希蝶 のコメント

 話題が少しずれてしまいましたが、もう少し。上記の話も、タバコは昔から隔離されてこそこそ吸っていたものと思いこむ人や、公衆電話機のあった穴がなんなのか分からなくなる人が現れるのではないか、という話ではあるのだけれども。

 私の好きな小説に、木々高太郎という人があらわした「文学少女」という短篇があります。これは江戸川乱歩が激賞し、あえて探偵小説であることを否定した名作、といった話なのですが、その中に、ヒロインのミヤという少女が、女学校まで進学しながらも、父親の急死が原因で、望まぬ婚姻を継母の勧めでさせられる、という場面があり、それに親戚一同も賛同する、という話なのですが、これを「ひどい!女性の人権無視だ」と思うのは現代人の感覚でしょう。確かにそう感じていい話ですし、そのことが大きな悲劇に繋がるわけなのですが、当時の風習として、それが常識だった、ということは消去することはできないのではないのでしょうか。

 あと、「文学少女」で思ったことは、最後の場面で、大心池(おおころち)という心理学の博士に、ミヤがこう遺言する場面です。
「先生、痛みなどはなんでもありません。私は初めて人生を生きたいという希望に燃えてきました。藝術というものは、私の生涯を苦しめ、懊(なや)ませましたが、それがために人生を愛しました。文学というものは、なんという、人を苦しめ、引きちぎり、それでも深く生命の中へと入って消すことが出來ないものでしょう。でも、私はもう七度(たび)も生まれて来て、文学の懊みを味わいたいのです。私は、骨の髄まで、文学少女なのです。先生」
 京都アニメーションの悲劇で思い出した言葉です。この小説でも「盗作」が大きなテーマになっているのですが、私は犠牲になられたかたがたが、この言葉のようにあって欲しい、と願います。と、少し無理矢理「辻説法」とも話を繋げておきます。

No.39 64ヶ月前

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