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香港の社会運動家・周庭(アグネス・チョウ)さんの連載『御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記』。今回は2017年6月14日に東京大学駒場キャンパスで行われた講演「香港返還20周年・民主のゆくえ」の内容をお届けします。香港で民主活動をしているジョシュア・ウォンさんと周庭さんが、雨傘運動後の活動について語りました。(構成・翻訳:伯川星矢)
※文中の役職は、講演当時のものです。
※この記事の前編はこちら

雨傘運動を終えての失望と、民主活動の危険性

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ジョシュア ここからは雨傘運動が終わった後のお話をしたいと思います。雨傘が終わったあと、香港人の間には失望感がありました。民主を実現するのは非常に難しいことなのではないか、という疑問も出始めていました。
 ご存知の方も多いかとは思いますが、中国政府を批判する本を販売したとして銅鑼湾書店の店主さんや関係者の方たちが、昨年相次いで中国中央政府に拉致・拘束されるという事件が起きました。そして今年の1月末頃に、親中派であるビジネスマンが中央政府の内部闘争に巻き込まれ、香港のホテルで拉致されるという事件も起きました。
 かつての香港は最低限の安全が保たれていると思われていましたが、これらの一連の出来事によって、香港は安全ではないのだと思い知らされました。去年までだったら、香港にいればとりあえずは安全だと僕自身も思っていましたし、中国側に立っている人物だったらなおさら問題ないと言えたはずなのですが、親中派のビジネスマンまでもが拉致されたことにより、その考えは誤りなのだと痛感しました。移民をしたり、もしくは外国籍を持って香港に住んでいるのならば、大丈夫だと思っている香港人も多くいたことでしょう。しかし、実際に拉致されたのは、イギリスやスウェーデンなどの外国籍を持っている人たちでした。香港は安全だという考えは間違いかもしれない、そう思いながら活動をしなければならない。これは、活動を行う上で、かつてと今との大きな違いです。
 皆さん、想像してみて下さい。香港の繁華街にある、とても豪華なホテル。そこで突然人がいなくなり、拉致される。そして香港政府の目から逃れて、国境線を潜り抜け、中国大陸へと連れていかれる。そういったことが今、香港で起きているのです。一連の事件では、一国二制度がありながら、中国の中央政府関係者が香港で中国の法律を執行したということになります。このような大事件がありながらも、果たして一国二制度は機能していると言えるのでしょうか? 香港ではもはや、最低限の安全すら守られていないというのが現状です。
 さらに民主制度に基づく選挙で選出された議員が資格を剥奪されるという事態も起こっています。香港では、立法会(日本の国会にあたる)の議員が就任する際には「香港は中国の一部」と定めた香港の基本法(日本の憲法にあたる)を遵守するという定型の宣誓文を読むことになっています。しかし、 基本法の解釈権を持つ中国の全人代は、故意に法定通りでない宣言をしたとして、反中派の議員たちの宣誓無効を言い渡しました。
 中国と香港の政治制度は異なり、香港は三権分立がある法治社会です。それにもかかわらず、中央政府が「気に入らないから」というだけで、香港の法律を「解釈」してその議員を追放してしまいました。こんなにもあっさりと議員資格が剥奪になるのかと驚くほどです。選挙で3万から5万得票を得て、民選議員になった人であっても、行政長官と中央政府に気に入られなければ議員資格剥奪となるということになります。今の行政長官が当選したときの票数はわずか689票です(編注:香港の行政長官選挙では約1200人の選挙委員のみが選挙権を持つ/参考:「香港返還20周年・民主のゆくえ」前編)。そんな行政長官が、民衆から数万票を獲得した民選議員よりもはるかに大きい権力を持っているのです。
 今のところ、香港独立を主張する2人の民選議員が立法会から追放されました。そして今、民主派で公民的不服従を主張する議員4人が議員資格をめぐる裁判にかけられています。その中のひとりが、香港衆志の主席でもある、ネイサン・ローです。今はまだ議員ですが、突然来週裁判の結果が出て、議員ではなくなるということもあり得ますし、ここにいる私たちふたりも議員のアシスタントとしての職を失うことにもなります。その上、政府との裁判なので、もしここで負けたら約200万香港ドル、日本円で言うと約2500~3000万円もの裁判費用を支払いしなければならなくなります。(編注:講演後の7月14日、ネイサン・ロー氏ら4人の議員資格を剥奪するという決定が下された。その後、ネイサン・ロー氏、ジョシュア・ウォン氏ら雨傘運動のリーダーは、違法な集会への参加や扇動をしたとして実刑判決を受けた) 


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東南アジアにまで及ぶ中国政府の影響力

ジョシュア 香港で中国の法律が執行され、民選議員が資格を剥奪されているだけでなく、今の習近平政権の影響力は東南アジアにまで及んでいるようです。
 2015年5月、私はNGOのスピーチに参加するためにマレーシアへ向かいました。しかし、マレーシアに入った途端、移民局に私がブラックリストに載っていると告げられ、そのまま香港へ強制送還されました。帰国後に新聞やニュースで、マレーシア政府は中国の「助言」により私の強制送還を決めたことを知りました。
 2016年10月には、タイのタマサート大学に招待されてスピーチに向かったのですが、再び飛行機を降りた途端に30人ほどの警察や関連職員に拘束され、パスポートを没収されました。その後、牢屋のようなところに入れられて、ずっと香港との連絡を取らせてもらえませんでした。拘束理由を聞くとやはりブラックリストに載っていたからだそうで、そして「これがここのやり方だ」と言われました。銅鑼湾書店事件の店主さんがタイで中国側に拉致されたということもあり、拘留された約12時間の間、実のところすごく怖かったです。ずっと連絡を取ることが許されず、恐怖感が募っていきました。ただ、香港は国際社会から注目があり、拘束を受けていることが国際的に取り上げられたことについては、運が良かったと言えます。その後釈放されて香港へ戻り、この件は中央政府からの「命令」によるものだとタイの総理が直接認めましたことをニュースで知りました。
 今度は2016年12月、シンガポールのNGOからのお誘いがあったのですが、さすがに東南アジアに行くことには懲りたので直接向かうことはお断りし、Skypeでの参加になりました。その後何が起きたと思いますか? シンガポール警察は私にワーキングビザがないという理由で大掛かりな捜査を行っています。NGO組織と私の対談を記録した録音もいまだに警察のところにあります。
 香港が雨傘運動という前例のない大きな事件を経験してから、民主活動を弾圧する動きが強まり、他の国での強制拘束が起こるなど、東南アジアで中央政府の影響力が拡大しています。このような背景の中で、香港が抱える大きな問題の一つは、表現の自由、報道の自由までも制限されていることだと思います。中国電子商取引最大手・アリババグループの社長であるジャック・マー氏は香港最大の英字新聞(南華早報、South China Morning Post)を買収しました。このような環境の中でも香港の民主のために頑張っていきたいというメディアもありますが、香港の新聞業界にも中国資本が徐々に染み込んでいるという状況です。

香港の未来のため、長期化を見据えた戦いの準備

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ジョシュア 1997年から2047年の50年の間、香港の制度はイギリス制度から変わらない、香港と中国は違う制度を持つという「一国二制度」という約束があったはずでした。しかし、実際のところ、今の香港での一国二制度は「一国1.5制度」くらいになってしまっています。今はまだ2017年、満期まであと30年も残っているにもかかわらず、もうこんな状態になってしまったのです。中央政府との戦いは長期化しそうです。この現状をどうしたら打破できるのか、私、周庭、そしてネイサン・ローは議論を重ね、政党を作るという結論に至りました。学生運動は学生ではなくなったときに卒業しなければなりません。でも、政党を作り上げれば雨傘の精神をそのまま引き継いで活動が続けられる、そう考えたのです。雨傘が終わってから、私たちは「若者からは支持されているが、中高年の支持層はない」さらには「大衆からはもう信頼されていないだろう」と評価を下されました。だからこそ、私たちは選挙を通して議席を獲得することで、そういった噂を断ち切り、「民主自決は香港人に支持されている」と証明したいと考えたのです。また、街中での闘争やデモといった民主運動以外にも、これから長期に渡る可能性のある戦いのために、議会の中で香港の政治改革を進めていきたいのです。最終的な目標は、香港がより公平で、正義で満ち溢れ、そして若者が上流層を目指すことのできる社会を作ることです。
 最後に、現在の私の実際の活動内容についてお話したいと思います。まずは立法会の中での業務、次に国際間での交流を深めること、そして引き続き街の中でも闘争を続けることです。
 今の香港衆志からはすでに立法会議員が生まれています。しかし、香港では選挙に出られるのは21歳からという制限があるため、20歳の私と周庭はまだ立法会選挙には出られません。それでも、自分に関わることは前向きに進めていきたいので、現在も立法会の議題の中から主に青年に関する政策、教育政策、文化系に関する政策に関する研究を行っています。今のうちから立法会へ入り込むことによって、今後の30年、2047年までにわたるであろう長期的な闘争への準備をしたいという気持ちもあります。
 次に、国際的な盟友を作る国際交流という仕事もしています。現在の香港の一国二制度は、国連に正式に登録され発効された「中英連合声明」という国際声明に基づくものです。しかし、2047年以降はどうなるのかは定められていません。もし今から何らかの手を打たないと、間違いなく中央政府によって香港の未来が決められることになり、それこそ「一国一制度」になってしまいます。私たちの活動の主張は2047年以降、この50年の一国二制度のあとに、香港人が自ら投票を通して未来を決めることができるようにすることです。そのためには、国際的な支援が必要だと感じています。私たちは先日台湾に行き、台湾の国会で組織されている台港民主連線のミーティングに参加しました。これまでにもイギリスやアメリカの国会公聴会に行き、香港の状況を説明してきました。これからは東南アジアでも民主的な価値を信じる人たちを集め、中国という巨大な力の前でも対抗できるようになりたいと思っています。
 最後に街中での闘争についてお話します。今年の7月1日に習近平が香港に来て、国家主席としては初めて香港の返還20周年に立ち会うことになりました。今回は特別な日でもあって、私たちは非暴力的、かつ公民的不服従に基づいた行動を取り続け、私たちの思いをぶつけようと思っています。もし習近平が返還20周年は本当に祝うべきものだと思っているのであれば、「ノー」という声を習近平に届けることも私たちの仕事の一つだと思っています。

日本人に、日本の民主的な制度を大切にしてほしい

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周庭 最後に、日本のみなさんへのメッセージです。もちろんわたしたちは香港人なので日本の状態について、みなさんほど詳しくはないと思います。でも、ニュースを見たりして、様々な日本の政治環境や雰囲気などを知ることができました。今の香港は怖い空気に包まれていますけど、日本は香港とは違った雰囲気であると聞きました。
 たとえば香港の選挙期間中の雰囲気はとても怖いものでした。でも、日本の選挙の雰囲気は香港や台湾などとは違うと思います。率直に言えば、政治に関心を持っている日本の若者は香港より少ないのではないかと思います。私たちの感覚では、政治とは私たちの日常生活です。日本のニュースを見ていると、若者や学生たちは政治はつまらないとか思っているようです。たしかに、昔のわたしも全く同じでした。
 だけど政治はつまらないことではなくて、私たちの日常生活に大きく影響を与えているのです。「政治は汚い」と思っている日本人は多くいると思います。でも、じつはみなさんは民主的な権利や制度を持っているんです。それはわたしたち香港人が一生懸命戦って手にしたいと欲しているものなのです。わたしたちにはいまだに、基本的な権利、基本的な投票権、人権と言った日本では当たり前にあるものがそろっていないんです。
 日本のみなさんには、自分たちが持っている民主的な権利・制度を大切にしてもらいたい。これがまず日本のみなさんへ伝えたいことです。恐らく今日ご参加していただいているみなさんは政治に対する興味を持っている人たちなのではないかと思います。みなさんの家族や友達でも「政治は汚い」といった考えをもった人がいるかもしれません。ぜひ政治の大切さを周りの人へ伝えてあげてください。

 そして、わたしの個人的な話になりますが、わたしはアイドルがものすごく好きなんです。香港の、世界の民主活動参加者として、最近は欅坂46の『サイレントマジョリティー』を聞くと、特別な気持ちになります。他のJ-POPでは味わえない、特別な意味が込められていて、香港人としてとても歌詞に共感できます。
 不正・不公平なことが目の前で起きたら絶対に声を上げてください。日本には民主的な制度がありますが、社会問題はまだまだたくさんあると思います。そういう問題を解決するのは長い年月と厳しい戦いが待っていると思います。もちろんそれに対して恐怖心がない人なんていません。でも、国民・住民としてそれを全うする責任があります。
 日本人は日本人としての権利を守る。不正義、不公平なことには反対する権利を持っています。それを大切にしてください。そして『サイレントマジョリティー』という曲も大切にしてください(笑)。

一同 (笑い)

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周庭 サイレントマジョリティーという言葉は香港人にとっては特別な意味があります。わたしたちは行政長官選挙の前に学民思潮として愛国教育に反対していました。そのときに、記者の人たちと教育局局長と対談の番組があって、教育局局長は愛国教育を支持し「愛国教育を支持している市民もたくさんいると思います。みんなサイレントマジョリティーだ」と発言したんです。それに嫌悪感を感じた香港人が声を上げ、反愛国教育のデモに12万人もの参加者を集める結果となりました。声を上げたからこそ、愛国教育を撤廃させられた、だから『サイレントマジョリティー』は学民思潮、学生たちにとってはとても特別な曲です。香港政府だけではなく、全世界の政府の人がきちんと民意に応えようとしないのが現状です。わたしたちは政府よりも非力ではありますが、それでも自分ができることをやりましょう。これが香港人としての、日本のみなさんへのメッセージです。

(続く)

▼プロフィール
黄 之鋒(Joshua WONG)
1996年生まれ。政党「香港衆志」秘書長
2011年、「愛国教育」に反対する中高生の団体「学民思潮」を結成し、その召集人を務める。デモや集会によって政府に「愛国教育」の必修化撤回を迫り、注目を集める。2014年9月には、中国政府が提案する限定的な普通選挙案に反対し、授業ボイコットや集会を指導、「雨傘運動」の火付け役の一人となり、米「タイム」誌の表紙を飾る。2016年4月に新政党「香港衆志」を結成、秘書長となり、同年9月の立法会議員選挙では大学生の羅冠聡を擁立して当選を実現。現在、香港公開大学に在学中。

周 庭(Agnes CHOW)
1996年生まれ。政党「香港衆志」常務委員
 黄之鋒らの「学民思潮」に加わり、スポークスパーソンとして活躍。独学で日本語を学び、テレビ東京など多くの日本メディアにも登場。「香港衆志」にも結党当時から副秘書長として参加。現在、香港浸会大学に在学中。

倉田 徹(くらた・とおる)
1975年生まれ。立教大学法学部政治学科教授。
2008年東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了。03年から06年まで在香港日本国総領事館専門調査員。日本学術振興会特別研究員、金沢大学人間社会学域国際学類准教授、立教大学法学部政治学科准教授を経て現職。専門は現代中国・香港政治。著書に『中国返還後の香港』(名古屋大学出版会、09年、サントリー学芸賞受賞)、『香港-中国と向き合う自由都市』(岩波新書、15年、張彧暋〈チョウ・イクマン〉と共著)など。
『御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記』これまでの連載はこちらのリンクから。
前回:ジョシュア・ウォン×周庭「香港返還20周年・民主のゆくえ」前編(御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記)

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