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「男と女」を描くことで〈社会〉が描ける――『問題のあるレストラン』が示した画期(成馬零一×宇野常寛)(PLANETSアーカイブス)

2018/05/21 07:00 投稿

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今回のPLANETSアーカイブスは、2015年に話題となったドラマ『問題のあるレストラン』をめぐる、ドラマ評論家・成馬零一さんと宇野常寛の対談をお届けします。ドラマ界で「男と女の対立」というフレームを描く作品が重なったなか、なぜ本作は突出できたのか? 脚本家・坂元裕二の作品歴をヒントに考えていきます。(文:橋本倫史)
画像出典:問題のあるレストラン Blu-ray BOX
※この記事は2015年5月26日に配信した記事の再配信です。
▼作品紹介
『問題のあるレストラン』
脚本/坂元裕二 演出/並木道子、加藤裕将 出演/真木よう子、YOU、東出昌大、松岡茉優ほか 放送/1月15日~3月19日、毎週木曜22:00~22:54(フジテレビ系) 
大手飲食チェーン企業に務めていた田中たま子(真木)は、同僚が受けたセクハラ事件をきっかけに会社を退職、裏原宿のビル屋上で「ビストロ フー」を開く。集まったのは、ゲイのパティシエと、対人恐怖症のシェフ、離婚したてのシングルマザーほか女性スタッフ。ビストロ フーの裏手には元勤務先が経営するレストランもあり、そこにはたま子の元恋人で同僚でもあるシェフらが在籍している。この店に戦いを挑むつもりで、彼女たちは店を軌道に乗せるべく奮闘する。脚本は、『東京ラブストーリー』、『それでも、生きてゆく』『最高の離婚』『Mother』『Woman』等々を手がけてきた坂元裕二。

成馬 今期のドラマは豊作でしたけど、『問題のあるレストラン』は群を抜いて面白かった。脚本は坂元裕二さんで、彼がこれまで積み重ねてきた総合力で勝った、という感じがしました。セクハラや男女の働き方といった、ジェンダー問題が中心のハードなテーマなので、テーマにドラマが負けてしまうかな、と最初は思ったんです。でもフタを開けてみたら、テレビドラマとしてちゃんと面白かった。
 放映当初、ネット上では批判も結構あったんですよ。「男性の描写がキツすぎる」とか、逆にフェミニズム的な意識がある人からは「描写が甘い」というダメ出しだとか。確かに最初は、男は内面がない人のように描かれていたところがあった。だから、男が圧倒的に悪くて、セクハラ被害者やシングルマザーといった、女性差別に傷ついた人たちがチームを組んでレストランを作って戦っていく、みたいな内容になるのかと思っていたら、どんどん話が展開していく。今までのドラマだと、女性たちがレストランを作って癒されて終わり、という話になっていたと思うんです。でもそうはならなくて、前半で受けた批判を、後半にいくにつれてドラマが打ち返して盛り上げていった。

宇野 僕も最初は「カリカチュアライズしすぎじゃないか」と思ったけれど、まったくの杞憂だったね。最初はわかりやすい極端な例を出して視聴者を引き込むんだけど、そのわかりやすさにあぐらをかいて安直な描写に走るのではなく、そこから細かい人物描写や背景をフォローしていく構図になっていて、実によく考えられていた。だから、このドラマに対してジェンダー的な観点から批判しているのは、ちゃんと観ていない人が多かったんじゃないかというのが単純な感想です。
 坂元裕二という作家は基本的に、耳目を集める現代的な社会問題を扱って、それによって発生するユニークな状況や奇妙な人間関係を使って芝居のニュアンスや人間関係の面白さを見せていくのだけど、今回の『問題のあるレストラン』ではそういう社会的なテーマを、作者にとって面白い状況設定を生むための道具に使っているのではなくて、最初から最後までメッセージ性で強烈に貫くということを本気でやっていた。だから結果的に、裁判をやって相手のレストランを潰すという、ある種のちょっとした後味の悪さにまでつながる結末になっていたと思う。

成馬 第6話が転換点でしたね。YOU演じる烏森さん【1】が実は弁護士だと告げ、セクハラを受けてライクダイニングサービス【2】を辞めた五月(菊池亜希子)の裁判を始める。セクハラ事件の話は第1話以降姿を消していて、そのまま終わるのかとも思っていたので、この問題を最後までやるんだというのは驚きでした。
 
【1】烏森さん
YOUが演じた「ビストロ フー」のソムリエール。たま子とは前職の仕出し会社で同僚だった。
【2】ライクダイニングサービス
物語当初、たま子が勤めていた大手飲食チェーン企業。ビストロ フーの裏手に位置し、門司らが勤務する「シンフォニック表参道」を経営している。
 
宇野 『問題のあるレストラン』を全話観ると、結局坂元裕二が何を信じているのかが透けて見えて、それがよりこの作品を面白くしていたと思う。つまり、最終回でたま子(真木よう子)が、理想のレストランを夢見るシーンがあるじゃない? 理解ある社長のもとに男女が和気あいあいと働くレストランを夢想するんだけど、現実には女だけの「ビストロ フー」を再興させることを選ぶし、男たちは男たちで別のレストランで働いていて、どうやらまた闘う関係になりそうだ、と。つまり、本当にすべての問題が解決することよりも、男と女がそれぞれのレストランをつくって、一種スポーツのように競い合って潰し合う空間のほうが魅力的だと、実は坂元裕二は思っているんだと思う。『問題のあるレストラン』の魅力って、現実をよりわかりやすくデフォルメしたハードな状況があって、やるかやられるかのシビアなところで男女が闘っているからこそ、その中で発生するホモソーシャルな気持ち良さにあるんだと思う。結局、「ビストロ フー」で仕事が終わった後にみんなでだらだらアイスクリームを食べているシーンや、スタッフ間の隠語を冗談みたいに言いながら楽しく働いているシーンが、いちばん生き生きと描写されていたしね。

成馬 坂元ドラマの最終回は、基本的に“断絶”で終わります。絶対に相容れないもの同士がぶつかり合う瞬間──『それでも、生きてゆく』【3】の殺人犯との対話もそうだし、今回のたま子と雨木社長(杉本哲太)【4】もそうで、その瞬間に生まれる何かにドラマ性を託している。ただ、そこから先はわからない。もしかしたら人と人が理解し合うということを信じていないのかもしれない。たま子にとっての理想は男と女が一緒に働ける社会だけど、結果的に出来上がったのは男を排除したレストランだった。だから、明るい終わり方だけど、たま子にとっては挫折の話なんですよね。
 
【3】『それでも、生きてゆく』
放映/フジテレビ(11年)
瑛太に満島ひかり、柄本明、安藤サクラ、大竹しのぶらが出演し、少年による幼女殺人事件の加害者家族と被害者家族を描いた話題作。
【4】雨木社長(杉本哲太)
ライクダイニングサービスのトップ。飲食に対して愛はなく、家庭も顧みない金儲け至上主義の前時代的な男性経営者として描かれる。
宇野 あと、坂元裕二は今回、意図的にマンガ的な描写を入れていたと思う。例えば、松岡茉優演じる雨木千佳【5】が天才シェフになれた理由が、ひきこもりのお母さんのために幼い頃から毎日料理を作っていたから、という設定なんてかなり少年マンガ的でしょう。烏森さんが実は弁護士だったというのもそう。今までの坂元裕二のリアリズムにはなかった、超展開といってもいいような描写が相当入っている。そういうある種のご都合主義的な、もしかしたら自分の世界観を壊してしまうかもしれないような冒険をやっていたのは間違いない。敵側の、男社会レストランとの対決も、どこかゲーム的というかスポーツ的だしね。
 根底にあるジェンダー後進国・日本への怒りは本物だと思うけれど、そこから出発してたどり着いたホモソーシャル・ユートピアはどこかマンガ的で、そこが物語の中で「救い」として機能していた。
 
【5】雨木千佳
ビストロ フーの天才シェフで、ライクダイニングサービス雨木社長の実娘。

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