水曜夜は冒険者――場所はお馴染み、東京は代々木、HobbyJapanの配信室から。今日もフルメンバー揃っての物語開始。デーモンの大穴の切り立った壁をよじ登り、全員が無事地上に戻ったら、ヴィジュアル系というよりは数年前のシンフォニックメタルバンドみたいな風体のレッド・ウィザード3人組から、大変な上から目線(こちらは穴を登り切ったところから見上げるのだから当然だ)で声をかけられた……というところから。
後ろに男性2人を従えた同い年ぐらいの娘――3人とも間違いなくレッド・ウィザードだ――から唐突に「迎えに来た」と言われ、ミシュナはきょとんとした顔で問い返す。
ミシュナ:「あの……どちらさまで?」
娘:「……あなた、私を覚えていないの? この、上級アカデミー生徒会長、シェリー・ホワイトグレイヴを!!」
娘の声が高くなる。が――そう言われても覚えていないものは仕方ない。ああ、いや、そういえば居たような気がする。レッド・ウィザードの長、ザス・タムが理事長を務める学園の生徒会は正当な血筋と秀でた能力に恵まれたものが指名されて務める。ミシュナにも声がかかったが、学業に専念したいからと断って、次に声をかけられていたのがたしか彼女……
眉をしかめて宙を睨み、記憶をたどるミシュナに、エイロヌイがくすくす笑いながら言う。
エイロヌイ:「……ご学友?」
ミシュナ:「……たぶん……」
シェリー:「ああもう、こんな記憶力の残念なコにヴァリンドラ校長先生はご執心だなんてッ。しかも……どてらなんか着て、アタマも悪ければセンスもないのね!! とにかくわざわざあんたを迎えに来てやったのよ。ここまで来たんだもの、あたしたちの儀式に加わるのよね!!」
ミシュナ:「儀式に加わる……って……?」
シェリー:「ああもう!! しかもこんなにどんくさいなんて!! エヴァーナイトに来たんだから私たちのこと手伝いなさいよ。あなたそのために来たんでしょ!!」
まったく、レッド・ウィザードであるあなたが儀式のこと知らないわけないでしょう、と、苛々と叫ぶシェリー。何のことやらさっぱり状況が読めずにいるミシュナの代わりに、ヘプタが問う。
ヘプタ:「……で、何をしておいでなんで?」
シェリー:「この“デーモンの大穴”とか呼ばれてるところをべインホールドにしようとしているのよ。ここの連中は何をどう誤解してるのかしらないけど、しょっちゅう生贄とか投げ込んでるみたいだから、生贄もちゃんと“黒きロード”のところに捧げてもらったほうが幸せでしょ。……でも、私たちだけじゃ、なんだか変なとこにつながっちゃうのよね……だからミシュナが来たんでしょ!?」
また声が跳ね上がるシェリーの視線を避けるように、エリオンが呆然としているミシュナにそっと囁く。
エリオン:「先方、何やら誤解しているようだぞ。ところで、べインホールドとは何だ?」
ミシュナ:「……べインは……サーイで信仰されている“黒きロード”……専制の神のこと。その“黒きロード”のおわすところがつまり、べインホールドなのだけど……」
ああ、つまり彼女たちが次元門を開こうとして失敗したから、元素の渾沌だの異世界だのが混ざり込んでいたんだな、と、エリオンは頷く。その向こうでは相変わらずシェリーが「いいわよね、お気に入りは。学園を勝手に出てったのにヴァリンドラ様に許していただいたんでしょ。だからとっとと私たちのことを手伝いなさいよ」と、言い立てている。こちらでひそひそと言い交していることには気づいたふうもない。やれやれ
しかし、どうしたものか。
エイロヌイ:「……ミシュナ? あなたは今、私たちの仲間なのです。勝手なことは許しませんよ」
セイヴ:「この連中と一緒にいたら俺たち、帰れるかもしれんのだろう? 友達は大事にしなきゃなァ」
二人そろってわざとらしくミシュナの両肩にそれぞれ手をかける。そうしておいて、さらに低い声で相談を続ける。
――あの偽の王冠事件の黒幕はサーイだった。つまりサーイはネヴァーウィンターを滅ぼそうとして、そしてひとまず今回の事件においては失敗したというわけだ。
――“表”のネヴァーウィンターを支配しそこねたから、今度は“裏”のエヴァーナイトに手を伸ばしているのでは?
――べイン・ホールドとやらを潰せば、こことサーイとのゲートが作りにくくなるんじゃないか……
――仲間になるふりをして、何をするつもりか調べたほうがいいかしら……
いつまでもはっきりした返事を寄越さないミシュナに苛立ち、シェリーはまた声を張り上げる。
シェリー:「何をぐずぐずしているのよ!! せっかくヴァリンドラ様が呪われた王冠の力とイリシッドの呪文荒廃の力を使ってネヴァーウィンターを滅ぼそうとしたのに……!!」
え、と、冒険者一行、一瞬凍りついた。そうか、そういうことだったのか。
シェリー:「わかったでしょ、ヴァリンドラさまは凄い御方なのよ。ミシュナ、まだあなた、信じられないの?」
信じる信じないの問題ではそもそもないのだが、向こうが誤解したままなのが幸い。
ミシュナ:「……わかったわ。でも、ちょっと待って。悪いけど、ひとつだけ用事があるの。それを先に済ませてから、ご一緒するわ」
シェリー:「さっさと済ませて。あの死骸市場の酒場で待ち合わせでいいわね」
じゃあね、と、ミシュナの返事も聞かずに立ち去りかけ、シェリーは突然振り返る。
シェリー:「忘れてた。これ、ヴァリンドラ様から。あなたなら使いこなせるっておっしゃってた」
言いながらミシュナに小箱を押し付けた。なにこれ、と尋ねたときには、シェリーはもう男性ウィザード2人を引き連れて歩み去っていくところ。そういえばあの2人は生徒会の副会長と書記だったっけ、と、ミシュナはぼんやり思いながら――改めて手の中の小箱を見る。
かつては優秀な学園の生徒だったミシュナは、瞬時に理解する。
これは、経箱だ。
死せる魔道士、リッチの魂をおさめておく箱。これを手にすることは即ちリッチの魂を手中におさめることであり、リッチを意のままに従わせる得ることを意味する。箱の中にはドラゴンの骨の欠片と魂が入っている、と、指先の感覚が伝えてくれる。つまり、これはドラゴンのリッチ――ドラコリッチの経箱なのだ。しかし、ドラコリッチの作成方法はサーイにも伝わっていなかったはずなのだが……
ともあれ、面倒そうな連中はひとまず追い払った。酒場に戻ろう。
死骸市場の酒場の扉を開けると――一行の帰りがあまりに遅いというのですっかりお通夜ムードだった――なにしろアンデッドのお通夜だから、辛気臭いことこの上ない――店内が一気に沸き返った。
証拠として“今まで見たこともない角ばったノールやオーガ”が差し出され、デーモンの大穴が元素の渾沌と繋がっているという話が披露される。
そして――“100”と書かれた異世界のコインを目にしたクーリエは、感に堪えない様子で大きく頷いた。
クーリエ:「素晴らしい、こんな興奮するものを持ってきてくれたと報告すれば、評議会の議員たちもきっとみなさんを名誉市民として認めるでしょう。それにしても……ああ、この異世界のコイン、手にしているとなんだか失った命を思い出す気がするのですよ。そしてこれさえあればどこにでも行ける気がしてくる……」
確かにミスタラ世界では100円玉は命をつなぐ存在。きっとそれは魂の記憶としてエヴァーナイトのグールの奥底にも共有されているのに違いない――いや、つまるところ、メタ発言もたいがいにしろという話なのだが。
そんなわけで、議員たちがいるという絶叫館に案内してもらえることになった。
出発前に改めて身支度を整える。具体的には先週見つかった魔法のアイテムを分配する。相談の結果、“フレイムドリンカー・シールド/火喰いの盾”はエイロヌイが、“レンズ・オヴ・ディサーンメント/識別のレンズ”はエリオンが、“クローク・オヴ・ディストーション/歪曲の外套”はミシュナが取ることになった。ミシュナはそれまで(クローク・オヴ・レジスタンス相当の)どてらを着ていたので、それは最前線で戦うというのに魔法の外套を着ていないセイヴに回すことになり、セイヴは小柄なミシュナの着ていたどてらのあちこちを詰めたり引っ張ったりして何とか着込んだ。それはどうにも綿入りのチョッキを着ているように見えるのだった。
ちなみにセイヴはそれ以外にもちゃんと、“ブーツ・オヴ・ストライディング/早足の長靴”を貰い、ジェイドは騎士に膂力はあればあるだけ良いといって“ガントレッツ・オヴ・オーガ・パワー/オーガの力の篭手”を手にした。ヘプタは“大オイル”こと“オイル・オヴ・レッド・フレイム”の残りの1本を嬉しそうに仕舞い込んだ。何しろこの前の戦いでこのオイルをこれ以上なく効果的に使って見せたのはヘプタだったのだから。
身支度を整え、クーリエの後について往来をゆく一行を遠巻きにして、アンデッドたちがひそひそと囁き交わしている。
――あいつらが街に大混乱をもたらしてくれるんだぜ
――すごいぞ、なんて素敵なんだ
続きすぎた平和に飽き飽きしているとはいえ、何というか、その。調子が狂う。が、ともあれ。
歩きながらクーリエに、さっきのレッド・ウィザード3人組は何者なのか聞いてみた。
クーリエ:「ああ、あのひとたちですか? サーイ居住区に住んでる人たちですよ。みなさんたちと同じに肉と金を払ってね。あの気位の高い微妙にいけすかないお嬢さんの後ろに男が2人いたでしょう? ドワーフと、あとなんだかほっそりした兄さんと。あの兄さんなんか、もとはずいぶん太っていたんですがね。金の支払いが滞るたびに肉を差し出すから、ずいぶん見た目が変わりましたよ」
ずいぶん画期的なダイエット法っすねえ、と、ヘプタが相槌を打つと、クーリエは半ば頷きかけながら首を横に振った。
クーリエ:「でもねえ、あのひとたちはやっぱりサーイ人で、つくりもののワイトみたいな話の通じない連中ばっかり連れ歩いてますからねえ、なんだか恐ろしいのですよ。それに……」
そこまで言ったところで、突然、中空に耳をつんざく咆哮が響き渡った。竜の吼え声だ。そして、この声には聞き覚えがある。まさか。
いや、その、まさかだ。
ミシュナ:「さっき貰った経箱が……光ってる。死霊エネルギーが活性化してる!!」
空から舞い降りるドラゴンのスケルトンとでも言うべきおぞましい姿。すっかり変わり果ててはいるが――というか、その骨格は、死んで白骨化した1体の竜のそれではなく、みるからにありあわせのものをつなぎ合わせたふうの不格好な代物なのだが――それでもジェイドたちにははっきりとわかる。
これは、“あの”ドラゴンだ。
ネヴァーウィンターの広場で一度倒し、そして橋の上で再度倒したあのホワイトドラゴンの意識が、この歪んだ骨の竜に宿っている。
――俺たちは、同じ竜とみたび戦うのか
骨の竜は再び絶叫する。応えるように、街の角という角、路地という路地から、影でできた獣ともいうべき姿が湧き出してくる。その姿にもどこか見覚えがある。ジェイドたちがネヴァーウィンターで戦って倒してきた荒廃クリーチャーが、エヴァーナイトでかりそめの命を得、自分たちをこの影の国に送り込んだ憎むべき相手に襲いかかってこようとしているのだ。
ちなみにゲーム内では、この倒されたクリーチャーの亡霊集団は便宜上ハイエナの亡霊のデータを一括して当てている。みてくれは生前の姿の影なので様々だが、しかし与えられたかりそめの命はみな均一なひとかけら、といったところ。
亡霊たちは数は多いが、みな存在の軽い影にすぎない。具体的には雑魚である。しかし竜は――
迫る亡霊を警戒しつつ様子をうかがう。間違いない、宿った意識はたしかにあの竜だが、これは、骨を寄せ集めて拵えた竜の形に魂の欠片を宿らせたもの。ボーン・マングレル・ドラコリッチだ。見てくれはいかにも“サーイの学園の出来ん坊主が拵えた夏休みの宿題”といった体裁だが、確かにドラコリッチとして機能し、動いている。
ミシュナ:「たぶん、さっきの3人組が……ううん、あのシェリーって子が作ったんだと思う。頭でっかちで、尻尾も短くて、見た目は酷いけど……ドラコリッチを作れること自体すごいことだから……あの子もそれなりに実力があるのかしら」
言いながらミシュナ、手の中の経箱を見る。そこから発しているエネルギーの流れから、目の前のドラコリッチの魂は確かにこの経箱に収まっており、しかるべき扱いをもってすれば死せる竜を操れることはわかるのだが、いかんせん、その方法が見当もつかない。
ちなみにミシュナたちの前から立ち去ったレッド・ウィザード3人組の間では
ドワーフ:「シェリーお嬢、あんた、あの嬢ちゃんに経箱の扱い方書いたスクロール渡すの、忘れとりゃせんかったか」
シェリー:「あの子にはあれでちょうどいいのよ。何とかするでしょ」
などという会話が交わされていたのだが――もちろんミシュナたちは知るよしもない。
ともあれ
ミシュナ:「――現状ではどうしようもないわ。この経箱とあのドラコリッチが対応してるのは確かだけど、扱うには情報が少なすぎる。倒すしかない……!!」
そういうことであれば、仕方ない。
そして、そういうことであれば、やることはわかっている。
セイヴ:「それにしても、亡霊どもの数がいくらなんでも多すぎるな。俺たちよっぽど恨みを買ってるのか」
白面の死者は2本の剣を構えながら周囲を見回し、苦笑する。もちろん買った恨みの総量はこれだけでは済まなさそうだが――と言っている間にも亡霊は湧いてくる。
セイヴ:「よし、亡霊どもの扱いは俺に任せろ。この街に一番馴染みがいいのは俺だし、群れる連中の扱いにも慣れてるから、奴らをまとめて引き離しておく。あんたらはあの竜を片付けろ。多少そっちへ洩れていくのもいるかもしれんが、そのへんは勘弁しろよ」
いいざま、セイヴは身を翻して亡霊の群れの中に突っ込んでいく――実はセイヴPLが体調不良のためここで早退。以後は5人でボーン・マングレル・ドラコリッチ、そして“セイヴの剣から洩れた”亡霊と戦うことになる。
最初に動いたのはミシュナだった。魔力の網が亡霊どもを絡め取り、その芯にある魂をねじ伏せる。亡霊たちが何体かよろめき、消える。
ジェイドは周囲を油断なく伺いつつ、具体的には“ディフェンダー・オーラ/防衛のオーラ”を起動しつつ、亡霊に打ちかかる。が、実体が薄い亡霊の身体をいくら斬り飛ばしても意味がない。その真芯の魂を斬らなければ。
ジェイド:「気をつけろ、意外と手ごわいぞ!!」
エリオン:「……わかった。が、そんなものは、我が剣の魔法の前では無力」
いっそ穏やかなほどの口調で答え、次の瞬間にはエリオンは悪鬼のごとき勢いで剣を薙ぎ払う。刃は空を切っている。が、瞬時に紡がれた剣気は亡霊の“存在”を過たず打ち砕いている。ブレードシンガーは剣気を紡いで“マジック・ミサイル”と成すのである。
エイロヌイは樫の木の乙女の光の姿で亡霊たちの目を――というよりは魂を釘付けにし、その場で硬直させる。憎むべき光の誘惑を辛うじて打ち払った数体がジェイドに、あるいは隙をついて後方のミシュナに襲いかかる。どうやら“セイヴの剣から洩れた”らしい1匹がとんでもないところから、具体的にはPLも気づいていなかった立体マップの建物の影から飛び出してきて、ジェイドに噛みつく。
うかうかしてはいられない。竜が動く前に1体でも多く亡霊を片付けておかなくては。
ヘプタが走りながらクロスボウを撃つ。亡霊どもをジェイドの剣の間合いに誘い込むように動いたのだが、それには亡霊どもは反応しない。恨みだけで動いているのかと思いきや、サーイの連中の統制のもとにあるのかもしれぬ。
そして、とうとう竜が動いた。
いや、動かなかった、と言った方が正しいかもしれぬ。
寄せ集めの骨でできていようがかりそめの命で動いていようが、竜は竜なのだ。首をもたげ、空洞の眼窩で周囲をねめつける、その気迫に引きずられるように、冒険者たちの身体が動く。逃げるもならず、むしろその前にひれ伏さねばならないと心が騒ぐ。“ホリッド・プレゼンス/恐ろしき存在”――竜という存在の、おそらくこれは精髄なのだろう。
そうして自分の眼前に引きずり寄せられた冒険者の群に、骨の竜はおもむろにブレスを吐いた。身体を構成する骨の表面が一斉に薄く剥がれ、鋭い針の奔流となってその口から迸った。エイロヌイとエリオン、フェイワイルド出身の2人の、他の者たちよりひときわ濃密な生命力に引き寄せられるように、骨の針が降りそそぐ。
魔道を学ぶものは惑わしの技を良く知っている。ミシュナだけは竜の振り撒く恐怖にも耐えていた。離れたところからマジック・ミサイルを撃ち、亡霊どもの数を確実に減らしていく。
ただでさえ手ごわい竜を相手にしなければならないというのに、数ばかりいる連中に邪魔されてなるものか。
その姿にジェイド、エリオンも気を取り直し、まずは亡霊どもを片づける。
鎧の隙間から入り込み全身を苛む骨の針に耐えながら、エイロヌイは血まみれのまま、薄く、冷たく笑った。
エイロヌイ:「それで私を倒したつもり? ……かかったわね!!」
シルヴァナスの名において、死せる魂に退去を命じる。それが効かないと見るや、間髪いれず、身体の奥底、血の一滴一滴から妖精郷の純粋な光を集め、濃縮し、周囲に放つ。“レイディアント・デリリウム/惑乱の煌めき”――影を裂く光は、竜のまやかしの存在を鋭くえぐった。具体的にはクリティカルした。影で編まれた命は光にはことさら弱い。骨の竜は濁った唸り声を上げる。
ヘプタ:「エイロヌイ、頑張るっす、まだまだ行けるっす!!」
竜の吐きだした骨の針は血管にもぐりこみ、際限のない流血を誘う。ヘプタは血を流し続けるエイロヌイのために、癒しの――それとも激励の――それとも……まぁ、継戦可能になって実効性があるんだから表現は胡散臭くても、とにかくそういう効果のある言葉をかけてやる。その姿に竜はいらだたしげに唸り声をあげ、牙をむいて大きく首を振るう。それを除け損ねたジェイドの身体にも、折れた牙が残る。避けた傷口から血が溢れる。寄せ集めの脆さこそが、この竜の武器なのだ。
そうしながら竜は、ミシュナに向かって恨みと憎しみのこもった声を挙げた。
ドラコリッチ:「何故このような偽りの命を私に与えた……!!」
もちろんミシュナにその責を問われるいわれはない。が、死竜の暗い眼窩には、経箱の持ち主こそが責あるものとして映るのだ。
ミシュナは唇を噛んだ。今は答えようがない。まずはこの竜を止めねば話にならない。
呪文を紡ぎ、竜の死せる魂に直接干渉する。そしてその意識を幻の鏡の迷路に誘い込む。行くも戻るもならない路地に迷い込む錯覚にとらわれた竜は、歩みを止め、狂おしげに周囲を見回す。その隙をついて討ちかかるジェイド、そしてエリオン。
エイロヌイはともすれば細りかかる意識を気力でつなぎとめた。友の身を守り、哀れなる偽りの命を消し去ることこそ聖騎士の務め。渾身の力をこめ、義の名において、と声にならぬ声で叫びながら剣を振るう。シルヴァナスはその献身を嘉したまい、冒険者一行に力を与え給う。具体的には“ライチャス・スマイト/正義の一撃”の効果として一時的hpが与えられる。それからエイロヌイはジェイドに歩み寄る。
――私よりも、あなたの剣のほうが鋭く、重い。傷を癒し、進み出てあの竜を斬りなさい。
かざした手から清らかな光があふれ、ジェイドの傷を癒す。が、その間にも切り裂かれたエイロヌイの血管から血は途切れることなく流れ出ていく。一瞬ごとに命が流れ出ていく。
具体的には継続ダメージ10を課されているのだが、このレベルのキャラクターにこのダメージは致命的である。
ヘプタ:「かっこつけてる場合じゃないっすよ!! このままじゃ死ぬじゃないっすか!! 頑張るっす、エイロヌイ超がんばるっす!!」
そのすぐ脇でヘプタは大声でわめきたてる。実にコアロンは誉むべきかな、それでエイロヌイの身体には新たな生命力が吹きこまれるのだ。喚きながらヘプタは両手を高々と掲げる。その右手にはコアロンのもとより遣わされた妖精の姿、左手には燃え盛る炎。“フェアリー・フレイム・ストライク/妖精怪火撃”の技である。
焼かれた竜は苦痛の呻きをあげ、大きく口を開いた。またもや骨の奔流が、と身構えるが、喉のどこかが詰まったままなのか、幸いにしてブレスは来ない。いらだたしげに叫びながら竜は牙をむいて首だけを振りたてた。が、今度は狙われたエイロヌイもエリオンも危うく交わす。
首がエイロヌイのほうに回った隙を突き、ジェイドはそのがらあきの背骨めがけて打ちかかる。手ごたえあり。渾身の力をこめて背骨を大きく斬り飛ばす。それでも魔法で繋がれた骨格は崩れない。
ミシュナ:「ならばその身体を繋ぐ意識をくじくまで――夢をみていなさい、そこで」
少し離れて立つミシュナは掠れ声で呟く。魔法で繋がれた意識を魔法で緩めてゆく。竜の動きが鈍る。彼が見ているのはその願望だ。勝利者として咆哮する己が姿にふと酔って、自分がなぜ戦っているのかわからなくなる。
――今だ。
エリオンが打ちかかり、エイロヌイの身体から妖精郷の光がほとばしって竜の感覚を狂わせる。大きくよろめきながら、しかし竜はその痛みに再び意識を取り戻した。大きく口をあけ、目の前の2人めがけて骨の針を浴びせる。
エリオンはかわした。
が、先ほどから血を流し続けていたエイロヌイの身体は避けきれなかった。全身に針の雨を注がれ、エイロヌイは昏倒した。魂と身体の絆は、ほぼ切れかけていた。
具体的にはブレスがクリティカルし、完全死亡まであと数点といった状態。
状況は一瞬を争う。ミシュナは危険も顧みず倒れたエイロヌイのもとに駆け寄った。血止めを施しつつ、エイロヌイの生命力の根底をさぐり、飛び去りかけた魂を繋ぎとめる。
具体的には〈治療〉判定を行ない、底力を使わせたのである。だが、竜がもう一度でも牙をむいたなら……
その“もう一度”は、薄紙一枚の差で防がれた。ジェイドの剣が再び竜の骨格を大きく崩し、最後に――本人は決して認めないだろうが――わけのわからないことを絶叫しながら打ちかかったエリオンの剣が、骨の竜の動きを完全に止めた。
エイロヌイ:「自分で運命を斬り開いたのね、シルヴァークラウン」
ミシュナの腕の中でようやく薄眼を開けたエイロヌイは、微かに唇をゆがめ、賛辞めかしたせいいっぱいの負け惜しみ――あるいは皮肉のように、こんなことを言った。
ミシュナ:「……いまさらでごめんなさい。でも、戦っている間に、どうやらこの経箱の扱いがわかったみたい」
どうやらだれも死なずに済み、息を整える一行の前で、ミシュナがぽつりと言った。
ミシュナ:「今なら、あのドラゴンを組み立てなおして使役することもできるわ。もちろん、永遠に葬ることも」
どうしよう、と聞かれ、ジェイドは一瞬言葉に詰まった。
もちろん、死霊術で拵えられた存在は、それだけで邪悪だともいえる。だが、意のままになるというなら……力はそれだけでは善でも悪でもない、どう使うかによるのではないか。
ジェイド:「そう……だな。でもミシュナ、あんたはもう死霊術と縁を切りたいんじゃなかったか?」
ミシュナ:「……ええ。あの竜も、偽りの命を与えられたことに苦しんでた。だから、壊してしまった方がいいのかしら。……そのほうがいいのよね……そのほうが……」
自分に言い聞かせるように呟くミシュナ。その迷いはジェイドにもよくわかった。一度は邪悪なものとして関わりを断とうとしたものだが、それが――しかも失われたはずの技術で作られたものが、自分の意のままになるとして目の前にあるのならば……
ざわざわとうごめく心を無理やりのように鎮め、ジェイドは口を開いた。
ジェイド:「俺たちはみたびこの竜と戦った。もはや縁ある存在といっても間違いじゃないだろう。そして……俺は、こいつを偽りの命を抱いた存在ではなく、罪を償わせ、竜として死なせてやりたい」
ミシュナ:「……つまり、シャドウフェルの闇に私たちが負けなければいいのよね?」
ミシュナの顔が微かに輝いたように見えた。
ジェイドは答えず、これも微かに俯いた。その表情は兜の奥で伺えない。
――竜として、死なせてやりたい。
他人の声のように、ジェイドは自分の言葉を聞いていた。その脳裡に、おそるべき映像が一瞬去来する。
ネヴァーウィンター。
アビスへと続くと言われる裂け目から、骨の竜に打ちまたがった一群が現れる。
兜を目深にかぶって表情の伺えない騎士、生者のものではない白面が禍々しくも鮮やかな異形の剣士、赤いローブに身を包んだ魔道士。棘だらけの鎧を身にまとった司祭が奇声をあげて笑う。麗しの乙女は人の子の営みになどまったく興味はないと嘯き、そしてエルフの魔剣士は妖精王国を滅ぼした人間の罪状を声高に叫ぶ……
俺は、既にシャドウフェルの闇に精神を侵され始めているのではないか。
胸に空いた風穴のあたりを鎧の上から思わず覆い、そしてジェイドは禍々しい想像を振り棄てる。俺は、そんなものは認めない。
クーリエが通りの向こうから嬉しげに駆け寄ってくる。
それに気を取り直し、一行は再びグールの案内人に導かれ、絶叫館を目指すのだった。
ジェイドの決断
第二部第1回:
問い:「1日50gpと胸の肉1ポンド」の条件でグールの案内人を雇うか?
決断:雇いたいが、肉はともかく無い袖は振れない。1日あたりの給金をまけてもらう。
第二部第2回・その1:
問い:酒場で盛り上がるアンデッドたちにどう接する?
決断:郷に入ってそっぽを向いていてもしかたない。一緒に騒ぐ。
第二部第2回・その2:
問い:エヴァーナイトで名を上げるために何をする?
決断:デーモンの大穴に入る。そろそろ、タイモーラに捧げたコインの裏表を見に行くのも良さそうだ。
第二部第3回:
問い:「おろかな奴。もう一度訊く。そんなに死に急ぐか?」
決断:Yes
第二部第4回:
問い:壊すことも扱うことも可能なボーン・マングレル・ドラコリッチをどうする?
決断:ここで壊すのは忍びない。連れて行こう……
著:滝野原南生
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