2000年1月30日付けの『ニューヨークタイムズ』の記事は、前年の1999年秋、

『週刊文春』の松井清人編集長、木俣正剛デスク、島田真記者が、NYTの上杉

隆記者への依頼によって取材が開始されました。この取材は、ジャニーズ事

務所の喜多川氏に関する一連の疑惑を中心に進められ、翌年1月、ピュリッツ

ァー賞受賞者のカルビン・シムズ東京特派員によって、最初の記事が発表さ

れました。

ニューヨークタイムズ紙の記事によれば、喜多川氏は新聞、雑誌、テレビ番

組の内容を厳しく管理しており、逆らう報道機関はほとんど存在しなかった

とされています。とくに、芸能リポーターの梨元勝氏は「もしテレビ局がジ

ャニーズ事務所の意向に従わなければ、人気スターはすべて降板し、バラエ

ティ番組もタレントのインタビューができなくなり、視聴率は急降下するで

しょう」と述べています。これは、テレビ局がジャニーズ事務所の意向に従