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『ネヴァーウィンターの失われし王冠』第三部第3回リプレイ:残骸の街

2014/05/21 17:36 投稿

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  • ダンジョンズ&ドラゴンズ
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 水曜夜は冒険者――場所はお馴染み、東京は代々木、HobbyJapanの配信室から。ちなみに今回から物語は、「ネヴァーウィンターは二度滅ぶ」の語で始まる新オープニングに飾られております。
 前回お休みのため人事不省だったジェイドは無事に人語を話すようになり、代わりに今回はミシュナとセイヴがお休み。とはいえこの状態で別行動は再会の目途が立ちにくいので、2人とも同行しているという設定に。
 そうしていよいよ踏み込んだ、“二度滅んだ街”ネヴァーウィンターでの物語は……
 


 そこは天文学者の部屋かと思われた。
 部屋の中央には巨大な惑星儀が据えられ、ゆっくりと回っている。金属とガラスと輝石で作られたその小宇宙は、歯車が微かな軋みを建てるたびにわずかに身じろぐのだった。
 静謐そのものの部屋の中でそれをじっと見つめているのは、だが、老いた生真面目な天文学者などではない。この部屋の主、ヴァリンドラ――死せる女魔道士は冷ややかな笑みを浮かべながら回る惑星儀を見やり、それから自分の指に視線を移した。
 自分の尾に噛みつくドラゴンをかたどった真鍮製の指輪が鈍く光っている。

ヴァリンドラ:「リング・オヴ・ドラゴン……悪くない。まさか、ヴォルカニック・ドラゴンを呼び出すことが叶うとはな……」

 満足そうに言い、再び惑星儀を眺め、そしてヴァリンドラはふっと眉を潜めた。
 作り物の――“ネヴァーウィンターの空”に、シャドウフェルにしか現れぬ星が映っている。何ごと、と呟く間に、その空を大きな闇がみるみるうちに覆っていく――
 それが何を示すのかはっきりとは見定められぬまま、ヴァリンドラはその闇の動きを見守るのだった。



 ところ変わってネヴァーウィンターである。
 ジェイドたち一行が入った門は、街の北東、川岸地区に続くものだった。燃えるものはすべて燃えつくし、黒く崩れた街の跡を縫うようにしてジェイドたちは行く。人が進む振動で、辛うじて保たれていた形が時折りごそりと崩れ落ち、灰が舞い上がる。そのたびにミシュナは激しく咳き込んだ。ともすればくずおれそうになるが、まさかこんな場所で休んでいるわけにはいかない。街の門を潜ったときから(それまではミシュナに手を引かれ、半ば発狂したように呻いていた)ジェイドは兜の面頬を深く引き下げ、何か腹をくくったように――それとも捨て鉢になったかのように早足で歩き始めたので、今度はセイヴがミシュナについて抱え起こしながら進む。

 行けども行けども地獄だった。
 焼けた建物の瓦礫の間に折り重なるように倒れている炭や灰の塊は、確かに人型をしていた。生前の姿が辛うじてわかるものもあった。いずれも犬歯の目立つ顔。オークだ。そういえばこの辺りはかつてオークどもに占拠されていた。それはそれで街の悩みの種ではあったが――流れ下る火の川はオークも人も隔てなく焼き尽くしたのだ。

 焼け落ちた街には既にかつての道筋の面影もない。火の手こそ上がっていないものの、時折熱い灰が降ってくる。それでも――行かねばならぬ。地獄を縫って、正義の館を目指した。辛い道のりだった。具体的には技能チャレンジを要求された。3回失敗する前に8成功。

ヘプタ:「川岸地区でしょー……このあたりなら俺の庭……あれ、おや、うわだめだ、抜け道、全部塞がっちゃってるッす!!」

 具体的には〈事情通〉で失敗した。
 エイロヌイは風向きを読んでゆくべき方向を知ろうとした。が、残骸に籠る熱が風読みの勘を狂わせる。具体的には〈自然〉で失敗した。
 それでもジェイドは足を止めない。自分を罰するかのように崩れかけの瓦礫をかき分け踏み分け進んでいく。具体的には〈運動〉で成功した。
 
 ――ああ、取り乱していてはいけない。
 エイロヌイはエリオンの助言を得て風を読み直し、ヘプタは気を取り直して街の様子を思い出す。そして――折れかけた心を励まそうとする気力が、普段に倍する距離の踏破を可能にした。具体的にはジェイドが難易度23の〈持久力〉判定を奇跡的に成功させ(他の判定の難易度は15だった)、何とか道のりの半分は、身体は無傷で抜けた。

 4回成功、まずは前半を踏破する。

 かつて冒険をした街は焼けただれ、崩れていた。
 ヘプタのねぐらは影も形もなかったし、座礁リヴァイアサン亭はすっかり焼け落ち、その中に竜骨の燃えさしとわかる木材だけが辛うじてその場所を示していた。足の踏み場を確保するために瓦礫を退けると、その下に比較的保存のいい“形見”があることもあった。人形の燃え殻、小さな人の形の灰に絡みつく布きれ。そんなものが見つかるたびに、ジェイドは無言でそれを拾い上げ、手にした袋に収め、そして先を急ぐのだった。

 そんなふうにして、ネヴァー川まで来た。ここまで来てしまえば、“正義の館”は文字通り目の前だ。橋はすべて焼け落ちていたが、皮肉なことに、冷えて固まった溶岩が天然の橋を形作り、渡河そのものには何の問題もない――が、その先が問題だった。

 川向こうの通りを無数の人影が歩き回っている。
 生きた人間ではない。死者だ。それも口に黒メノウを詰め込まれ、儀式によって偽りの命を吹き込まれたことが見てすぐにそれと知れるものたちだ。今までエヴァーナイトでかかわってきた“天然もの”のアンデッドではない。死霊術師国家サーイ謹製の動く死者たちは、統率のとれた動きで“正義の館”周辺を“警邏”していた。目的地に着くにはあの連中の目を掠めてゆかねばならぬ。

 技能チャレンジ、後半の始まりである。すでに失敗は2回。つまり、1回の失敗も許されない状態で残りの4回を成功しなければならない。
 そうして瓦礫の影から影へ身軽く飛び移るはずのエリオンが早速見つかった。具体的には〈軽業〉で失敗した。アンデッドどもが殺到してきた。多勢に無勢。まともに戦ってなどいられない。とにかく一塊になって血路を開きながら正義の館めざして、命が尽きるのが先か道が尽きるのが先かとばかりにひたすら走る。が、体力は一足ごとに奪われていく。
 その結果、パーティはひどく消耗した。
 具体的には次回戦闘時には回復力回数を2減らし、それぞれセーヴ・終了の弱体化状態および減速状態で開始せよとの宣言がマスターから下される。

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 館の門が見えた。
 と、その時、門の前からジェイドたちめがけて走り寄ってくるものがある。騎士だ。血まみれだが確かに生きている。面頬を深くおろし、その顔は見えないが――生きているジェイドたちが死者の群れに取り巻かれているのに気付いた彼は、雄たけびをあげて真っ直ぐこちらに斬り込んでくる。
 騎士の助けを得て血路を開き、共に館の門まで走る。
 その時、あることに気づき、ジェイドは思わず立ちすくみかけた。
 この男の鎧を俺は知っている。この男の剣を俺は知っている。この男の戦い方を俺は知っている――生き別れの父、レオンだ。まさか――

エイロヌイ:「ジェイド、何をしているのですか!!」

 足を止めかけたジェイドをエイロヌイが門の中に引っ張り込む。その背後で騎士は扉を閉めた。またアンデッドから館を守る任務に戻ったらしい。

ジェイド:「あれは、俺の――」
エイロヌイ:「しッ、黙って!!」

 遠目からは無傷に見えたが、さしもの正義の館も所々が黒く煤け、いくぶんかは崩れている。扉は歪んで倒れかけ、壁にはひびがはいっている。その廃墟じみた空間を縫って、場違いなほど美しい歌声が流れてくるのだ。
 それは古い古い歌。100年前、ネヴァーウィンターが最も栄えていた頃に歌われた、“北方の至宝”を讃える歌。歌っているのは年かさの女性の声。繰り返し繰り返し、いつまでも歌い続ける……



 歌声は、館の中央ホールから流れてきていた。
 傷みの激しい館の建物のなかで、そこだけは何らかの魔法的な防御に守られたのであろう、本当にかつてのままの姿を残していた。

 ホールの中には人影が3つ。
 部屋の隅で歌い続ける上品な女性。傍目にもわかる。彼女は完全に正気を失っている。これはかつてのレジスタンス、“アラゴンダーの息子たち”の灰マント派の指導者、マダム・ロザンナであった。

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 部屋の中央にぐったり座り込んでいる男性。傷つき血まみれで手にした剣は折れている。ジェイドとヘプタは面識がある――ネヴァーウィンターの守護卿を名乗っていた男、ネヴァレンバー卿である。
 その傍らには市長のソマン・ガルトが、かつて見た時と変わらぬ姿勢で書き物をしている。

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 一行が入っていくと、ネヴァレンバー卿は「レオンか」と言って顔を上げ、そして思わぬ顔ぶれに、咄嗟に折れた剣を手に身構える。

ネヴァレンバー:「ジェイド!! ……なぜ、生きているのだ。お前たちはあの竜との戦いで、橋の上で死んだはず……」
エイロヌイ:「いいえ、死にはしません。シャドウフェルに飛ばされていたのです。そしてそこから幽明の境を越え、帰ってきました」
エリオン:「真の話だ。でなければどうしてこの滅びた街にわざわざ戻ってこよう」
ネヴァレンバー:「……運のいい連中だ。そうして難を逃れたのか」

 ああ、この街の住民にとってみれば、俺たちは“運よく難を逃れた”のか。
 ジェイドたちは重苦しく顔を見合わせ、だが、静かに頷く。

ネヴァレンバー:「この街の外にいたのなら、知っていよう。なぜだ。なぜこんなことになったのだ!!」
エイロヌイ:「……火山が噴火したのです。自然現象に理由はありませんわ」
ジェイド:「違う、自然現象ではない!!」

 エイロヌイの言葉に、ジェイドが驚くほど鋭い声で反論する。ネヴァレンバー卿は疲れ果てた顔をジェイドに向けた。

ネヴァレンバー:「自然現象ではないと言うのか、ジェイドよ。お前はこの街の英雄だった。なぜこんなことになったか知っていよう。教えてくれ……いや、知っていてくれ」

 ジェイドは息を飲む。
 何と答えるべきか。

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ネヴァレンバー卿:「私は本来ウォーターディープの人間だ。ここまでの状態になってしまった以上、いったんウォーターディープに引き上げざるを得ないと思っている。……が、その後どうするのかはまだ決めておらぬのだ。この街を完全に放棄するか、それともあの死者どもから街を奪還し、再建すべきなのか……」

 卿は自身に言い聞かせるような口調で言葉を紡いでいる。
 ジェイドは口を開いた。

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ジェイド:「俺のせいだ」

 なんだと、と、ネヴァレンバー卿はジェイドに折れた剣をつきつける。構わず、ジェイドは続ける。

ジェイド:「俺はこの事態を止められたかもしれなかった……が、止めきれなかった」
ネヴァレンバー:「それはどういうことだ。返答次第によっては生かしてはおかぬ。ジェイドよ、そもそも貴様は何者なのだ」

 ジェイドは静かに顔を挙げた。

ジェイド:「この門を守っている男の、息子だ」
ネヴァレンバー:「何、それではまさか、レオンの行方不明の息子というのが……そうか、貴様はサン家のものか。では、女王様は……」
ジェイド:「彼女はサン家直系の姫だ。だが、俺は違う。そもそも俺はもはやサン家を名乗ることは叶わぬ身……だが、それ以前にそもそも俺はサン家の人間ではない。27年前にネヴァーウィンターが一度滅びた時、この街を落ち延びた王家の娘が子を産んだ。ネヴァーウィンター王家の血を引くその子はサン家に引き取られて育った。それが、俺だ」

 ネヴァレンバー卿はあっけにとられたようにジェイドを見た。その唇が笑いの形に歪む。くすくす笑いがその唇から漏れる。

ネヴァレンバー:「貴様が……貴様がネヴァーウィンターの嗣子だったというのか。こいつは……こいつは傑作だ……」

 くすくす笑いはやがて大笑いに変わる。
 ひとしきり笑い終わった卿に、ジェイドは告げた。

ジェイド:「いかにも俺はネヴァーウィンター王家の血を引くもの。しかしもはやそれを主張するつもりもない。そして俺は今回の悲劇の真相を知っている。聞きたいと言うなら話す――が、聞かずにそのままウォーターディープに帰還するのもいいだろう」
ネヴァレンバー:「話せ。私はソードコースト一帯を全てこの手に収めたい。そのためには、この地で起こったことをすべて掌握しておかねばならぬのだ。ソマン・ガルト、この男の話すことを一字一句漏らさず書き留めろ」

 ひとつ息をつくと、ジェイドは語り始めた。
 ホートナウ山に巣食う深淵の化け物どもの企みのこと。彼らが火のプライモーディアルを支配しようとしていたこと。その企みを打ち砕き、プライモーディアルを支配していた祖脳を始末したこと、その結果“火の暴走”が起きたこと……

 ジェイドの話が終わると、ネヴァレンバー卿はしばらく無言だったが、やがて一行を見回し「今の話はまことか」と尋ねた。

ヘプタ:「まったくもってホントっすよ。コアロン神にかけて」
ネヴァレンバー卿:「……貴様が言うと途端に胡散臭くなるが……。ともあれジェイド、その話が真であるとすれば、ネヴァーウィンターの守護卿としては貴様の首を刎ねねばならぬ。が、今この街を治めているのはタンジェリン女王だ。女王の意向を尋ねねばならぬ。そうして女王はいまここにはおらぬ」

 なに、と今度はジェイドが気色ばむ。

ネヴァレンバー卿:「女王は街に出て行かれた――なんでも“九つの魂が呼んでいる”とかおっしゃって……。だが、案ずるな。護衛がついている。ハーパーのキムリル、コアロンの司祭アデミオス、そうして盲目の少年予言者デイロン……」

 全員が顔を見合わせた。

ヘプタ:「あの……キムリルさんはハーパーの裏切り者っすよ」
ネヴァレンバー:「そう思われているはず、と、彼女も言っていた。彼女は死んだことにして身を隠し、真の女王が現れたので再び姿を現した、と……」
ヘプタ:「でもね……我々ハーパーを売ってみすみす死なせたのもその時死んだことになったキムリルさんなんで。いや、影武者かもしれませんがね」

 言いながらヘプタ、臍ピアスにしたハーパーのバッジをちらりと卿に見せる。

ネヴァレンバー:「その話は……知らなかった。だがコアロンの司祭が……」
エイロヌイ:「アデミオスはアスモデウス信者ですわ」

 こともなげにエイロヌイが言う。ネヴァレンバー卿の顔から今度こそ血の気が引いた。

エイロヌイ:「一緒に行ったというもう1人、デイロンはここにいるエリオンの弟で、確かに予言の力を持っています。けれどアデミオス・スリードーンはコアロン神官を偽るアスモデウス信者。私はその処断を騎士隊長メリサラ、司祭長エムレイより任されています」
エリオン:「そして私は我が弟、デイロンの救出を」

 顔面蒼白のネヴァレンバー卿を、エイロヌイは射通すような目で見据え、そうして口調だけは柔らかく言った。

エイロヌイ:「真相は誰にもわからないものですわね? ……さあ、では皆さん、まいりましょうか。街に行ったという人たちを探しに」
ジェイド:「だが、その前にひとつ確認したいことがある。俺の父はどうやってここにやってきたのだ?」
ネヴァレンバー卿:「レオンはタンジェリン女王と共に現れた。そして女王はマダム・ロザンナが連れてきたのだが……」

 視線の先で、完全に正気を失ったマダム・ロザンナはひたすらはるか昔の歌を歌い続けている。つまり、ここではこれ以上の情報は得られぬということだ。真相を得るには、街に出てタンジェリン一行を見つけ出さねばならぬ。幸い、手がかりは、ある。“九つの魂が呼ぶ”と言っていたというのなら、おそらくそれはネヴァーウィンター建設時に初代王ナシャー・アラゴンダーを助けて大いに功があったというネヴァーウィンター九勇士のことで、ならば彼女らの行き先は九勇士の墓のあるネヴァー城であろう。

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 一刻の猶予もないはずではあった。
 が、その前に、これだけは。

 ジェイドは門を開け、大声で呼ばわった。

ジェイド:「父上ー!!」

 門を守る騎士が、顔を挙げる。ジェイドを認め、面頬を上げて駆け寄ってくる。

レオン:「ジェイドか!!」
ジェイド:「父上……ご無事で何よりでした……」

 双方無事とはとても言えぬ。が、懐かしい父子の邂逅だった。

ジェイド:「しかし父上、父上はどうしてここに」
レオン:「わからぬ。まるで夢の中にいたかのように記憶がはっきりせぬのだ。おそらく何者かに操られていたのだろう。意識を取り戻したのは数日前。その直後にあの噴火だ――タンジェリンは街へ出て行ったが、私にはネヴァレンバー卿をお守りするという務めがある。だから、ここでこうしていた」
ジェイド:「父上がともにいたタンジェリンは……“本物”でしたか」
レオン:「間違いない。あの子は日輪の刃、サンブレードを手にしていた。我が家の家宝だ。我が家のものの手にしか馴染まぬ」
ジェイド:「ならば、タンジェリンも本物で、そしてイリシッドどもに操られていたのでしょう、父上が意識を取り戻された時期と我々が祖脳を片付けてから噴火が起きた時期と、ちょうど重なります」

 レオンは静かに頷いた。

レオン:「ともかく、私はネヴァレンバー卿をお守りする。お前はタンジェリンを救い出してきてくれ」
ジェイド:「もちろんです。すぐに行きます」

 仲間を促しかけたジェイドを、レオンが慌てて止める。

レオン:「待て、もうすぐ日が暮れる。そうすれば死者どもの時間だ。奴らはいっそう素早く凶暴になる。朝を待ってから行け」
ジェイド:「だが……アデミオスやキムリルが何の考えもなく死者の徘徊する街に出ていくとは思えない、彼らが無事なら我々にも同じことができぬはずは……いや、そうか!!」

 反論しかけ、突然ジェイドは踵を返した。
 館に入り、中央ホールを抜けてベランダに出る。ちょうど夕日の最後の光が崩れた城壁の向こうに消え、夕闇が濃くなった。同時に街のそこここから不気味な死者のうめき声が木霊し始める。その声を圧してジェイドは呼ばわった。

ジェイド:「俺の声が聞こえるか、クーリエ!!」

 ややあって、街に響く死者の声に変化が現れた。不気味には変わりないが、どこか陽気な――活気のある、“天然もの”の声だ。

ジェイド:「エヴァーナイトの王、堕ちたる者ジェイドが命ずる。死者たちよ、この地に来たれ。そうして忌まわしき“作り物”どもを思う存分に贄とせよ!!」

 ネヴァーウィンターに深い影が落ちる。すべてが歪み始める。いや、火砕流に破壊しつくされた街に、奇妙に歪んではいるものの街の体をなしたエヴァーナイトが重なってゆく。
 物質界と裏の世界が重なる、“シャドウフェル堕ち”だ。いったん冷えたはずのネヴァー川は再び真っ赤に燃え上がり、死骸市場のざわめきが聞こえはじめる。ネヴァー城と“どこにもない城”が重なり、そうして正義の館には絶叫館が重なってゆく。柱の、扉の影から、どこからともなく着飾った死者たちが現れる。絶叫館の判事たちだ。そうして、クーリエ:「お戻りですか、ジェイド王。それとも我らがこのような素晴らしい場所に呼ばれたのですかな?」

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 一張羅らしい真っ赤な上着に身を包み、もったいぶって現れた大法官クーリエは満面の笑みを浮かべ、その場で鮮やかに身を翻して一同を見回すと、気取って一礼する。

ジェイド:「父上、ネヴァレンバー卿、このように私の名は穢れました。もはやサン家を名乗ることも、ましてやネヴァーウィンター王家を称することもありません」
ネヴァレンバー:「まさか……死者どもと手を結ぶとはな。この、貴族の面汚しが!!」

 ジェイドは眉ひとつ動かさずその言葉に対して微かに頭を下げる。

ジェイド:「仰せのとおり。――父上、育てていただいた御恩をこのような形でしか返せぬこと、心から済まなく思っております。しかしこれしか方法はありませんでした」

 ソマン・ガルトはあまりの状況に呆然とし、書き物を続けてはいるものの、震えのたくったその字はとても読めたものではない。その様子に、エイロヌイは薄い笑みを浮かべた。

エイロヌイ:「これでも、まだ正気なほうですよ。御安心なさい、彼らがあなたたちを襲うことはありません。……たぶん」

 一方、ジェイドはクーリエを振り向き、言う。

ジェイド:「今宵ひと夜、この地をシャドウフェルに繋ぐ。が、今だけだぞ。夜が明ければ私が自らの手で幽明の境を区切る。それまではこの地で思う存分暴れるがいい。我々はこれより“光”を探しに行く。それまで我らを守り、我らの行く手を塞ぐものを始末しろ。ただし、命あるものを新たに殺すことは許さぬ。“作られた死者”どもだけを……」

 そう言いながらジェイドが投げる視線の先では、シャドウフェル堕ちによって深まった闇の中にかすかに光がともっている。日輪の名を持つ剣が放つ光があるのは確かにネヴァー城のあたり。そこに、タンジェリンたちは、居る。
 その様子を見ながら、クーリエは可笑しそうに笑う。

クーリエ:「ご心配なさいますな。生きているものなどここ以外にはおりませんよ……ささ、“片付け”が済むまで王さまは中へどうぞ。ふむ、あの城に向かわれると。確かに明かりがついていますな、では、あそこまでの道から重点的に片付けさせましょう。
 なに、街ごと引っ越してきましたから、いまここはシャドウフェルのエヴァーナイトです。である以上、王様には自国における王様の仕事もしていただかなければなりませんからな……ああ、そこのドワーフ殿はこの街の市長さんですか、こいつはご同輩、事務官はお互い骨が折れますなあ、以後よろしく頼みますよ……」
 
 背後ではヘプタが

ヘプタ:「あああ、一回闇の力を使っちゃうと、元に戻すの大変なんですがね……」

 とぼやいているが、いっこうにお構いなしである。
 賑やかにまくしたてながらジェイドを館に押し込みかけ、クーリエをふとにやりと笑った。

クーリエ:「……こいつは、おもしろい」
ジェイド:「何ごとだ」
クーリエ:「あれをご覧ください」

 指差すほうを見れば、兵士の鎧をまとった死者たちが、ネヴァー城目指して隊伍を組み行進してゆく。すわ、サーイの新手か、と思ったが、

クーリエ:「あれは“天然もの”ですよ。死にたてだから、まだ記憶が残っていて――ああ、どうやら彼らの真の王に呼ばれたな……こいつは面白くなりそうだ」

 “街路が片付く”まで、ジェイドはクーリエに促されるまま死者たちの王として書類仕事に精を出し、それまで他の面々はひと休みすることになった。確かに竜との戦いの傷を癒せぬまま出撃するのも自殺行為だったのである。具体的には前回お休みだったジェイド以外は全員大休憩を取った。

 そうしているあいだにも、ネヴァー城には死せる兵士たちが吸い込まれてゆく。
 アデミオスを倒し、キムリルの謎を暴いてタンジェリンとデイロンを連れ出すだけの話では――どうやら、済まぬらしかった。



ジェイドの決断

第1回
問い:エラドリンたちはニュー・シャランダーに留まるべきか、引き払うべきか。
答え:俺が秘宝を取り戻してくる。だからしばらくこの地に留まっていてほしい。

第2回:
問い:ネヴァーウィンター全滅の原因を問うネヴァレンバー卿になんと答える?
答え:俺のせいだ。俺にはこの惨劇を止める機会があったが止めきれなかった。



著:滝野原南生

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