おくやまです。
さて、以前から気になっていた 森本敏氏の「オフショア・バランス」論について一言。 森本敏氏と言えば、自衛隊出身ながら 外務省に行って外交官になり、拓大教授を長年つとめ、 なおかつ民主党野田政権では防衛大臣もつとめた 「安全保障・防衛・国際政治・外交問題のスペシャリスト」 であります。 私自身も彼の発言については以前から注目しておりまして、 実にさまざまなことを勉強させてもらっているわけですが、 私が最近とても気になっていたのが、彼が数年前から提唱している(?) 「オフショア・バランス」論とでもいうべきもの。 なぜ私が気になるのかというと、 おそらく「オフショア・バランシング」(offshore balancing) という、アメリカの極めて地政学的な大戦略の概念を、 森本氏が勘違いして使っているのではないか、 という疑惑があるからです。 おそらく森本氏が公式の場でこれを述べたのは、 去年の1月に産経新聞のコラムに載せたものだと思われます。 まずはこれを引用してみましょう。 ▼米新国防戦略、同盟国日本の対応は 森本敏・拓殖大大学院教授(2012年1月7日(土)| 産経新聞) (転載はじめ) 米国が有効な抑止機能を発揮できるかどうかは 同盟国・友好国の協力次第である。 特に、米中間のオフショア・バランス(海洋における勢力均衡) がアジア安定のカギになる。 その中で日本の果たすべき役割は決定的だ。 日本が外洋に出ようとする中国の出口を占める 戦略的位置にあるからであり、 今ほど日本が確固とした対中戦略や海洋戦略を構築すべき時はない。 (転載おわり) この森本氏の発言ですが、 第一の問題は「オフショア・バランス」を、 元来の意味と勘違いして取り違えてしまっているのではないかということ。 上の引用記事の文面から察するに、森本氏が本当に言いたいのは、 「日本とアメリカが協力して(主に海軍力を通じた)軍事力を高めれば、 それが中国の海洋進出に対する抑止力になる。 だから日本は軍事力を高めなければならない」 ということでしょう。 これはこれで、日米同盟や自衛隊というものの 成り立ち的なことを考えると、それなりに理解できるものです。 ただし問題は、森本氏はこの「オフショア・"バランス"」(offshore "balance"?) というものを、「米中間のシーパワー面における軍事力のバランス」という、 いわば記述的(descriptive)なものとして考えているという点です。 言い換えれば、彼は「海洋軍事バランスの重要性」という 「状況」を説明しているだけです。 ところが、彼がおそらく元ネタとして参考にしている 「オフショア・"バランシング"」(offshore "balancing") というものは、考え方が違います。 なぜなら「オフショア・バランシング」のほうは、 処方箋的(prescriptive)なものであり、 「バランス」の方の「こうだよね」という説明とは反対に、 ズバリ「こうすべきだ」と具体的なやり方を指示するようなもの だからです。 -:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-: では元祖の「オフショア・バランシング」の論者たちは 何を言っているのかというと、それは「大戦略」として、 「前方展開した米軍を地域(この場合は東アジア)から撤退させ、 域内における勢力均衡の維持を(日本をはじめとする)地域諸国にやらせろ」 ということを目指すものだからです。 こうすれば、アメリカは海を越えたところで無駄な血を流すこともなく、 自国のパワーを温存できることになって安泰だからということです。 つまり「オフショア・バランシング」というのは あくまでも「アメリカにとって都合の良い戦略」なわけでありまして、 その底に「同盟国を犠牲にしても国力を温存せよ」 という前提が潜んでいるわけです。 具体的にいえば、「オフショア・バランシング」というのは 「中国という脅威が東アジアから出てきたなら、 アメリカが直接抑えこむのではなく、 日本をはじめとする周辺国たちにぶつけて(バックパッシングして)おけ」 ということを教えているわけです。 「アメ通」の皆さんならば、既にお気付きかと思いますが、 上記の森本氏の議論だと、まるで 「日本はアメリカの手先となって、 自ら進んで真っ先に中国にぶつけられましょう!」 といった、なんとも珍妙な説を唱えておられる?! とも受け取られかねません・・・。 「いやいや、あの森本さんが わざわざアメリカの手先になって中国とぶつかろう なんて思ってるわけないじゃん!」 と、読者の皆さんはお思いでしょうし、 こうして書いている、私としても 「彼自身はそのようなことを意図しているわけではない」 と思いたいところなのですが、 どうも、彼はそう思われてもしかたがない・・・ という発言をしてしまっているようです。 たとえば、最近の2月2日付の日経新聞に掲載されたコラムでは、 以下のような発言を繰り返しております。 (転載はじめ) 私は外洋(太平洋)において、日米両国が中国に対して 軍事的に優位を確保するための方策、 つまり「オフショア・バランス」という考え方が現実的だと見ている… 日本は米国とともにオフショア・バランス戦略を 有効に展開していかねばならない (転載おわり) ここで森本氏は「オフショア・バランス戦略」 と言い切っております・・・。 要するに、単なる「バランス」という状況説明ではなく、 立派な「方策」や「戦略」と言ってしまっているわけです。 つまり、これは 「日本はアメリカの手先となってぶつかりましょう」 という意図である、と思われてしまっても仕方がない ことになってしまいます。 ちなみに、最近の反米派として有名な 元外務省高官の孫崎享氏のほうが、 森本氏よりも正確にこの戦略について理解できているようで、 「米国としては日本をオフショアバランスに使いつつ 台頭する中国の力も利用したい」 (※ https://twitter.com/magosaki_ukeru/status/248067781793296384 ) という発言をTwitter上で行っておりました。 しかし、彼も「オフショア・バランシング」という正式名称ではなく 「バランス」と言ってしまってところでミソつけているわけですが・・・。 === さて、結論からいえば、おそらく森本氏は 元ネタの「オフショア・バランシング」の危険性を知らずに、 どうも勘違いしたまま「オフショア・バランス」という オリジナルな大戦略を提唱しているものと思われます。 そしてこれは、「私はアメリカの走狗となって、 中国にぶつけられる役割を果たしたいです!」 と宣言して見られてしまうリスクを抱えたものであるという点は、 もう少し自覚しただかないとまずいのでは、 というのが私の懸念であります。 やはり日本人に必要なのは、 「リアリズム」や「地政学」の知識であることを あらためて感じる今日このごろです。 ( おくやま )
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スタンダードジャーナル編集部
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