取り急ぎ、ライジング感想です。 草津町のケースでも分かるように、言われなき攻撃に対しては攻撃を、最大の防衛は攻撃になってしまう、という教訓なのでしょうか? 社会的な立場も、体力の面でも弱く、からだの構造が男性とは異なっている「女性」全般は庇護すべし、その通りでしょう。しかし、人間は(よい目的でも悪い目的でも)嘘をつくこともできるし、必ずしも本当のことを言わない、当の本人も無自覚にそのことを忘れてしまい、思い込みで「こういうことが怒ったに違いない」と言えてしまう。真実を見抜く目を持つのは至難のわざですが、デマや周囲にも惑わされず、常識や観察力・推理力などで正しいことを調査してゆく。間違った判断をしたら、素直に謝罪する、そういうことが肝腎なのかな、と思いました。 参政党の件ですが、その席次争い(?)にしても、百田のYouTubeの話などにしても、「同じ穴の狢」、あるいは「蝸牛角上の争い」、そんなことを思いました。 恐らくこの世界の大半は、「何となく出来事を知っていたい、でも、深く関わり合いにはなりたくない」というスタンスで、雰囲気でマスコミや政党にだまされるのでしょう。コロナの件にしても、ウクライナ、ジャニーズ、宝塚にしても。村上春樹ですら。 そうでなければ、「反コロナワクチンももうけているぞ。そいつらはずるいやつらばっかだ」という意見など浮かばぬはずがない。 必ずしも逆張りをしろとは言いませんが、いちおう「誰か」の立場になって、 これこれこのことをすることで、その人にとってどういうプラスがあり、マイナスがあるか、快楽があるのか? ということを考えてみないといけないのかな、その指針として大半の常識があるのだろう、とも思いました。 以上ですが、少し思い出したことを最後に。 以前よんだ推理作家の多岐川恭さんの短篇に、銀行の預金横領を手伝わせた元部下の行員をひそかに殺す手段として、 アイロンの端で叩く というのありました。当時の私は、「なぜアイロンなんかで人が殺せるのだろう、熱が引かないと兇器にもなるのかな?」ということなどをあれこれ想像していたのですが…。 違うんですよね、今のアイロンと比べても、大きさも形状も。重いんですよね? こういうことも「常識」を見て行く上での材料にしないといけないな、と。縦の糸も肝要。 …ゴジラの件も含めてくだらないことを記しました…。<(_ _)> ゴジラ面白かった意見も、よんでみたいです。私の言えた義理ではないのかな? それでは、また次号を期待します。
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!
昭和28年福岡生まれ。昭和51年ギャグ漫画家としてデビュー。代表作に『東大一直線』『おぼっちゃまくん』など多数。『ゴーマニズム宣言』では『戦争論』『天皇論』『コロナ論』等で話題を巻き起こし、日本人の常識を問い続ける。言論イベント「ゴー宣道場」主宰。現在は「週刊SPA!」で『ゴーマニズム宣言』連載、「FLASH」で『よしりん辻説法』を月1連載。他に「週刊エコノミスト」で巻頭言【闘論席】を月1担当。
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取り急ぎ、ライジング感想です。
草津町のケースでも分かるように、言われなき攻撃に対しては攻撃を、最大の防衛は攻撃になってしまう、という教訓なのでしょうか?
社会的な立場も、体力の面でも弱く、からだの構造が男性とは異なっている「女性」全般は庇護すべし、その通りでしょう。しかし、人間は(よい目的でも悪い目的でも)嘘をつくこともできるし、必ずしも本当のことを言わない、当の本人も無自覚にそのことを忘れてしまい、思い込みで「こういうことが怒ったに違いない」と言えてしまう。真実を見抜く目を持つのは至難のわざですが、デマや周囲にも惑わされず、常識や観察力・推理力などで正しいことを調査してゆく。間違った判断をしたら、素直に謝罪する、そういうことが肝腎なのかな、と思いました。
参政党の件ですが、その席次争い(?)にしても、百田のYouTubeの話などにしても、「同じ穴の狢」、あるいは「蝸牛角上の争い」、そんなことを思いました。
恐らくこの世界の大半は、「何となく出来事を知っていたい、でも、深く関わり合いにはなりたくない」というスタンスで、雰囲気でマスコミや政党にだまされるのでしょう。コロナの件にしても、ウクライナ、ジャニーズ、宝塚にしても。村上春樹ですら。
そうでなければ、「反コロナワクチンももうけているぞ。そいつらはずるいやつらばっかだ」という意見など浮かばぬはずがない。
必ずしも逆張りをしろとは言いませんが、いちおう「誰か」の立場になって、
これこれこのことをすることで、その人にとってどういうプラスがあり、マイナスがあるか、快楽があるのか?
ということを考えてみないといけないのかな、その指針として大半の常識があるのだろう、とも思いました。
以上ですが、少し思い出したことを最後に。
以前よんだ推理作家の多岐川恭さんの短篇に、銀行の預金横領を手伝わせた元部下の行員をひそかに殺す手段として、
アイロンの端で叩く
というのありました。当時の私は、「なぜアイロンなんかで人が殺せるのだろう、熱が引かないと兇器にもなるのかな?」ということなどをあれこれ想像していたのですが…。
違うんですよね、今のアイロンと比べても、大きさも形状も。重いんですよね?
こういうことも「常識」を見て行く上での材料にしないといけないな、と。縦の糸も肝要。
…ゴジラの件も含めてくだらないことを記しました…。<(_ _)>
ゴジラ面白かった意見も、よんでみたいです。私の言えた義理ではないのかな?
それでは、また次号を期待します。