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AKB48第二章を予言する「恋チュン」――国民的「音頭」はいかにつくられたか[宇野常寛]

2013/12/31 11:40 投稿

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【今週のお蔵出し】
 12/20のお蔵出し:それは「神様」も知らない『恋するフォーチュンクッキー』
                                  (初出:「ダ・ヴィンチ」2013年10月号)




 最初は何を言われているのか、よく分からなかった。電話の相手はフジテレビのプロデューサーで、僕が6月の総選挙特番の解説に出演したときの担当者だった。秋元先生からの伝言があるんです、というから何事かと思った。そして次の瞬間、たぶん番組の感想なのだろうと思いあたり、だとするとこうやってスタッフに伝言を頼むということはそう悪くない内容に違いないと、勝手に胸を弾ませた。だからそれがまさか僕に「ダンスを踊れ」というオファーの電話だとは思わなかった。

 AKB48第5回選抜総選挙は、大方の予想を覆し姉妹グループHKT48所属の指原莉乃の1位奪取という結果を迎えた。そして指原をセンターに迎えた新選抜メンバーが歌う新曲『恋するフォーチュンクッキー』は発売と同時に、いや発売直前からちょっとした社会現象になりつつある。
「音頭」を裏コンセプトにしたと言われるこの『恋するフォーチュンクッキー』のミュージック・ビデオは指原の所属するHKT48の本拠地である福岡・博多での4000人近いファンが参加した公開収録を皮切りに、全国各地でメンバーと一緒に一般参加者がダンスを踊る姿が撮影されていった。
 7月から始まった夏の5大ドームツアー(福岡、札幌、大阪、名古屋、東京)では必ずアンコール時に会場の数万人のファンにステージ上からメンバーがこの曲のダンスは一緒に踊って欲しい、という呼びかけを行った。
 そう、この『恋するフォーチュンクッキー』は誰もが踊ることができる/踊って欲しい、という願いのこもった新曲として世に送り出されたのだ。
 ブームのきっかけは7月にYouTube上に公開された「スタッフver.」と題された動画だった。その動画ではAKB48劇場総支配人の戸賀崎智信氏以下、メイク・衣装担当、広報・事務担当、レコード会社の担当者、コンサート放送関係のスタッフなどが次々と登場し、それぞれの職場で不器用な、でもとても楽しそうなダンスを披露した。この動画はたちまちインターネット上で爆発的な話題を呼び、公開約1週間で約400万再生を記録した。(僕自身、キングレコードの湯浅順司氏や映像制作担当の北川謙二氏など、面識のあるスタッフがノリノリで踊っているのを見て、いったい何をやっているんだ、と衝撃を受けた。)
 この「スタッフver.」の起こした衝撃は海外にも波及した。「スタッフver.」に刺激を受けたというテキサスのファンがインターネット上で活動を開始した。彼らはソーシャルメディアで全世界のファンに動画の投稿を呼びかけた。その結果、インドネシア、オーストラリア、フランスなど14か国80名以上が参加した「ファンver.」が完成し、YouTube上に公開された。さらにこれらの動きに刺激を受けた女性向けブランド・サマンサタバサのスタッフによる「サマンサタバサver.」などが話題を集めている。これらの現象がシングルCD発売「前」の現象であることを考えると、この先ファンによる自主動画のアップロードが連鎖する現象が起こることも十二分に想定される。

 実際にシングルCDの売り上げも今のところ好調で、発売初日の8月20日に109・6万枚を記録している(もちろんオリコンチャートでは1位だ)。初日のミリオン達成は、総選挙の投票券が付属する毎年初夏にリリースされるシングル(つまりファンの購買動機が選挙によって極端に上昇するシングル)を除けばグループ初のことであり、早くもファンからの高い支持がうかがえる。
 
 おそらく、この『恋するフォーチュンクッキー』で秋元康が狙っているのは、国民的「音頭」をつくること、だ。今や幼稚園のお遊戯や、カラオケの定番になりつつある2010年の『ヘビーローテーション』が築いた地位を自ら乗り越えるのがその目的なのではないかと思う。
 昨年夏の前田敦子の卒業と、結成当初からの目標である東京ドームコンサートで誰もが認めるようにAKB48の第1章は完結した。秋葉原の小さな劇場に10人足らずの観客を呼ぶことしかできなかった地下アイドルは今や知らない日本人を探すほうが難しい国民的アイドルグループに成長した。参加型のユニークなシステムと、劇場や握手会などのイベント(+ファンたちのソーシャルメディア発信)に軸足を置き、動員力をつけながら徐々にマスメディアを席巻していく戦略でエンターテインメント状況を一変させた。
 そして前田の卒業からのこの1年は、これらのミッションをクリアしてしまったAKB48がこの先どこへ行くのかを占う試行錯誤の1年だったように思う。たとえば開催中の5大ドームツアーも、たしかに規模こそ広がったのだろうが何を目指しているのかはいまひとつ不明瞭だ。メジャー化という観点においては、AKB48グループは既に頂点を極めている。
 上に昇っていくゲーム=AKB48の第1章が完結したのならば、水平に広がっていくゲームがAKB48の第2章になっていくはずだ。そう、地下アイドルが国民的アイドルに昇り詰めるのが第1章なら、第2章はプロ野球やJリーグ、あるいは宝塚歌劇団のように、地域に根を下ろしてこの国の文化インフラとして定着していくのがそのミッションになるのではないか。この1年は、まさにこうした第2章のミッションが課題として自然と浮上してきた1年だった。
 たとえば昨年末にはSKE48の主要メンバーが大量離脱するという「事件」があり、地方グループ経営の難しさを露呈させた(地方グループの選抜メンバーよりも、AKB48本体の非選抜メンバーの方が有利であるという「現実」がメンバーを失望させたことは想像に難くない)。また海外進出についてはインドネシア(JKT48)の盛況と裏腹に、中国(SNH48)は政治的問題で難航しており、一進一退を続けている。
 AKB48が水平方向に広がり、この国の文化的なインフラとして定着していくためにはこうした課題をクリアしていくことが不可欠なのだ。そんな中開催された『恋するフォーチュンクッキー』を歌う第5回選抜総選挙で1位を獲得したのは、姉妹グループHKT48の指原莉乃だった。

 さて、ここでこの『恋するフォーチュンクッキー』の歌詞について考えてみよう。
 一見、秋元康がこの曲に与えた歌詞に特筆すべき点はないように思える。地味で平凡な女の子が片思いの相手のことを考えている。相手はたぶん、自分に釣り合う相手ではない。けれど、ふとしたきっかけで(カフェテリア流れるミュージック/ぼんやり聴いていたら)片思いの生む「楽しさ」が彼女を強気にしていく。そして「未来は そんな悪くないよ」「人生 捨てたもんじゃないよね」と世界の可能性を信じられるようになっていく。こうした片思いの気持ちそれ自体(アイドル=AKB48という装置の比喩)が、世の中に絶望しないで済む希望の根拠になっていく、というのは秋元康がAKB48に与えた歌詞には多くみられるパターンにすぎない。(たとえば『大声ダイヤモンド』がそうだ。この歌詞の主人公の「僕」は「僕たちが住むこの世界は 誰かへの愛で満ちている」ことを確信した結果、「空を見上げている」だけで「涙が止まらない」状態にある。そして「好きって言葉は最高さ」と3回繰り返している。)

 しかしここでこの主人公の地味で平凡な女の子がセンターの指原莉乃への「あて書き」で造形されていることに注目してみよう。
 この歌詞に登場する「カフェテリア流れるミュージック(=大衆歌謡曲)」と「フォーチュンクッキー」は、それぞれAKB48(というシステム)と、その結果信じられるようになる世界の可能性のことだ。 

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