リベラルの人たちによれば、「人権は大切、多様性も大切」らしいですね。 でも、多様性がそんなに大切なら、昔の人たちの価値観や生きざまを、LGBTのそれらを尊重するように、尊重しなくてはいけないはずなのに、まるで同性愛は死罪だとでも言うように、断罪するわけでしょう? 昔の人だろうと人身売買はケシカランだとか。 これは要するに、多様性を言いながら、実は単一性を尊重するということでしょうか。人権というアッラーが唯一絶対だと。 「死者の民主主義」という言葉を思い出します。 死者を度外視するなら、個人は死んでも生きつづける国のあり方を、正しく考えられるわけもない・・・まったくの正論にもかかわらず、この言葉が常識になっていないのは、「死者を想う」ということが、それだけ難しいからでしょうか。 「死人に口なし」を実行するのは、誰でも気が引ける、ただその後ろめたさは、女々しい文学的な感傷にすぎず、実際の政治とは無関係・・・そう考える方が、ずっと簡単ということでしょうか。 そもそも、死者と生者は、どう違うのでしょうか。死んでいる、生きている、明確きわまる違いですが、死者は生きていた、生者は死ぬということもまた、当たり前すぎる事実ではないでしょうか。 死者は、生者が生きるように生きたのだし、生者は、死者が死ぬように死ぬ。古代人は彼らの現代を生きて、現代人は未来人の古代を生きる、だから、みんな同じだ、死者差別や時代差別は理不尽だと、リベラルの人にこそ言ってほしいのですが。
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小林よしのりチャンネル
(ID:4494830)
リベラルの人たちによれば、「人権は大切、多様性も大切」らしいですね。
でも、多様性がそんなに大切なら、昔の人たちの価値観や生きざまを、LGBTのそれらを尊重するように、尊重しなくてはいけないはずなのに、まるで同性愛は死罪だとでも言うように、断罪するわけでしょう? 昔の人だろうと人身売買はケシカランだとか。
これは要するに、多様性を言いながら、実は単一性を尊重するということでしょうか。人権というアッラーが唯一絶対だと。
「死者の民主主義」という言葉を思い出します。
死者を度外視するなら、個人は死んでも生きつづける国のあり方を、正しく考えられるわけもない・・・まったくの正論にもかかわらず、この言葉が常識になっていないのは、「死者を想う」ということが、それだけ難しいからでしょうか。
「死人に口なし」を実行するのは、誰でも気が引ける、ただその後ろめたさは、女々しい文学的な感傷にすぎず、実際の政治とは無関係・・・そう考える方が、ずっと簡単ということでしょうか。
そもそも、死者と生者は、どう違うのでしょうか。死んでいる、生きている、明確きわまる違いですが、死者は生きていた、生者は死ぬということもまた、当たり前すぎる事実ではないでしょうか。
死者は、生者が生きるように生きたのだし、生者は、死者が死ぬように死ぬ。古代人は彼らの現代を生きて、現代人は未来人の古代を生きる、だから、みんな同じだ、死者差別や時代差別は理不尽だと、リベラルの人にこそ言ってほしいのですが。