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大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第8回 あなたが純文学作家になりたいならば——ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』と『2666』を中心として【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.755 ☆

2016/12/16 07:00 投稿

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大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』
第8回 あなたが純文学作家になりたいならば
――ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』と
『2666』を中心として
【不定期連載】
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2016.12.16 vol.755

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今朝のメルマガでは大見崇晴さんの連載『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第8回をお届けします。近年注目を集めているラテンアメリカ文学の代表的作家ロベルト・ボラーニョ。その代表作『野生の探偵たち』『2666』における、ひたすら間延びしていく記述と有名作品のパロディから、村上春樹との共通項を見出していきます。


▼プロフィール
大見崇晴(おおみ・たかはる)
1978年生まれ。國學院大学文学部卒(日本文学専攻)。サラリーマンとして働くかたわら日曜ジャーナリスト/文藝評論家として活動、カルチャー総合誌「PLANETS」の創刊にも参加。戦後文学史の再検討とテレビメディアの変容を追っている。著書に『「テレビリアリティ」の時代』(大和書房、2013年)がある。
本メルマガで連載中の『イメージの世界へ』配信記事一覧はこちらのリンクから。


 二〇〇九年ごろ、ラテンアメリカ文学の歴史を変えた小説家として、ロベルト・ボラーニョの名前が日本でも喧伝されはじめた。その噂はボラーニョ最後の著作となる『2666』の英訳が全米批評家協会賞を受賞したことがきっかけだった。まず、短編集の『通話』が翻訳され、次いで大作として前評判が高かった『野生の探偵たち』が二〇一〇年に翻訳された。
 『野生の探偵たち』の翻訳は、それまで土着的な、それでいて幻想的な世界を表現していると――それは近代的な表現である小説に、前近代的な世界観を織り込むという矛盾を含む表現方法であるのだが――思われてきたラテンアメリカ文学の印象を一新させた。小説に登場するのはラテンアメリカの文壇だ。小説中の前衛詩人をめぐって五十三人のインタビューが収録されている。インタビューされた人物にはノーベル文学賞を受賞した詩人オクタビオ・パスの秘書もいる。描かれるのはラテンアメリカの土着的な風景ではなく、都市生活者である詩人や作家たちの楽屋裏である。
 近年、紹介者として八面六臂の活躍をしている寺尾隆吉が『ラテンアメリカ文学入門』で説明するところによれば、ボラーニョ登場の直前は回想録(そこには「大御所作家の友人という特権を頼みに私生活を切り売りしたような」ものが混ざっていたという)が氾濫する状態であり、閉塞感があったようである。寺尾によれば『野生の探偵たち』は「批評界から高い評価を受けたほか、販売面でも好成績を収め、作家の道を模索する新世代の純文学作家たちにとって道標」になったという。
 ところで筆者は、翻訳されて間もない『野生の探偵たち』を読んで鼻白んだ。この小説は数十頁で収まる内容を邦訳にして八百頁程度に引き伸ばしたものだったからである。だが、翻訳当初は訳者である柳原孝敦が「めっぽう面白くて紛れもない傑作なのだけれど、何しろ長くて難解なこの小説」と「訳者あとがき」に記しているように、ボラーニョは前衛的な、それも難解な小説家と思われていた。しかし、これは途方もない誤解であると筆者は断じる。ボラーニョの小説は難解なのではなく、ただひたすら頁数を消費しており、読者が読み解こうとする苦労が報われない――読み解こうとした所で謎がないためだ――小説であり、その報われ無さを難解さとして納得しようとする読者に向けた小説なのである。
 つまるところ、それは難解さを装った書物であり、頁を捲るという肉体労働を続けるだけで、難解さと対峙したと誤解できる書物なのである。そのような小説を求める読者とは難解を受容している自分に酔いしれるために書物を消費しようとしている読者である。
 この悪質な作者と読者の結託による構造的な欠陥を持った小説がボラーニョ文学の特徴と言える。日本の海外文学におけるボラーニョの紹介は、そのような構造欠陥を知って知らぬかのようになされたと言えよう。
 たとえば、三島賞作家小野正嗣と英米文学者である越川芳明との対談は、ある意味では欺瞞に満ちたものと言える。
小野 ストーリーが明確な構造を持っていて、透明に意味が伝わってくるものを好むようです。スピードと透明さに価値を置く読者が明らかに増えていて、小説を「享受」というより「消費」している。でも小説は「言葉でできた芸術作品」ですから、「そういう読み方ってまずいんじゃないか」って思っている読者も実はけっこういると思うんです。だから、そうした人たちは、あっという間に消費される作品とは対極にある『2666』のような作品を待ち望んでいて、いまこの本を読みながら、わからないものに時間をかけて取り組む喜びを感じているのではないでしょうか。もちろん、わからないって言っても、決して難解なわけではないですから。読み手にある程度の負荷をかけてくる作品を、読者もどこかで希求しているんじゃないでしょうか。
 そうは思うのですが、おそらくこの小説を本屋で見て手に取る人は、やっぱり一般的な読者の方ではないですよね。
越川 村上春樹が好きな人は手に取らないよね。


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