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編集者・ライターの小池真幸さんが、「界隈」や「業界」にとらわれず、領域を横断して活動する人びとを紹介する連載「横断者たち」。今回は、文化人類学的調査手法を用いた行動観察に基づいてアイデアを生み出すアイデアファンド代表取締役の大川内直子さんに話を伺いました。アカデミア外でも人類学への注目が高まっている昨今、その知はいかにして応用されていくべきなのか。これからの資本主義システムの可能性と課題にも目配せしながら、人文知と企業社会の接点について考えます。

小池真幸 横断者たち
第7回 いま必要なのは「実践」としての人類学だ(前編)

人類学ブームの功罪

 ここ数年、「人類学」という単語を目にすることが増えた。書店に足を運べば、「◯◯の人類学」というタイトルの書籍がいくつか目にとまる。デザインやリサーチといった領域を中心に、ビジネスの中でも人類学的思考の活用が模索されるようになった。

 もちろん、日本において、人文系の学問領域がアカデミア外でも注目を集めること自体は新しいことではない。1980年代のニュー・アカデミズム、ゼロ年代の社会学ブーム……そうしたトレンドは定期的に訪れる。ただし、その先達たちの顛末を見ても、コマーシャリズムの中で持ち上げられることが、功罪どちらの要素も併せ持つことはたしかだろう。昨今の人類学への注目の高まりは、一体どのようなポジティブな変化を引き起こしていて、どのような問題点をはらんでいるのだろうか?

 この問いについて考えるため話をうかがったのが、人類学的思考をアカデミア外に応用する挑戦の真っ只中にいる、大川内直子さんだ。彼女は東京大学大学院総合文化研究科で文化人類学を専攻し、修士課程修了後、日本学術振興会特別研究員(DC1)に内定し研究者の道を突き進むと思いきや、これを辞退。みずほ銀行での勤務を経て、文化人類学的調査手法を用いた行動観察に基づいてアイデアを生み出す、アイデアファンドを設立した。
 現在は国際大学GLOCOM主任研究員も兼任しながら、アイデアファンドで企業向けのリサーチやコンサルティングに取り組んでいる。2021年9月には、初の著書『アイデア資本主義──文化人類学者が読み解く資本主義のフロンティア』も上梓した。文化人類学とビジネス、アカデミアと企業社会を架橋する〈横断〉者である。

 大川内さんはなぜ、伝統的な文化人類学の世界から飛び出し、企業社会への応用という道を選んだのだろうか? アカデミア内外を架橋する張本人として、昨今の人類学への注目の高まりの功罪を、いかにして見ているのだろうか? 話をうかがっていると、彼女が考える「実践」としての文化人類学のあり方、さらには昨今の脱資本主義的トレンドへの違和感まで話題が広がり、これからの資本主義システムの可能性と課題が浮かび上がってきた。

「人類学とは実践である」国内外で広がる、アカデミア外への応用

「人類学者のフィールドワーク」と聞いて、どんなシーンを思い浮かべるだろうか。アフリカの奥地に数年間滞在し、現地住民と生活を共にしながら、その文化に深く入り込んで調査を進める──そんなイメージを持っているかもしれない。しかし、大川内さんの経営するアイデアファンドが実施してきたフィールドワークは、一般に思い浮かべられがちな伝統的な人類学のそれとは、少し趣が違っている。

「普通の人の家の部屋にお邪魔させてもらって、その中でずっと観察するんです。通勤通学の途中にずっと張り付いていることもあります。もちろん、許可は取っていますよ(笑)。また、人ではなく、場にフォーカスする形でフィールドワークを行うこともあります。例えばバーの調査だったら、私がお客さんを装ってずっとその店にいます。お客さんが最初はどういうものを頼むのか、どういう会話をしたタイミングで追加注文をするのか、店主との会話を楽しむのか……、そんなことをずっと観察していますね。コロナ以降はなかなか『家に行かせて』と言いづらくなったので、自分で家の中を撮ってもらったり、Zoomをつないで家の様子が見えるように何時間も映してもらったり、Zoomで何度もインタビューしたりと、スタイルを変えざるを得なくなってはいますが」

 もちろん、このフィールドワークはあくまでも企業の事業開発や商品開発に活かすための知見を得ることが目的であり、論文を書くためのそれとは別物だ。ただし、大川内さんはこうしたフィールドワークも「人類学」の一つだと考えている。なぜなら、人類学とは「実践」だからだ。

「文化人類学者の船曳建夫先生も『人類学とは態度である』という旨のことをおっしゃっていましたが、私の考えでは、人類学は別に方法論がかっちり決まっているわけではなくて、調査の仕方も一人ひとり全然違います。その場その場で気になっていることを聞いているという側面が強いので、再現性も検証可能性もあまり高くなく、“技”としての性格がとても強くなっている。たまたま面白いフィールドに行けるかどうかにも左右されますし、事件が起こって突然面白くなることもあるので、運の要素に大きく影響を受ける。もちろん、分析や論文の切り口、まとめ方などに関する方法論もありますが、それはあくまでも人類学の一部に過ぎません。きちんと大学に勤めて調査をして、論文にすることだけが人類学的な正しい行いとして考えられがちですが、必ずしもそうでなくともいいのではないかと私は考えています。アウトプットが論文でなく、製品や会社の組織、ボランティア活動であっても、フィールドを自分の目線で関与しながら知ろうとする実践そのものを人類学として捉えてもいいのではないでしょうか」

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