ナイト のコメント

>>武藤さん
日本では推古天皇を始め、女帝がおり、この時点で男系継承ではありません。
だから、時浦さんのwiki直しの「そんなことはありません。何度も言っているとおり、斉明天皇から天智天皇は母から息子への女系継承、元明天皇から元正天皇は母から娘への女系継承です。これを「男系継承」とするのは、男系固執が定着した後世のこじつけでしかありません。」というのは正しいことです。
→まず、男系継承と女系継承の定義を間違っておられますね。

男系継承:息子"系統"への継承 女系継承:娘"系統"の継承 となります。
また、「父方の祖父」「母方の祖父」という言葉がある通り、3代目から男系もしくは女系の判断ができます。
その為母→息子や母→娘といった2代だけでは女系継承であるとは言えないのです。

歴代女帝は全て「男系女子」です。また、即位した女帝は未亡人もしくは生涯独身であり、退位後も
独身だった為皇統を次世代に繋ぐことができません。
つまり女帝が居たからと言って女系継承があったとはなりません。

当時の日本はシナをモデルとした文明国を目指しており、正史の継承の実線が母ではなく父になるのは、理解できます。
では、線が引かれていたから「あれは男系継承だ!」と強弁できるのでしょうか?男系モドキでもって男系継承だ!と言えるのでしょうか?まあ、男系派閥の脳内だけですね。
→逆です。男系継承しているから実線が引かれているのです。
また男系モドキとは何を指しているんですか?

推古即位により、皇統は女系に一時的に移り、その後も女系になったりしたが、これは祖先の意思ではなく、模倣にしてはならないという意味です。「皇統譜に書かれているから、男系継承じゃん!」なんて事は伊藤は言っておりません。さらに旧譜皇統譜は世系第1が天照である以上は「皇統は女系や男系に行ったり来たりしていた」という説の正しさを補強します。
→解釈が違います。
「皇統は男系であり女系ではない」「女帝は幼帝の成長を待つ為に一時的に即位したのであって、これは
後世の模範としてはならない」というのが伊藤の解釈です。
また、先述したように天照が男性神だろうが女性神だろうが、天照より一貫して息子系統が即位していますので男系継承には変わりありません。

「歴代天皇の御意志」とは何かと言うと、易姓革命を起こさない、臣下に皇統を乗っ取られないことです。
実際に内親王と藤原氏が結婚したケースは過去にあり、その場合は内親王の身分はそのままですが、子供は当然、藤原の姓を帯びます。これが即位をしたら藤原の易姓革命が実現します。それを防ぐために男系継承が行われたと見るしかありません。
→ここについては同意です。

ただし、当時は皇室典範はなく、慣習によって皇位継承は成り立っていましたので、内親王の子供を天皇の養子にしていたら、即位できていたかもしれません。
→皇位継承の慣習、いわゆる不文法は文字にする必要がないほど当然と受け継がれているもので
誰かによって変えられるものではありません。
ちなみに、明治になって皇位継承の慣習を文書化したのが皇室典範です。

現在では姓はなく、臣下の者と結婚しても易姓革命は起こりません。女系継承でも問題はないのです。
→その理論でいうと、場合によっては一般男性が天皇に即位しても問題ないと言っていることになりますよ。

また現在は姓は無いですが、概念としての姓はあります。
小林先生は「皇室は姓がないから結婚して皇室に入れば姓が消えるから易姓革命は起こらない」と言っていますが
姓というのは血統を表す記号のようなもので、生まれた時に決定するものです。
人間である以上血統はあります。また、血統は男系により継承されるものなので、他姓の男性が
皇室に入り子孫を残し、その子孫が即位すれば皇室の姓が他姓に切り替わることになり、
皇統断絶・易姓革命が成立します。
ちなみにこれは高森先生が以前に述べていた説です。

No.69 117ヶ月前

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