会社員生活のかたわら日曜ジャーナリスト/文藝評論家として活動する大見崇晴さんが、日々の読書からの随想をディープに綴っていく日記連載「読書のつづき」。
世界が翻弄された一年も淡々と暮れてゆく二〇二〇年十二月。ひたすら残念感ばかりが伝えられる菅政権まわりの仕様も無さに嘆息する一方で、小松政夫、なかにし礼、林家こん平ら昭和の芸事師たちの物故を寂しく偲ぶ年の終り。正宗白鳥や橋本治、ピーター・ウィンチら十冊には絞れなかった年間ベストの読書を振り返りながら、歌うたいの地金が値踏みされる無観客の紅白で行く年を見送ります。
大見崇晴 読書のつづき
[二〇二〇年十二月]年の終り
十二月三日(木)
菅政権の内閣参与がNHKのEテレ廃止を提言しているとのこと。この政権は教育を何だと思っているのか。呆れて物も言えない。それどころか、周波数帯を削減して何を実現するのか。BSCSといったデジタル放送は日本を含め世界的に求められていない。スポーツの放送ならDAZN、それ以外の映像コンテンツはNetflixやDisney+などインターネット配信が活況である。いまごろデジタル放送にこだわるような内閣参与がいる政権だと考えると、これから支持というのは下がり続けるだろう。どれだけトレンドに遅れているのだ。どうせ、NHKから国民を守る党が世間で話題になっているから、その調子で商材に使えると踏んだのだろう。浅はかにもほどがあるが、これがいまの政府の中枢を締めているのだから、愕然とせざるを得ない。
十二月四日(金)
大村愛知県知事へのリコール運動、その署名が「知事リコール署名に不正疑惑…「同一人物が複数書いた疑い」 住所に向かうと「書いていない」の声も」という記事が出てきている。これが事実であれば、運動に参加していた河村名古屋市長、高須克弥氏、その彼をマンガに描いていた西原理恵子氏にはちゃんと責任を負ってほしい。茶化して笑いにするのだけは勘弁してほしい。そういう子供じみたことを大人がするから、政治が停滞しているのだ。
十二月五日(土)
アメリカでは生活保護もなく、餓死しているひとが増えているとの報。
十二月六日(日)
「憲政の神様」咢堂尾崎行雄の洋館解体を回避させたのが山下和美先生だと知って、大いに驚くと同時に納得をする。山下和美先生のマンガは『摩天楼のバーディー』から読み始め、『天才 柳沢教授の生活』を愛読していたが、『数寄です! 』ではそれまでと打って変わってのエッセイコミックで、これが山下先生ご自身が終の棲家を数寄屋建築にするため建築家に相談して実現に取り組むというもので、題材自体が奇天烈かつ常識人である山下先生に突拍子もない決断を導くのが数奇な運命で、愉しく読んでいた。この連載(というか建築)を通じて山下先生は建築業界全般に明るくなっていたので、支援運動を踏み切りやすかったのだろう(それでも大変には間違いない)。
もとは少女マンガを執筆していたが、青年マンガに転向して成功を収めた山下先生は、そのコマの割り方が驚くほど理知的で、『BOY』に収録された短編だったと思うが、そのアクションシーンには関心させられたことがある。また、山下先生は後進のマンガ家さんへの視線が温かいと私は思っており、海野つなみ先生の『逃げるは恥だが役に立つ』が講談社漫画賞を受賞したときの講評が、とても慈愛に満ちたものだったように記憶している。
十二月七日(月)
ポリティカル・コレクトネスを主張するひとたちを批判するために、文化大革命やポル・ポトを持ち出しているひとたちがいるのをネット上で見掛けて、このひとたちがどれだけ文化大革命について知っているだろうと呆れてしまった。たとえば、岩波現代文庫で出ている『文化大革命十年史』、扶桑社から出ていた『毛沢東秘録』、文春文庫で出ている『周恩来秘録』などはちゃんと目を通したのだろうか。文化大革命というのはイデオロギー的な闘争という面よりも、「大躍進」で失脚した毛沢東が権力を奪還するために若者(紅衛兵)を利用した政治闘争だったというのが今日では一般的な理解であるように思うが、そのような最低限の知識を本当に持ち合わせているのだろうか。いるのであれば、ポリティカル・コレクトネスを用いて政治闘争で打ち勝とうとする首領の名前ぐらいは挙げてほしいが、そんな芸当はできないだろう。「なんだかわからないが、共産主義に結びつけて批判すれば、相手を黙らせることができる」程度の動物的反射で口にしているのだろうから、そうした風潮に乗るというのは、これぞわかりやすい日本の反知性主義だとは思う。こういう発言をするひとは、地雷を踏んでいって周囲を巻き込むので、できれば身近にいてほしくない。
十二月八日(火)
汚職が報じられていた西川公也元農水大臣が内閣官房参与を辞任。
ユニバーサル・ミュージックが、ボブ・ディランの版権を買い取ったとのこと。気づいてみれば、ユニバーサル・ミュージックはアメリカ企業ではなくフランスの企業になっていた。ノーベル文学賞授賞者の作品を管理するのが、文学の国フランスの企業だと考えると、なんだか納得をしてしまう。調べてみると、配信ビジネスがマネタイズできるようになったこともあり、近年ミュージシャンが版権を売ることが増えているらしい。
十二月九日(水)
高山《学魔》宏の翻訳となる『ガリヴァー旅行記』が刊行されるとの報。予定にはあったが、出ないままで終わるのではないかと思っていた。積ん読が多いから読む時間が取れるかわからないけれど、人に薦めたくなる本だ。
「CREA」が季刊誌になるとのこと。
サントリー文化財団から『別冊アステイオン それぞれの山崎正和』が出版されるとのこと。「日本のダニエル・ベル」山崎正和氏の仕事は振り返るに値すると思っている。私の世代は彼の多面的な仕事を軽視している気がする。
十二月一〇日(木)
読売新聞が今週、あえての自民党派閥特集を組んでいたので、これを味読させていただいた。読み甲斐がある記事というのは、こういうものだな。
NHKで放送されていた「浦沢直樹の漫勉neo」、今日はチェーザレ・ボルジアをマンガ化している惣領冬実先生の特集。惣領冬実先生の少女マンガは多く読んでいる私としては、小学館で「上がり」になりかかっていたころに連載していたマンガのスピンアウトものとして『天然の娘さん』を描いていたのだが、これがとても面白かったのだ。小学館は単行本にして六巻ぐらいのラブコメを描くようにマンガ家に連載を任せる傾向があるのだが、惣領冬実先生は破綻なく達成したあと、その脇役たちの人生が戦中・戦後の女性の自立に関わるものだったと三代記を描き出してしまうのである。こんなものを描いたら、ラブコメに戻れなくなってしまう。次に何を描くのだろうと思ったら、講談社に移籍をして『MARS』という大時代、古めかしい大ロマンみたいな少女マンガを描かれたので大変に驚いた。
その『MARS』のあとに、先生は何を描くのだろうと思ったら、どんどん大ロマンを追求していって、チェーザレ・ボルジアである。しかも「漫勉」によると、他にも描きたい大ロマンがあるという。読者としては嬉しい限りである。
十二月一一日(金)
小松政夫さん死去。近年、NHKが自伝をドラマ化するなどして、もしやという気がしていたが、ご本人が出演している場面ではお元気そうだったので油断をしていた。ショックが大きい。伊東四朗さんと刑事ドラマで共演したとき、犯人役を見事に演じていて、ちっとも演技が鈍っているようには見えなかった。闘病しながらの出演だったようで、どれだけ気を張ってカメラに向き合ってこられたのだろう。
十二月一二日(土)
第一作が出た頃から愛読している友田とんさんが、NHK総合でも名前が呼ばれたというので、喜ばしい。
十二月一三日(日)
iPhoneを不如意で落下させたところ、カメラが壊れてしまった。このCOVID-19の感染拡大と、五輪開催にまごつく政府のダブルパンチで、第五世代用のアンテナ設置や周波数帯の普及は来年の下半期から、ようやく本格的になるだろう。そう考えると、いまiPhoneを買い替えてもメリットはなさそうだから、当分は故障したまま使い続けるのがベターだろう。カメラが使えないのは難儀だが。やれやれ。
和田アキ子はなぜBIG3のことを「たけちゃん、さんまちゃん、タモちゃん」と「ちゃん付け」で呼ぶのに、所ジョージについては「所っち」と呼ぶのだろう。謎である。
十二月一四日(月)
北海道でCOVID-19の感染が拡大。また、神奈川で軽症と診断された患者の死亡が報道されている。これでもって、ちかぢか緊急事態宣言を発出することになるだろう。
読売新聞の各国でのデジタル規制法案特集が面白い。
紀平英作『ニュースクール』を読み直し。
「元TBSアナ・久保田智子さん、復職と特別養子縁組で母になったことを報告」というニュースがあって熟読した。女性に限らず大学に戻ったのちの復職、また養子を受け入れることなどは、少子化の日本ではこれから注目せざるを得ない。他人事ではないのである。
ジョン・ル・カレの死去のニュースを聴いて、何か本を買おうかと思う。バカン、アンブラー、モーム、グレアム・グリーン、リテルと大抵のスパイ物作家の小説を一作は読んでいるのに、ジョン・ル・カレだけ一冊も読んでないのである(明らかに少数派だと思うが)。
帰宅後、「THE W」を見る。Aマッソのネタは、奇を衒いすぎではないだろうか。感心はするのだが、笑いに繋がるかと言うと、遠回りしている気がする。吉住が面白かったので、そのまま優勝してほっとした。
十二月一五日(火)
スヌープ・ドギー・ドッグがコロナビールと巨額契約との報に大笑いしてしまう。このひとは大麻やジンや依存性が高い(彼が住む国では)合法の奢侈物のスポークスマンじみてきている。いやスポークスマンというよりは、それらにバッチリはまっているひとというか。
十二月一六日(水)
地頭力という単語を見かけるたびに「じとうりょく」と読んでしまう。「泣く子と地頭には勝てぬ」の、あの地頭である。
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