【 はじめから よむ (第1回へ) 】
ついに灼熱の溶岩フロアが終わり、次に現れたのは、砂漠だった。
砂漠。砂漠かー。そうきたか。
ひん曲がったサボテン、枯れた井戸、申し訳程度の湧き水。
そういえばしばらく何も飲んでない。暑いフロアばっかりで干からびそうだ。
「そこの水は飲めないぜ! 飲料水は一階で買わせるつもりなんだろうな」
湧き水に手を伸ばした僕をヨコリンが制す。お前はまだついてくるのか。一体どこまでついてくるんだ。
たまに忘れそうになるが、ここはあくまで酒場だ。酒場の一階から階段を登ってきただけなのだ。ドレアさんの設計のセンスもそうだが、こんな破天荒な部屋を恐ろしいペースで増築し続ける施工業者も異常である。どこの誰だか知りませんがいい仕事してますね。工事の音も未だに聞こえるから、最上階まではまだあるらしい。一体いつになったら最上階に着くんだ。もういいや、考え出したらキリがない。さっさと勧誘してしまおう。次の冒険者はどこにいる?
そこまで考えて、僕は気づいた。
最初は、ヨコリンから無理やり仲間の説得をやらされていた。やれって言うからやっていたし、僕も本当に嫌だった。三人勧誘した時点で、さっさと旅に出たかった。
でも今はちょっと違う。いつの間にか自分の意志で最上階に登り、酒場にいる冒険者全員を説得しようとしてる。あんなに嫌だったのに。どうしてだろう。
今思えば、完全にドレアさんの趣味、もしくは毛皮のコートや飲料水を買わせるために作られた氷の階や溶岩の階も、僕を成長させる糧になってくれていたような気がした。そうだ、リハーサルだ。これから先、魔王討伐に向かう途中でも氷の洞窟や溶岩の洞窟、そして砂漠を突破する必要があるかもしれない。そのための擬似的な訓練をここでしていると思えば、この経験は絶対にムダにならない。そうだ。この酒場ダンジョンを攻略すれば、人間としても勇者としてもひと回り成長できるかもしれない。現に仲間の勧誘を通して、僕は少しだけ前に進めているような。そんな感じがする。
この酒場ダンジョンを、絶対に攻略してみせる!
明らかにおかしな方向にやる気が出たような気がしたけど、まあ、よしとしよう。
完全に余談だが、僕はこのあと砂漠のフロアの冒険者を勧誘する前に、どうしても喉の乾きが我慢できず、ドレアさんの商魂に負けて一階まで飲料水を買いに戻った。飲料水は十ゴールドという良心的な価格だったからよかったものの、商品の陳列棚にヒロイックメイルとヒロイックシールドが並んでいたので僕はショック死しそうになった。なななななななんで売ってるんですか、由緒正しき勇者の装備を! ヒロイックブレイドはあんなに感動的に渡してくれたのに、鎧と盾は売るってどういうことですか! わかんない、全っ然わかんない!
「あら、この鎧と盾が欲しいの? ふたつ合わせて、一万一千ゴールドよ」
あるわけないでしょそんなお金。何を考えてるのかさっぱりわからない。イルーカさんが破産させられたというのもわかる気がする。邪悪だ。僕は骨までしゃぶられるのか。いや、ドレアさんがいい人なのはわかるんだけど、極めて悪質だ。儲かるわけだよこの酒場。
「どうする? 買うの、買わないの?」
つつつツケにしておいてくださいぃ!
言葉に出したわけではないが、うろたえる僕の精一杯のボディーランゲージで気持ちが伝わったのだろう。ドレアさんはお買い上げありがとうございまーす、とにっこり笑った。その嬉しそうな顔といったら。ああ、この顔に騙された男が何人いたんだろうと、つい、いらぬ心配をしてしまうほどだった。この人は邪悪でも悪質でもなかった。魔性です。
手持ちの現金がなくなると後々困ることは目に見えていたので、四十ゴールドは残し、僕は旅立つ前から一万一千ゴールドの借金を背負わされ、父の形見のヒロイックメイルとヒロイックシールドを携えて再び階段を登った。何段も、何段も。気が遠くなるほど。
次の増築では、儲かったお金でぜひエレベーターをつけてくださいと、心底願いながら。
砂漠のフロアにいたのは皆、一癖も二癖もある人たちばかりだった。
まず、ヘローという男は、今僕のいる国ではない別の国の王様だった。王様がなんでこんなところにいるのかと思ったら、ヘローは魔王がよみがえったことでもう世界中の人々が死ぬと信じきっているらしく、「もうこの世はおしまいだ。お前も諦めろよ」と酒を飲みながら答えた。「ぼくはあきらめない」という呪文を力強く唱えたが、ヘローといったら「いや諦めろ」「お前なんかに無理だ」と何度も何度もつっかかってくるので、こちらも「ぼくはあきらめない」「ぼくはあきらめない」とくり返し呪文を唱え続けるハメになった。僕がまだ呪文を言い終わってないのにヘローがバンバン反論してくるので、僕も負けじと連発した結果、「あきらめない、あきら、あきら、あ、あ、あ、あきらめない、あ、あ、あきら、あきらめない」となり、僕は壊れかけのレディオと化した。ヘローは「あきらって誰だ」「あきらなんて知らん」と怒っていたが、そんな人はおりません。あきらって誰なのか僕が聞きたいくらいです。どうやらヘローは人の足を引っ張るのが大好きで、自分は変わりたくないがお前は変われ、という人物らしい。僕が苦手なタイプの中年のおじさんだ。これだから嫌なんだ。最終的には「じゃあ勝手にしろ!」とヘローの方が折れてくれたが、あれは説得できたとは言いがたい。どんな手段を使っても、いくら言葉を尽くしても、わかりあえない相手もいるのだ。ヘローは明らかに、他人のことを理解する気がなかった。
大神官のデボアハもなかなか厄介な人物だった。この人も僕の苦手な中年のおじさんだったが、ヘローと違う点がある。「俺は魔王軍に寝返るぞ」と言ってきたのだ。どうやら正義とか悪とかあまり気にせずに、長いものには巻かれる男らしい。こういうタイプも非常に面倒くさい。というか、最低だ。きっとバチが当たると思う。「こんな俺のことをどう思う?」と聞かれたが、どう思うも何もないだろう。「このおおばかやろう」という呪文で一喝してやった。そこまではよかったのだが、デボアハもヘローと同じく「何が大馬鹿野郎だ、その言葉そっくりそのままお返しするぞ、現実の見えていない大馬鹿め、今の状況を冷静に考えれば間違いなく魔王軍側についた方が得策だろうが」と自分ルールと自分価値観による持論をくどくどと展開してきたので僕はキレそうになり、気持ちを落ち着けるためにその場でひたすらジャンプした。これは僕がどこかで聞いた怒りを鎮める方法のひとつで「怒りそうになった時はその場でジャンプしろ。怒っている時にジャンプするのはなかなか難しいが、ジャンプしてれば全部バカバカしく思えてくる」というものだ。その結果このフロアには、持論を展開する不機嫌なおじさんとひたすら垂直跳びするゴボウが同時に存在したことになり、はたから見ればさぞかし滑稽な絵だったと思う。そんな僕の心境を察したのか、ヨコリンが「殴るんじゃなくてパンチしてやれ!」と横やりを入れてきた。それは一体どう違うんだ。「パンチっていう方が、ちょっとかわいいだろ?」知らないよ! かわいいとか今どうでもいいよ。結局パンチはせずに「あなたのいうとおりだ」という呪文でなんとか切り抜けた。明らかに相手の言う事が間違っていても、否定するばかりではダメなんだ。思ってもいない言葉を言うのはかなりのストレスだったけど、人付き合いを円滑にするためには、こういうことも必要なんだな。
続いて大賢者のコヤナギという男性。僕の苦手な中年のおじさん三連発だったが、コヤナギは四つん這いで「ウウー! ワン! ワンワンワン! わぉーん! わんわんわおーん!」と必死に犬の鳴きまねをしており、もう中年のおじさんとかまったく関係なく面倒臭かった。というより、この人に何があったのか。事情がまったくわからないだけに怖い。どんな呪文を唱えても「ワン!」とか「ブシュ!」とか変にクオリティの高い犬のマネをするので「おまえにんげんだろ」という呪文を唱えたらそれが心に響いたらしい。「これがホントのワンダフルだな」とニヤニヤ笑いながら言ってきたが僕は聞かなかったことにした。何もワンダフルじゃないしまったく意味がわからない。結局犬の鳴きまねをしていた理由もわからない。たぶん趣味だろう。
ゴッドハンドの女性、ウォルドは「あなた一人死ねば、この世界が救えるとしたらどうする? あなた、死ぬ?」という究極の選択を提示してきた。さっきのデボアハの例もある。僕の本心というより、この質問にどう答えれば相手は最もうれしいのかを考える必要がある。つまり「しぬ」「しなない」のどちらがよりウォルド好みかを当てなければいけないのだ。なんて答えればいいのか。当たり前だが人間は一度しか死ねない。まあ僕は何度も死んでるんですけどね。「しぬ」と答えられれば格好いいけど僕はできれば死にたくない。「しにたくないけどしぬ」というのがいいかもしれない。自己犠牲は美しいという風潮があるが、最後まで生に執着することの方が大事だ。だから、最後まで必死で生きることを諦めないけど、本当にもうどうしようもなくなったら死ぬ。これだ! と思ってウォルドに呪文を投げかけようとしたら「解答は十文字以内で述べよ」と国語の試験みたいな事を言われたので、イラッときて反射的に僕の口から「ムチャいうな」という呪文が飛び出した。そうしたらウォルドが「正解」と言ったので、僕はビックリしてヘタクソな二度見をしてしまった。聞くところによると、質問自体がムチャな設定なので、こんなもの真面目に答える方がどうかしている。お前一人死んだくらいで世界が救えるなんてアニメの世界じゃあるまいし、人間一人にそんな力あるわけがない。だから「ムチャいうな」で正解、だそうだ。そうですか。こういう理不尽な質問もあるわけね。人付き合いって奥が深いです。でも、できれば理不尽な質問はこれっきりにしてほしい。
【 第26回を読む 】
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