roku のコメント

 引き返して足を洗いなおし、「こんどは強そうなのが通らんかな」と思いながら立っている前を通りかかったのはM君です。「おい、M君、M君、先生を負ぶって玄関まで連れて行ってくれや」というと、すぐ背中をふり向けてくれると思ったのですが駄目でした。「しらんです。よう負わんです」冷たく言い放っておいて、さっさと、後も見ず行ってしまうのです。「おのれ、こいつめ!」子どもにふられた無念の思いが胸をかけめぐります。後も見ずに行ってしまう彼の後姿をにらみつけているとき、急に、M君が偉いやつに見えてきました。成績評価をよくつけようとわるくつけようと、その権利を握っている受持ちの先生に向かって、いやなことはいやだと言いきれる人間、これはたいしたものだぞ、と思われはじめたのです。こういう人間が、あの開戦の御前会議のとき、一人か二人いてくれたら、あの戦争だって避け得たのでないか。そうしたら、こんなにたくさん、お父さんのない子や、ご主人を失った未亡人の方や、一人息子を失って途方に暮れている老人がなくてもよかったのではないか。いや、これから先だって、この手も足ももぎとられたようなみじめな日本を背負いぬいて再建してくれるのはこういう人間ではないか、などと思いはじめると、私の学級にM君がいるということがすばらしいことに思えてきました。履物をとってきて足を洗いなおし、職員室に帰ると私は、手紙にその喜びを書き、彼に彼の偉さをどうかますます大切にするように呼びかけずにおれませんでした。

No.65 38ヶ月前

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