鷲音モー のコメント

なんだか最近は時代が止まってしまっている人間が溢れ返っている気がする。
未だに1980年代の空気にしがみついている人たちがいる。
自称保守のお連中は冷戦構造にとらわれ続け、盟主アメリカに付き従うことをアイデンティティーにしているご様子。

岡田斗司夫や香山リカも自称保守と同様に1980年代的価値観の中で生きている。
自分の主張が通らないと分かった途端に真っ当な議論を放擲して茶化し、冷やかし、からかい、揚げ足を取り、論点をずらして勝手に自分を高みに上げて、相手を見下し、ヘラヘラ笑って、余裕があるように装い安心している。
まさにザ・80年代的態度。
よっぽど1980年代の日本ってぬるま湯で心地良かったのだろう。
軽佻浮薄な1980年代の日本に戻りたいのだろう。
無責任に放言して安穏としていられたあの頃をノスタルジッているのだろう。
一つの時代から立ち止まったまま動かない人間って、やだねったらやだね。
それを称して思考停止と呼ぶ。

常に思考を深め、時代の空気を掴み取り、ひとっところにとどまることなく流れるように思索し続ける人を思想家と呼ぶのだろう。
それとは逆に、時代の空気に呑み込まれ、早々に自らの立場を決めてしまい、ただ立場を守る為に情報を仕入れている人を主義者と呼ぶのだろう。
思想家は懐疑的であり、主義者は妄信的だ。
思想家は他者だけではなく自己さえも疑い、常に考え続け、いつでもオープンに聞く耳を持ち、まるで流れる川のようだ。
主義者はその逆で自分の考えを曲げずに押し通すことこそが正しいと信じ切っていて聞く耳を持たずに、まるで流れることのない沼のようだ。

流れが堰き止められた反知性の80年代的価値観が澱のように溜まり、腐臭を漂わせた沼のような状態にあるネット空間に、ボーフラのような主義者がウヨウヨと蠢いている。
誰でもが自由に主義主張を叫び、平等に意見を垂れ流し、無責任に放言暴言を繰り返す。
まさに1980年代的価値観の帰結だ。
つまりポストモダン、価値相対主義や近代合理主義、戦後民主主義こそがネット右翼の産みの親であり、それらに対して常に批判的であったのが小林よしのりだということを忘れてはいけないと思う。

No.133 120ヶ月前

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