続きです。 全体と個の独立の問題、とても難しいと思いました。全体があやまった信仰にとらわれていたら、個も間違いだと知りつつも、それに従う義務があるのだろうか? 前回のテーマともかなりかぶるけれども。それとも、人間は「自己を超越する」宇宙人がいて、自然の脅威があって、細菌やウィルスの恐怖があると信じこんでいないと、驕れきって自ら破滅してしまうと、自己を律しているつもりなのでしょうか。そうでなければ、ただの実況調のラジオドラマを事実と信じ込んだりはしないでしょう。みんながそういっているからそうなんだろう。思考を中止し、個の考えを失った生き方が楽だ、という怠惰が全体を支配する。そして、自然に帰ることが正義とされ、文明は放棄され、経済や社会を動かすことよりも、まずは個や集団の安全や保障を過度に求めるようになる。 アーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」も、とどのつまりは、こういう小説でしかないような気がしてきました。決して人間の「進化」ではなく、個を失って群体として廻りに迎合する生き方が天下を取る、みたいな。 生放送でブラジルの国情が語られていましたが、日本や欧米とは異なる問題を抱えていると理解できました。地域によって、国によって、人間は共通の物差しでははかれない、さまざまな様相や局面を見せるものなのでしょう。グローバリズムという共通の原則など元から存在していない、文明は地域毎に違った発展をしたものであって、似たようなところはあるにしても、世界史というひとくくりで見て良いものではなく、似ているところからも相異点を見つけ出さないといけないのではないか。そうしないと、先の話にもどりますが、この場合は個を規制するのがよいのか、個を生かすのが正解なのか、行進をどうしたら綺麗に見せられるかも分からなくなるように思えるのです。 自分もマニュアル絶対主義で、仕事でマニュアルに書かれていた通りの応対をして、珍妙がられた、という経験をしたことをも思い出しました。ケースバイケースであって、こうした方が正解だ、という答えなどなく、状況に応じて考えを積み重ねてゆくしかないのだ、と。少し前の話になりますが、「おんな城主直虎」でも、和尚さんがそんなことを述べていましたね。 とりとめのないことを記しました。生放送でも語られていましたが、これから起こる地獄の方がより深刻で、副業をニューノーマルとか言い換えても何の解決にもならず、むしろ副業をしないと生きられない人間の貧困の度合いが民度を低くする、と思います。はったり「モーニングショー」ではそんなばかな話題で盛り上がっているのかと、ため息が出ます。 木蘭さんの方はまた改めて。
常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!
昭和28年福岡生まれ。昭和51年ギャグ漫画家としてデビュー。代表作に『東大一直線』『おぼっちゃまくん』など多数。『ゴーマニズム宣言』では『戦争論』『天皇論』『コロナ論』等で話題を巻き起こし、日本人の常識を問い続ける。言論イベント「ゴー宣道場」主宰。現在は「週刊SPA!」で『ゴーマニズム宣言』連載、「FLASH」で『よしりん辻説法』を月1連載。他に「週刊エコノミスト」で巻頭言【闘論席】を月1担当。
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続きです。
全体と個の独立の問題、とても難しいと思いました。全体があやまった信仰にとらわれていたら、個も間違いだと知りつつも、それに従う義務があるのだろうか?
前回のテーマともかなりかぶるけれども。それとも、人間は「自己を超越する」宇宙人がいて、自然の脅威があって、細菌やウィルスの恐怖があると信じこんでいないと、驕れきって自ら破滅してしまうと、自己を律しているつもりなのでしょうか。そうでなければ、ただの実況調のラジオドラマを事実と信じ込んだりはしないでしょう。みんながそういっているからそうなんだろう。思考を中止し、個の考えを失った生き方が楽だ、という怠惰が全体を支配する。そして、自然に帰ることが正義とされ、文明は放棄され、経済や社会を動かすことよりも、まずは個や集団の安全や保障を過度に求めるようになる。
アーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」も、とどのつまりは、こういう小説でしかないような気がしてきました。決して人間の「進化」ではなく、個を失って群体として廻りに迎合する生き方が天下を取る、みたいな。
生放送でブラジルの国情が語られていましたが、日本や欧米とは異なる問題を抱えていると理解できました。地域によって、国によって、人間は共通の物差しでははかれない、さまざまな様相や局面を見せるものなのでしょう。グローバリズムという共通の原則など元から存在していない、文明は地域毎に違った発展をしたものであって、似たようなところはあるにしても、世界史というひとくくりで見て良いものではなく、似ているところからも相異点を見つけ出さないといけないのではないか。そうしないと、先の話にもどりますが、この場合は個を規制するのがよいのか、個を生かすのが正解なのか、行進をどうしたら綺麗に見せられるかも分からなくなるように思えるのです。
自分もマニュアル絶対主義で、仕事でマニュアルに書かれていた通りの応対をして、珍妙がられた、という経験をしたことをも思い出しました。ケースバイケースであって、こうした方が正解だ、という答えなどなく、状況に応じて考えを積み重ねてゆくしかないのだ、と。少し前の話になりますが、「おんな城主直虎」でも、和尚さんがそんなことを述べていましたね。
とりとめのないことを記しました。生放送でも語られていましたが、これから起こる地獄の方がより深刻で、副業をニューノーマルとか言い換えても何の解決にもならず、むしろ副業をしないと生きられない人間の貧困の度合いが民度を低くする、と思います。はったり「モーニングショー」ではそんなばかな話題で盛り上がっているのかと、ため息が出ます。
木蘭さんの方はまた改めて。