水曜夜は冒険者――場所はお馴染み、東京は代々木、HobbyJapanの配信室から。
 イリシッド配下の第一波、第二波を退けたと思ったところに、息つく暇も与えず第三波が姿を現した……というところで先週のセッションはお終い。したがって、今回は文字通りホットスタート、おやつは生き残ってから。
 大丈夫前回お休みの、つまり無傷のセイヴとミシュナが来てくれる……!!



 イリシッドの背後から、巨大な脳ミソに直接手足の生えた化け物、そして巨大な目玉からさらに、先端に目玉のついた触手様のものがにょろにょろと生えた化け物がこちらへやってくる。

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ジェイド:「あれは……あれは眼がついてるから触手じゃない、触手じゃない……」

 ジェイドの額には冷や汗が浮いている。具体的にはDM岡田から「触手か触手じゃないかなんて見て区別がつけられるものではないですよ、シルエット的には同じですから」と宣言され「アレは触手として裁定」となったので以前の回であったとおり、幻惑状態になったのだ。
 と、その時、

ミシュナ:「……ごめんなさい、遅く……遅くなりました……!!」

 地下道を息せき切って駆けてくる姿。ミシュナだ。大きな箱を背中に背負っている。おそらく以前得たドラコリッチを収めたものだろう。

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 さらに、

セイヴ:「待たせたな、こっちは片付いたぞ……って、ありゃ何だ!!」

 両手に剣を構えたまま、セイヴも駆けてくる。そしてその後ろから

ジャーヴィ:「みんな大丈夫? 焼きたてのパイを届けに来たよ、元気になる魔法を焼きこんだパイだよ!!」

 間違いない、ミートパイ売りのジャーヴィだ。焼きたてのパイのいい匂いがする。腐肉パイなんかではない。

クーリエ:「ありがたい、みなさんお揃いですか。じゃあ、ワタクシはいったん下がらせていただきますよ。いい加減、死んで破裂しそうだ」

 にわかに賑やかになった前線から、クーリエはいったん離れる。生身の冒険者たちと同じ手段では回復できないアンデッドの身、実は危ないところだったらしい。

 無傷の仲間にジャーヴィのパイ、どうにか立て直せそうね、と、エイロヌイは、ジェイドに放ってもらったぼろ布を胸に巻きつけて結びながら言う。――これで私も裸じゃなくなったし。
 だが、実は立て直すどころの話ではない。
 ミシュナとセイヴが揃ったところで新手の化け物についてはその名前――脳ミソのほうがウスティラゴー、目玉のほうはビホルダーの子供だろうというのがわかったきり。しかも敵にもっとも近いところにいるジェイドは立っているのがやっとの有様。具体的にはhpが6、しかもビホルダーの眼柄が触手にしか見えないせいで幻惑状態である。
 ジャーヴィのパイを食べれば元気になる――回復力が1回分使用できてさらに遭遇毎パワーも回復する――とは言うものの、食べるにはパイに隣接して1回のマイナー・アクションを行なわねばならず、そして戦えないジャーヴィをこの戦場のただ中に出させるわけにはいかない。事態はまだ厳しい。
 
 危惧は現実化する。
 先に行動を起こしたのは“脳ミソ”のほうだった。
 ひょこひょこと出てきたかと思うと、不安定な見てくれからは思いもよらぬ大跳躍で一気に距離を詰め、ジェイドの首根っこを掴まえ、捻った。たまらず倒れるジェイド。具体的にはhp0である。
 即座にエリオンが斬りつける。柔らかな本体に食い込んだ魔剣の剣気は、さらに“脳ミソ”の足を払い、ジェイドから引き剥がす。

ヘプタ:「ジェイド、寝てる場合じゃないッす!!」

 倒れたジェイドを叱咤しながら、ヘプタはジャーヴィが戦場のほうへと精一杯押し出したパイの皿に向かって走る。ミシュナも、セイヴもまずはパイを取りに走る。
 パイを引っ掴みざま戦場に走り込むセイヴ、だがその背後でミシュナが柔らかく柔らかく……およそこの緊急時に不似合いなほど穏やかに呪文を紡いでいる。まるで子守唄のように聞こえるそれは、そう、眠りの呪文。“脳ミソ”も、“目玉”もその響きに絡め取られ、ふらつく。

ビホルダーの子供:「何しやがるんだよ、死ね、死んじゃえ」

 苛立って“目玉”は叫ぶ。中心の巨大な眼がエリオンのほうをねめつける――が、何も起こらない。眠気に絡め取られた眼から発せられた光線は明後日のほうを薙いだ。しかし、目玉の数は一つではない。
 中心の眼を取り巻く小さな眼からも光線が四方に飛ぶ。
  眠りの呪文を寄越した魔法使いには同じものをお返しに。剣をかざして突っ込んでくる物騒な連中には過労光線を。ミシュナは眠りの気配に取り巻かれ、セイヴとエリオンの身体から急に力が抜ける。具体的には弱体化状態だ。
  が、そこまで。
  さらに打ち出された炎の光線はまたもや明後日の方角を灼き、そしてそのまま“目玉”はぱたりと倒れた。ミシュナの“スリープ/眠り”の呪文に完全に絡め取られて昏倒したのだ。
 
 “目玉”は眠っている。だが、あの姿だけはどうにも恐ろしい――起き上がりながらも、まだ身体の震えが収まらないジェイドを、パイを取りに走りながらエイロヌイが叱咤する。“ディヴァイン・メトル/信仰の奮起”である。その声にようやく過去の忌まわしい幻影を振り払うジェイド。
 そこから少し離れた場所では、“脳ミソ”が念波を鞭のように振るってミシュナに打ちかかり――打ちかかった気になって眠りこけている。
 
 眠った隙に、殺せ。
 
 全員が、一斉に動いた。
 エリオンは空間を歪め、光る球をつかみ出して“目玉”と“脳ミソ”の双方に叩き付ける。叩き付ける腕の力はいつもの半分、しかし眠りこけて避けられもせぬ敵の身体は電撃を発する球体に触れてそれなりに抉れ飛ぶ。
 そして

ヘプタ:「こいつ、気絶してやがるな……へへへ、寝てる奴には強いッすよォ!!」

 ヘプタはミシュナからパイを受け取ると、にやにや笑いながら“脳ミソ”にクロスボウを突き付け、ボルトを叩き込んだ。もちろん当たった。が、そのショックで“脳ミソ”が身じろぎする。意識を取り戻してしまったのだ。

ミシュナ:「起きたのね。なら、白昼夢を見るといいわ」

 すかさずミシュナが呪文を紡ぐ。“脳ミソ”の意識に直接働きかける。“ファンタズマル・アセイレント/幽玄の暗殺者”――存在しもしない殺し屋の影におびえ、“脳ミソ”は縮こまる。それを見届けるとミシュナは再びパイを取りに走ってゆく。

セイヴ:「ボウズ、パイ食え」

 あと少しだ。
 ようやく立ち上がったジェイドにミートパイのひと切れを押し付けざま、セイヴは両手の剣を構え、“脳ミソ”に突撃していた。右手の長剣が柔らかな組織に食い込む。右腕を深くつき込みながら、さらに左手の小剣で脳梁を叩き斬る。悪夢を見たまま、死ね。
 “脳ミソ”から飛び去っていく生命力の欠片をそのまま吸い取る。いったんは力を失った身体に、再び活力が戻ってくる。
 
 となれば敵はあと1体。
 ジェイドはパイの欠片を飲み込むと、剣を握りなおし、“目玉”めがけて突撃する。手ごたえあり。両手にはめた魔法の――オーガの怪力を宿した篭手の力をそのまま剣に流し込む。もう、恐ろしくなど、ない。

エイロヌイ:「私の鎧を壊した、あなた方が愚かだったのよ――ああ、確かに壊したのはあなたじゃないけれど」

 氷の鈴を振るような冷笑交じりの声で、樫の木の乙女は言う。ぼろ布をまとっただけの身体は確かに風のように身軽く戦場を横切り、至極優雅に皿からパイを摘み上げて口に放り込むと、エイロヌイは鋭い目で“目玉”を睨みつけた。そのあらわな胸元から白炎のごとき光が迸り、意識もないまま開きっぱなしの眼球の奥の視神経を直接焼灼する。

ヘプタ:「……いいもん、見せてもらいましたぜっ」

 ヘプタの妙に嬉しそうな声が響く。エイロヌイの身体の無数の傷が塞がってゆく。確かにこの男は神の癒しの力を仲介しているのだ。そうしておいて再びパイを取りに走るヘプタの背後では

エリオン:「……ふ、他愛もない……」
ミシュナ:「鏡の回廊を彷徨っていなさい、命果てた後も、永遠に」

 エリオンの“ダズリング・サンレイ/灼眼陽光剣”が奔っている。
 そして妖精郷の光に二度にわたって焼かれ爛れた“目玉”に映るのは、ミシュナの呪文が紡ぎ出した冷たく光る幻影。世界の果てまで続くとも見える、無限の鏡の迷宮。
 そして、眠りと幻影と、二重の幻に閉じ込められた“目玉”を、セイヴの剣が永遠にこの世から追放した。
 ついさっき死んだ“脳ミソ”の、死霊の力に暗く輝く剣を中央の目玉に深々と刺し通し、続いてそれを断ち割ろうと左手の小剣を振り上げ――そしてセイヴは微かに笑った。

セイヴ:「もう、死んでやがる」

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ヘプタ:「……さすが、アニキっす」

 ヘプタがにやりと笑った。が、その顔はさすがに憔悴しきっている。
 絶叫館の地下、潰れた“脳ミソ”と“目玉”の脇にジェイドたち一行は座り込み、肩で息をしていた。
 一方、送り出した“手練れ”をことごとく斬り捨てられた地下生物軍も、もう襲ってこようとはせず、一行を遠巻きにしている。かなわない、と思ったのか――なら、そう思い込んで去って行ってくれると有難いのだが。

イリシッド:「よくも……よくも、私の可愛い地下生物たちを、こうも無惨に……」

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 そうは問屋が卸さないらしかった。地下生物の群れを率いるイリシッドは“きゃりーちゃん”を抱きしめてぶるぶる震えながら、それでもジェイドたちのほうに歩み寄って来る。

イリシッド:「では、貴様らに面白いものを見せてやろう……」

 その声と同時に、ジェイドたちの視界が歪んだ。
 全員が同じものを見ている――見せられている、というのは、なぜかわかった。
 どことも知れぬ空中のある一点から、彼らはある光景を見ていた。見慣れてもおり、また見たこともない光景であった。

 ネヴァーウィンターは正義の館の執務室。
 全員が、それぞれに息を飲む。

 玉座に座る、うら若い、美しい女性。その腰には何やら由緒のありそうな剣を佩いている。――ジェイドの妹のタンジェリンである。
 その脇に控えるネヴァレンヴァー卿。そしてハーパーの、死んだはずの頭領、キムリル。
 玉座の前に、使節の装束に身を包んだエラドリンの少年が進み出る。盲目らしきその少年の手を、やはりエラドリンの司祭が取って導いている。少年はエリオンの弟、デイロン、そしてあろうことか、おつきの司祭はかつてブラックレイク地区の地下で戦った、エラドリンの急進派にして実はアスモデウス信徒であったアデミオスではないか!
 何とも奇怪な取り合わせの面々。だが、声こそ聞こえないものの、その場に居合わせる人々はみな穏やかに微笑み、友好的な会合が持たれている様子。

 視点が変わる。ネヴァーウィンターの街中を見ている。
 人々は平和に楽しげに暮らしている。街の復興は進み、スラムは快適そうな街並みに生まれ変わり、人々の表情も明るい。
 ――平和だ。ネヴァーウィンターに平和と繁栄が戻ってきたのだ。
 
 そして、幸せな映像はふっと途切れる。

セイヴ:「おいタコ、これは何だ」
イリシッド:「ネヴァーウィンターだ。現在の、な。……見覚えのある顔があったのではないかな、ジェイド君?」

 イリシッドは、たぶん、にやりと笑っている。

ジェイド:「……俺の、妹だ。あの、玉座に座っているのは」
ミシュナ:「あの、タンジェリン様、と呼ばれていた人が? 新しい女王様が?」

 ジェイドは一瞬、ぎょっとしたようにミシュナを見る。ミシュナは慌てて、ネヴァーウィンターで見たもの――新たな女王の戴冠の祝いの様子を話す。

ヘプタ:「キムリルもいたッす。死んだはず……だったのに……」

 ヘプタの声が、珍しく、固い。

エイロヌイ:「シルヴァークラウン、さっきの少年に覚えはあるの?」

 応えはない。エリオンは血の気の引いた顔で中空を凝視している。
 ――デイロン、お前は騙されているんだ
 そう、繰り返しつぶやきながら。

セイヴ:「それじゃ何か、あそこにいたのはボウズの妹と、兄ちゃんの弟と、それからヘプタの元上司ってわけか」

 いつまでも呆然としているわけにもいかない。それぞれがそれぞれの知り人の名を明かし、訳を――今まで伏せていたことも含めて話したところで、セイヴが呆れたように言った。

ミシュナ:「そういうことみたいね。そしてジェイドの妹さんがネヴァーウィンターの新しい女王様」
エイロヌイ:「そうね。そして、あなたは私たちにこれを見せてどうしようと言うの?」

 エイロヌイはイリシッドを冷たく真っ直ぐに見つめる。イリシッドはたじろぐふうもない。

イリシッド:「今のネヴァーウィンターの平和な様子を見せる、ただそれだけだ。そしてこの平和を作り出したのは我々イリシッドだと言うためだな。
 そう、我々は少し前に、奴隷市場で人間の元貴族の一家を買ったのだ。それがジェイド君、君の家族だったのだよ。最初はエルダーブレイン様のマッサージ係にでもしようと思ったのだが……あのタンジェリンとかいうお嬢さん、つまりジェイド君の妹さんだが、彼女はなかなか面白い記憶を持っていた。というわけで我々の計画に一役買ってもらったというわけだ」
ジェイド:「我々の計画、だと?」

 眉をひそめるジェイドに、イリシッドは得意げに笑う。

イリシッド:「そう、ネヴァーウィンターに平和をもたらすという、ね。そのために手駒になってもらった。同じ人間でもサーイの連中はせっかちで困る。我々にしてみれば、ネヴァーウィンターは平和であってもらわねば困るのだ。だからレッド・ウィザードの方々には大人しくしてもらっている。君たちもそのほうがいいだろう?
 で、妹さんだけでなく、ジェイド君にもいろいろと協力してほしいことがある。我々はホートナウ山で重要な実験をしている最中でね、それにジェイド君の記憶が必要なのだ。君の血筋、ネヴァーウィンター王家にまつわる記憶がね」
ヘプタ:「いったい何やってるんっすか。ヒントぐらい下さいよ。ヒントヒント」

 すかさずヘプタが――何の緊張感もなくまぜっかえすかのように言う。さすがにイリシッドも虚を突かれた様子で、

イリシッド:「ヒント、か。では、ホートナウ山、とだけは言っておこう」
セイヴ:「奇遇だな。俺たちもホートナウ山には用がある。なんなら決着はそこでつけるか?」
エリオン:「だが、行きがけの駄賃に、我が弟に手を触れた償いはしてもらうぞ。その薄汚い触手、1本残らず叩っ斬ってくれる」
イリシッド:「君の弟さんというと、あの盲目の少年か。それは我々の関知するところではない。逆恨みは困る」

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 イリシッド、狂人の相手をしてはいられないとでもいうふうに1歩下がる。エリオンは一瞬鼻白んだが、気を取り直したように「つまりあの街にはやはりさまざまな勢力が乱立して、それがたまたまかりそめの平和を演出しているだけ、ということだな」と呟いた。

 たしかにそうに違いない。
 まずは目の前にいるイリシッドの一派。
 アデミオスはアスモデウス信徒で、これも独立して動いている可能性がある。
 死んだはずのキムリルは――確証はないが、ひょっとしたらドッペルゲンガーではないか。

セイヴ:「貴様たちがドッペルゲンガーを手配しているのか」
イリシッド:「そうそうはうまくいかんよ、あれはあれでなかなか珍しい生き物だからな。この間タンジェリン嬢に見せかけてジェイド君に近づけた1体、あれはずいぶんあっさり君らに殺されてしまったが……少なくともあれを殺されたからすぐに次の代わりを、というわけにもいかんのだ……まあ、おかげでジェイド君の記憶はずいぶん引き出せたが」

 もう自分たちの勝利を確信しているせいか、このイリシッド、実によくしゃべる。
 ともあれ、これまでの情報を総合するに。

 先ほどのネヴァーウィンターの情景、これは真実だろう。
 作り出されたかりそめの平和かもしれないが、少なくとも事実だ。騙されて見せられた幻影ではない。それは何故か、わかる。ミシュナがエヴァーナイトに来る前に見た街の様子もそれを裏打ちする。
 そしてその“平和”は、複数の勢力の思惑が絡んで成り立っている。

 操っているのはイリシッドの一派だろう。そして彼らが女王として祭り上げたタンジェリンは、洗脳されているのか、それとも両親を人質に取られ、仕方なく従っているのか、それとも……。
 
 アデミオスら、フェイワイルドの急進派がそれをどうとらえたのかは不明だが、少なくともフェイワイルドの穏健派と急進派は手を結び、“フェイワイルドの平和的な使節”としてネヴァーウィンターに姿を現すまでになっている。
 
 ハーパーの勢力も――裏はどうなっているのかわからないが――なにしろ死んだはずのキムリルが生きている以上、“死んだキムリル”か“今生きているキムリル”のどちらかがドッペルゲンガーか何かである可能性は高いので――その“平和”に一役買っている。
 
 ネヴァレンヴァー卿や市長ソマン・ガルト、“アラゴンダーの息子たち”(彼らもイリシッドに見せられた情景の中で至極幸せそうに職務に就いていた)は、あれはおそらくイリシッドたちの企みに“乗せられた”もので、彼ら自身になにか企みがあるわけではないだろうが……。

セイヴ:「この、ネヴァーウィンターのかりそめの平和は、何の目的あってのことだ?」
エリオン:「平和と偽り、ネヴァーウィンターの人々を“家畜”として飼い、いずれは食料とするためだろうが……」

 詰め寄られ、イリシッドは軽蔑したように笑う。

イリシッド:「かりそめの平和とはいえ、彼らは幸せそうだぞ。それに、あの街ひとつ滅ぼすためなら単に攻め落とせばいい。計画など要らんよ。――訳を知りたければ、来たまえ。ホートナウ山に」
セイヴ:「このタコ野郎、ふざけやがって。頼まれずとも行ってやる」
ジェイド:「待て、それは、まずい」
セイヴ:「何だと。臆病風に吹かれたか、ボウズ」

 普段なら血気に逸るジェイドをセイヴが抑えているのが、この一瞬は構図が逆転したかに見えた。

ジェイド:「どうせホートナウ山には行く。俺たちはネヴァーウィンターに帰るんだ。だが……今こうやって、こいつらの仲間が待ち構えているところに都合のいい獲物として行くのは御免こうむる。まずこいつをここで斬ってから、だ」
エイロヌイ:「確かに……このイリシッドの招きに応じて赴く理由はありませんわね」
イリシッド:「理由? 家族を助けたくはないのかねジェイド君。それにここで私を斬っても何もならんよ。私はただの尖兵にすぎん……では、待っているぞ。さあ、行こうか、きゃりーちゃん」

 最後の一言を大事そうに腕に抱えたキャリオン・クローラーの幼生にかけると、イリシッドは影の中に消えた。後に残されたのはジェイドたち一行と、地下生物の死体ばかりである。

クーリエ:「……いやァ、大変なことになりましたね」

 突然、背後から声がした。エヴァーナイトの案内人にして大法官、グールのクーリエである。

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クーリエ:「我々としてもあなたがたの力になりたい気持ちはあるのですよ。しかしホートナウ山のイリシッド達を相手にするのなら、こちらもかなりの戦力を用意しなければならない。そのための大義が必要になってくる。たとえば……」

 その口調は明らかに――といえば語弊がある。純粋に、面白がっているふうだった。が、

クーリエ:「ジェイドさん、あなたが我々の、エヴァーナイトの王になる、とかね」

 その後に続いた言葉はさすがに誰も予想していなかった。呆然とクーリエを見つめるジェイドたち一行。
 腐敗した顔だが見慣れたのでもう表情はわかる。彼は楽しそうだった。
 何の企みもなく、心の底から、ジェイドが王位に就き、ゆるゆると眠り続けるようなエヴァーナイトに“破壊と混乱を巻き起こしてくれる”ことを期待している様子だった。

クーリエ:「あなたがここの王になって――このエヴァーナイトを本来のあるべき姿に、血みどろの、剣戟と絶叫に満ち溢れた街にしてくれるというなら――我々はあなたに従い、共にホートナウ山に行きますよ。みな、喜んで行きますとも」

 ホートナウ山に行くことはもう決まっている。
 だが――6人だけで潜入するのか、それともアンデッドたちの王となり、アンデッド軍を率いて乗り込むのか。
 宙を睨み据えるジェイドを、全員が見つめる。
「冠を被せてくれる、民が現れましたね」エイロヌイが呟く。自ら捨てたネヴァーウィンターの失われし王冠、その亡霊が今目の前にある。

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 ――俺は、どうするべきなのか。
 ――俺は、どうしたいのか。
 ジェイドの脳裡を再び、骨の竜に乗り、黒い仮面を被った己の姿がよぎる。だが、今となってはそれは既に、単に忌まわしいだけの昏い想像ではなくなっている。
 ネヴァーウィンターの表と裏に張り巡らされた幾つもの陰謀、それを自分達は知ることができた。だが、力がなければその陰謀に立ち向かうこともできない。
 理由があれば、自分がそのような存在になることで奮いうる力があるのだとすれば。、それもまた一つの己のありようではないのか。いや、しかし……それでも……しかし……

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ジェイド:「いいだろう。君たちの王になろう。お前の思うような王にはならないだろうが」
クーリエ:「想像がついてしまうような王などつまらぬものです。ワタクシの思いもよらないような王となってくださいよ」

 頷くと、ジェイドは静かに仲間たちの顔を見回した。

 ミシュナは――困ったように静かにジェイドを見つめている。彼女もいろいろありはするのだろうが、本来は死霊たちに親しんで育った魔道士だ。賛成とは言わないまでも、どこかで折り合いをつけてくれるのではないだろうか。
 セイヴは存在そのものが半ばアンデッドだ。さっきもスケルトンたちを率いてブラック・プディングと戦っている。意外とあっさり良きアンデッド将軍にでもなるかもしれない――良きアンデッド将軍というのが何かはまだよくわからないが。
 しかし、彼に使命を与え、死の床につくのをしばし遅らせた死の神ケレンヴォーは、世の理を外れ、死を欺く者アンデッド達を、本来、許しはしないだろう。かの神の思惑からどれくらいこれは外れているのだろうか。
 フェイワイルドの二人は――ああ、嫌悪の表情でこちらを見ている。無理もない。だが、理由があれば力を貸してはくれるのではないか。
 そして……見てくれはチンピラだがコアロンの恩寵を受けている――アンデッドとはもっとも相容れないはずのヘプタは……さすがに彼とは袂を別たざるを得まい。互いに戦場で背中を預け合ってきた友に、最後にしてやれることは、ここで決別することではないか。

 一歩ヘプタのほうに踏み出しかけ、しかしジェイドは小さく息をついて首を振り、彼に背を向けた。彼を、ダークシャドウに蹴り落すと見せかけ、その後の逃亡を助けてやれるようにクーリエやジャーヴィに頼むつもりだった。が、癒し手のヘプタなくしてホートナウ山に乗り込むのは、そのまま無駄死にを意味する。具体的には次に第2部最終回が控えているのでここでヘプタ退場のかっこいいシーンを演出してしまうわけにはいかない。

エイロヌイ:「エヴァーナイトの王になるのですか。でも、そこに義はありますか」

 エイロヌイが口を開いた。注がれる視線は、仲間を見るものではなかった。
 フェイワイルドの貴族にしてシルヴァナスの聖騎士は、死者と手を結んだ戦士を冷たく見据えていた。

ジェイド:「義はないかもしれないが理由はある。その理由はいずれ義となるだろう」
エイロヌイ:「理由とは」
ジェイド:「ネヴァーウィンターは既に我々の敵だ。イリシッドに操られて与えられたものにしろ、彼らは既に平和を得ている。新しい女王を戴いて支配権を巡るいさかいは終わり、エラドリンとも平和裏に交渉が進んでいる。そこにその平和は誤っていると我々が乗り込んだところで、誰も納得はしまい。
 アンデッドたちも真の仲間にはなり得ない。彼らの都合と我々の欲する力が一致したというだけのことだ。が、このままホートナウ山に乗り込んでも、口を開けた罠に自ら飛び込むだけになってしまう。我々が真に仲間と呼び合えるのはこの6人だけだ。それはわかっている。それに俺は望まれて……」

 最初はまくし立てていたジェイドの口調は、だんだん先細りになっていく。
 エリオンはそっとエイロヌイの傍に立った。そして、エルフ語で囁く。

エリオン:「ジェイドの言葉に義があるのか、それとも単なる都合のいい屁理屈なのか――それを見定めてからでも、断罪は遅くないのではないでしょうか。我々にもここに来た理由がある。まずは彼に同行しましょう。そして、フェイワイルドのためにもっとも良いと思える道を見定め、それを選べばよい」

 エイロヌイは答えず、ただジェイドを見据えている。

セイヴ:「望まれて、と言ったな。俺はその言葉を買うぞ、ボウズ。ネヴァーウィンターで自ら王冠を戴くことをしなかったお前が、差し出された民の手は取った。それは筋が通っている」

 セイヴがきっぱりと言った。生前は裏通りで育ち、今は半ばアンデッドの彼にとっては、差し出した民の手が骨だろうが腐っていようが関係ないのかもしれない。求める民と、それに誠実に応える王でありさえすれば。

エイロヌイ:「いいえ、そこに義はありません。少なくとも大義はありません。貴方はネヴァーウィンターの王家の血は引いているけれど、エヴァーナイトの王の血はひいていない。
 そして貴方は、自分の家族を助けたいからアンデッドを率いてホートナウ山に行きたいだけ。妹さんを助けたいのなら、ひとりでネヴァーウィンターにお行きなさい。それに私たちが同行することもあるでしょう。本当にエヴァーナイトの王になるというのなら、自分の都合でホートナウ山に行くことなどせず、ここに留まって王としてここを治めるべきでしょう。違いますか?」

 エイロヌイはなおも冷たくジェイドを見据えた。ジェイドは何も言わず、ただその視線を静かに受け止めていた。苦しげな表情が、やがて、決意を秘めたそれに定まってゆく。

エイロヌイ:「……でも、決めたのね。ここの王になると。ならば約束は守りなさい。約束だけして、戴冠式はあと、ということもあるでしょうが」

 視線は相変わらず冷たいが、その口調は少しだけ、緩んでいる。ジェイドは静かに頷く。

ジェイド:「クーリエ、そういうことだ。俺はここの王はひきうけた。が、先に、自分の都合でホートナウ山に行きたい。王位につくのは口約束になるが、それでも構わないか」
クーリエ:「口約束はいただけませんとも。新たに契約を結んでいただきます。今度はただの身体の肉じゃない、心臓……」
ジェイド:「心臓の肉1ポンド、か。よかろ……」

 クーリエが笑い出したので、ジェイドはそれ以上続けられなくなった。

クーリエ:「心臓は1ポンドもありませんぞ、いくら王者たるもの肝が据わって大いなる心臓を持つものだといっても。
 貴方の心臓に傷をつけさせていただきます。それが契約になる」
 
 クーリエはジェイドの前に立ち、その鎧の胸に鉤爪を突き立てた。グールの指は鎧も皮膚も通過してジェイドの胸に潜り込む。
 胸の奥に鋭い痛みが走り、ジェイドは小さく息を詰まらせた。体中の血が一気に冷えた気がした。
 目の前ではエヴァーナイトの大法官が嬉しげに笑っている。これで契約成立です、と、楽しげな声が言う。
クーリエ:「生きている間はしばらく好きにしていただいて結構です。けれども、たとえ逃れようとしても、死んだらあなたは必ずここの王になる」
セイヴ:「このボウズはな、約束を違えるのが大嫌いなヤツなんだよ、残念だな」
クーリエ:「すばらしい」
ミシュナ:「ジェイド」

 ミシュナが、かすれた声で言った。

ミシュナ:「今までずっと黙ってきたけれど、私、このシャドウフェルで探し物――いいえ、探している人がいるの。学生時代に誤って手にかけてしまった同級生の魂を探すために、私、ここに来たの。だから私はここに留まります。そしてあなたがここの王になるというなら、あなたの手助けもしようと思う」

 死霊術の奥義に触れた彼女は理解している。ジェイドにはもはや安寧の死後は訪れないということを。そして不浄の契約のおそろしさと、それを敢えて結んだジェイドの決意を。

セイヴ:「ここまで来たらお前のケツを拭いてや……ああ、王様にそれはないな、あんたの背中を守るのが俺の仕事ってことだろう。俺はあんたを買ってるからな、ボウズ」

 セイヴは笑ってジェイドの肩をたたく。
 フェイワイルドの妖精二人は、少し離れたところでジェイドを見つめている。決して人間には解釈のできない視線と表情で。
 それにはお構いなしに、クーリエは懐から何かをつまみだした。

クーリエ:「それではこれを差し上げましょう。地上の例に倣いまして、ね」

 差し出した掌には、骨でできた小さなバッジが乗っている。

 そして。
 ヘプタはいつものにやにや笑いを、相変わらず口元に浮かべていた。が、その目が本当に笑っているのかどうかは誰にも見えない。

 ――やれやれ、本当の正義はどこにもないのかもしれませんよ。

 肩をすくめ、口の中だけでヘプタはそんなことをつぶやいている。



 思惑はそれぞれ。
 だが、することが決まればその支度をするのが冒険者なのだった。

 エイロヌイはもちろん早急に鎧を新調する必要があったし、それに武器のいくつかはラスト・モンスター戦の名残で刃こぼれがしてしまっているから、それもどうにかせねばならない。
 さらにホートナウ山はずいぶん遠い。溶岩の川もある程度なら遡れたが、山の本体はそのさらに先だ。

ミシュナ:「大丈夫、これに乗っていけばいいわ。完成、したんです」

 ミシュナは十字路の端に駆け戻り、持ち込んだ大きな箱を開けた。中にぎっしりと詰まった骨は、ミシュナが小さく何事か言うと自ら飛び出してきて――みるみるうちに目の前に、骨の竜が組みあがる。

ミシュナ:「鞍もあるし、それじゃ乗りきれない人のために、竜の身体にくくりつけて運ばせる用の籠もあるわ。あの3人組が持ってきてくれたの。あんたのためじゃないのよ、あのイリシッドからきゃりーちゃんを取り返してきてよ、って」

 なんだか場違いなふうに笑ってしまって、それからミシュナは静かに、そして魔道士の誇りと自信に満ちた口調で言った。

ミシュナ:「一度は捨てた死霊術で編み上げたものだけれど、この子は私が仕上げた作品です。この子と私で、みんなをホートナウ山まで連れて行き、連れて帰るわ。だから安心してください」



ジェイドの決断

第二部第1回:
問い:「1日50gpと胸の肉1ポンド」の条件でグールの案内人を雇うか?
決断:雇いたいが、肉はともかく無い袖は振れない。1日あたりの給金をまけてもらう。

第二部第2回・その1:
問い:酒場で盛り上がるアンデッドたちにどう接する?
決断:郷に入ってそっぽを向いていてもしかたない。一緒に騒ぐ。

第二部第2回・その2:
問い:エヴァーナイトで名を上げるために何をする?
決断:デーモンの大穴に入る。そろそろ、タイモーラに捧げたコインの裏表を見に行くのも良さそうだ。

第二部第3回:
問い:「おろかな奴。もう一度訊く。そんなに死に急ぐか?」
決断:Yes

第二部第4回:
問い:壊すことも扱うことも可能なボーン・マングレル・ドラコリッチをどうする?
決断:ここで壊すのは忍びない。連れて行こう……

第二部第5回:
問い:アンデッドたちと相部屋になるのはジェイドとヘプタのどちら?
決断:ヘプタのほうが馴染みやすそうだ。

第二部第7回:
問い:エヴァーナイトの王になるか?
決断:……引き受けよう。


著:滝野原南生