駅から職場までの道は多分長い。 高校生の頃、駅から学校までの距離は思春期真っ只中な少年少女たちの身体には気の遠くなるようなものだった。 駅を出てすぐの所にスーパーがあり、小学校を横目にしばらく歩くと不審者多発スポットとして有名な公園がある。 人っ子一人いない時間帯にイヤフォンを突っ込んで黙々と歩くことが何度かあったが、そこを通るときはドキドキとして周囲を見廻し、警戒心丸出しの猫のように毛を逆立てているような気分だった。 それに比べ今は距離こそ歴代二位に相当するが、不審者多発スポットはない。 あるのはその真逆である某府警だ。 その前を通る時は高校生の頃とは違う意味でドキドキしてしまう。 何もやましいことなどないのだが。 朝、その日の勤務中に起こり得る出来事を何となく思い浮かべながら歩き続けると視界の開けた場所に出る。 ジョギングに励む人、まったりと散歩を楽しむ人、自転車に乗って連れと愉快そうに笑う人。 様々な人間がいるが、犬を連れた人が現れると私は目が犬から離れなくなるため、いつか不審者として通報されてしまうかもしれない。 長い坂をのろのろと登ると、まだ上がり切っていない太陽と大きな門が立ちはだかる。 その門は敵が襲撃してきた際に扉を閉め、建物内から銃や槍を用いて攻撃をしていたらしい。どこにも逃げ場がない、開けているのは 空だけという場所で四方八方から己を討つ為の攻撃が降ってくるというのはどのような気持ちなのだろう。 兵士たちに不安や恐怖という思いはあったろうか。あったのなら此処まで辿り着くことが出来るだろうか。 曰く、此処は敵に破られることのなかった場所だそうだ。つまり攻め行った者たちは…。今、歩いている場所がかつて血塗れだったのだろうと容易に想像出来るが不思議と怖くはない。 門をくぐると江戸時代に建てられたらしい建物の木の香りが脳内に懐かしさを運び、それを深く吸い込むと此処で過ごした日々を少しだけ思い出す。 今もこの場所で働いているのだから変な話だが、やはり嗅覚と記憶の結びつきは素晴らしい。 いつもならここで到着となるが、最近は別の仕事を任せられているのでもう一つの門を目指す。 道なりに進むと少し非現実な景色を見せてくれる空堀と出会い、その底の深さに恐怖とも好奇心ともつかない感情が湧いて、今日も暑いなとマスクを少しだけずらし、澄んだ空気をこれでもかと吸い込む。 此処まで徒歩十五分くらいだろうか。 現代の乗り物である電車を利用しながら、職場は現代のげの字もないような場所であることを改めて文字にしてみると大変愉快だ。 到着まで今しばらく続きそうなので割愛するが、私はこの職場がこれまでの人生の中で一等好きだ。 此処以上に良い職場はきっと生涯現れないのだろうと今は心の底からそう思っている。
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駅から職場までの道は多分長い。
高校生の頃、駅から学校までの距離は思春期真っ只中な少年少女たちの身体には気の遠くなるようなものだった。
駅を出てすぐの所にスーパーがあり、小学校を横目にしばらく歩くと不審者多発スポットとして有名な公園がある。
人っ子一人いない時間帯にイヤフォンを突っ込んで黙々と歩くことが何度かあったが、そこを通るときはドキドキとして周囲を見廻し、警戒心丸出しの猫のように毛を逆立てているような気分だった。
それに比べ今は距離こそ歴代二位に相当するが、不審者多発スポットはない。
あるのはその真逆である某府警だ。
その前を通る時は高校生の頃とは違う意味でドキドキしてしまう。
何もやましいことなどないのだが。
朝、その日の勤務中に起こり得る出来事を何となく思い浮かべながら歩き続けると視界の開けた場所に出る。
ジョギングに励む人、まったりと散歩を楽しむ人、自転車に乗って連れと愉快そうに笑う人。
様々な人間がいるが、犬を連れた人が現れると私は目が犬から離れなくなるため、いつか不審者として通報されてしまうかもしれない。
長い坂をのろのろと登ると、まだ上がり切っていない太陽と大きな門が立ちはだかる。
その門は敵が襲撃してきた際に扉を閉め、建物内から銃や槍を用いて攻撃をしていたらしい。どこにも逃げ場がない、開けているのは
空だけという場所で四方八方から己を討つ為の攻撃が降ってくるというのはどのような気持ちなのだろう。
兵士たちに不安や恐怖という思いはあったろうか。あったのなら此処まで辿り着くことが出来るだろうか。
曰く、此処は敵に破られることのなかった場所だそうだ。つまり攻め行った者たちは…。今、歩いている場所がかつて血塗れだったのだろうと容易に想像出来るが不思議と怖くはない。
門をくぐると江戸時代に建てられたらしい建物の木の香りが脳内に懐かしさを運び、それを深く吸い込むと此処で過ごした日々を少しだけ思い出す。
今もこの場所で働いているのだから変な話だが、やはり嗅覚と記憶の結びつきは素晴らしい。
いつもならここで到着となるが、最近は別の仕事を任せられているのでもう一つの門を目指す。
道なりに進むと少し非現実な景色を見せてくれる空堀と出会い、その底の深さに恐怖とも好奇心ともつかない感情が湧いて、今日も暑いなとマスクを少しだけずらし、澄んだ空気をこれでもかと吸い込む。
此処まで徒歩十五分くらいだろうか。
現代の乗り物である電車を利用しながら、職場は現代のげの字もないような場所であることを改めて文字にしてみると大変愉快だ。
到着まで今しばらく続きそうなので割愛するが、私はこの職場がこれまでの人生の中で一等好きだ。
此処以上に良い職場はきっと生涯現れないのだろうと今は心の底からそう思っている。