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【非会員でも閲覧可】為五郎オリジナル小説④『クリエイショナー』第4話

2018/06/30 20:36 投稿

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 誰かさんのせいで建てつけの悪くなったテーブルの前で、気まずそうな表情を浮かべながら正座する少女の証言によると――この自称未来っ娘の今朝からの行動は、以下のようなものだったらしい。
 俺から借りた二千円を持って、まず彼女が向かったのは……なんと、市外にある地方競馬場だった。そんな場所をどうして知っていたのかや、どう見たって未成年だとしか思えない少女が何故ちゃんと入場できたのかはわからないけど、とにかく彼女はそこで、見事に馬券を的中させたらしい。……しかも、午前中のレース全てにおいて。
 こうしてある程度の資金を手に入れた彼女は、とりあえず今後の為にと、競馬場近くのショッピングモールで、服や日用品を購入した。それがかなり豪快な買い物だったということは、テーブルの傍らに置かれてある、五つの大きな紙袋が物語っている。
 ……そして、結果的にこの判断は、かなり賢明なものであった。 
 その後彼女は、ある場所の、ある建物に向かった。それが具体的にどこなのかは彼女も教えてくれなかったけど、そこで具体的に何を購入したのかについては、教えてくれた。
 ――戸籍だ。
 関西出身で、二年前から失踪している、生きていれば現在十六歳になる女の子の戸籍だ。
 他人の戸籍を売買する悪徳業者が存在することくらいは、俺だって知っていた。……とはいえ、そんな業者が実際どこで商売しているのかなんてことは、全然知らない。
 だけど、彼女はやっぱり “あらかじめ知っていた”ようである。なおかつ、『もちろん、この時代においても、それが違法行為だということは充分認識しています。でも、未来を救う為なら、あたしは何だってするつもりです!』と力強く演説する彼女に対して、気弱な俺がそれ以上深く追及できるはずもなかったさ。……この時代で活動する以上、ある程度の身分証明が必要だっていう論理も、わからなくはないしな。
 だけど、何でも知っていそうな彼女にも、誤算はあった。……というのも、その戸籍業者が、予想以上に悪徳だったのである。おまけにこの少女、馬鹿正直にも、払えるギリギリの金額を申告したという。
 おかげで、彼女は『入学金』と『授業料』を除く、ほとんどのお金を失ってしまったらしい。
「……うん? 『入学金』と『授業料』って何なんだよ?」
 さすがにチキンな俺も、この点だけは深く追及せざるを得なかった。「君は、どっかの学校に入るつもりなのか?」
「ええ。あたしの使命は、クリエイショナーとマザーリアの仲を取り持つことです。……そしてその為には、なるべくお二人のそばにいる必要があります」
 当然のごとくそう言い放つ彼女が、どこの学校に入ろうと企んでいるのかなんて、深く考えるまでもなかったね。「……しかしながら、『入学金』と『授業料』を払ってしまうと、もうほとんどお金が残りません。正直に言えば、朝食以降何も食べていないくらいなんです。同時に、あたしには住居もありません。かといって、ホテルで泊まるお金なんてある訳もございません。寝袋を買うお金もありません。……あたしはいったい、これからどうすればいいんでしょうか? このままでは、未来が……あたしたちの輝かしい未来が……」
 鼻をすすりながら、悲壮な顔つきで訴えかけてくる彼女であった。
 ……まったく、戸籍を買う前に服や日用品を買おうと判断したのが、せめてもの救いってもんだな。順番を逆にしていたら、今頃彼女は、まだ真っ赤なジャージ姿だったに違いない。
「……あのさぁ、未来なんてどうでもよくね?」
 励ますつもりで、俺は言った。「今が楽しければ、それでいいじゃん!」
「ク、クリエイショナーが、そんな悲しいことをおっしゃらないでください!」
「いや、だってさ……未来って、基本的にわからないもんだろ?」
「そんなことはありません! 少なくとも、未来人であるあたしにはわかります! ええ、完全にわかっておりますとも! ……クリエイショナーによって創られる、素晴らしい未来が!」
 駄目だこいつ、完全に目がイッてしまってる。まるで、変な宗教の信者みたいだ。……まぁ、その教祖的存在になるらしい俺が言うのもなんだけどさ。
「じゃあさ、未来人さん。……その未来がわかる能力を駆使して、もう一度競馬を当てたらいいじゃんか」
 我ながら実に的確なアドバイスだと思ったけど、彼女は悲しそうに首を横に振り、
「いえ、そういう訳にもまいりません。……あたしに与えられたのは、昨夜の『自分が未来から来たことを証明する為のサッカー情報』と、今日の『任務の経費を調達する為の競馬情報』だけなんです。……それ以外は何も教わっていませんし、そもそもこれ以上未来の情報を基に行動すると、連綿時間軸にノイズを発生させてしまう恐れがあります。……今回の競馬だって、本当はかなりリスクの高い行動だったんですから」
「じゃあさじゃあさ、未来から助っ人とか呼べばいいんじゃね?」
「昨晩お話しさせていただいたと思いますが、別の時代に人間レベルの生命体を二体以上送り込むことは、不可能なんです。……それこそ、リスクが高すぎます」
「だったらこの際、一旦元の時代に戻るとか?」
「それも不可能です。我々の時間軸移動理論は、まだ一方のベクトルしか確立されていません。……つまり、一度五十一年前の過去に来てしまった以上、あたしが元の時代に戻る為には、五十一年間待たなければならないのです」
「そうなのかよ……」
 あいかわらず意味不明な内容の話だったけど……とりあえず、彼女が八方ふさがりな状態だということだけは理解できた。
「ああ、どうすればいいんでしょう! ……大変畏れ多きことながら、もうあたしには、頼りにできるのがクリエイショナーしかいらっしゃいません!」
「………………あのさぁ」
 涙目の少女を追い込むほど極悪人じゃないはずの俺も、この時ばかりは思わず正直な感想を漏らしてしまった。「なんだか君って……未来人にしては、ちょっと行動が行き当たりばったりすぎやしないか?」
 昨夜のサッカーの一件に加えて、実際にこうして競馬で金を増やしてもいる訳だから、彼女が本物の未来人だという点は、そろそろ信用してやってもいいような気はする。……びっくりするほどの美少女が全裸になったり大量の金を使ってまでして、この俺を騙さなければいけない理由も思いつかないしな。
 ……だとしても、だ。未来を救うだとかなんとか大層なことを抜かしているエージェントにしては、いくらなんでも計画が杜撰すぎるんじゃないか? 戸籍なんて扱っている業者に若い娘が所持金を正直に伝えたらどうなるかってことくらい、現代人でもわかりそうなもんだけど。
「も……申し訳ございません。お恥ずかしい限りであります。ただ……これは言い訳になるでしょうが、なにしろ準備期間があまりにも短かったのです。『フライング』の実験から――言い換えれば、連綿時間軸に膨大なノイズが発見されてから、あたしがこの時代に転送されるまで、たった三日間しか猶予がなかったのです」
「ああ……そういうことになるのか」
 『ある一定の時間差しか移動できない』という制限のせいで、未来側とこっち側の時間の流れが、変に連動してしまっているらしい。……要するに、“星村が事故に遭いかけてから三日後”に辿り着く為には、未来の世界でも “『フライング』の実験から三日後”に出発しなければいけなかったという訳である。まったく、なんて不便な時間移動システムなんだろうな。
「もちろん、過去に送り込まれることが決まってから、あたしはこの時代の風習、言葉遣い、その他諸々について猛勉強させられました。それこそ、寝ずに頑張ったつもりです。でも……やっぱり、少し時間が足りなかったようですね、はい」
「……もう少しじっくりと作戦を練ってから実行しても、よかったんじゃないか?」
「そうかもしれません。あるいは、将来的に一定期間外への時間移動が可能になり、件のハンカチを直接処理できるようになるかもしれません。……しかし、それまでに歴史が歪まないという保証もありません。なので、我々は迅速に行動することを選択したのです。あたしも、それがベストな判断だったと信じています」
「なるほど……ベストな判断、ねぇ……」
 あくまでも納得した振りをする俺であった。彼女が現在置かれている状況からすれば、ほとんど説得力のない台詞だったからな。
「それに……」
 ふっと、彼女が自嘲気味な笑みを浮かべた。「これは勝手な推測なんですが……あたしって、そこまで期待されていなかったと思うんです。プロジェクトの責任者にも、前もって通告されていましたから。――『この計画が成功する確率は、高くても三パーセントくらいだ』って」
「おいおい、それはいくらなんでもひどい言われようだなぁ。せめて、『信頼してるから頑張れよ』、くらい言ってやったらいいのに」
「いえ、こればかりはいくらあたしが頑張ったところでしかたがありません。……『無事におまえを過去に送り込める確率が、高くても三パーセントくらいだ』って意味ですから」
「は……………?」
 俺は言葉を失ってしまった。……じゃあ、残りの九十七パーセントだった場合は、いったいどうなってたっていうんだよ? 
「だから、無事にこの時代に辿り着いた時はびっくりしましたよ! ……いやぁ、あたしってけっこう運が強かったんですねぇ!」
 今度は能天気な笑みを浮かべる彼女を前にして、ふつふつと怒りが込み上がってきた。
 もちろん、眼前の馬鹿な少女に対してではない。……こんな年端もいかない女の子に人体実験もどきの時間移動をさせた、未来の人間達に対してである。
 ひどく気弱な俺でも、この時ばかりはそいつらと直に話したく……
「……そういえば、さ」
 そこで、俺は思いついた。「君は、未来と交信したりはできないのかよ?」
「あ……そっか」
 ポカンとした顔つきで両手を叩いた後、「なるほど、すっかり忘れていました。……未来と交信して、指示を仰げばよかったんですね!」
「いや、マジでできるのかよ! ていうか、どうしてそんな重要なことを忘れるかなぁ!?」
 やっぱり眼前の馬鹿な少女に対しても、ふつふつと怒りが込み上げてくる俺であった。
「それではさっそく……」
 右手をちょっと動かしてから、彼女は急に頬を赤らめた。「あ、ここではまずいなぁ……」
「なんだよ? ここじゃあ交信できないの?」
「ええ……その、色々な意味で」
 何故かもじもじとした仕草でそう答えた後、「あの、クリエイショナー……申し訳ございませんが、もう一度レストランをお借りしてよろしいでしょうか?」
「え? ……あ、ああ、別にかまわないけど」
「ありがとうございます!」
 深々と頭を下げてから、トイレに駆け込んでいく彼女。
 ――そして、そこから奇妙な現象が発生した。
 鍵が閉められた後にまず聞こえてきたのは、悩ましげな声だった。具体的にどう表現すればいいのか、ウブな俺にはちょっと難題過ぎるけど、とにかくあんまり人前で出さない方がよさげな声だったことは確かである。
 続いて個室から漏れてきたのは――独り言だった。といっても、ただの独り言ではない。内容まではちゃんと把握できなかったし、また彼女も俺に内容を悟られないよう声のボリュームを調節しているんだろうけど、とりあえずそれが、まるで誰かと会話しているかのような独り言だということだけは間違いなかった。しかも、ご丁寧に声色まで変えていやがるもんだから、俺は一瞬、彼女がトイレで落語でも始めたのかと勘違いしてしまったくらいである。
 ……やがて声が止み、その三分後に、トイレの扉がゆっくりと開かれた。
 彼女がよろめくような足取りで近づいてくる。個室の中で何があったのかは知らないが、元からアンバランスな髪型がさらにくしゃくしゃになっており、なおかつ彼女の顔の大部分を隠していた。……隣の部屋に住む男に見せてやったら、『ほらみろ、やっぱりこのアパートには霊がいたじゃないか』と勝ち誇られそうな光景である。
「……ど、どうしたんだよ?」
 心配した俺が尋ねてみると、
「め、め……めちゃくちゃ怒られちゃいましたぁ!」
 がばっと頭を上げて、前髪の間から真っ赤に腫れた瞳をさらけ出した後、「あ、あたし、やっぱり、ものすごい失敗を犯してしまったみたいです……」
 全身をガタガタと震わせながら、彼女はそのまま床にへたり込んでしまった。
「……未来の人間って、そんなに怖い連中なのかよ?」
「こ、怖いというか……とても厳格なお方です」
 やれやれ、単身違う時代へとやってきた勇気溢れる少女に対してそこまで怒るとは、なんてひどい組織なんだろう……と思いつつ、なんとなく納得もしてしまう俺であった。
 冷静に考えてみれば、眼前で整った顔をひどく蒼ざめさせているこの少女は、無事に過去に辿り着いたのはいいものの、目的の人物ではなく、あろう事か将来の指導者本人の部屋に乱入してしまい、なおかつそこであらいざらい事情を説明してしまった上に、任務軍資金を予想外の出費でほとんど失ってしまった、とことん駄目な工作員なのである。
 そりゃあキレたくもなるってもんだろう。……少なくとも、俺だったらキレる。
「で……その未来の厳格な上司とやらは、君にどうしろって言ってきたんだ?」
「とりあえず……待機しておけと言われました」
 両手で涙を拭いながら、しゃくりあげるような声で答える彼女。
「待機って……金もないのに、いったいどこで待機しろっていうんだよ?」
「非常に申し上げにくいのですが……クリエイショナーのお部屋で待機させていただけ、と言われました」
「…………はぁ!?」
 唖然としてしまう俺。「いやいやいや、どうしてうちで待機させなきゃなんねぇんだよ!?」
「お願いしますお願いしますお願いします!」
 出た出た。……彼女の必殺技、土下座だ。「クリエイショナーと同じお部屋に住まわせていただくだなんて、畏れ多いにも程があるということは、重々承知しております! でも……でも、今のあたしにとって、クリエイショナーだけが頼りなのです!」 
「あ、あのさぁ……」
「もちろん、クリエイショナーのご命令なら、どんなことでも全身全霊忠実に従わせていただきます! なおかつ、クリエイショナーにご迷惑をおかけするようなことは、一切いたしません! ……なので、どうかあたしをお救いください! お願いします!」
「だからさぁ……君、というか、M41……ええっと、何だったっけ?」
「……ああ、申し遅れましたが」
 額を床に接触させたまま、彼女は短パンのポケットから、ごそごそと一枚の紙切れを取りだした。「あたし、今日から先峰(さきみね)玲音(れおん)という名前になりました。……どうぞこれからは、玲音(れおん)とお呼びくださいませ」
 俺の眼前に突きつけられたのは、市役所の手続きなどで使われる戸籍表、いわゆる戸籍抄本のコピーだった。……まったく、変なところだけは用意周到な女である。
「じゃあさ、その、玲音……」
 いきなり下の名前で呼ぶなんて馴れ馴れしすぎるんじゃないかと照れつつも、俺の返答内容自体は、一切変わらなかった。「申し訳ないけど、それは無理な相談だよ。……ていうか、いい加減土下座はやめてくれ。そんなことをされても、かえって迷惑なんだよ」
「も、申し訳ございません、了解いたしました……」
「玲音が困っているのは、よくわかるけどさ。見ての通り、うちは狭い部屋なんだ。とても人間二人が暮らせるようなスペースはない。それに、独り暮らしの高校生が同世代の女の子と同居してるってことになると、世間体的にも色々とまずいだろうし……」
 淡々と語る俺の前で、玲音は土下座の姿勢をなるべく維持しながら、ゆっくりと頭だけを上げていった。……といっても、昨晩みたいな嬉しすぎる光景、もとい、ハプニング的な光景は生まれない。当然である。今日の玲音はちゃんと衣服を身にまとっているのだ。ちなみに、これは完全に余談になるけど、どうやら彼女は、間違って一回り大きなサイズのTシャツを購入してしまったらしい。ていうか、なんでまだ下着をつけてないんだよ? 未来ではそれが常識っていうのか? おかげで、俺の角度からは真っ白な胸の膨らみがはっきりと……「……しょうがねぇなぁ。そこまで言うんだったら、ちょっとくらいおまえと一緒に住んでやってもいいよ。そのかわり、なるべく早くちゃんとした住居を見つけるんだぞ!」
 どういう訳か、突然慈愛の精神に目覚めてしまう俺であった。
「あ、ありがとうございます! ……やっぱり、クリエイショナーは慈愛に溢れるお方です!」
 玲音の能天気極まりない、それでいてひどくチャーミングな笑顔が見れただけでも、俺が苦渋の選択を下した甲斐はあったのかもしれない。なんだか罪悪感を覚えてしまうのは、きっと気のせいだろう。
 ――とまぁ、こんな感じで、俺と先峰玲音の共同生活は、始まってしまったのである。

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