女性活躍のモソ族・・・ 思い浮かびましたのは、蜂の世界。クルマニハ 4ドヒカレマシタガ…🐝((( ゜"щ°)ハチニササレタコトハ イマダナシ💪 蜂も、働き蜂は全部メスで、オス蜂は働かないで巣の中でニート暮らし、 交尾の時期になると、女王蜂とともに巣から飛び立って行き、 交尾したら、そのままオス蜂は落下して死ぬそうで……。 交尾できずに巣に戻っても、働き蜂から役立たず・邪魔者扱いされて追い出されて、やっぱり死ぬそうで……。 以前、笹先生がライジングで、縄文時代には土偶などに示されているように、女性は崇拝の対象であり、 男性は・・・セックスの対象でしかなかったみたいなことを述べられていましたが、『ワンピース』…( ॣ•͈૦•͈ ॣ)ビッグ·マムカイゾクダン カナ…🏴☠️ 縄文時代も、男どもはモソ族の男やオス蜂と同様、女のヒモでニート暮らしだった? 時には五年前の一郎よろしく、女の前でちんこ振り回してイキりまくっていたりも? そして「男のクセに生意気よ!」と、ちんこ釣り上げられたりして、おもちゃにされたりなんかして・・・!?コノキョウフ…=͟͟͞͞(;´٥;щ;٥`;=͟͟͞͞)ジョセイノミナサマ…ワカリマス?…ワカッテオネガイ…🥀 縄文時代に女性たちが女王蜂のごとく崇拝の対象となっていたのは、 笹先生が紹介されたあの土偶が示していたように、やっぱり出産というものがあるからかと。 人間から、新しい別の人間が出てくるのって、科学が進歩した現代であっても、とっても神秘的な現象じゃないですか。 それが現代では、それなりに社会的地位の高い者ですら、「女は子供を産む機械」などと……。 どこからそうなった?どうしてそうなった? いつどこで女はしくじってしまった? 思いますに、縄文時代当時は狩猟が生活のメインで、 大自然の前では、ヒトなんて男も女も大差はなかったけど、 次第に狩猟から農耕・工業と、生産がメインにシフトし、そして文明が発展し、国家ができて、人同士で争いが起きたりしたら、 労働力で勝る男の方が!戦闘力で勝る男の方が!ということになった? 国家を維持・防衛し、発展することが尊ばれる価値観になったから、 オスの方が巣のボスになった?ダケドオスバチッテ…(´・・`;)ハリガナク セントウリョク0ナンデスッテヨ……🏳 フランス革命の人権宣言でも、もはや女なんか眼中にもなくなってしまうほどに、女の地位は落ちぶれてすまんと。 そしてあの五年前の一郎のように、 ちんここそが神の創りたもうた芸術だ!ちんここそが生命の神秘のシンボルなんだ!女どもはこのご神体を崇め奉り、ホレ、絵に残すがいい!ファファファ♪👩🎨 …なんていうのがまかり通るようになった…のかな?ソリャマ オトコトシテハ アンナフウニ…(∵;)ドヤリタイキモチハ ワカランデモナイケドネェ…🐦🔥 けれど、テクノロジーが発展し、労働力・生産力も、兵士としての戦闘力も、男女でそれほど差が無くなってきてしまった現代、 長らく女は男の下に甘んじてきたけど、今こそその神聖の座を男から奪還すべき時が来た!みたいな? いざ行かん!いざ行かん! 男どもの汚れた血を、我らの田畑に飲み込ませてやるために!…みたいな?マンジュセンセイ…イロイロヤバイケド…(*´༥`*)ナカナカ イイオンナジャノ~~💘 しかしモソ族のように、女が社会の主導権を握って、男を完全に畜群にして腐す…… 「女性活躍」「女性の地位向上」って、そんなんでいいの?という話ですな。 男どものちんこを釣って遊んで楽しんで大笑いして、 それでどうやって日本をより発展させるものなのよ?と。ソウイエバオイッコモ チイサイコロ…( ॢꈍ∀ꈍ٥ ॢ)チンコ ヒッパッテ アソンデマシタ……🐒 目指すべきは、女性たちのパワーを社会のためにもっと活用しようということであり、 男と女の立場をひっくり返してやろうということではないのでは?と。 単なる女性たちのルサンチマンの解消のために、男がどうして一緒に戦わなければならないのよ?みたいな。 我々は「女性天皇固執・女系カルト」などではなく、「男女双系継承公認・直子優先」、 どちらかを優遇し、どちらかを貶めるというものでは、結局なんの意味もないじゃん!🐕ナインダワン そういうことですな。 それでいうならば、極端な話、 もし男が女を張り倒そうとも、女がひたすら男に尽くすのでも、 それで生産力が上がるというのであればいいじゃないか!みたいな? それが両者にとって喜びであるなら、そういうのでいいんだよ!そういうことだって世の中にはあり得るのだよ!みたいな? 勿論、逆に女が男のちんこを釣り上げて、それで生産力が上がるなら・・・ それはないって!んなわけあるかあっ!と。。。。。ウルワシキ ジョセイノミナサマ…🎣⧛;´٥;皿;٥`;⧚アレハ マネシチャイヤン💙 というわけで、先週末の「歌謡曲を通して日本を語る」の感想をば・・・ キャンセル·カルチャー?🐟キャンセルカルチャー?🥩(ФωФ;)(ФωФ*)ドッチツカズモ タマニハイイニャン?🍚 私はクラシック音楽ファンなので、歌謡曲はとんと疎いのですが、 今回披露された歌は、最初のデュエットから『カサブランカ・ダンディー』、最後の『丘の上の愛』に至るまで、 なんか、オペラにありそうな歌ばかりで、私は過去イチ親しみを感じて楽しめました♪♪ イサンネライ…ミジメナセイカツカラ ヌケダシタカッタダケデ…🧹💨σ(°"゜)シンデレラハ オウジサマヲ ホントウニアイシテイタ?🐸…ッテヤツ? 「物語性」ということですな。 歌の背後にあるもの、表面上には明示されていないキャラクターの心理・内面・機微の部分、いわば「陰翳」に隠れている部分、 そこをあれこれイメージして楽しむみたいな。 音楽評論家の故・黒田恭一氏は、 オペラを楽しむなら、舞台や映像を観るより、まずは音だけを聴いて、色々イメージを膨らませて楽しむべしと。キザダケドイヤミハナイ…✧( ॣ•͈∀•͈ ॣ)ボンビャクノヒョウロンカトハ カクガチガッテマシタ…🍜 で、今回は「コンプラ違反歌謡曲」ということでしたから、 おっと!ということは、オペラもコンプラ違反ということで、 あんな曲こんな曲、キャンセルカルチャーの対象にされていくことも!?!? なにせ、クレジット会社までもがキャンセルされるような時代が到来しているのだから! ジャニーズや松本人志のキャンセルは所詮他人事じゃんと、まだまだ世間は軽く考えているでしょうけれど、 もう庶民の生活圏にまで、そのキャンセル・カルチャーの脅威は忍び寄ってきている……!と。 何がどんな理屈つけられてキャンセルされるか、もう分かったもんじゃない世の中になってきたのだぞ!と。コノヤバサ…σ(゜°;)イツニナッタラ ミンナワカルンダロウネェ??🧊 実際、モーツァルトの『コジ・ファン・トゥッテ』、タイトルそのまま「女は皆こうしたもの」、 どんな純心ぶった女でも、所詮不実な生き物だという内容、 これ観て、ヒステリック・フェミが黙ってられる?? 同じくモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』、 女を誑かしては、次の日にはもう他の女へと、女を振り回しては泣かせまくって……の、スケコマシの話、 …まあ、最後は地獄に落ちる話ですが、 果たしてヒステリック・フェミはブチギレずに最後まで観てられる?? 『魔笛』・・・ モロに黒人差別的な表現がありますが・・・・?? 「オリエンタリズム」・・・ 『蝶々夫人』『トゥーランドット』『ミカド』『ラクメ』『微笑みの国』等々、 これらに描かれている幻想の東洋の世界・雰囲気が、西欧の差別意識の現れだと、認識が広まったら・・・? それはそれとしまして、先日の「歌謡曲を通して日本を語る」で、私が最も唸らされましたのは、 よしりん先生の歌唱表現のグレードアップ具合でした。ヒュ~♪(*’▽’ノノ゙☆°⌖꙳✧˖👯♂️👯♀️👯 マジでマジで、これまでになく多彩なペルソナを演じられ、 且つ、いずれもこれまでになく彫りの深い歌い方になってきましたなあ!と。🕺タノシヤ♪タノシヤ♫o((〃∇〃o))((o〃∇〃))o♪シャルウイダンス?💃 各キャラクターへの感情移入、歌曲の世界観への没入、内面をえぐり出す深い洞察によって、 仏作って魂入れずな小手先のテクニック・歌唱力では描ききれない、情感豊かな歌唱を現出し、観客を圧倒し感銘を与える、 そういうのは、歌謡曲もオペラも同じですなと。モチロン ゴザイマスガ…( ੭•͈ω•͈)੭チョウゼツテクニックヲ タノシムナンバーモ…🦜🎶 で、コンプラ違反だとキャンセルする行為というのは、 作詞者作曲者のみならず、そうやって多様に多彩に描いてみせる歌い手たちの表現までも、根こそぎ丸ごと無かったことにしてしまうのだと。ギゼンシャドモガヨクモ…(#σ°皿°)σクソヲブチマケ 🚽ニナガシヤガッテ。。。。💩 それが正しい人の道だというなら、前述のモーツァルトのオペラなんかもキャンセルしなければならなくなるはず。 多くの観客に感銘を与えた公演の記録も、名盤として多くの人に愛された数々のレコードも、すべて抹消しなければならなくなるはず。 なぜそうしない? 「楽聖モーツァルト」に対する権威主義?或いはご都合主義? そんな中途半端なものなら、最初っからやるんじゃねえ! 偽善!偽善!偽善!まったく下らねえぜ!と。…トイッテ ホントニキャンセルトナッタラ…ᝰ(;。Д°;;)ドドドドド~シマショ…。。。。 ところで、あのよしりん先生の歌唱から、ちょっと思い出しましたのが、 昔視たある海外ドラマで、ドラマのオーディションのシーンで、 「小さな役なのに、けっこう大勢来てるな」と主人公が言ったら、 参加者の一人が「小さな役など無い!役者の器が小さいだけだ!」と怒号一発! そう、ぶっちゃけてしまえば、ポリコレとかキャンセルカルチャーとか、振りかざしているやつはカッコいいつもりなのかもですが、 結局みんな器が小さいってこと、人間の器が小さくなったってこと、 とどのつまりは、これに尽きるかと。イチマーイ…ニマーイ…🥏m(ཀ"ཀm)オオキナサラガタリナ~イ…ミタイナ?🧟♀️ 「インティマシー・コーディネーター」というもののお陰で、俳優が安心して演技できるようになったと、 まあ、良いことなのかもしれない…しれないけど、 役者がその器を大きく成長をするチャンスを逃すことになったりしない?? 『まいっちんぐマチコ先生』って……正直よく覚えてなくて、失礼しますが、『トム·ソーヤノボウケン』ッテ…๛σ(0Д0;)ケッキョク ドンナハナシデシタッケ? 私の子供の頃の思い出で似たようなもので覚えているものといえば、 志村けんとかとんねるずとかダウンタウンとか、あの頃は女優とかアイドルにけっこうやらしいことやってましたよね。 そうやって鍛えられたもの、あの頃の経験が役者の器をどーんと広げ、演技に深みを与えているなんてこともあったのでは? 役得と思っている男どもには、都合のいい話ではあっても。 そういえば、『ボキャブラ天国』という番組には、「ピンクのボキャブラ天国」というエロネタのコーナーがありましたなあ。 当時私は思春期真っ只中でしたが、翌日友だちとその話でよく盛り上がったものでした♪ 毎週何曜日でしたか、夕方5時から『お笑いマンガ道場』の富永一郎先生の「おっぱいマンガ」を楽しみにしてましたなあ。 『お笑いマンガ道場』は、「お笑いマンガDOJO」にはなりませんでしたが、 「ゴー宣DOJO」では、『お笑いマンガ道場』的なエンタメはやれない?? そういえば、いつか仰っていた鳥山明先生の分析、 誰か他の漫画家の方との対談とかだったら楽しそうと思うのですが? 秋本治先生とかだったら、ファンは狂喜乱舞間違いなしでは!!??ヒューヒュー♪\\\\🪭٩(ˊᗜˋ*)و🪇////フハハハハハハハ♫ …とにかく、今は人権派どもといい、或いは男系固執派どもといい、 本来、この「天照大御神が八百万の神を緩やかに束ねる」巨大な包容力を持つ国でありながら、 どうしてここまで器の小さい国になったのか? サイキンノウタハ コウエンノ🌳ノゴトシデシュカ?ゞ(˘・з・˘)アノウタコノウタ コン プラッタナッス ネ…ミタイナ⛲
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女性活躍のモソ族・・・
思い浮かびましたのは、蜂の世界。クルマニハ 4ドヒカレマシタガ…🐝((( ゜"щ°)ハチニササレタコトハ イマダナシ💪
蜂も、働き蜂は全部メスで、オス蜂は働かないで巣の中でニート暮らし、
交尾の時期になると、女王蜂とともに巣から飛び立って行き、
交尾したら、そのままオス蜂は落下して死ぬそうで……。
交尾できずに巣に戻っても、働き蜂から役立たず・邪魔者扱いされて追い出されて、やっぱり死ぬそうで……。
以前、笹先生がライジングで、縄文時代には土偶などに示されているように、女性は崇拝の対象であり、
男性は・・・セックスの対象でしかなかったみたいなことを述べられていましたが、『ワンピース』…( ॣ•͈૦•͈ ॣ)ビッグ·マムカイゾクダン カナ…🏴☠️
縄文時代も、男どもはモソ族の男やオス蜂と同様、女のヒモでニート暮らしだった?
時には五年前の一郎よろしく、女の前でちんこ振り回してイキりまくっていたりも?
そして「男のクセに生意気よ!」と、ちんこ釣り上げられたりして、おもちゃにされたりなんかして・・・!?コノキョウフ…=͟͟͞͞(;´٥;щ;٥`;=͟͟͞͞)ジョセイノミナサマ…ワカリマス?…ワカッテオネガイ…🥀
縄文時代に女性たちが女王蜂のごとく崇拝の対象となっていたのは、
笹先生が紹介されたあの土偶が示していたように、やっぱり出産というものがあるからかと。
人間から、新しい別の人間が出てくるのって、科学が進歩した現代であっても、とっても神秘的な現象じゃないですか。
それが現代では、それなりに社会的地位の高い者ですら、「女は子供を産む機械」などと……。
どこからそうなった?どうしてそうなった?
いつどこで女はしくじってしまった?
思いますに、縄文時代当時は狩猟が生活のメインで、
大自然の前では、ヒトなんて男も女も大差はなかったけど、
次第に狩猟から農耕・工業と、生産がメインにシフトし、そして文明が発展し、国家ができて、人同士で争いが起きたりしたら、
労働力で勝る男の方が!戦闘力で勝る男の方が!ということになった?
国家を維持・防衛し、発展することが尊ばれる価値観になったから、
オスの方が巣のボスになった?ダケドオスバチッテ…(´・・`;)ハリガナク セントウリョク0ナンデスッテヨ……🏳
フランス革命の人権宣言でも、もはや女なんか眼中にもなくなってしまうほどに、女の地位は落ちぶれてすまんと。
そしてあの五年前の一郎のように、
ちんここそが神の創りたもうた芸術だ!ちんここそが生命の神秘のシンボルなんだ!女どもはこのご神体を崇め奉り、ホレ、絵に残すがいい!ファファファ♪👩🎨
…なんていうのがまかり通るようになった…のかな?ソリャマ オトコトシテハ アンナフウニ…(∵;)ドヤリタイキモチハ ワカランデモナイケドネェ…🐦🔥
けれど、テクノロジーが発展し、労働力・生産力も、兵士としての戦闘力も、男女でそれほど差が無くなってきてしまった現代、
長らく女は男の下に甘んじてきたけど、今こそその神聖の座を男から奪還すべき時が来た!みたいな?
いざ行かん!いざ行かん!
男どもの汚れた血を、我らの田畑に飲み込ませてやるために!…みたいな?マンジュセンセイ…イロイロヤバイケド…(*´༥`*)ナカナカ イイオンナジャノ~~💘
しかしモソ族のように、女が社会の主導権を握って、男を完全に畜群にして腐す……
「女性活躍」「女性の地位向上」って、そんなんでいいの?という話ですな。
男どものちんこを釣って遊んで楽しんで大笑いして、
それでどうやって日本をより発展させるものなのよ?と。ソウイエバオイッコモ チイサイコロ…( ॢꈍ∀ꈍ٥ ॢ)チンコ ヒッパッテ アソンデマシタ……🐒
目指すべきは、女性たちのパワーを社会のためにもっと活用しようということであり、
男と女の立場をひっくり返してやろうということではないのでは?と。
単なる女性たちのルサンチマンの解消のために、男がどうして一緒に戦わなければならないのよ?みたいな。
我々は「女性天皇固執・女系カルト」などではなく、「男女双系継承公認・直子優先」、
どちらかを優遇し、どちらかを貶めるというものでは、結局なんの意味もないじゃん!🐕ナインダワン
そういうことですな。
それでいうならば、極端な話、
もし男が女を張り倒そうとも、女がひたすら男に尽くすのでも、
それで生産力が上がるというのであればいいじゃないか!みたいな?
それが両者にとって喜びであるなら、そういうのでいいんだよ!そういうことだって世の中にはあり得るのだよ!みたいな?
勿論、逆に女が男のちんこを釣り上げて、それで生産力が上がるなら・・・
それはないって!んなわけあるかあっ!と。。。。。ウルワシキ ジョセイノミナサマ…🎣⧛;´٥;皿;٥`;⧚アレハ マネシチャイヤン💙
というわけで、先週末の「歌謡曲を通して日本を語る」の感想をば・・・
キャンセル·カルチャー?🐟キャンセルカルチャー?🥩(ФωФ;)(ФωФ*)ドッチツカズモ タマニハイイニャン?🍚
私はクラシック音楽ファンなので、歌謡曲はとんと疎いのですが、
今回披露された歌は、最初のデュエットから『カサブランカ・ダンディー』、最後の『丘の上の愛』に至るまで、
なんか、オペラにありそうな歌ばかりで、私は過去イチ親しみを感じて楽しめました♪♪
イサンネライ…ミジメナセイカツカラ ヌケダシタカッタダケデ…🧹💨σ(°"゜)シンデレラハ オウジサマヲ ホントウニアイシテイタ?🐸…ッテヤツ?
「物語性」ということですな。
歌の背後にあるもの、表面上には明示されていないキャラクターの心理・内面・機微の部分、いわば「陰翳」に隠れている部分、
そこをあれこれイメージして楽しむみたいな。
音楽評論家の故・黒田恭一氏は、
オペラを楽しむなら、舞台や映像を観るより、まずは音だけを聴いて、色々イメージを膨らませて楽しむべしと。キザダケドイヤミハナイ…✧( ॣ•͈∀•͈ ॣ)ボンビャクノヒョウロンカトハ カクガチガッテマシタ…🍜
で、今回は「コンプラ違反歌謡曲」ということでしたから、
おっと!ということは、オペラもコンプラ違反ということで、
あんな曲こんな曲、キャンセルカルチャーの対象にされていくことも!?!?
なにせ、クレジット会社までもがキャンセルされるような時代が到来しているのだから!
ジャニーズや松本人志のキャンセルは所詮他人事じゃんと、まだまだ世間は軽く考えているでしょうけれど、
もう庶民の生活圏にまで、そのキャンセル・カルチャーの脅威は忍び寄ってきている……!と。
何がどんな理屈つけられてキャンセルされるか、もう分かったもんじゃない世の中になってきたのだぞ!と。コノヤバサ…σ(゜°;)イツニナッタラ ミンナワカルンダロウネェ??🧊
実際、モーツァルトの『コジ・ファン・トゥッテ』、タイトルそのまま「女は皆こうしたもの」、
どんな純心ぶった女でも、所詮不実な生き物だという内容、
これ観て、ヒステリック・フェミが黙ってられる??
同じくモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』、
女を誑かしては、次の日にはもう他の女へと、女を振り回しては泣かせまくって……の、スケコマシの話、
…まあ、最後は地獄に落ちる話ですが、
果たしてヒステリック・フェミはブチギレずに最後まで観てられる??
『魔笛』・・・
モロに黒人差別的な表現がありますが・・・・??
「オリエンタリズム」・・・
『蝶々夫人』『トゥーランドット』『ミカド』『ラクメ』『微笑みの国』等々、
これらに描かれている幻想の東洋の世界・雰囲気が、西欧の差別意識の現れだと、認識が広まったら・・・?
それはそれとしまして、先日の「歌謡曲を通して日本を語る」で、私が最も唸らされましたのは、
よしりん先生の歌唱表現のグレードアップ具合でした。ヒュ~♪(*’▽’ノノ゙☆°⌖꙳✧˖👯♂️👯♀️👯
マジでマジで、これまでになく多彩なペルソナを演じられ、
且つ、いずれもこれまでになく彫りの深い歌い方になってきましたなあ!と。🕺タノシヤ♪タノシヤ♫o((〃∇〃o))((o〃∇〃))o♪シャルウイダンス?💃
各キャラクターへの感情移入、歌曲の世界観への没入、内面をえぐり出す深い洞察によって、
仏作って魂入れずな小手先のテクニック・歌唱力では描ききれない、情感豊かな歌唱を現出し、観客を圧倒し感銘を与える、
そういうのは、歌謡曲もオペラも同じですなと。モチロン ゴザイマスガ…( ੭•͈ω•͈)੭チョウゼツテクニックヲ タノシムナンバーモ…🦜🎶
で、コンプラ違反だとキャンセルする行為というのは、
作詞者作曲者のみならず、そうやって多様に多彩に描いてみせる歌い手たちの表現までも、根こそぎ丸ごと無かったことにしてしまうのだと。ギゼンシャドモガヨクモ…(#σ°皿°)σクソヲブチマケ 🚽ニナガシヤガッテ。。。。💩
それが正しい人の道だというなら、前述のモーツァルトのオペラなんかもキャンセルしなければならなくなるはず。
多くの観客に感銘を与えた公演の記録も、名盤として多くの人に愛された数々のレコードも、すべて抹消しなければならなくなるはず。
なぜそうしない?
「楽聖モーツァルト」に対する権威主義?或いはご都合主義?
そんな中途半端なものなら、最初っからやるんじゃねえ!
偽善!偽善!偽善!まったく下らねえぜ!と。…トイッテ ホントニキャンセルトナッタラ…ᝰ(;。Д°;;)ドドドドド~シマショ…。。。。
ところで、あのよしりん先生の歌唱から、ちょっと思い出しましたのが、
昔視たある海外ドラマで、ドラマのオーディションのシーンで、
「小さな役なのに、けっこう大勢来てるな」と主人公が言ったら、
参加者の一人が「小さな役など無い!役者の器が小さいだけだ!」と怒号一発!
そう、ぶっちゃけてしまえば、ポリコレとかキャンセルカルチャーとか、振りかざしているやつはカッコいいつもりなのかもですが、
結局みんな器が小さいってこと、人間の器が小さくなったってこと、
とどのつまりは、これに尽きるかと。イチマーイ…ニマーイ…🥏m(ཀ"ཀm)オオキナサラガタリナ~イ…ミタイナ?🧟♀️
「インティマシー・コーディネーター」というもののお陰で、俳優が安心して演技できるようになったと、
まあ、良いことなのかもしれない…しれないけど、
役者がその器を大きく成長をするチャンスを逃すことになったりしない??
『まいっちんぐマチコ先生』って……正直よく覚えてなくて、失礼しますが、『トム·ソーヤノボウケン』ッテ…๛σ(0Д0;)ケッキョク ドンナハナシデシタッケ?
私の子供の頃の思い出で似たようなもので覚えているものといえば、
志村けんとかとんねるずとかダウンタウンとか、あの頃は女優とかアイドルにけっこうやらしいことやってましたよね。
そうやって鍛えられたもの、あの頃の経験が役者の器をどーんと広げ、演技に深みを与えているなんてこともあったのでは?
役得と思っている男どもには、都合のいい話ではあっても。
そういえば、『ボキャブラ天国』という番組には、「ピンクのボキャブラ天国」というエロネタのコーナーがありましたなあ。
当時私は思春期真っ只中でしたが、翌日友だちとその話でよく盛り上がったものでした♪
毎週何曜日でしたか、夕方5時から『お笑いマンガ道場』の富永一郎先生の「おっぱいマンガ」を楽しみにしてましたなあ。
『お笑いマンガ道場』は、「お笑いマンガDOJO」にはなりませんでしたが、
「ゴー宣DOJO」では、『お笑いマンガ道場』的なエンタメはやれない??
そういえば、いつか仰っていた鳥山明先生の分析、
誰か他の漫画家の方との対談とかだったら楽しそうと思うのですが?
秋本治先生とかだったら、ファンは狂喜乱舞間違いなしでは!!??ヒューヒュー♪\\\\🪭٩(ˊᗜˋ*)و🪇////フハハハハハハハ♫
…とにかく、今は人権派どもといい、或いは男系固執派どもといい、
本来、この「天照大御神が八百万の神を緩やかに束ねる」巨大な包容力を持つ国でありながら、
どうしてここまで器の小さい国になったのか?
サイキンノウタハ コウエンノ🌳ノゴトシデシュカ?ゞ(˘・з・˘)アノウタコノウタ コン プラッタナッス ネ…ミタイナ⛲