はじめから よむ (第1回へ)


7章 ここで立ち止まるわけにはいかない

 

 目が覚めると、灼熱の溶岩フロアだった。

 戻ってきた。僕は戻ってきた。アダンとバルトロとリュシカもいる。

「おいアダン。あいつ、まだ立ち上がってくるぞ」

 バルトロが僕に気づき、アダンに言う。

……しぶとい奴だな」

 おそらくだが、僕が死んでいたのは時間にしてわずか数秒だったらしい。アダンもバルトロもリュシカも、僕が精神的ショックで死ぬ前とほぼ変わらない位置にいた。走馬灯は数秒でたくさんの景色を見せるそうだから、そう思えば納得だ。

「てっきり死んだと思ってたんだが……まだやるか?」

 アダンがヒロイックブレイドをこちらに向けて、勝ち誇った目で言う。

 僕は体を起こして、自分の両足で、しっかり立ち上がった。倒れた時に散乱した荷物の中から銅の剣を取り出し、構える。まっすぐにアダンを見据えて。凛とした気持ちで。

「ふっ、そうこなくっちゃな」

 僕の構えに呼応するように、アダンも剣を構え直す。

 もう、さっきまでの僕とは違うんだ。

 負ける気がしない。肩書きとか、お前の方が評判がいいとか、そんなの関係ない。

 ただ今は、アダンに勝ちたい。

 昔の僕に誇れるように。今の僕を好きになれるように。

 そしてあの人には「立派になったね」って言ってもらいたい。

「いくぞ」

 来い。ニセモノ!

「いざ尋常に、勝負!」

 

 アダンが あらわれた!

「さっさと あきらめて いえにかえるんだな」

「おれが おまえのかわりに まおうを たおしにいくんだ!」

 アダンは いきなり おそいかかってきた!

 

 アダンの こうげき!

 ゆうしゃは こうげきを うけとめた!

 

「なんだと、これは勇者の剣だぞ! 銅の剣なんかで受け止められるわけが!」

 アダンの表情が焦りで染まっていく。反撃だ!

 

 ゆうしゃの こうげき!

 アダンに 54のダメージ!

 

 悲鳴をあげてアダンが大きくよろめく。お前なんかに。お前なんかにその剣は渡さない。勇者の資格も渡さない。僕のだ。それは僕のだ。勇者の血筋を僕で絶やすわけにはいかない。そんな事より何よりも、小さい頃に誓った夢を、こんな簡単に諦められるわけがない!

 

 アダンの こうげき!

 ゆうしゃは こうげきを かわした!

 ゆうしゃの こうげき!

 アダンに 62のダメージ!

 

「ぐあっ! どうして……! なぜだ、お前、まるで別人じゃないか!」

 地面にひざをついて叫んでいるアダンをまっすぐ見ながら僕は思う。お前が、お前が教えてくれたんだ。僕の攻撃が軽かったのも。僕が弱かったのも。全部僕のせいだった。僕はアダンの「勇者になりたい」という気持ちに負けて、すっかり萎縮してしまっていたんだ。アダンが今までどんな努力をしてきて、他人からどう思われているかなんて関係ないんだ。人がなんて言おうと関係ない。僕は僕のやるべきことを、惑わされずにやればいいだけだった。

 僕のやるべきこと。それはつまり、僕がやりたいことだ!

 

 アダンの こうげき!

 ゆうしゃに 23のダメージ!

 ゆうしゃの こうげき!

 アダンに 42のダメージ!

 

「うそだ……こんな……俺が負けるわけないんだ!」

 がむしゃらにヒロイックブレイドを振り回すアダンの攻撃がよく見える。我を失って大振りになっているせいもあるが、僕の集中と落ち着きがさっきまでとはまるで違った。横目でバルトロとリュシカの方を見てみるが、先ほどとはうって変わって表情を曇らせ、沈痛な面持ちでアダンのことを見守っていた。

 アダン、バルトロ、リュシカ。君たちにも譲れない思いがあるのはわかる。言葉を交わしたわけではないのに、アダンの振るう剣からも、それを見ているバルトロとリュシカの表情からも痛いほど伝わってくる。わかるけど、ごめん、こっちだって譲れないんだ!

 僕は「どんな呪文を言うか」でしか、人に気持ちを伝える手段はないと思っていた。最初に呪文を教えてくれたヨコリンからも「コトバで言わなければ気持ちは伝わらないからな!」と聞いていたし、実際無言でいるだけでは僕の言いたい事は伝わらない。でも。それだけじゃなかった。言葉なんてなくても伝わるものがある。伝えたくなくても、わかってしまうことがある。アダンと剣を交えて、それがわかった。

 

 アダンの こうげき!

 ゆうしゃは こうげきを うけとめた!

 

「う……ううう……!」

 アダンの瞳には、涙が浮かんでいた。きっと、さっきまでの僕もこんなだったんだ。

 実感してしまっていた。見たくない現実が見えていた。

 間もなく自分の夢が破れるのだと、宣告を受けたような気分だったんだ。

「認めない……認めないぞ……!」

 アダンの剣から、必死な思いが伝わってくる。これを断ち切るのも勇者の役目なんだとしたら。勇者も、楽じゃない。勇者の剣には、こんな思いも乗っているんだ。

 僕はゆっくり息を吸い込み、覚悟を決めた。

 ありがとう、アダン。お前のおかげだ。きっと一人じゃ、こんなに強くなれなかった。

 ありがとう。本当に……

 それしか、言葉が見つからない! 

  

 ゆうしゃの こうげき!

 アダンに 75のダメージ!

 アダンは たおれた!

 

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