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ナイジェリアのカオスを生き抜くコンテンツビジネス|佐藤翔

2021/05/12 07:00 投稿

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  • インフォーマルマーケットから見る世界
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国際コンサルタントの佐藤翔さんによる連載「インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち」。新興国や周縁国に暮らす人々の経済活動を支える場である非正規市場(インフォーマルマーケット)の実態を地域ごとにリポートしながら、グローバル資本主義のもうひとつの姿を浮き彫りにしていきます。
今回は、大西洋を南下しギニア湾の奥側に面するナイジェリアで発展するインフォーマルビジネスの背景と実像に迫ります。石油産業を中核にアフリカ屈指の経済大国へと成長しつつある一方で、政治的・軍事的には不安定で、佐藤さんが訪れた地域でも群を抜いて治安が悪いというナイジェリア。そんな環境のもとで生まれてきた新たなコンテンツ産業のクリエイティビティとは?

佐藤翔 インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち
第5回 ナイジェリアのカオスを生き抜くコンテンツビジネス|佐藤翔

はじめに

ナイジェリアは西アフリカに位置する、人口2億人を超えるアフリカ有数の地域大国です。西部のプロテスタントのヨルバ人、東部のカトリックのイボ人、北部のイスラームのハウサ人が三大民族として扱われ、その他にもたくさんの民族が居住しています。GDPは2000年代まで約20兆円とされていましたが、2014年に再計算が行われ、約50兆円と、いきなり南アフリカを超えるアフリカ最大の経済大国となりました。これを見てナイジェリアのポテンシャルを評価するか、それとも統計のいい加減さに呆れるかは人次第だと思いますが、石油産業が発達するとともに最近はエンターテインメント産業のような新産業が成長し、発展を続けているのは事実です。

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▲ナイジェリア、ラゴスのストリートの写真。筆者撮影。

日本でナイジェリアと言うと、1970年代のビアフラ戦争で飢餓状態に陥った子供たちのイメージや、詐欺メールの代表格である「ナイジェリアの手紙」など、残念ながらネガティブな印象が根強くあります。最近のニュースでも、ボコ・ハラムが学生を誘拐した(出典)だの、刑務所を武装集団が襲撃して1,800人が脱走した(出典)だの、ヘビが教育機関の金庫にあった現金約1,000万円を吞み込んだという証言が出た(出典)だの、あまりポジティブなニュースが出る国ではありません。

実際、現地の治安はとても良いものとは言えず、ビジネスにおいても、インフォーマルマーケットがフォーマルマーケットを圧倒している状況です。一方、海賊版の流行やインフラの致命的な不足をものともせず、インフォーマルマーケットに即した形でコンテンツ産業が映画産業を中心に急速な発展を遂げており、インフォーマルビジネスの壮大な実験場ともなっています。

今回は、アラバ・インターナショナルなど、現地のインフォーマルマーケットを取材した筆者の知見に基づき、ナイジェリアのインフォーマルビジネスがどのようなものになっているのかを、コンテンツ産業を中心に見ていくことにします。

ナイジェリアの治安の「格」

皆さんは治安の悪い国というと、どのような場所を思い浮かべるでしょうか? 麻薬組織、ギャングや武装ゲリラが蠢くフィリピンでしょうか? 警察に十分な予算が割かれず、マフィア同士が白昼堂々銃撃戦を繰り広げているブラジルでしょうか? それとも2chのテンプレで有名な南アフリカのヨハネスブルクでしょうか? 私はこれまで五大陸の様々な国を訪れてきましたが、現地ユーザーの事情を可能な限り知るために、フィリピンのスラムに訪問したこともありますし、ブラジルでは違法ゲーム改造工場に踏み込んだこともあります。ヨハネスブルクの夜のダウンタウンを一人で歩く羽目になったこともありますし、ポンテタワーへ入り込んだこともあります。

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▲ポンテタワーの写真。筆者撮影。

もちろん、戦争状態にある国々など、ここに書いたような場所よりもはるかに危険な場所へ行かれた方々は探せばいくらでもいらっしゃるでしょうが、平和な都市を歩くコンテンツ産業の一マーケッターに過ぎない私個人の感想を言わせてもらえば、各国に赴き、フォーマルマーケットとインフォーマルマーケットの双方を調査する中で、これまでの人生で最も治安が悪いと感じたのはナイジェリアです。以下、ナイジェリアの治安の悪さの「格」の違いを、英国内務省が発行している「国別背景情報:ナイジェリア」(出入国在留管理庁による日本語訳あり)をベースに、簡単に説明させていただきましょう。

ナイジェリアの武装組織と言えば世界的にもよく知られているのが、イスラーム原理主義勢力とされるボコ・ハラムです。ナイジェリア北東部にあるボルノ州を中心に出没し、地域住民や軍人に対して襲撃や誘拐事件を多数引き起こしている彼らが、並外れた暴力集団であることは論を俟ちません。しかし、ボコ・ハラムの影響力はナイジェリアの北東部、チャドなどとの国境周辺地域に限定されており、ナイジェリアにおける数ある武装勢力の一つに過ぎません。

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▲アフリカ戦略研究センターより、ナイジェリアの治安上の脅威分布図。(出典

ナイジェリア東部のカメルーンとの国境沿いにはカメルーンの分離主義者が徘徊しています。ナイジェリア南東部の石油採掘地域では、ニジェール・デルタ解放戦線が大暴れしていた時代があり、今でもその残党が出没します。ナイジェリア東部のイボ人居住地域では自警団が大きな治安上の脅威となっており、自分たちに従わない人間を超法規的措置でリンチにし、殺す事件が多数発生しています。ナイジェリア北西部のニジェールなどとの国境沿いには越境強盗団が出没し、強盗・殺人事件が多発しています。都市部ではアワワ・ボーイズやワン・ミリオン・ボーイズのようなギャングが存在します。

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▲治安当局に逮捕されたアワワ・ボーイズ(出典

また、日本の全学連系セクトを彷彿とさせる「学生秘密結社」の存在は、都市部では重大な治安上の脅威となっています。様々な大学で秘密結社が結成され、抗争と分派を繰り返す中で、その多くがカルト化していきました。ナイジェリアの学生カルトのルーツとなったとされるのは、1953年にユニバーシティ・カレッジ・イバダン(現在のイバダン大学)で結成されたサークル、「パイレーツ協会」です。このサークルはのちにノーベル文学賞を受賞する詩人、ウォーレ・ショインカ氏のイニシアチブで結成され、当初は部族主義と植民地根性からの離別、騎士道時代の復活という気高い目的で作られたものでした。アメリカによくあるギリシア三文字クラブのアフリカ版と考えていただけると、わかりやすいかも知れません。しかし、ウォーレ・ショインカ氏がナイジェリアから離れ、様々な事件を経るうちに当初の目的は忘れ去られ、秘密主義のカルトに変貌していってしまいました。

大学当局はカルトを大学から追放しようとしましたが、それはかえってカルトの広域化、他大学発祥のカルトとの間の縄張り争いの激化を招きました。私がナイジェリアに訪問していた時に読んだ新聞でも、AiyeというカルトとEiyeというカルトが縄張り争いで銃撃戦を行い、無関係の警備員が犠牲になった、という記事を読みました。AiyeやEiyeのほかにも、バイキングス、バッカニアーズ(海賊)、黒い斧/ネオ黒人運動、KKK協会(もちろんアメリカのKKKとは別)、アイスランダースなどの組織が知られています。

ナイジェリアが危険なのは陸だけではありません。ギニア湾は世界有数の海賊出没地域です。ナイジェリアでは、経済成長のスピードに港湾の整備が追い付かず、税関の非効率もあって、数か月にわたって船舶が順番待ちのためギニア湾で停泊させられることが珍しくありません。ポール・コリアーの「収奪の星」という本によると、1970年代には入港に数ヶ月、場合によっては数年かかることを逆手に取って、安く粗悪なセメントを積んだ老朽船を停泊させて滞船料をむしり取るやり口が横行し、沖合に停泊する多数のセメント船は「セメント無敵艦隊」などと現地人に揶揄されていたそうです。この状況は半世紀経った今も大して変わっていないようで、ナイジェリア近海に停泊している船が海賊の恰好の餌食になっています。

海賊と言っても、ナイジェリアの海賊は世界的に有名なソマリアの海賊とは「ビジネスモデル」が全く異なります。ソマリアの沿岸を高速で走る船を拿捕し、身代金を獲得するのが目的のソマリア海賊は軽武装で高速の船を使いますが、ナイジェリア海賊は停泊している船に襲い掛かり、積み荷ごと船を奪ったり金品を奪ったりするなど、強盗を行うのが目的ですので、重武装が特徴となっています。現地の民間軍事会社の方にヒアリングしたところ、民間軍事会社のビジネスとして海賊対策の警備が重要な事業となっているとのことでした。全世界の海賊事案の4割がギニア湾で発生しているということもあって、外務省も強く注意を促しています。

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▲ナイジェリアの海賊。(出典

このようにナイジェリアの数ある危険な勢力の上位に位置し、最も良く武装し、最も危険なのが腐敗した警察官や軍人です。「民間人が夜にタクシー待ちをしていたらいきなり警察官に射殺された」「賄賂を拒否したら警察官に超法規措置で射殺された」など、ナイジェリアのメディアを探せば恐ろしい事件は枚挙にいとまがありません。私もナイジェリアに滞在する間は何度となく警察官や役人に賄賂を要求されたり銃を向けられたりしたものでした。

世界で「活躍」するナイジェリア人ネットワーク

ナイジェリアのカオスぶりの一端をご理解いただけたかと思いますが、興味深いのはナイジェリア人の海外における活動が盛んになっていることです。

欧州の例を挙げると、イタリアでは先に挙げたナイジェリアの学生カルトであるEiyeがマフィアと協力し、イタリアの売春婦を手配していると言われています。ル・モンド・ディプロマティークに2018年に掲載された論文では、フランスにおけるナイジェリアの売春組織について記述しています。この論文によると、渡航前に売春組織が売春婦候補となるナイジェリア人女性に対して呪術的な儀式を行ったうえで呪物を渡しているそうで、彼らとの契約を破ると祟りが起こるということで組織の言いなりにならざるを得ない人が多くいたとのことです。

アジアにも中国や日本にかなりの数のナイジェリア人が進出していることが知られています。広州のある地域にはアフリカ系住民の集住地区が存在し、スマートフォンをはじめとして様々な商品の貿易を行う人々が居住しています。ここにおいてナイジェリア人は大きな勢力となっているようです。もっとも、近年のコロナ禍においては中国政府当局が違法滞在者の取り締まりを強化したため、こうした地区におけるナイジェリア人の活動は縮小しているようです。

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▲広州のアフリカ系移民集住地区の写真。筆者撮影。

日本におけるナイジェリア人移民は1990年前後から増加したと言われています。東京、特に六本木で呼び込みやドアマンなど、夜の仕事に従事している人が多いとされています。例えば、川田薫氏による「盛り場「六本木」におけるアフリカ出身就労者の生活実践」という論文においては、世襲制の伝統的宗教の預言者の家に生まれたイボ人が、神のお告げで日本に行き、風俗店を経営するに到るなど、日本に在住するナイジェリア人の多種多様なライフストーリーが記されています。この論文によると、日本に在住するナイジェリア人は、ヨルバ人・ハウサ人と並ぶ三大民族の一つであるイボ人や、エド州に居住するエド人が多いようです。もっとも、六本木のストリートで就労している黒人は、日本人から出身地を聞かれても、日本人のアフリカに対するネガティブなイメージや関心の低さを懸念して、アメリカなどと回答する人が多いようですが……。

コンピューター・ビレッジとアラバ・インターナショナル

さて、このような状況にあるナイジェリアにおいて、インフォーマルマーケットはどのような構造になっているのでしょうか?


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