った。ディスプレイには知らない着信が入っている。怪訝そうに首を傾げながら、薫は電話をとった。辺りに気を配り、それらしい人影を依然探しながら。
「・・・・・もしもし」
『・・・・・・なんででないんだよ』
押し殺したような切迫した声が・・・・・突然聞こえてきた。
「あなた誰? わたしに何の用?」
『電話しろって・・・・・言ったじゃんか・・・・なんだよ、全然でないじゃんか・・・・・』
後半は、乱れた不規則な吐息と泣きじゃくる声が混じった。
「あなた・・・・・もしかして・・・・・」
薫は思わず息を呑んだ。まさか、野上若菜?
「野上さん?」
息を切らしながら、彼女はそうだと言った。やっぱりだ。
『なにやってんだよ・・・・・今、どこにいるのぉ・・・・?』
どうも、様子がおかしい。若菜はなにかに追い立てられているように、腹立たしげな泣き声を立てた。
「ごめんなさい、移動中だったの。・・・・・どうかしたの? 朝から、どこか様子がおかしいみたいだけど」
『今すぐ来て。すぐ。話したいことが、あるから・・・・・』
「話したいことってなに?・・・・・電話ではまずいこと?」
『いいから、すぐ来てよ!』
若菜は叫ぶように、言った。
(どうしよう)
今、ここを離れるわけにはいかない。しかし若菜の今の様子からも、そちらも放っておくわけにはいきそうにもない。
「あなた今、どこにいるの? もし、なにか切羽詰ってることがあるなら、本署の方に」
『あんたじゃなきゃだめなの! いつでも連絡してって言ったじゃん! 来いよ!・・・・・来て、お願い、やばいの・・・・』
菅沢の携帯が、鳴り出した。周囲を見渡す。それらしい誰かが来る気配はない。
「すぐ行くわ。どこにいる?・・・・・・わたし今、池袋にいるの。あなたは」
『西口公園・・・・・おっきなエスカレーターのある劇場の下、トイレ・・・・早く、急いで・・・・・』
最後は消え入りそうな声になった。小さく、咳き込む。彼女の身になにが、起こってる? 迷っている暇は、なかった。エスカレーターに群がる人並みを掻き分けて、西口公園を目指す。話からして、新芸術劇場の地下トイレだ。
菅沢の電話が鳴り響く。
「五分ほど席を外すわ。緊急の用事よ。・・・・・少し待って」
相手は返事をしなかった。否も応もない。薫は電話を切った。
将棋台を囲んだホームレスと、大学生がたむろする公園。薫は走った。どうして彼女はトイレにいる? トイレから、どうして薫に助けを求めている?
新芸術劇場は、一階のフロアから最上階に直通でのぼる長いエスカレーターと、地下のギャラリースペースに降りるエスカレーターに分かれている。若菜が呼んでいるのは、地下、その奥にあるトイレだ。打ちっぱなしのコンクリートの壁を伝いながら、薫はどうにかそこにたどり着いた。この早い時間、使用中のトイレは入り口側の一室だけだった。
薫はさっきから、何度も電話をかけなおしているが、彼女は着信に応じない。
ブーン、ブーン、と熊蜂が漂うような、低いうなり声のバイブ音が、そのドアからかすかに響いてきていた。
「野上さん」
ドアには鍵が掛かっている。薫は彼女の名前を呼びながら、トイレのドアをノックした。中からはすでに返事がない。上から中を覗き込んで、薫は、はっと息を呑んだ。
若菜が、倒れている。辺りに血を、撒き散らして。
白いセーターの袖。赤黒く濡れた手首。血まみれの指で、彼女は力なく、それを握っていた。
「野上さん!」
薫はすぐに、携帯で応援を呼んだ。
野上若菜はトイレの中で、右の手首を切って倒れていた。
それが自分でやった傷だと言うことは、状況から考えても明らかだった。彼女がもたれていた便器の脚の下に散らばった数枚の替え刃があった。呼び出し音とディスプレイを光らせて床で時計回りに回転していた携帯電話、そのいずれも、血にまみれた若菜の指紋がついていた。
自殺者が恐怖に思い余って、電話で助けを求めることはよくある。生と死を分ける二つのツール。その両方に若菜の手があったということは、それがそのまま彼女の混乱と不安の深刻さを表していた。
意識不明のまま、搬送された。手首を切って、薫の携帯電話にコールするまでの間、かなりの時間が経っていたらしく、薫が抱き上げたときには、その身体から体温はほとんど失われていた。
所持品の生徒手帳で、若菜の血液型が判った。若菜は薫と同じ、B型。彼女の名前を呼びかけながら、薫は救急車に乗り込んだ。
「水越」
薫の報告を受けて間もなく搬送先の病院に現れた金城は、唖然とした顔になって彼女に聞いた。
「大丈夫か」
「ええ、わたしは・・・・・大丈夫、平気よ」
そう言ったが、薫はほとんど放心状態に近かった。
「手首を切ったのは、亡くなった嶋野美琴の同級生だったらしいじゃないか。お前・・・・・まさか、偶然通りかかったわけじゃないよな?」
「・・・・・ええ」
薫は、静かに肯いた。今となっては遅いかもしれないが、もう話すべきだと、彼女は思った。
「どう言うことなんだ?」
薫は金城に、今までの動きすべてを話した。塚田、菅沢からあぶり出した、嶋野美琴の裏の顔。満冨悠里と野上若菜の二人のこと。そして、菅沢の情報提供者で、事件に深く関わっているはずの最後の関係者・・・・・北浦真希。
「なんだよそれ・・・・・・」
さすがに金城も顔色を失うくらいの戸惑いを見せて、言った。
「どうしてそんな重大なこと、今までみんなに隠してたんだ?」
「マキの正体が分かるまで、あなたにも伏せておきたかったのよ。・・・・・実は、わたしが見た悪夢が、わたしに『マキ』の存在を気づかせる、最初のきっかけになったから」
もはや、呆れられてもいい。薫は夢の話もすることにした。事件発生から、ここ何日にも渡って、執拗に薫を脅かした、美琴の死の悪夢のこと。現実との不思議な符号。そして、ついに接触を果たすことになっていたかもしれない、「マキ」のこと。
金城はそれを、余計な相槌ひとつ挟まずに聞いてくれた。長い間背負っていた荷を、やっと降ろせた気がしただけでも収穫だった。
薫の話の切れ目に、眉根を寄せて深くため息をついてから、金城が最初に口を開いた一言は、
「お前がなにか悩んでたのは、察しがついてたよ。どっか様子もおかしかったしな・・・・・だがなぜもっと早く、おれだけにでも話してくれなかったんだ」
「ごめんなさい。・・・・・わたしも最初は半信半疑だったの。悪夢に導かれて・・・・・調べるとそれがどんどん、本当のことになっていって、それを認めるのも怖かったからかもしれない」
「昨夜、お前が式場下のトイレの前で、誰かと騒いでたのを上から見てたよ」
突然、金城は言った。薫は、はっとして金城を見返した。
「相手は今日、手首を切った例の女の子か?」
金城は処置室のほうにあごをしゃくった。薫は無言で肯いた。
「その件は、黙っておいたほうがいいだろう。・・・・・ことによっては、証拠もない違法捜査で、関係者を脅迫したせいだと思われるかもしれないからな。ただ、それがなくてもまずいぞ。一課長は夕方から緊急記者会見を開く予定だと。あのとき現場にいたお前は、間違いなく事情を聴かれる。そのとき、どう答えるかだな」
若菜と自分との関係について聴かれることは、うすうす、覚悟はしていた。しかし迷っていたのは、今までの経緯をどう説明したらいいのか、と言うことだ。
「おれは・・・・・お前が今した話は、かなり信じられる線だとは思うよ。あの子と、もう一人いた満冨悠里って子、それにもう一人が深く事件に関わってるって言う、お前の話も筋が通ってると思う。だがもし、お前が追ってた子が死んで、違法捜査でお前がその槍玉に挙げられるとなると、たぶん、その線で事実関係を洗うことも、難しくなってくるはずだ」
「・・・・・そうね」
金城の言うことはいちいちもっともだと、薫も思った。
「ともかく、お前の話は出来る範囲でおれの方でも洗ってみるよ。怨恨がもとになってるとしたら、ネット仲間より人間関係は洗いやすいからな。話では主犯は、その北浦真希って子なんだろ?」
「・・・・まだ全然、自信持って言える範囲じゃないんだけどね」
「上出来だよ。手が空いてる仲間に声かけてみる」
「ありがとう」
金城はなにか他に、薫にかける言葉を捜そうとしたが、見つからなかったのか、頭を掻いてから、
「ちょっと休めよ、薫。早くそれ、着替えたほうがいいぜ」
「あ・・・・・・うん」
今、気づいた。若菜を搬送してきたときのまま、薫はずっと、血まみれだったのだ。
病院を出た直後に上司から電話があった。無期限の自宅待機。上司が直接、薫に事情を聞くのは後日と言う。若菜が手首を切った状況についての事実は、初動捜査を担当した刑事に話をしてある。そうなった詳しい経緯は別として、今は、目の前の事態を収拾しなければならないのだろう。
被害者の親友が、葬儀の後に自殺を図ったのだ。
緊急のニュース速報を伝える声の中を、どこか他人事のように聞きながら、薫は帰途に着いた。
いつのまにか、夕陽が赤く射していた。ドアを開けて中に入ろうとした瞬間、菅沢の携帯電話が鳴った。「非通知」だった。すぐに薫は通話ボタンを押した。
『・・・・・もしもし』
相手は今日の、若い女の声ではなかった。男だった。薫は怪訝そうに眉をひそめる。
「誰なの? 菅沢?」
『・・・・・ああ、菅沢ね』
? 相手は言った。
『君のお陰でやつには迷惑してるよ。・・・・・昨日も会ったが、電話を返してくれ、ってしつこくおれに、泣きついてきてな』
トントン、と背後から肩を突かれ、びっくりして薫は背筋を立たせた。反射的に距離をとって身構える。
「大変だったな」
いつのまにか真田が、電話を持って立っていた。
「なにか用ですか?」
「様子を見に来た。あれから、どうしてるのかと思ってね」
「・・・・・・・・・・・」
「君の同僚に聞いた。どうやら、君のせいで、嶋野美琴の関係者が自殺したらしいな」
無言で、電話を切ると、薫は真田にそれを投げつけたい衝動に駆られた。それでもどうにか無視して、ドアの鍵を探す。
「死んだのは、野上若菜か。彼女は死んだ嶋野美琴と、もう一人、満冨悠里って子と、つるんで、やばいことしてたんだろ。若菜が死んで、菅沢はがっかりするだろうな。これでまたしばらくは、誰もやつの原稿を買ってくれる編集者はいなくなる」
鍵が見つかった。強引に、薫は鍵穴にねじ込んだ。
「・・・・・彼女はまだ死んでいません。輸血もしたし、まだ五分の状態だと医者は言ってました」
「どちらにしても失態は、接触を図りながらみすみす彼女を自殺に踏み切らせてしまった、君の責任になるだろう。菅沢の言うことを信用して、君は野上若菜を追い詰めた」
「責任は甘んじて受けます。主張すべきことは主張して」
ついに耐え切れずに、薫は口火を切った。
「でも、それが今、あなたになんの関係があるんです?」
「・・・・・今日の野上若菜を含む三人は、人に頼んである夜、自分の同級生をさらわせたそうだ」
真田は、急に違う話を始めた。
「集団でバンに押し込めて、山奥に連れて行って、レイプしようとした。犯行に参加したのは、上は二十八歳、下は十六歳まで合計四人。中には森田勝行って言う、横浜で路上強盗の前科のある少年も含まれてる。下北沢でクラブをやってる、澤田由紀夫って男が人数を集めたそうだ。・・・・・・ちなみにこの澤田って男は、売春クラブの一件で菅沢があげてた奥田の高校の同級生らしい」
「・・・・・・・・・」
「計画が実行に移されたのが、三月の六日。嶋野美琴が塾からの帰宅途中になにものかに拉致され、殺害後、自宅近くのゴミ捨て場に遺棄される事件が起きる、ちょうど二日前だ」
「・・・・・どうして」
今。なぜ。
「真田さんはそのことを?」
「これは菅沢から聞いた話だ。だから君にも、聞く権利がある」
真田はスーツのポケットを探ると、煙草を取り出して、
「その日、狙われた同級生は進学塾へ行く途中におびきだされ、四人にバンでさらわれた。だが不思議なことに、次の日、無事に登校してきたし、暴行を受けた様子も見えない。普通に学校に通っていたそうだ。さらに事件後、森田はじめ、犯行に参加したメンバーは全員行方が分からなくなっている。・・・・・ところでこの同級生だが彼女が誰だか、君には心当たりがあるか?」
「マキ」
思わず事実が判明したショックに半ば自失して、薫は答えた。
「・・・・・北浦真希」
答えた、と言うより、ほとんどつぶやいた印象だった。
「そう、北浦真希だ。どうも同級生の証言によると、そのことがあった夜以来、彼女は様子がおかしくなっていたらしい。だがそれが、精神に傷を負ったり、塞ぎ込んだりした感じではなくてね。奇妙な話なんだ。・・・・・・多くの人は彼女が、別人のような印象になった、と証言している」
「・・・・・・・・・」
「奇妙な符号だろう? ちょうど、一年半前、嶋野美琴が言われていたことと、同じことを、彼女は言われているんだ。なぜ、彼女は変わったのか・・・・・」
「真田さん」
真田の言葉を遮るようにして、薫は言った。
「分かりません・・・・・あなたの目的は一体、なんですか? どうしてこの事件に・・・・・わたしに深く肩入れするんですか?」
「君に肩入れしてるつもりはない」
意外そうな顔をして、真田は首を傾げた。
「仕事は違うが、君とおれは同じ方向を向いている。中々、いい目の付け所だと言っただろう? おれは、嘘は言わない。まあ君は近々、今の事件の担当を外されるみたいだが」
「真田さんには関係ない・・・・・何度も言わせないで」
「捜査を続ける気があるなら、おれは君を救うことが出来る。ただ、今の捜査課でなくこっちに入っておれの指示に従ってもらうが」
「・・・・・・・・」
「弱みにつけこむ気はない。好きにすればいいさ。君の処遇も、近日中には決まってくるだろうし、その間少し休むのも、決して悪い考えじゃない」
マキの正体
ついに、野上若菜の意識は戻ることはなかった。もともと、そんな予感がしていた。今となってはあのトイレの記憶は遠く感じられたが、彼女の自殺は追い詰められて決意したもの、と言うよりは、誰かに強制された色合いが強いように思えてならなかった。
あの場には、二人の人物がいなかった。言うまでもなく、満冨悠里と北浦真希だ。少なくとも一人は、近くまで来ていた。
あれは緊急事態にあわてて薫に電話したものか、それがどう言う意図のものかは分からなかったが、若菜だけがあの場に残された。彼女は誰かのスケープゴートにされたのだ。薫は彼女を救えなかった。どんな処分を受けても不服はなかった。
ほどなく、事件の担当から正式に薫は外された。処分が決定するまで扱いは、自宅謹慎になった。
処分を受け、自宅へ帰ると電話に、母からの伝言が入っていた。兄の晴文が戻ったらしい。無言で、自室に引き籠もっているという。父親との冷戦状態が解消したわけではないので、一件落着と言うわけにはいかないが、一応、安心はした。
受話器の奥で父親がなにか話したがっていたが、事件の捜査があるということで、先に切った。たぶん、薫が単独捜査で処分を受けた件を小耳に挟んだのだろう。別に何も、意見を求めることはない。
菅沢の携帯には、二度と着信は入らなかった。若菜の事件が騒がれている。魚は、逃げた。捜査線上にもまだ、満冨悠里の名前は浮かんではいないようだった。
金城とは不定期に二、三度、連絡を取り合っている。
『野上若菜の件で、彼女の両親から警察に事情を聞きたいと申し出があったよ。今度の件で学校側も捜査協力に難色を示すようになってる。ほとぼりが冷めるまで、こちらとしては大人しくしているしかないな。お前が言ってる線を探るのは、しばらく無理だ』
「北浦真希の件は?」
『お前が聞いた、レイプ監禁云々の話は漏れてはこないな。もう学校は春休みに入って、彼女は自宅から二駅先の進学塾に通っているが、別に変わった様子はない。それは本当に確かな情報なのか?』
真田から聞いた情報だとは言えず、薫は口ごもってしまった。
北浦真希の生徒証の写真が、薫のもとに届けられた。そこに写っている黒髪ショートの女子高生は、確かに薫が学校と美琴の葬儀場で二度も接触した、あの少女だった。
やはり彼女が、北浦真希だ。彼女が、「マキ」。二人の少女の死に、関わった。たぶん、あの場にもいた。
不思議なことに悪夢は、その夜から再び復活した。
薫もこのままでは、引き下がる気にもなれなかった。ある日、真田の指定した番号に彼女はコールすることにした。
『分かった。・・・・・じゃあ、早速仕事にかかろう』
真田は言った。オフィスに来いとも言わず、いきなり待ち合わせの場所と時間を指定してきた。
『初仕事だ。君の働きを期待している』
「なにをするんですか?」
『そうだな』
と真田は歌うように言い、
『まずは、柄を押さえる』
「・・・・・誰のですか?」
『決まってるだろ』
愚問だと言うように笑うと、真田は言った。
『「マキ」のだよ』
指定された場所に、真田は現れなかった。いいようにあしらわれたのではないかと、正直、薫は思っていた。
界隈はひどく、物騒な場所だった。盛り場と言うでなく、抜け道のような裏通りでもない。寂れた駅の沿線にある、荒れ果てた裏路地だ。シャッターの下りた店舗が目立つ一本道に通じたT字路の境は、潰れた駐車場になっている。唯一営業しているように見える個人経営の楽器屋の店先まで、五百メートルはあるだろうか。
夕暮れどき人気は極端に少なく、明かりもない。風景が、無人の暗室にいるように赤黒く暮れなずんでいる。人目につきたくない取引や接触を果たすのには、絶好の場所だった。
真田は車でやってきた。フィルムを張った黒のセダン。こんなところに長く停めてあると、職質されそうな怪しい車両に見えた。
ミラー越しに真田が隣に乗れと、指示していた。薫は助手席に乗った。真田一人だった。ここからどこでなにをするかは分からないが、夕日も落ちきって、大分冷えてきている。真田を疑った十五分で身体はかなり固まっていた。
「合図があったらすぐ出るぜ。準備は出来てるか?」
わけが分からないまま、薫は肯いた。
「ここで・・・・・なにをするんですか?」
「言った通りさ。身柄を確保する。『マキ』のな」
「ここで? 『マキ』を捕まえる?・・・・・こんなところでですか?」
薫は不審そうに辺りを見回した。
「君の言いたいことは、大体分かる」
真田は、平然として言った。
「北浦真希の身柄を確保したいなら、彼女の自宅に行けばいい。それで済むはずだ。ただそれはもし、今、拘束できる理由があったなら、だろう?」
困惑している薫をどこか楽しむように、
「君はおれの指揮下に入った。ちゃんと、君の上司にも話は通してある。おれの指示に従って、まずはそれなりに役目を果たしてくれないと、困るな」
真田は言った。ちょうど、無線機に入電した。
「入ったか?」
真田が聞く。真田の班員がどこかで張っているのか、対象者が動いた、と言う知らせがノイズとともに返ってくる。
「よし、そのまま目を離すな。いいか。・・・・行くぞ」
薫の返答も聞かずに、真田はドアを開けた。
「君はあっちだ」
? まごまごしながら真田について出た薫に声が飛ぶ。
「反対側の路地から中に回ってくれ。早く。君はあの、角の通りを塞ぐんだ」
と、指示通り走ろうとする薫に、真田は小さな塊を投げて寄越した。二十二口径リボルバー、実弾の入った拳銃だった。
「これは?」
「護身用さ。・・・・・・場合によっては撃ってもいい。迷うな。始末書の心配は、無しだ」
こともなげに言うと、真田は走り出した。薫もそれに従う。拳銃を携帯した経験はほとんどなかった。まして、発砲が許されたことなど。大体、捕まえるのは、ただの女子高生のはずだ。そもそも、こんな時間、こんなところにいるはずのない。どうして? 薫に答えをくれるものは、鈍い夕闇の中、すでに誰もいなかった。
路地からは、暴走族でも暴れているのか、若い男たちの怒号が聞こえてくる。捜査員たちはその声を頼りに、なにか右往左往しているようだった。
真田に指定された角を曲がると、そこは古びたラブホテルが建ち並んでいるだけだった。声だけが聞こえてきた。囃すような声、笑い声。そして、たまにあれは・・・・・悲鳴か。女のものではないように思えた。
(どうすればいいの?)
真田は無線機を与えてはくれなかった。緊急で間に合わなかったのだろう。それほど、薫には期待していたわけではないのだ。
やがて、ホテルの裏から何者かが飛び出してきて薫と鉢合わせた。茶のブレザー、紅いリボン。チェックのスカート。北浦真希だ。
「あなた・・・・・・!」
声をかけて、薫は二の句が告げなかった。本当に、現れた?
「・・・・・刑事さん?」
不思議そうに、彼女は小首を傾げた。
「待って・・・・・待ちなさい」
その姿はこんな場所では、ひどく違和感あるもののように薫には映った。「マキ」も、薫の姿に気づいて一瞬、びっくりしたようだった。盗みをして走り出てきた猫のように、彼女は立ち止まった。
「なにか用?」
相手は言った。=電話口の声。感情の抑揚の少ない、真水のような声音だった。
「こんなところで一体、なにをしてるの?」
あなたこそ。と言うように、「マキ」は薫を見た。
「あの日、待ってたわ・・・・・池袋駅の南口で」
薫は、余計な駆け引きなしで「マキ」にぶつけた。
「菅沢の情報提供者はあなたでしょう? あなたは、あのとき、野上若菜と満冨悠里を証言者として同席させようとした」
そうだとも違うとも言わずに、彼女は黙っていた。怒号が遠くに聞こえる。
「あなたのせいで二人死んだ。それは、疑いない事実よ。あなたは彼女たちにどんな恨みを持っていたの?・・・・あなたの目的を教えてちょうだい」
「恨みなんか、別にないわ。・・・あなた、勘違いしてる」
彼女は言った。薫の剣幕に比べると、道端で盛り上がらない話をしているようなテンションだった。
「二人が死んだのは、自分たちの責任よ。彼女たちが、たぶん、ゲームに負けたから。つまり、そう言う仕組みなの。美琴も若菜も、死ぬべくして、死んだ」
「ゲーム? ふざけてるの? あなた、おかしいわ」
「そう? あたしが言ってることは・・・・・ただの事実なんだけどな」
薫の目の前に、彼女の指が突き出された。とっさに薫は身構えた。
「あなたも見たはずよ」
どこかで。と、彼女は言った。その指は彼女自身のこめかみにいって、そこを軽く、二、三回、突いた。彼女は薄く微笑んだ。
「悪夢は消えた?・・・・・よく思い出して。美琴は、・・・・・あの子は、どんな風に死んだのか?」
気がつくと、また同じ風景の中にいた。毎夜毎晩、薫を誘い込む風景の中に。男たちが、笑いさざめている。携帯電話を持ち寄り、吊るされた少女の遺体の写真を撮りつつ、「ゲーム」について話している。やつらは、言う。口々に。
そう。これは、ゲームだ。それに従って彼女は殺された。ゲームには、事実を正確に管理するために厳格なルールがある。彼女は、たぶん、それに則って殺されたのだ。
「いいか、これはフェアな、ゲームなんだ」
誰かが言う。彼を知っている。彼は、鶴見だ。もう一人が言う。
「ハズレを三回引けたら、助けてやる」
「再開の合図を受信したら、第二ラウンド再開だ」
男たちの手には、携帯電話が握られている。その憑かれたような眼差し。物欲に燃えた目、餓鬼の亡霊。ぼんやりとしていた男たちの顔が、はっきりと吊るされた薫の目に映りこんでいく。
「止まりなさいっ!」
薫は拳銃を構えた。両手で、狙いがぶれないように。反動を覚える。射撃訓練で教わった、基本中の基本をまず思い出した。マキは、はっとした顔ひとつ、しなかった。
まるで弾丸など、自分を殺す力はない、とでも言うように。
「手を上げて!」
薫の声には殺気が籠もっていた。なぜこうなったか分からない。悪夢。悪寒。そして憎悪。繰り返し刷り込まれた感情の高ぶりが、怒りが、一気に噴出して、彼女にぶつけられたのか。それでも平然と、彼女は銃口を睨んでいた。
「止まらないとあなたを撃つ・・・・・あなたを確保するわ」
「そう」
と、彼女は言った。マキとの間は、いつの間にか十メートル近くも離れていた。
「撃てばいいわ。たぶん、当たると思う。・・・・・・ちゃんと、人を撃った経験があるなら」
「撃てないと思ってるの?」
ぎりぎりの、はったりだった。撃たない理性くらいは残っている。それに日本の警官は無闇に拳銃を携帯しないし、発砲しないという前提で、厳然たる規則に縛られている。真田は無造作に拳銃を渡したが、薫には元来、街中で発砲すると言う意識それ自体がなかった。
端から威嚇だと思っているのか、まるで動じる気配がない。ただの女子高生が? そんなはずはない。まさか。
「聞かせて」
銃口を下に向けながら、薫は聞いた。
「あなたや、嶋野美琴になにがあったの?・・・・・どう見ても普通じゃないわ、あなた。・・・・・まるで」
「別人みたい?・・・・うん・・・・ほんと、そうかもね」
マキは言った。冗談を言ったようには、聞こえなかった。
「みんな、変わるみたい。しかも、本人も予想もしなかった方向に。イズム・・・・これは、そう言うゲームなの」
「イズ・・・・・ム?」
イズム? なにを言っているのだ、彼女は。
その瞬間、マキの背後から、誰かが走り出てくる気配がした。応援か。薫は、そこで初めて我に返って顔を上げた。そこにいたのは、どう見ても、スーツ姿の応援の捜査員ではなかった。
身長、一八〇センチ以上の。目を血走らせた、外国人の男だった。南米系、見たところブラジル人。罵り声は英語ではない。紫色のパーカーに、ジーンズ。普通ではない興奮の様子から、薬物を使用している独特の雰囲気がうかがえた。
追ってきたのは、やはりマキだ。彼女の姿を見つけて、男はなにか卑猥なスラングをわめき立て、襲い掛かってくる。
止めないの? と言う風に、彼女は肩をすくめた。一呼吸遅れて、薫は拳銃を構えなおした。
ブラジル人は、殺到してくる。このまま両足を引っこ抜いて、マキを身体ごとさらって行きそうなスピードだった。止めないの? 彼女が仕草で薫に合図したのは、自分自身のことらしかった。
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