🐇 うさぎです。高森先生が本日のブログで、次のようにおっしゃっています。 「(双系公認を求める運動は)あくまでも目的は皇位継承の安定化であり、その為には女性天皇・女系天皇を認める以外に選択肢はなく、それを邪魔している「女性差別」を克服する必要がある、という順序だ。ジェンダー平等という理念を皇位継承問題に機械的に当てはめようという考え方ではない…」 この問題については、私も考えました。「ジェンダー平等の理念」、女性の活躍、という現代社会の価値観は、目下の皇位継承問題においてどれくらいの重要性やプライオリティを持っているのか。思うに、これらの現代的価値観は、高森先生がお考えになるよりもずっと高い重要性を持っているのではないでしょうか。 仮定の話ですが、ちょっと考えてみて下さい。もしも今現在、愛子様に心身ともに健康な弟君が3人や4人も存在していたとしたら、つまり男系の皇位継承者が十分にいたとしたなら、私たちは現在のような行動はとらなかったのでしょうか? 愛子様がそのまま結婚して皇籍離脱されるのを、特に問題なしとして、看過していたのでしょうか? …そうなのだろうか? そのようなケースなら、そのような対応でよし、と私たちはしてしまうのでしょうか? それは、違う気がするのです。 仮に愛子様に弟君が5人いたとしても、私たちは、愛子天皇とその(将来の)お子様が皇位につけるようなシステムに、現行のシステムを変えるべきなのではないでしょうか。愛子様に弟君がいるいないに関係なく、英国流の「絶対的長子相続制」を実現すべく、努力すべきなのではないでしょうか。 なぜか。その理由は一つでしょう。愛子様や佳子様が天皇になり、そのお子様も皇位につけるようなシステムを作ることは、「女性の活躍」という21世紀の理想の実現を後押しするから、これ以外にありません。逆に、愛子様という立派な方がいらっしゃるのに、それを差し置いて、その弟君が即位なさるようなことがあれば、世の人々は「あぁ、やはり皇室というのは保守的で、とくに明確な現代的意義がなくとも、女性よりも男性を優先的に、国という共同体の頂点に据えることを、よしとするのだな」と思うことでしょう。少なくとも、一部の国民、女性の社会進出や活躍を期待する人たちに対して、そのような「メッセージ」を発してしまうことでしょう。 みなさんにとって、どうですか。現在の皇位継承問題において、「女性の活躍」という理想は、二義的な価値しか持たないものですか? 女性天皇・女系天皇の実現は、皇位継承の安定化のための手段に過ぎないものなのですか? 他に、何らかの皇位継承の安定化のための有効な手段があるならば、必ずしも女系公認は必要ないということになるのですか? 私は、今、このような状況になったから言えることなのかもしれませんが(そうじゃなかったら自覚できなかったかもしれませんが)、「女性の活躍」の理念を実現することは、皇位の安定的継承を実現することよりも「順序」が後、というふうには考えません。それは皇位の安定継承と同じくらい、現代日本人として、重要な事柄であると考えます。 今の私は、数年前の自分よりも、はるかにフェミニスト(社会における女性のさらなる活躍が望ましいと感じる人間)です。 🐇
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うさぎです。高森先生が本日のブログで、次のようにおっしゃっています。
「(双系公認を求める運動は)あくまでも目的は皇位継承の安定化であり、その為には女性天皇・女系天皇を認める以外に選択肢はなく、それを邪魔している「女性差別」を克服する必要がある、という順序だ。ジェンダー平等という理念を皇位継承問題に機械的に当てはめようという考え方ではない…」
この問題については、私も考えました。「ジェンダー平等の理念」、女性の活躍、という現代社会の価値観は、目下の皇位継承問題においてどれくらいの重要性やプライオリティを持っているのか。思うに、これらの現代的価値観は、高森先生がお考えになるよりもずっと高い重要性を持っているのではないでしょうか。
仮定の話ですが、ちょっと考えてみて下さい。もしも今現在、愛子様に心身ともに健康な弟君が3人や4人も存在していたとしたら、つまり男系の皇位継承者が十分にいたとしたなら、私たちは現在のような行動はとらなかったのでしょうか? 愛子様がそのまま結婚して皇籍離脱されるのを、特に問題なしとして、看過していたのでしょうか?
…そうなのだろうか? そのようなケースなら、そのような対応でよし、と私たちはしてしまうのでしょうか?
それは、違う気がするのです。
仮に愛子様に弟君が5人いたとしても、私たちは、愛子天皇とその(将来の)お子様が皇位につけるようなシステムに、現行のシステムを変えるべきなのではないでしょうか。愛子様に弟君がいるいないに関係なく、英国流の「絶対的長子相続制」を実現すべく、努力すべきなのではないでしょうか。
なぜか。その理由は一つでしょう。愛子様や佳子様が天皇になり、そのお子様も皇位につけるようなシステムを作ることは、「女性の活躍」という21世紀の理想の実現を後押しするから、これ以外にありません。逆に、愛子様という立派な方がいらっしゃるのに、それを差し置いて、その弟君が即位なさるようなことがあれば、世の人々は「あぁ、やはり皇室というのは保守的で、とくに明確な現代的意義がなくとも、女性よりも男性を優先的に、国という共同体の頂点に据えることを、よしとするのだな」と思うことでしょう。少なくとも、一部の国民、女性の社会進出や活躍を期待する人たちに対して、そのような「メッセージ」を発してしまうことでしょう。
みなさんにとって、どうですか。現在の皇位継承問題において、「女性の活躍」という理想は、二義的な価値しか持たないものですか? 女性天皇・女系天皇の実現は、皇位継承の安定化のための手段に過ぎないものなのですか? 他に、何らかの皇位継承の安定化のための有効な手段があるならば、必ずしも女系公認は必要ないということになるのですか?
私は、今、このような状況になったから言えることなのかもしれませんが(そうじゃなかったら自覚できなかったかもしれませんが)、「女性の活躍」の理念を実現することは、皇位の安定的継承を実現することよりも「順序」が後、というふうには考えません。それは皇位の安定継承と同じくらい、現代日本人として、重要な事柄であると考えます。
今の私は、数年前の自分よりも、はるかにフェミニスト(社会における女性のさらなる活躍が望ましいと感じる人間)です。
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