【 はじめから よむ (第1回へ) 】
アダンが倒れるのと同時に、リュシカがアダンの名前を呼びながら、アダンのもとに駆け寄っていく。勝ち負けよりも、アダンの無事を心から願っているように見えた。必死でアダンを介抱する姿は、まるで聖母のようだと思った。
僕は、勝ったのだ。
やった……
僕にも、できた。やればできる。できるんだな。
「よい勝負だった」
急に話しかけられてビクッと体を震わせる僕。見ると、バルトロが僕の方にゆっくり近づいてきていた。もう力の入らない体で、慌てて銅の剣を構え直そうとする僕をバルトロが落ち着いて制した。
「大丈夫だ。お前と戦うつもりはない。それがアダンの望みだからな」
バルトロは、義理と人情を大事にする男らしかった。ここで手負いの僕を倒してもどうしようもない。それどころか、アダンと僕の誇りをかけた一戦を汚す事になってしまう。そんなことはできないし、したくもないという意味のことを話してくれた。
リュシカの手当が終わり、アダンがゆっくり体を起こし、僕に言う。
「やっぱり、ホンモノの勇者は違うな」
「俺はきっと、調子に乗ってたんだ。みんなが俺のことを勇者だってチヤホヤしてくれたから、きっとそれで、いい気分になっちゃってたんだな。そんなつもりはなかったけど、知らず知らずのうちに……修行が足りないな」
やっぱりこいつくそ真面目だ。でも、きっと、いい奴だ。
調子に乗っていたのは僕だって同じ事だ。調子に乗ってるつもりはなかったけど。勇者だって事に甘えて、何もせずにいた。他のことに気を取られて、大事なことを忘れていた。僕の存在を脅かすアダンがいなかったら、こんな事にも気づけなかった。ようやくわかった。僕に足りなかったものは、危機感。
「お前、仲間はいるのか?」
アダンが僕に聞いてくる。仲間は、いるといえばいるし、いないといえばまだいない。というか考え中だ。なんて答えようか首をかしげていると、アダンがさらに言葉を繋いだ。
「よかったら、俺も一緒に……」
そこまで言いかけて、口をつぐんだ。そして、すぐに言い直す。
「いや。なんでもない。俺はまだこのあたりにいるから、何かあったら声をかけてくれ」
アダンのまっすぐな瞳を見て、僕は胸が締めつけられるような気分に襲われた。
俺も一緒に。一緒につれていってくれ、だろうか? 僕がアダンの立場ならどんな気持ちだろう。ホンモノの勇者を目指して訓練をして、今まさに勇者の座をかけて勝負をし、敗北を喫した今の気持ちは。訓練だって決して楽じゃなかっただろう。信頼のおける仲間の期待を一身に受けて、サポートしてもらって、その仲間の目の前で負けた今の気持ちは。くそ真面目なアダンのことだ、おそらく勇者のパーティに入る事ができたら、さらに良い経験を積むことができると思っているだろう。でも、憧れた勇者になれず、その勇者と一緒に旅を続ける気持ちは、決して穏やかではないんじゃないか。嫉妬と羨望と自分の無力さと戦う、つらい旅路になるんじゃないか。
アダンは確かに強い。バルトロもリュシカも相当な手練れであることは間違いない。魔王討伐の旅に行くベストメンバー有力候補だが、本当に誘っていいものだろうか?
アダンは一緒に行きたいのか。どうなんだ。その複雑な気持ちが、さっきの言葉に現れている気がしてならなかった。僕はアダンじゃないから、アダンの本当の気持ちはわからない。だけど、アダンが今何を思っているか、わかりたい気がした。わかったところで、何の意味もなかったとしても。
「おい、なんて顔してんだ? お前にはまだ、やることがあるんだろ?」
考え込む僕を心配してか、アダンが声をかけてくる。
「決めたよ。俺はバルトロとリュシカと、旅をする」
え?
「まだ腕を磨かなきゃ、勇者になんかなれないってわかったからな。旅先で会ったらまた勝負してくれ。そのときお前がふがいなかったら、この剣、もらうからな」
そう言って、アダンはヒロイックブレイドを返してくれた。
今の言葉が本心なのかはわからない。でも、やっぱりこいつの方が、よっぽど勇者らしい性格をしている。そう思った。精神面ではきっとアダンに太刀打ちできない。けど、それはあくまで今の時点でだ。僕もアダンみたいになればいい。アダンの存在が、きっとこれからの僕を強くする。
「これからは、誰かに勇者様って呼ばれたら『ひとちがいです』って言わなきゃな」
アダンが歯を見せて笑いながら言う。
アダンが笑ったのにつられて、僕も笑った。
多分その時の僕は、とっても独創的な笑顔だったと思う。
ゆうしゃは おとなのかいだんを のぼった!
ゆうしゃは レベルが あがった!
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