おくやまです。
すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、 私はいまから七年ほど前に、 J.C.ワイリーという米海軍の軍人の書いた 『戦略論の原点』という本を訳して出版しております。 ▼戦略論の原点(普及版) J C ワイリー (著), 奥山 真司 (翻訳) http://goo.gl/CZ1mNl この本は私の指導教官であったコリン・グレイという戦略家が、 自分の生徒たちに熱心に読むように勧めていたこともあって、 たしかに自分で訳してみても非常に勉強になった本でした。 私自身も今でもたまに読み返すことがあるのですが、 本当に短い本にもかかわらず、一切無駄なことの書いていない、 エッセンスに満ち溢れたスルメのような本だと実感しております。 その内容を簡単にいえば 「戦略には分野にかぎらずに共通項がある」というものなのですが、 原著者のワイリーはその中で、あらゆる戦略というものを、 その進み方の性格から大きく二つにわける、 ということを提案しています。 それが「累積戦略」(cumulative strategy)と 「順次戦略」(sequential strategy)というものです。 これについては私はすでに色々なところ(たとえばCD) http://www.realist.jp/cumseq.html などで解説しているので詳しい説明はここではしませんが、 簡単にいえば、累積戦略は 「コツコツと常にやりつづけて爆発的な効果を狙うもの」。 そしてその反対の順次戦略は 「明確なビジョンをもって段階を踏みながら進めていくプロセス」 を持ったものです。 ちなみにワイリー自身は、この二つの戦略について 「どちらが大切だ」ということは決していっておらず、 むしろ二つを同時に進めることが肝要だということ、 とくに自身が参加した第二次大戦の太平洋戦線における アメリカの対日戦略を引き合いに出しながら説明しております。 私はそもそもこの二つの戦略のうち、 「累積戦略」の重要性を日本人は忘れつつある という問題意識を持っておりまして、 前述のCDを作ったときの意識もまさにそこにありました。 ところが、私が最近またこの本を読み返して噛み締めたのは、 むしろワイリーの「二つの戦略を同時に行うことが肝要だ」 という部分。 なぜこういうことを感じたのかというと、 実は私が教えている大学の生徒が卒論で、 朝鮮戦争開始当時のアメリカ上層部の動きについて 分析しているのですが、 そういえばマッカーサーが行った仁川上陸作戦というのは、 この二つの戦略(というかこの場合は作戦ですが)を 同時に働かせたから成功した ということに、私自身が気付いたからです。 -:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:- 具体的にいえば、マッカーサーは1950年の9月15日に いわゆる「左フック」と呼ばれる「機動」的な動きで、 朝鮮半島中央部へ西側の黄海から一気に米軍(国連軍)を上陸させて、 釜山付近まで押し込んでいた北朝鮮軍を南北に分断。 壊滅状態に追い込みました。 この時に重要なのは、北朝鮮側が朝鮮半島南端の釜山で 激しい「消耗戦」を行っていたという事実です。 つまり、マッカーサーが鮮やかな上陸作戦(機動)を成功させた裏には、 別の場所で膠着した戦い(消耗戦)が行われていた、 という対比(コントラスト)があったということです。 戦争にはこのような例がいくつかありまして、 たとえばナチス・ドイツが1940年の第二次大戦の時に緒戦で フランスを壊滅させた際には、ベルギー辺りで のろのろと侵攻していたボック将軍率いるB軍集団という存在に対して、 グデーリアン将軍の装甲師団が、 セダンでミューズ川にものすごい勢いで迫ったという対比があります。 また91年の湾岸戦争の「砂漠の嵐」作戦では、 米軍はイラク軍を地上軍によって大きく包囲するために、 その5週間ほど前から空爆を集中的に行っており、 しっかりと前準備をしております。 -:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:-:- さて、今回、これらの事例を引きつつ、 私が何を言いたかったのか?と言いますと・・・ ある鮮やかな戦略の背景には、 それを鮮やかに見せたり引き立たせたりする、 もう一つの別の要素や戦略が必ず存在している。 ということです。 これはボクシングでいえば、 派手なフックやアッパーを活かすには、 地道なボディーやジャブが必要ということです。 そして成功した戦略というのは、 この二つを意識的・無意識的に併用していた、 つまり、「戦略では二つのことを同時に行う必要がある」 ということですね。 例えば、最近の中国などは、軍拡を着々と進めながら、同時に 「中国は正義である、日本は悪である」 というプロパガンダを拡散させておりまして、 「累積」と「順次」だけに限らず、 いくつかのことを並行してやっているわけです。 優れた戦略や成功した戦略には、 その背後に別の対照的な要素がある。 我々はこのことをしっかり自覚して、 日々の自らの行動にも、積極的に (もちろん、試行錯誤を含みつつですが) 取り入れる必要がありますね。
( おくやま )
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スタンダードジャーナル編集部
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