アーティストの草野絵美さんが自らが取り組むアート作品の制作過程をレポートする連載「ニューレトロフューチャー」。第2回目となる今回は、検閲と正義にまつわる作品の制作レポートです。アーティストの不祥事によって過去の作品が抹消される風潮に違和感を覚えた草野さん。生前のみならず没後も疑惑の絶えない、とあるアーティストにフォーカスします。
「虚実と検閲、複数の正義」結論が出ないことを題材にしたい
目まぐるしく発展する現代社会において、結論を出すことが難しい議題はたくさんあります。自分に身近な議題もあれば、縁遠いと感じる議題もありますが、せっかくアート作品に落とし込むなら、様々な角度から議論を生むものが良いと私は思っています。
今回は、その中でも、私が最近最も想いを巡らされた題材に触れたいと思います。それは「虚実と検閲、複数の正義」についてです。この題材を、アート作品に昇華するために、プロセスを3回に分けてこの連載で綴っていこうと思います。
虚実と検閲のことが頭から離れなくなったキッカケ
今年3月、ピエール瀧氏がコカイン所持で逮捕されたとき、彼が所属する音楽ユニット『電気グルーヴ』の作品があらゆる音楽配信サービスから姿を消しました。
わたしはこの現象に、世界一有名なディストピア小説、オーウェルの『1984年』に登場する『vaporized(蒸発)』という設定を彷彿とさせるような恐怖を感じました。『1984年』の世界では、人には「死」という概念がなく、政府に逆らったものは生きた痕跡を消され、その人のことについて最初からいなかったように扱われるのです。
ストリーミングサービスが普及してから起こった事件ということもあり、報道の直前までSpotifyで普通に聞いていたニューアルバムにエラーメッセージが表示されるなど、あまりにダイレクトに私の生活にも影を落とし、動揺を隠せませんでした。
ドラッグ所持や使用を擁護するつもりは当然ありませんが、その時は「なにも素晴らしい作品をすべて回収しなくても……」と気の毒に思い、「作品と作家は切り離すべき」という種のツイートをしました。その発言は多くの人に賛同いただきニュースにも取り上げられました。
しかし、その後、モデル女性を搾取してきたことが明るみに出た写真家のアラーキーこと荒木経惟氏が、『SLY』という女性向けファッションブランドとコラボレーションをするというニュースを見た時、「彼を使うくらいなら他の写真家にチャンスを与えようよ」と思ったのも、「今後このブランドを買うのは辞めよう」と思ったのも、事実です。これは、先のピエール瀧氏に対して抱いた私の心情とは矛盾した感覚……なのでしょうか。
罪状、作品そのものの良し悪し(好き嫌い)、巻き込まれた人々の存在、作品への思い入れの有無、自分が許せるかどうか、社会が許すかどうかなど、様々な因子から、思想を導き出しているつもりでも、「私が許せるかどうか」すら、事実とも虚構とも分からない情報に影響を受けた産物でしかないのです。
『ネバーランドにさよなら』からくる二重の悲しみ
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