おくやまです。
すでにブログのほうには書きましたが、
中国の駐英大使が安倍政権にたいして新年早々、
イギリスの新聞デイリー・テレグラフ紙に
痛烈な批判を載せたことが話題になりました。
▼-Telegraph-
Liu Xiaoming:
China and Britain won the war together
http://goo.gl/AuzEY8
これに対して、日本の駐英大使も同紙に反論を載せたようですが、
とにかく面白かったのはこの中国大使の意見。
なぜなら、ここから中国が日本側に国際的な「世論戦」として
仕掛けている考えのベースが透けてみえてくるからです。
まずは論より証拠、この大使の意見を読んでみてください。
===
中国とイギリスは一緒に戦争に勝った
by 劉暁明(Liu Xiaoming )中国駐英大使
●ハリーポッターでは悪役の魔術使いである
ヴォルデモート卿が死んだが、
これは彼の魂を閉じ込めてある
七つの分霊箱(ホークラックス)を破壊されたからだ。
日本にとってのヴォルデモートが軍国主義なら、
その分霊箱にあたるのが東京の靖国神社であり、
その国家の最も暗い部分を表したものだ。
●先週(12月23日)に日本の安部首相は、
アジアの近隣国の感情を逆なでするかのように、
14人のA級戦犯
――これは「平和にたいする犯罪」と定義されている――
が祀られている靖国神社を参拝した。
この14人は、第二次大戦終了後の東京裁判で
有罪判決を受けた日本の政治と
軍の主導者たち28人の中に含まれている。
●靖国神社は150年以上前に設立されており、
アジアの人々は日本の軍国主義者たちが
それを侵略戦争のシンボルとして
どのように使われてきたのかをよく知っている。
戦争犯罪者を崇め奉っているのを
見せつけられるのは非常に侮辱的なことだ。
●彼らは第二次大戦中に無数の人々に
無情の苦しみを与えたことにたいして
有罪を受けたのであり、安倍氏の訪問により中国や韓国、
そして国際社会から強い非難が起きているのは
不思議ではないのだ。
●靖国参拝は単なる日本の国内問題や
日本の政治家にとっての個人的な信条の問題ではない。
しかもこれは日中・日韓問題というわけでもない。
その底で試されているのは、
日本が本当に信頼に足る存在なのかどうかという点だ。
●今回の参拝は日本の態度や軍国主義、侵略、
そして植民地支配の歴史について、
重大な疑問を投げかけるものだ。
ここで問われているのは、日本のリーダーが
国連憲章の目的と原則を守り、
平和を保とうとしているのかどうかという点だ。
●これは侵略と非侵略、善と悪、それに光と影の選択だ。
残念なことに、安倍氏は軍国主義が
日本で再び出てきていることをあらわしてしまったのだ。
●安倍氏がいままで行ってきたことが何よりの証拠だ。
2012年に政権を握ってから、
彼は熱心に正義と民主制度、それに平和と対話を口にしている。
ところが実際の行動は逆で、
彼は日本の過去の軍国主義の過去を悔い改めていないし、
それにたいして
謝罪をしようという姿勢も見せていない。
●彼は自国が「侵略者」だったかどうかさえ
公式に疑問を表明しており、
自国の侵略と植民地支配の歴史を
最大限美化しようとしている。
●2013年5月に安倍氏は中国と韓国にたいして7
31という数のついた戦闘機に乗ったところで写真に収まっている。
これは中国で人体実験をしていた
悪名高い生物実験をしていた部隊の名前だ。
●このような前例があるために、
世界は彼にもっと注意すべきであった。
安倍氏はアメリカに押し付けられた
戦後の平和憲法の改正を望んでいる。
同じような注意は彼の同僚の副総理である
麻生太郎氏にも向けられるべきだ。
彼は日本が「ナチス・ドイツから
憲法改正のやり方を学ぶことができる」と述べた人物だ。
●安倍氏は中国が脅威であるというイメージを
熱心に広めようとしており、これは争いの種を
アジア太平洋地域の国々の間に植えつけるものであり、
地域の緊張を高め、それによって
日本の軍国主義を復活させるための
便利な口実にしようとしているのだ。
●去年のことだが、私はある新聞の記事で
東シナ海の尖閣諸島についての重要な原則について説明した。
そして日本の挑発には深刻な結果が
待ち受けていることを指摘している。
●私の見立てでは、今回の安倍氏は靖国参拝によって
瀬戸際外交を続けている。
これによって日本の過去の戦争犯罪の記憶に火をつけたのだ。
●われわれは歴史の例から、戦争に負けた国は
二つの選択肢に直面することを知っている。
一つはドイツのように、軍国主義を真摯に反省して謝罪することだ。
ドイツのアプローチは地域の安定と世界平和に貢献しており、
世界全体から尊敬を集めている。
●もうひとつの選択肢は、過去の侵略を否定し、
軍国主義を再び台頭させて
戦争の脅威となることだ。残念なことに、
安倍氏の行動は彼がこの二つ目の選択肢を
好んでいることをあらわしている。
彼はどうやら日本を危険な道へ引き釣りこもうと
決心しているようなのだ。国際社会は警戒すべきであろう。
●来週には「鉄道員」(The Railway Man)
という映画が公開されるが、これは史実をベースにしたものだ。
これは第二次大戦におけるイギリスの戦時捕虜が
日本兵に拷問を受けたという悲劇的な内容なのだが、
日本側が与えた苦痛だけでなく、
日本兵が自分の過去に悩まされるという話でもある。
彼の救済は深い反省と懺悔によってのみ贖われる、
というものだ。
●中国とイギリスはともに戦争を戦った同盟国同士である。
われわれの兵隊は肩を並べて日本の侵略者たちと戦ったのであり、
莫大な犠牲を払っている。この戦争から68年がたったが、
日本の中には戦争犯罪の良心の呵責を全く見せない
頑固な人間がつねに存在している。
彼らはそのかわりに歴史を再解釈しようとしているのだ。
●彼らは世界の平和にたいする深刻な脅威である。
中国人はこのような試みを許すわけにはいかないだろう。
私はイギリス人と平和を愛するすべての人々が
この事態に無関心ではいられないと確信している。
●中国とイギリスは、共に第二次大戦の戦勝国である。
われわれは人類にとって偉大な利益をもたらした
戦後の国際秩序の構築ににおいてカギとなる役割を果たしたのだ。
われわれ二国は、平和的な戦後の総意を無効化し、
国際秩序に挑戦しようとする
いかなる言葉や行動にたいする反対を、
国際社会に働きかけるという共通の責任がある。
●われわれは共に国連憲章を遵守し、
地域の安定と世界平和を保護することに務めるべきである。
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いかがでしょうか。
ずいぶんと荒唐無稽なことを書いているなぁ、
とお感じになった方も多いかもしれません。
しかし、我々にとって重要なのは、
ここで単純に「何を言っているんだ!」
と感情的に反発することではありません。
孫子に「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」
にとあるように、
この大使(というか北京政府のエリートたち)が、
日本に対してどのようなロジックで、
この「世論戦」を展開しているのか?
を冷静に分析することではないでしょうか。
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このような観点で上の論文を読んだ時に、
私がとくに気になったのは、
この大使が日本を批判する際に、
以下の四つの点を強調したところです。
1,日本を「悪魔化」する
冒頭のハリーポッターの喩えからもわかるように、
この大使は、
「”戦争犯罪人”が祀られているような
靖国神社を崇めている日本人」=「悪」
といった印象操作(スピニング)につとめております。
加えて、安部首相が搭乗した戦闘機の番号を
731部隊と関連付けて紹介した、
韓国メディアの意図的な報道をわざわざ持ち出してみたり、
麻生副首相の「ナチスドイツに学べ」発言などを
絡めてくるような点でも顕著です。
「侵略と非侵略、善と悪、それに光と影の選択」
というコメントに至っては
極端な二元論を使った噴飯ものなのですが、
国際政治の複雑性というものを
あまり理解していない人(とくにアメリカには多い)には、
実にわかりやすい議論であるために、
思ったより浸透しやすいものであると言えるでしょう。
2,普遍的価値観を強調
上記とも関連してきますが、中国側としては、日本が、
靖国問題のような「ローカル」な価値観によって
突き動かされている「野蛮人」であり、
自分たち(中国)は世界全体が目指している
「グローバル」で普遍的な価値観を守ろうとしている、
ということを匂わせております。
そして、その際に中国側が利用するキーワードが
「軍国主義」や「平和を乱す侵略者」のようなもの。
私がとくに注目したのは、「国連憲章の理念」を強調した点です。
これはどういうことなのかというと、
中国側としては、
「この件は、安倍首相の個人的な信条の問題ではない。
しかもこれは日中・日韓問題というわけでもない。
この件日本が問われているのは、
日本が国家として、本当に信頼に足る存在なのかどうか?
という点なのだ!」
と主張することで、この靖国参拝の件を
単に、一国の首相の主義・信条や
東アジアの2国間の問題という、狭義の問題から、
広く国際社会全体に関わる、ある意味で"普遍的な"問題へと、
論点を(強引に)拡大せんとして、巧みに誘導しているわけです。
中国の狙いは、単に「軍事」面や「経済」面の話しではなく、
”戦略の階層”で視たところの上位概念、
つまり、「倫理」的や「価値観」の側面での闘いで、
優位に立とうということなのです。
「日本には道徳的な価値はなく、国際社会の敵である!」
ということを、国際社会に対して強くアピール(=プロパカンダ)
しているわけです。
3,読者を味方(この場合は主にイギリス人)に引き入れる
これは「中国とイギリスはともに戦争を戦った同盟国同士である」
「共に第二次大戦の戦勝国」という記述からも明らかです。
実際のところ、これはハッキリ申しまして「嘘」なのですが、
(日本が戦ったのは今の台湾政府の政権である国民党)
読者を中国側の主張に同調させようという意味では、
非常に上手いやり方だな・・・と思わざるを得ません。
現実問題として、エリート層を含めた一般的なイギリス人にとっては、
「東アジアの歴史」等には、実際のところ、大した関心はありません。
そういう状況の中で、イギリスと中国は「一緒に戦った」
とはとても言えないとしても、中国側から、
「英中は一緒に”悪”の大日本帝国と戦ったよね!」
と心地良い言葉を聞かされて、それをわざわざ否定することは、
よほどの理由がなければ、まずありません。
4,国際秩序
読者の皆さんにはもはや言うまでもないことですが、
第二次大戦後に構築された「世界秩序」なるものは、
戦勝国側の論理で造られたものです。
日本が闘って敗れたアメリカはもちろんですが、
日本の敗戦によって、イギリスや中国も、
結果的に「対日戦勝国」となったわけです。
そして、この「戦後の世界秩序」というものは、
当たり前のことですが、「戦勝国側」にとって
非常に都合の良いものです。
日本の安倍首相が、第一次政権の時に主張していて、
おそらく、その信念は変わっていないと思われる、
「戦後レジームからの脱却」という思想・信条は、
「戦勝国」(=事実上、国連安保理の常任理事国とも言える)
の側からすれば、自らの権益を脅かす、危険極まりない思想でもあります。
日本(の安部首相)が含意しているような話は、
「戦勝国側」が維持している「秩序」とは異なる
「新世界秩序」(New World Order)を作るといった、
非常に警戒すべき事態の出現にもつながり兼ねません。
現実的にガッチリと握っている利権を、
みすみす逃すようなマヌケなことをする国家は、通常、ありませんので、
この点においては、中国とイギリスの利害は
(ウソに固められていながらも、一応は)一致しているわけです。
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ということで、この中国大使は以上のような
四つの点を強調するような議論を組み立ていたわけですが、
いずれもかなり怪しい、いわば「プロパガンダ」
と呼べるようなものでしょう。
このブロマガがテーマとしていることは、
「地政学」「リアリズム」「プロパカンダ」の正確な理解、
ということですが、
この「プロパカンダ」というものが、
国際政治を視る上で極めて重要な概念であることは、
読者の皆さんならば既によく分かっていることと思います。
そして、私が最近強く思うのは、
私達ひとりひとりが、これからの弱肉強食とも言える
この厳しい現実を生き延びてゆく戦略の中に、
いわば「セルフ・プロパカンダ」を導入してはどうだろうか?
ということです。
この点については、今後、議論してゆきたいと想っております。
( おくやま )
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