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お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。
今回はライブ終わりの「打ち上げ」をめぐる、とある先輩芸人とのエピソード。「売れてる芸人の基準」について議論に花を咲かせながら、彼の別れ際にこぼした「ある一言」に、高佐さんが思うことは……。

高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ
第23回 2年ぶりにした打ち上げ

 先日、オードリーネタライブという、オードリーの二人が不定期で開催しているライブに出させてもらった。ネタライブという名の通り、オードリー含め数組の芸人がネタを披露するだけの至ってシンプルなライブだ。特別な企画コーナーなどはなく、ある意味ストイックなライブでもある。
 僕らザ・ギースは、どういうわけか毎回このライブに呼んでもらっていて、下手したら初回から一度も欠かさずに出演しているかもしれない。若林さんが本当にどういうわけだか僕らのコントを好いてくれていて、僕らがキングオブコントの決勝に残るとか残らないとか、今上り調子だとか下り調子だとか、そんな世間の風向きなど一切お構いなしに呼んでくれるのだ。同世代ということもあるかもしれないが、こんなにも義理堅い人がいるだろうか。損得勘定という概念が欠如しているのではないだろうかとさえ思う。
 僕らと同じく毎回出演している芸人さんに、TAIGAさんというピン芸人がいる。
 TAIGAさんは、オードリーの二人とは古くからの付き合いで、ショーパブでの下積み時代からずーっと一緒に苦楽を共にしてきた仲だ。厳密に言えばオードリーの先輩に当たり、芸歴も年齢も上になる。最近では「アメトーーク!」の「40過ぎてバイトやめられない芸人」という括りの回に出演し、苦労人として注目されたことで、今じわじわと認知度が高まり、いろんな番組に出始めている。
 そんなTAIGAさんと僕らは、他のライブでもたまに会って喋ったりするのだが、正直どんな人なのか、そこまで深くは知らない。なんとなく、カッコつけてるけど抜けてるところもある、よく後輩からイジられてる先輩、といった印象だ。発言や行動に隙がある人なので、そこを突かれて笑いが起こるという、いわゆる愛されるタイプの芸人さんだ。その日のネタライブでも、歌ネタの途中で歌詞が飛んでしまい、必死に思い出そうとするが、無情にも曲は流れ続け、一向に思い出せずにあたふたする姿に客席は大爆笑だった。自分のミスで爆笑が起こるというのが不本意だったのか、相当凹んで袖に戻ってきた。大爆笑の後に、あんなに凹んだ姿で袖に戻ってきた人を初めて見た。そしてライブのエンディングでその様子を周りにイジられる。
 自分に置き換えて考えてみるとゾッとする。多分僕が同じようにミスをしてもあそこまで笑いは生まれないだろう。そしてエンディングでも腫れ物に触る感じになってしまい、イジられるということはないだろう。そう考えると、人(にん)というのはお笑いにおいて本当に大事で、これこそが才能だろうなあとも思う。

 ライブが終わり、楽屋でみな着替えたり、帰り支度をしていると、TAIGAさんが誰に向けるわけでもなく言った。
「打ち上げ行きたいなぁ」
 今はご時世的に、どのライブでも打ち上げは解禁されていない。もちろん演者の内の数人で行く分には、2021年10月現在、規制緩和もされてきているので構わないだろうが、大人数での打ち上げはやれないのが現状だ。もうこの状況になって2年近くになる。
 インドア派の僕にとっては、この打ち上げ無しの風潮はとりわけ辛くも苦しくもなかった。どちらかというと、居心地の良ささえ感じていた。人と飲むこと自体は嫌いではないが、人数が増えれば増えるほどかかってくるストレスは増える。人が揃うまで飲食に手を付けてはいけなかったり、後輩は率先して働かないといけない。気が合わない人と席が一緒になることもあるし、自分の好きなタイミングで帰りづらい。そもそも、うるさい場が苦手だ。よく「打ち上げは自分たちのためじゃなく、スタッフさんを労うためにやるものなんだよ」と言う人がいるが、仕事が終わったらすぐに帰りたいと思うスタッフさんも確実にいるはずで、その人たちのことはどう考えてるんだろう。色々考えると、人と会うより一人の方が楽だよ。
 愚痴が止まらなくなってきたので、話を元に戻します。
 TAIGAさんの「打ち上げ行きたいなぁ」に、その場にいた芸歴4年ほどの若手が答えた。
「僕たち、まだライブ後の打ち上げって体験したことないんですよ」
 コロナによって時代の流れはこんなにも変わるのか。聞くと、これまでは当たり前のようにあった、ライブ後、劇場入り口付近にファンの方が集まる「出待ち」も経験したことがないという。
 そんな新鮮な話に、僕らが一様に驚いたり、興味を惹かれたりしている中、TAIGAさんは
「オードリーネタライブも、前までは打ち上げがあったんだよ……」
 と、『ALWAYS 三丁目の夕日』でも見るかのような顔つきで声を漏らした。
「あ、そうなんですね! 打ち上げという感覚がないので一度行って──」と言葉を続けようとする若手の声が耳に届かなかったのか、TAIGAさんはもう一度
「打ち上げしたいなぁ」
 と、言った。そこから5分置きに「打ち上げしたいなぁ」と漏らすTAIGAさんこと打ち上げしたいなぁおじさんに、誰かが「いや、TAIGAさん。打ち上げないで今日のネタ反省してくださいよ」ともっともなことを言う。楽屋内が笑いに包まれ、この話はもうおしまい。TAIGAさん自身も参ったなぁ的な感じで笑っている。打ち上げしたいなぁおじさんの打ち上げ欲は無事、空へと打ち上がった。そしてTAIGAさんが言った。
「あぁ、打ち上げしたいなぁ」
 空へと打ち上がった打ち上げ欲はUターンしてもう帰還していた。

 数人で駅へ向かい、それぞれが家に帰るべく自分の路線の電車に乗る。僕とTAIGAさんと僕の事務所の後輩・ラブレターズの塚本の3人は、帰る方向が一緒だったので同じ電車に乗り、横並びで吊り革に捕まった。
「どこで乗り換えるんですか?」
 TAIGAさんが聞いてきた。
「僕は乗り換えずにこのまま」
 塚本が答える。
「あ、じゃあ俺と一緒だ。高佐さんは?」
「僕は新宿で乗り換えます」
「あれ、でも高佐さん、僕と家近いですよね? このまま乗ってった方がいいんじゃないですか?」
「あ、今日外寒いんで、なるべく家に近い方の駅から帰りたくて」
「少しだけ打ち上げ行きません?」
 剣豪が少しの隙も逃さずに刀で斬ってくるような間合いだった。あたふたしながら僕は答えた。
「いや、どんだけ打ち上げ行きたいんですか!」
 しかしその声はマスクの中で響いただけで、TAIGAさんの心には全く響かなかった。
「俺、本当に打ち上げしたいんすよ……。なんかこういうご時世になって、インドア派の人たちからはむしろありがたい、なんて声も聞くんですけど、俺本っ当にダメで。人と会って飲みたいし話したいんすよね」
 後輩の芸人100人集めてバーベキューをするスーパーアウトドア派のTAIGAさんにとって、この状況は本当に苦痛らしかった。小学生が新品のサッカーボールを持ってサッカーがしたいと訴えかけるように、純粋に打ち上げがしたいと願うTAIGAさんの目に僕は心が揺らいだ。そしてそのまま3人で、たどり着いた駅前の屋外広場で、打ち上げをすることになった。


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