音楽史の中の「カゲロウプロジェクト」
柴那典×さやわか×稲葉ほたてが語る
ボカロシーンの現在
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.4.25 vol.060
今朝の「ほぼ惑」は、中高生に絶大な人気を誇る「カゲロウプロジェクト」を取り上げます。『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』が話題の柴那典さん、『一〇年代文化論』を上梓したばかりのさやわかさん、ネットライターの稲葉ほたてさんで、「カゲプロ」ブームから見えてくるボカロの現在を語ります。
「カゲロウプロジェクト」は、じん(自然の敵P)によりニコニコ動画上で発表されたボーカロイド楽曲を中心として、小説・漫画・アニメなどでメディアミックス展開されている作品群の総称である。関連動画の再生回数が3000万回、小説の売上も300万部に迫り、2013年5月発売の2ndアルバム『メカクシティレコーズ』はオリコン週間チャート1位を獲得、アニメ化も行なわれた。この2010年代を代表するヒットコンテンツが、10代から圧倒的な支持を受ける理由は一体どこにあるのだろうか。そして初音ミクを筆頭とするボーカロイド文化と「カゲロウプロジェクト」の複雑な関係とは――!?
◎聞き手/構成:中野慧
▼座談会出席者プロフィール
柴那典〈しば・とものり〉
76 年生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。音楽やカルチャー分野を中心にフリーで活動。「ナタリー」「リアルサウンド」「サイゾー」「MUSICA」など数々のウェブメディア・雑誌媒体でインタビュー・記事執筆を手掛ける。初の単著『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)を2014年4月に発売。
さやわか〈さやわか〉
74年生まれ。ライター、物語評論家。『クイックジャパン』『ユリイカ』などで執筆。音楽、漫画、アニメ、ゲーム、ネットなどジャンルを問わず批評活動を行っている。著書に『僕たちのゲーム史』(星海社新書)、『AKB商法とは何だったのか』(大洋図書)、『一〇年代文化論』(星海社新書)がある。
稲葉ほたて〈いなば・ほたて〉
ネットライター。「ねとぽよ」実質編集長。聞き手役のつもりで座談会で話してたら、喋りすぎて記名で登場することに。
■2011年、「千本桜」と「カゲロウデイズ」の登場で何が変わったのか
――さて、今回の「ほぼ日刊惑星開発委員会」は、アニメ化を機に、「カゲロウプロジェクト」がなぜこれほどまでに今の10代の心を掴んでいるかについて、ニコニコ動画やボーカロイド文化に詳しいお三方にお集まりいただいて見取り図を整理していこうという企画です。さっそく、「カゲプロ」やじん(自然の敵P)という作家の魅力について語っていただければと思うのですが……。
稲葉 まずボーカロイドの歴史を振り返ってみた上で、じんの存在を位置づけるのがわかりやすいと思いますね。
さやわか 「初音ミクやボーカロイドといっても世代があって……」という話をまず一般の人には理解してもらわないといけなくて、ここがややこしいところです。
柴 その意味でいうと、「カゲロウプロジェクト」のじんさんが出てきた2011年ってすごく象徴的な年なんですよ。何の象徴かというと、ボカロカルチャーの歴史の切り替わりのタイミングになった、ということ。それ以前を振り返ると、まず音楽ソフトとしての「初音ミク」が発売されたのが2007年で、そのミクを媒介として音楽、イラスト、動画、3Dムービー、歌ってみた、踊ってみたなど、たくさんの人のクリエイションが連鎖して「初音ミク」という現象を創りあげていく、いわゆる「N次創作」によって生成された〈電子の歌姫〉のストーリーがあったわけです。
で、その流れは2008年、2009年とどんどん加速していって、ピークになったのが2011年だった。その「初音ミク現象」を象徴する曲として、livetuneのkzさん【※1】が手掛けたGoogle ChromeのCM曲「Tell Your World」が2011年の12月に公開された。これは、映像と共にその「初音ミクの物語」を明示的に描いた曲として、一つのアンセムとなった。で、あれが完璧なアンセムになったがゆえに、それを超えることは相当に難しくなってしまった。
【※1】kz(livetune)…ryo(supercell)と並んで、ボカロ草創期から現在に至るまで活躍を続けているボカロP/音楽プロデューサー。ClariSをはじめとしてTVアニメの主題歌も多数手掛けており、近年は中島愛、Fukase(SEKAI NO OWARI)、尾崎雄貴(Galileo Galilei)、BUMP OF CHICKENなどともコラボレーションしている。
▼ livetune feat.初音ミク「Tell Your World」(※Google ChromeのCMバージョン)
さやわか 「Tell Your World」って、初音ミクを中心としたニコ動のN次創作的なクリエイター文化を礼賛する曲のようにも聞こえるけど、実はそれがもう移り変わりつつある、初期に人々が夢を抱いた初音ミク像はもうピークを過ぎているということをノスタルジックに描いた曲でもあるんですよね。つまり逆説的に2011年の変化を踏まえて作られた曲になっている。
2011年って、後で話すけど「ボカロをメジャーに取り込もう」という動きがあった一方で、夏ぐらいにじんの「カゲロウデイズ」や、黒うさPの「千本桜」がブレイクしたりと色んな動きが重なった時期だった。
柴 「千本桜」の初投稿が2011年の9月17日、「カゲロウデイズ」が九月30日ですね。黒うさPは、もともとボカロシーンの黎明期から活躍されてた人で、同人音楽の出自もあって、音楽でストーリーを語るタイプのクリエイターだった。2008年には「カンタレラ」のような物語性を持った曲を投稿してますしね。だから、黒うさPさんはもともとボカロシーンのトップランナーだったんだけど、「千本桜」という曲が彼の最大の、そしておそらく2010年代初頭のネット音楽シーンにおける最大のヒット曲になったのは、おそらく発表されたタイミングも要因として非常に大きいと思います。「千本桜」も、小説やミュージカルになってメディアミックス的な展開をしているわけで、「カゲロウプロジェクト」と共通した要素はある。
さやわか 「千本桜」はPVを見ればわかりますけど、「初音ミク」というキャラクターそのものは、もうどうでもよくなっているんですよね。一応名前は使っているけど、初音ミクそのもののキャラクター性を意識したストーリーではなくて、登場人物の一人として初音未來という名前が与えられた女の子のキャラクターがいるというだけ。
▼黒うさP feat.初音ミク「千本桜」
柴 「Tell Your World」があくまで「初音ミクとクリエイター」のストーリーであるのに対照的に、「千本桜」や「カゲロウデイズ」にはそれがないですよね。「カゲロウデイズ」に至っては、ボーカロイドのキャラクター性すら用いていない。オリジナルのキャラクターを、名前・性格・ビジュアル面も含めて作り、その人物たちの物語を語るという形式を取っているわけです【※2】。
【※2】「カゲロウプロジェクト」には、主人公の「シンタロー」を始め、「エネ」「キド」「カノ」「セト」「モモ」「マリー」「アヤノ」「ヒビヤ」「コノハ」「ヒヨリ」などのオリジナルキャラクターが登場する。なお、pixivでは特に女性キャラクターの二次創作イラストの投稿が非常に盛り上がっている(ただし女性投稿者による非R-18がほとんどなので男性は期待せずに見に行ってください)。
さやわか だから、じんさんが今やっていることは、「自分たちは『初音ミクの物語』にはとどまらないものだ」ということでもあるし、「そもそも初音ミクのようなキャラクターを重視する音楽とはぜんぜん違うものだ」ということでもある。ただ、初音ミクやボーカロイドが積み上げてきた基礎の上に成り立っている音楽であることはたしかだから、これを説明しようとするとややこしくなるんですね。
▼じん(自然の敵P) feat.初音ミク「カゲロウデイズ」
■現代のボカロシーンを語る上での最大のキーワードは〈中二病〉
稲葉 その変遷というのに、世代交代の側面があったのが重要だと思うんですね。初期のボカロを支えた人たちと、その頃から顕著になって現在ランキング上位にあるような楽曲のファンは、実は別の人たちになってると思うんです。具体的には中高生の、それも特に女子ですよね。
僕は彼女らにちょくちょく話を聞く機会があるのですが、よくボカロの思い出で話に上がるのは、ハチ【※3】、DECO*27【※4】、sasakure.UK【※5】さんあたりなんです。そうなると実態としては、2011年のもう少し前から、初期のうるさ型の音楽好きのようなアーリーアダプタから、ボーカロイドのファン層が入れ替わりはじめていて、それが顕在化したのがこの時期だったのだろうと思うんですね。
【※3】ハチ…代表曲は「マトリョシカ」「パンダヒーロー」など。本名の「米津玄師」名義で自らボーカルを取る楽曲も発表しており、その1stアルバム「diorama」はオリコン週間チャート6位を記録。自ら動画やジャケットのイラストも手がけるマルチクリエイター。
【※4】DECO*27(デコ・ニーナ)…代表曲は「モザイクロール」「弱虫モンブラン」など。バンドサウンドが特徴的なボカロP。柴咲コウ、TeddyLoidとともにユニット「galaxias!」としても活動。
【※5】sasakure.UK(ササクレ・ユーケイ)…ゲームミュージック的な音作りと、宮沢賢治などに影響を受けた文学的な世界観をクロスオーバーさせた作風で人気を博している。代表曲は「ハロー*プラネット」「ぼくらの16bit戦争」など。
さやわか じん以前の流れという意味では、ハチさんはすごく大きいですよね。後に音楽誌とかで特集されるようになったりして、最終的には音楽性を追求していく方向性に行くんだけど、彼はまさに、自分ではないもの=ボーカロイドのキャラクターに仮託しながら、「中二病」的な思春期の自意識を歌う、という楽曲のスタイルを作った。2010年夏の「マトリョシカ」ってすごい曲で、ヒネたポップスでかつ動画が凝っているという、今のボーカロイド楽曲のある種の雛形になっている。
▼ハチ feat.初音ミク・GUMI「マトリョシカ」
稲葉 ある時期以降のボカロシーンを語る上での最大のキーワードは、「中二病」ですよね。いまの10代のある種のエンタメ文化を語る上でのキーワードでもありますが。
柴 去年、初音ミクを始めとしたクリプトン・フューチャー・メディア社のキャラクターがホログラムで登場してライブをする「マジカルミライ」というコンサートに行ったんです。このイベントは面白いつくりになっていて、入場するとまずイラストの展示があって、フィギュアやミク像が飾ってある。その先でパソコンがあってソフトウェアのデモが動いている。で、「みなさんが知っているミクは実はこのソフトです」みたいなことがわかるようになっている。「ボーカロイド楽曲の作り方」のようなワークショップもあって、最後にコンサートがあるんですね。そして何より印象的だったのは、お客さんの年齢層が本当に若かったこと。中学生だけでなく、親と一緒に来ている小学生も多かった。
稲葉 最近はもうボカロのファン層って小学生にまで降りていますよね。ボカロ関連の楽曲を小説にしている人たちなどに聞くと、読み手がどんどん低年齢化して小学生~中学生になってしまって、高校生になるとむしろお便りの数が少なくなるくらいだという話です。
柴 振り返ると、2010年にはJOYSOUNDのカラオケ年間総合ランキングの上位10曲のうち5曲をボカロの曲が占拠しているということで話題になりましたよね。ただ、実は今はその状況は落ち着いてきているんです。2013年の総合ランキングだとTOP10には「千本桜」しかない。この曲は40代でもTOP10に入っていますからね。ただ、世代別でランキングを見るとまた違った風景が見えてくる。10代のランキングを見ると、TOP10に「千本桜」「脳漿炸裂ガール」「いーあるふぁんくらぶ」「六兆年と一夜物語」「天ノ弱」が入っている。つまり、相変わらず半分がボカロ曲である。
さやわか というか、今や小中学生は「ボカロしか聞かない」ぐらいになっていますよね。
稲葉 「脳漿炸裂ガール」と「いーあるふぁんくらぶ」がランキングに入っているのも、凄いスピードだと思いますね。拡散の速度がどんどん早くなっている。
これは体感なんですけど、近年、下の世代に行くほどにニコニコ動画のランキングが異様な影響力を持ってるなと思うんです。「艦これ」が女の子に妙に広まってて、やたらその子たちがMMDを見てるのとか、おかしいと思いません? あれ、ニコ動のランキングで、年長の男性たちが盛り上がってるMMD杯だとかの動画を見てしまった影響以外に説明がつかない気がするんですよ(笑)。
実際、1年半くらい前に、僕がファンの子たちに「カゲロウプロジェクトってどこで知ったの? テレビでも雑誌でも特集されていないじゃん」って聞いたら、「だってランキングで上位じゃないですか」と"決まってるじゃん"みたいな口調で返されたことがあって(笑)。
▼みきとP feat. GUMI・鏡音リン「いーあるふぁんくらぶ」
■バンド文化とは別の形での集団制作
柴 そこで重要なのが「中二病」的な感性なんですよね。じんさんの最大の魅力って、彼がインタビューで言っている言葉をそのまま借りて言うと、「かつて14歳だった自分がどれだけグッとくるかしか考えていない」ところなんですよね。彼は14歳の頃にロックバンドの音楽を聴いて大きな衝撃を受けたわけで。ボカロという形態を選んだわけだけど、彼の価値判断の基準は今もそこにある。それで、小中学生化している客層に対して、14歳の心を保ち続けているじんというクリエイターの言葉をダイレクトに届けることができている。
――ただ、それって旧来的なロックバンドのありかたが、中高生を惹き付ける求心力を失いつつあるということでもあるのかもしれないですよね。
稲葉 じんはそういう意味では、従来のバンド文化的なものとは違うところから出てきた人と言えるのかもしれない。
ただ、ニコニコには別の形でのバンド的なるものが生まれ始めていて、それは動画制作のチームですよね。DTM(※デスクトップ・ミュージック。PC上で打ち込むことですべての音楽制作を完結させることができる)の発達で、一人でも全部音楽を作れる状態になった一方で、絵師や動画師、あるいは歌い手まで含めた制作体制が登場し始めている。HoneyWorks【※6】とかもそうですよね。
【※6】HoneyWorks…ボーカロイドオリジナル曲の制作チームで、代表曲は「告白予行練習」「ヤキモチの答え」など。最近ではベストアルバム『ずっと前から好きでした。』に関連した、戸松遥、神谷浩史、豊崎愛生、鈴村健一、阿澄佳奈、梶裕貴ら豪華声優陣もゲスト参加したアフレコ企画が話題となった。
▼HoneyWorks feat. GUMI「告白予行練習」
柴 なるほど。これって非常にバンド的ですよね。いわば曲の作り手がフロントマンである、という。
稲葉 カゲロウプロジェクトが一種の神話性を帯びている理由の一つに、「じんがぱっと上げた曲に、しづという特異な感覚を持った無名の絵師が連絡を取ってきて、さらに、わんにゃんぷーというアニメーションを動かせるクリエイターまで入ってきた」という流れがあると思うんです。
そういう意味では実は、かつてのバンド的なつながりって、ボカロ界隈の若い作り手のあいだでも存在しているし、そういうロキノンのような音楽媒体が重視してきた、作り手の物語を求めるような心性は変わらないんじゃないかと思います。
さやわか それに関して言うと、じんさんの作っているストーリーって、昔のバンド文化で歌われていたものとまったく違うかというと実はそうでもなくて、さっきのハチさんの例でも言ったように、登場人物に仮託しながら青春の切なさを歌っている。言ってしまえばバンプ・オブ・チキン的な物語なわけです。そういう意味では、別にフリッパーズ・ギターでもいいし。「ボカロだから」「初音ミクだから」ということにこだわりすぎてしまうと、そういう類似性を見過ごしてしまうだけで、実はやっていることはこれまでの音楽とそこまで変わらない、非常に普遍的なものなんですよね。
▲さやわか『一〇年代文化論』星海社新書
■「脱・初音ミク」の動きと、楽器としてのGUMI・IAの台頭
さやわか ここまでの話をまとめると、2011年頃からじんさんみたいな人が出てきてボーカロイド楽曲の「物語化」を図った。そこでの「物語化」って、無意識にせよ意識的にせよ、キャラクターとしての〈初音ミクの物語〉から離脱しよう、という動きだったわけですよね。これは言い換えると、「初音ミク」「鏡音リン・レン」といったボーカロイド歌声ライブラリを販売し、ブランドとしてそれをコントロールしているクリプトン・フューチャー・メディア社の供給する物語から遊離するような動きでもあった。
稲葉 実は2011年前後くらいから、作り手側でのクリプトン離れがありますよね。クリプトンによるブランドコントロールの熾烈さも、関係者の間では有名になっていった時期です。
象徴的なのは、その頃からインターネット社のGUMI【※7】が本格的に台頭してきたことじゃないですか。GUMIって当初キャラクターとしては上手くハネてなかったのですが、この頃からどんどん「楽器」として使われ始めた。実際、GUMIは「楽器」として本当に優れた性能を持っているというんですね。そういうことは、この時期にボカロそのものが「楽器」としての側面が強くなっていったことと軌を一にしてると思うんです。
【※7】GUMI(グミ)…インターネット社が販売するボーカロイド音源。声優・歌手の中島愛の声が採用されている。正式名称は「Megpoid(メグッポイド)」で、GUMIはボーカロイドキャラクターとしての愛称。
柴 IA【※8】も非常に「楽器」的なボーカロイド音源ですね。キャラクター性がそんなにない。
ボーカロイドのシーンを見ていくと、初音ミクって、やっぱり特別なキャラクターなんですよね。特に2012年から2013年にかけては、初音ミクがハイカルチャーと結びつく動きがあった。シンセサイザーの世界的なパイオニアである冨田勲が初音ミクを使って「イーハトーブ交響曲」というコンサートを行った。六本木の森美術館で開催された「LOVE展」では初音ミクが大きくフィーチャーされた。さらには、日本の電子音楽の第一人者である渋谷慶一郎さんがパリのシャトレ座でボーカロイド・オペラ「THE END」を開催した。そういう風に話題を作っていった。
【※8】IA(イア)…1st PLACE社の販売するボーカロイド音源。正式名称は「IA -ARIA ON THE PLANETES-(イア・アリア・オン・ザ・プラネテス)」。歌手のLiaの歌声が採用されている。クリスタルボイスとも称される美しい歌声が特徴的で、GUMI同様にソフトとしての扱いやすさにも定評がある。なお「カゲロウプロジェクト」の多くの曲では、初音ミクではなくIAが使用されている。
■ボーカロイドをめぐるメディア報道の「ねじれ」とは?
さやわか いま表立って現れてきているのは、その物語を離脱した人たちのつくる、初音ミクとはまったく関係のないかたちで結実しているものですね。
2011年におそらく、大まかにみて3つの流れに分かれていったと思うんですよ、1つ目は「初音ミクをあくまでもキャラクターとして使いたい」という流れ、2つ目は「純粋に音楽の装置としてボーカロイドを使いたい」という流れと、3つ目は「そのいずれにも関係なく、物語の装置として使いたい」という流れです。
それらがいろいろ拮抗したあげくに、クリプトンは「キャラクター」としての展開を意識してコンビニとタイアップしたりしつつ、一方で渋谷慶一郎さんや冨田勲さんみたいな人たちがいわば「ハイカルチャー」としての電子音楽とミクを接続させた。クリプトンはおそらくその路線に向けて舵取りしようとしているのではないでしょうかね。
稲葉 その一方でリスナーサイドに目を向けると、おそらくはハチやDECO*27たちのような作り手が種を植え、2011年ぐらいから本格的に台頭してきた「女子中高生カルチャーとしてのボーカロイド」という流れがある。そして、既に実体としてのボカロ人気を本当に支えているのはその子たちです。でも、それがマトモな形で言説として扱われることは、まずない。むしろ古くからのファンには、ボカロを堕落させるライトユーザーみたいに言われることさえある。
その「ねじれ」って、ボカロをめぐる言説のなかでもうずっと存在していて、そろそろ無理が出ているなと思うんです。ボーカロイド周辺の市場は凄く拡大しているけど、でも実態として売れてるのはHoneyWorksとか、あるいは隣接領域かもしれないけど、りぶ【※9】のような歌い手のCDでしょう。一方で良くも悪くも、その層で「THE END」の存在を知ってる子はまずいないですよ。
【※9】りぶ…ニコニコ動画を中心に活躍する歌い手の一人(男性)。「そらる」や「ろん」など他の人気歌い手と同様に、歌唱した動画がオリジナル楽曲の再生回数を追い越すこともしばしば。2014年発売の2ndアルバム『Riboot』はオリコン週間チャートで2位となり、歌い手としての現時点での最高位を記録。
▼Neru×りぶ「人生は吠える 歌ってみた」
■ライブパフォーマーとしてのじんはこれからどうなる?
柴 僕は音楽ライターなのでいろんなライブやフェスに行くんだけど、じんの去年夏のライブはすごく面白かったです。まず、お客さんがライブ慣れしていない。これは悪い意味ではまったくありません。
じんの曲は基本的にJロックのマナーで作られているので、ロックフェスだったら「ここで右手を高く挙げる」とか「ここで左右に揺れる、飛び跳ねる」とか、いろんなグルーヴやリズムに対してアクションが自然に起こるようなポイントがあるんですよ。ロックの文脈ではないアイドルのライブだって、ファンの人たちが非常に統制された動きでサイリウムを振るような文化がありますよね。でも、じんのライブでは、そういう形式化したものが一切ない。
さやわか ライブに初めて来たような人ばっかりで、戸惑っているようにも見えちゃいますよね。
稲葉 僕は行っていないのですが、現地でライブを見た友人が言っていて印象的だったのは、「観客の背が低い」と。おっさんとおばさんは、大変に除け者感があったらしい(笑)。まあ、二人とも大学卒業したてくらいの年齢だったんですけど。しかも、後ろから「なんでこんなとこに大人がいるの?」っていう声が聞こえてきた、と言ってました(笑)。
でも、そういう言葉が出てくるのって、要するに「これは私たちのものだ」という意識が生まれているってことですよね。そういういうユースカルチャー然としたものって今はほとんどない。じんという存在は、その中で一つそういう象徴になり始めているのかな、と思います。
柴 もう一つ面白かったのは、じんもいるしボーカリストもいるし、バンドメンバーもいるのに、歓声が「人」に行かないということだったんです。もちろんボーカルのMCとかギターソロで「うおおおー」ってなるんだけど、どのタイミングで一番大きな歓声が上がるかっていうと、曲のイントロなんです。それで、「あとは聞く」。つまり、これから何の曲がかかるかわかったときに一番高揚する。ステージにいる人はその曲を演奏してくれる人であって、その人自身はスターではないんです。
さやわか やっぱり物語のほうが大事なんですよね。アニメでたとえて言えば、たとえば『魔法少女まどか☆マギカ』の脚本を書いている虚淵玄という人物よりも、まどかやほむらというキャラクターや、そうしたキャラクターたちの関係性のほうに興味を持っている、というのに近い。
柴 虚淵玄に対するリスペクトはあるけど、「虚淵さーーーん!!」とはならないですからね(笑)。
さやわか あくまで一般のファンにとってはそうですよね。クリエイターは尊敬しつつも、やはりそれを演じている声優のほうが興味を持たれるし、キャラクターそのもののほうがもっといいわけですからね。それは普通のことだと思います。そういう意味ではじんさんのライブって曲で歌われている人物と演じ手が同一視される、「自作自演」を重視したかつての日本の音楽シーンから見ると、非常に変わった、目新しいものになっている。しかしそれだけにまだ発展途上な部分もあるわけで、そこをどうするかが今後の課題なのかなと思います。
稲葉 これはぶっちゃけて柴さんに聞いてみたいんですが、じんってステージパフォーマーとしてはどのくらいの素質があるんでしょうか?
柴 正直に言って、ライブとしての完成度はまだまだです。じんくんの同世代にKANA-BOONっていう去年ブレイクを果たしたバンドがいるけど、ロックバンドとしての佇まいと、かっこよさと、目の前の人を惹きつける力は、やっぱりそっちの方が強いんです。今のじんくんではKANA-BOONには敵わない。
さやわか しかしだからといって「やっぱり自分はパフォーマーとして勝負する段階に至っていないんだ」ということで早々にライブ活動を切り上げてしまったらもったいないですよね。メディアミックスでアニメ化されたりグッズが出たりして、「みんなカゲプロは知ってるしアニメも楽しく見ました」という人が増えたとしても、あまり益はない。単純に面白い物語の供給者として評価されるだけでは、面白さの核にあったはずの、ボカロとか、物語と音楽の融合という要素が忘れ去られてしまう。
柴 ただ、じんくんの曲が圧倒的な吸引力を持っているのは確かなんですよね。そして重要なのは、彼自身が「ステージに立つ」という文脈をようやく獲得したんということなんですよ。なぜライブに出る気になったかを聞いたら、彼は「自分は10代の子たちに爆弾を配った。僕がギターを弾くと、その子の中に動画のカタチで配られた爆弾が爆発する。僕はその起爆装置をやっているんです」と言っている。
しかも、イントロで一番歓声が上がっていたということは、じんくんの言う「配った爆弾が爆発する」ということが事実として起こっていたわけです。そういうふうに、「ライブミュージシャンでもパフォーマーでもなく、起爆装置のスイッチャーである」という自己認識を持ってステージに立っているというのはすごいなと思いましたね。
▼じん feat. IA「オツキミリサイタル」
■「分散型」でなく「中央集権型」のインターネット
柴 さきほどの稲葉さんの話にもありましたが、そもそもニコニコ動画って「ランキングがある」ということが強烈なフックになっていたんですね。
当初はボーカロイド音楽はパッケージCDが出ていなかったから、セールスによる優劣なんてつきようがなかったんだけど、音楽ソフトとしての「初音ミク」が発売された直後に、sippotanといういちユーザーが「週刊VOCALOIDランキング」(最初の名称は「週刊みくみくランキング」)という番組を10月くらいからやって、そのおかげでランキング文化が根付いた。
それにニコ動は再生回数、マイリスト数という2つの指標を持っていた。それゆえにメルトショック【※10】みたいなことも起こったわけですが。実は僕らがボーカロイド史を振り返ることができるのはランキングがあったおかげでもある。
【※10】メルトショック…ニコニコ大百科をご参照ください。
稲葉 これは、ウェブサービスにおける作り手の思想の問題でもありますよね。北米に影響を受けたネット企業って、頑なにダイアリーにランキングを入れなかった「はてな」が典型ですけど、分散型のインターネットを志向するんですよ。ユーザーをフラットに扱うし、個々人の好みがマッチングしていくようなイメージでウェブを捉えている。
それに対して、ニコニコ動画の運営思想って、実はかなり真逆を行っていると思うんです。本当に運営もユーザーもランキングが大好きだし、公式生放送やニコニコ大会議のような形でどんどんユーザーをステージに上げていく。ロングテールを充実させてマッチングを増やすというよりは、トップの牽引力でサイト全体のアテンションを拡大させる発想が強いですよね。
さやわか 原初的なインターネットの美学って「中心を持たない」ということなんですよね。だから「2ちゃんねる」も、中心を持たず掲示板がばらばらに乱立するものとしてつくられている。しかしだからこそインターネットでは、やがてランキングが文化を生む装置として機能させられるようになったわけです。ツイッターだって結局、フォロワー数によって他人を推し量る装置として使う人も増えましたし。
じんさんだって、もしかしたら自分の作りたいものとは違うかもしれないけど、ランキング上位を狙う、つまり「マス受けをする」ということを考えてカゲロウプロジェクトをつくっている。それは初音ミクやクリプトンの持っていた「分散型インターネット」の理想、原初的なインターネットの美学とは、少し違うものになってきているのかもしれない。
稲葉 ニコニコ動画に関して言えば、そもそも開発時の話ですら、ライブステージの再現が一つコンセプトになっていて、動画コメントの発想もそこから生まれているという話がありますよね(※)。ホームビデオの置き場所として作られたYouTubeとは、設計思想の水準で鋭く対照をなしているんです。ドワンゴという会社は、ウェブを興行のツールとして捉えた、世界でも稀有な企業だと思うんです。
面白いなと思うのは、そうやってステージに上げられてアテンションが集中したとき、作り手のモチベーションが一気に上がることです。ボカロPはどんどん作りこんでいくようになるし、歌い手はパフォーマンスを自発的に考え始める。手芸部だって料理だって同じですよね。もちろん僕も一般に知られていないお気に入りの投稿者は沢山いるけど、そういう話とは別に、ニコニコの最大の特徴はむしろこういう「凝集性」で、それこそが独自の文化を形成する要因になっていると思います。
(※)『ニコニコ動画が未来をつくる ドワンゴ物語』佐々木俊尚(アスキー・メディアワークス・2009)
■少子化の時代なのに「10代しか狙ってない」コンテンツだから面白い!
柴 僕はこないだ出た本の取材でクリプトンの伊藤社長に聞いたんですが、2013年の5月からニコニコ動画でもボカロ曲の再生数が落ち込んできている現状があるらしいんです。その理由を伊藤社長に聞いてみたんですけど、一つは「流行る曲調がみんな同じになってきている」と。新しい曲を聞いても、「これあの曲に似てる」と言われるようになってきている。
要は「自分のつくりたい曲をつくる」というよりも「どうやったら売れるか、再生回数が増えるのか」と仕掛けを考える個人や企業が増えてきた、ということらしいんです。そういう動画は再生回数を稼ぐけれども傾向が似てくる。で、パターン化されてくるから関心がだんだん薄れていく。伊藤社長からはそう見えているんですね。
▲柴那典『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』太田出版
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