【なぜ『戦争論』と『新戦争論1』で真逆の主張に見える人がいるのか?】 真逆どころか、直球そのままで時代に即した発展形態だと思います。それに、わざわざ「『戦争論』の正しい読み方」まで描かれてるのに、真逆に見える人の感覚は、全くと言っていいほど理解できません。なぜそう見える人がいるのか...う〜む、難しいですね。 両者が真逆の主張に見える人は、そもそも国語力が欠落していてよく読んでいない、日本語は読めても登場人物の心や情緒や感性を正確に読めていない、ってパターンが基本だとは感じます。 加えて、根拠薄弱な個人的なカンですが、少し前に書き込んだ(>>36)のように、情報化と大衆化が強く深く結びついてしまっているから、という理由もあるかも知れません。 誰もが様々な情報を得て、誰もが拡散できるようになった昨今、情報自体の価値は相対的に下がっていますが、未だそれを認識できない「大衆」は、自分が勉強熱心で正当で賢いと信じるために、一つの情報について深く考えることなしに、情報の大量摂取,大量配信により自己確認して安心を得るのでしょう。 そういった、「ザ・大衆」みたいな人は、すばらしい自分、という幻想を保つことが何より大切なので、無理矢理にでも、「誰も指摘しない真逆や矛盾を指摘するオレって、スゲーだろ〜」と、世間に認めてもらいたいんじゃないでしょうか。 また、大抵そういう人は単純なカテゴライズも大好き(高見猿になる手段)なので、もはや廃れた感のある左右のポジションにですら、カテゴライズしないと気が済まない(理解できない)のでしょう。で、『新戦争論1』で小林先生が右から左にポジションシフトしたと、またまた勝手に誤解してるのかと。 幻冬舎への抗議も、香山リカらヘイト族の反応も、ザ・大衆の、情報を介したチープな自己確認手段の一端と捉えれば、一応整合するように思います。 健全な庶民なら、自分の常識や感覚や印象に基づいて、良くも悪しくも格好をつけずに素直な感想を言ってしまいます。多少の疑問が生じても、自分の読解力不足だと思って読み直すのが普通だと思います。
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【なぜ『戦争論』と『新戦争論1』で真逆の主張に見える人がいるのか?】
真逆どころか、直球そのままで時代に即した発展形態だと思います。それに、わざわざ「『戦争論』の正しい読み方」まで描かれてるのに、真逆に見える人の感覚は、全くと言っていいほど理解できません。なぜそう見える人がいるのか...う〜む、難しいですね。
両者が真逆の主張に見える人は、そもそも国語力が欠落していてよく読んでいない、日本語は読めても登場人物の心や情緒や感性を正確に読めていない、ってパターンが基本だとは感じます。
加えて、根拠薄弱な個人的なカンですが、少し前に書き込んだ(>>36)のように、情報化と大衆化が強く深く結びついてしまっているから、という理由もあるかも知れません。
誰もが様々な情報を得て、誰もが拡散できるようになった昨今、情報自体の価値は相対的に下がっていますが、未だそれを認識できない「大衆」は、自分が勉強熱心で正当で賢いと信じるために、一つの情報について深く考えることなしに、情報の大量摂取,大量配信により自己確認して安心を得るのでしょう。
そういった、「ザ・大衆」みたいな人は、すばらしい自分、という幻想を保つことが何より大切なので、無理矢理にでも、「誰も指摘しない真逆や矛盾を指摘するオレって、スゲーだろ〜」と、世間に認めてもらいたいんじゃないでしょうか。
また、大抵そういう人は単純なカテゴライズも大好き(高見猿になる手段)なので、もはや廃れた感のある左右のポジションにですら、カテゴライズしないと気が済まない(理解できない)のでしょう。で、『新戦争論1』で小林先生が右から左にポジションシフトしたと、またまた勝手に誤解してるのかと。
幻冬舎への抗議も、香山リカらヘイト族の反応も、ザ・大衆の、情報を介したチープな自己確認手段の一端と捉えれば、一応整合するように思います。
健全な庶民なら、自分の常識や感覚や印象に基づいて、良くも悪しくも格好をつけずに素直な感想を言ってしまいます。多少の疑問が生じても、自分の読解力不足だと思って読み直すのが普通だと思います。