T.K(ティーケー) のコメント

>>139
>>142
>>162
>>173
>>178

一通り全文読みました。
これらに関係する私の感想を一言で言うと、
「あんた達ライジングで何を習って来たの?」
です。

「子供(ガキ)の喧嘩か?」
とも呆れてしまいます。

さらには、
「お前たち内訌(ないこう)ごっこをやって楽しいか?」
とも感じます。

倉持麟太郎さんがおっしゃってました。
「あいまいさを許さぬ議論をしよう。」

我々ライジング読者は当然その言葉が持つ感性を理解して、言葉の中身を血肉に入れてそこからさらにレベルアップした議論を展開していくものだと思っていましたが…。

何でしょうか、この惨憺たる状況は。
曰く、“そんなつもりで言ったんじゃないよ。“
曰く、“あなたの意見は誤解を招く。でも“あなたの持論は否定しないよ。“
そしてその返答として、
“個人に対する嫉妬に狂った私怨。
さらにその返しとして駄文であることを前置きした上で、
“気を悪くしたらごめんね。“

………。

もう一度言いたいけど、
あんたらライジングで一体何を習って来たん?
と、言いたくなります。

子供の喧嘩レベルの水準の低さに私は頭がクラクラしそうになりました。

“そんな物言いをしたら私が傷つきます。“
“貴方の意見は誤解を招く。“
“貴方の持論は否定しません。“
“気を悪くしないでね。“
“みんな違ってみんな良い。“
“貴方は○○を読んでいないのですね。そうに決まってます。“

……ハア。
溜め息が出ます。

これは私の感想ですが、相手を傷つけまいとして過剰に配慮する議論というものは議論として成立するのかという点。
「その意見は誤解を与える」は相手の議論の機先を制する(つまり相手に議論をさせず、やり込める)という点。
「読んでいないでしょ」「あなたは○○だからそんな事が言えるのですね。」
意見を言って得意になってたところ思わぬ反論が来た時特有の、相手に対して一定の敬意をも払えずにただ個人に対して嫉妬に狂った私的な怨念をぶつけてしまうという点。
そして駄文長文であるところを謝罪しながら、方言と標準語を綯(な)い交ぜで書き、「気を悪くしたらごめんね」云々の“相手を思いやる“点。

繰り返しになりますが、全文読んで鳥肌が立ちました(悪い意味で)。

じゃあ折角「あいまいさを許さぬ議論をしよう」という意見に賛同していた事は嘘になるのかと、私には疑問と不信の念が湧いてきますが、私の感想なので気にしないでください。

私の感想・疑問・不信が間違いであり、それが納得できるものであれば、謝ります。

謝ることを今更恥ずかしいと思うつもりはありません。
むしろ謝ることでアンチに対して率先垂範を示す事ができるから、間違いを犯していたら謝ります。

しかし傷のベロベロベロベロ舐め合いで、みんな気持ち悪いと思わないのでしょうか…。

No.186 37ヶ月前

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