希蝶 のコメント

 3回ルールにより、一日先送りにしていました。昨日は生放送、有り難うございました。

 ワクチン接種券を破られた場面、感動しました。あれが一番のハイライトかな。自分も親に届いたワクチン接種券を人しれず廃棄しましたが、人前でやらないと効果はないのかも、と感じさせられました。
 しかし、ワクチン接種券にコロナウイルス予防効果はないわけですね。一体、何のために接種をするのやら、キャー、です(笑)。
 ちなみに、『蜘蛛の糸』で、カンダタがほかの人が昇ってくるのを認めたら、お釈迦様は、みんなを助けてくれたのでしょうか?井上靖の『氷壁』でしたか、友を助けるために、自らのザイルを切って墜落してゆく場面があったと思いますが、ああいう犠牲精神は現代の日本人には望めないのかな?

 では気を取り直して、今号の感想です。

 ゴーマニズム宣言・第418回「【公共の福祉】と【ワクチンパスポート】」
 前回の「道場」ですが、山尾志桜里女史がリモートになっていた時点で、既に「道場」からの彼女の「距離」を感じ、一つだけ開いていた空席に、立場の相違を思わさせられました。
 もう少し山尾さんの意見も聞いてみたかったような気もしますが、多分、人間が一度思い込んでしまった概念をくつがえし、自己の意見への固執から解放されるのは意固地な人ほど難しいのでは、と思います。自分も「正義」ほど怖い物はない、「正義」と呼ぶものは個々によって異なり、それが唯一絶対のものであるかのように錯覚してしまうことも多いからで、それでも世の中の「真理」と呼べる存在もあるわけで、自分のしていることがその「真理」とどれだけ乖離しているか、あるいは接触しているかを知るためには、自分を外側から見る客観性を持つように心がけなければいけないのかな、と思いました。

 「公共の福祉」と言われてしまうと、さもそれが「大多数」の指示する「真理」であるかのように見えてしまい、それが抽象的な言葉であるが故に正統性のあるものと勘違いしてしまう。そうではなくて、具体的に、これこれこういう場合はこう、あの場合はこうであるという規定があり、さらに、それらについても、ケースバイケースで、情況に合わせて考えてゆかねばならない。人間のすることは単純なようでいて、実は多種多様であり、法律で規定するだけではなく、臨機応変が求められることもあるのだ。
 そう考えると、「公共の福祉」とは、考えることをやめた人間が何となく場の空気で決めている危ういものであり、私たちはそれを規定した憲法を思考停止状態で何十年も受け入れてきたのかと思うと、非常に恐ろしいことだった、と思いました。

 「ワクチンパスポート」という制度で、逆に、ワクチンを打ったがために、差別される社会がくるかもしれない、とは想像できないのでしょうか?過去の時代には「ワクチン」が生命至上主義で必要と思っていたら、奇形児が続出し、その原因が過去の「ワクチン」だった、ということになれば、「あの人の祖先は愚かにもワクチンを打ったんだってよ」となる可能性もありえるのでは、と。
 よく私たちはカードを使って、ポイントをためたりしていますが、それも何かのパスポートみたいなもので(別に義務ではないけれども)、負担になってやしないか、とそんなことも考えてみました。そういいつつ、自分もある程度カードでポイントためをしてしまっているのですが。

 あまりうまくまとまらなかったけれども、こんなところです。

No.237 42ヶ月前

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