中国の膨張を"善悪"で考えるという"愚"
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現在、日本国内で、
安全保障関連での大きな関心事の一つは、
なんといっても、集団的自衛権の件をどうするのか?
ということではないでしょうか。
これについては、安倍政権が私的な諮問機関として、
「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」いわゆる「安保法制懇」
という有識者会合を開催して議論しています。
そして、今回の座長代理をつとめているのは北岡伸一氏です。
彼は現在の日本の安全保障研究の「ドン」とも言える人物であり、
そもそもは歴史家で、昭和陸軍の歴史を書いて名を成した人です。
彼は基本的には、いわゆる「パンダハガー」的な、
中国に対して、どちらかといえば
リベラル寄りな発言を繰り返してきた人物である、
というのが、私が北岡氏に抱く印象です。
ところが、その北岡氏が、
読売新聞(9月22日付1面)の意見記事の中で、
反中的とも取れる意見を書いておりました。
その概要をざっくりとご紹介すると・・・
日本が現在直面しているコンテクストを構成している
「五つの条件」を検証し、
それを中国側にも当てはめて比較検討してみた、
という主旨です。
北岡氏はこの意見記事のなかで、
「日本が自衛力強化の議論をしているのに、
すぐに“いつか来た道”と言い、戦争につながると批判する人がいる」
として、"批判する人々"(おそらく、日本の平和原理主義の左翼陣営)が
日本が第二次大戦に参戦するに至る、
そのそもそもの原因を全く考えたことがないからではないか?
と、いくぶん挑発的な指摘をしております。
そして、その当時の状況と、
現在の日本のおかれた状況を比較して、
その違いを浮かび上がらせてくれる
「五つの条件」として、
・地理的膨張が国家の安全と繁栄を保証するという考え
・相手は弱い、という認識
・国際社会は無力であり、制裁する力はない、という判断
・軍にたいする政治のコントロールの弱さ
・言論の自由の欠如
を挙げています。
要するに、北岡氏は、
「戦前の日本は、この五つの条件にすべて“イエス”で当てはまった」
と分析しているのです。
確かに、日本は満州を獲得することで、
ロシアからの侵攻を防ごうと画策していただけでなく、
そこには、当然、経済的なチャンスも見出していました。
そして、当時の軍部は、中国の軍閥を見下していた・・・という話もあり、
北岡氏が指摘する上記の五つの条件には
たしかに「イエス」と言えるものばかり。
そして、北岡氏は、現在の日本は、
この「五つの条件」については、すべて"ノー”と言える状態にある、
と主張しています。
実際のところ、日本は拡大主義が安全につながるとは思ってはおらず、
相手(中国など)をそこまで舐めているわけでもなく、
自衛隊のシビリアンコントロールはしっかり効いています。
更に北岡氏は、
現在の中国は上のすべての条件に「イエス」となり、
戦前の日本に近い状態であるとして、
警戒すべきは中国のほうであり、
だからこそ、日本は防衛的な意味において
粛々と防衛に関する法的な議論を進めるべきだ
という主旨のことを述べています。
具体的に引用すると、
「日本がかつての愚を繰り返さないようにするというのは当然・・・
今、考えるべきことは、日本に侵略された中華民国の側に逆に身を置き、
不当な侵略をどう防ぐか、
より効果的な自衛のためにどうすればよいのかということである」
(9月22日付『読売新聞』朝刊:「地球を読む」より)
というコメントを載せているのです。
単純にいえば、昔の日本が「愚」で中華民国に「義」があり、
今は中国が「愚」で日本に「義」がある、という感じですね。
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さて、今回の「アメ通」の本題です。
それは、「中国の拡大傾向」といったトピックを分析する際に、
どのようなアプローチを取るのか?ということです。
もちろん、中国の拡大について、北岡氏のように
戦前の日本と現代の中国を比較するというアナロジーを使うのも
とても面白い手法です。
しかし、政治科学的な手法として、
私がぜひ「アメ通」読者の皆さんに認識しておいて頂きたいのが、
何と言っても、私が翻訳をした、
シカゴ大学のミアシャイマー教授の理論です。
このジョン・ミアシャイマー教授については、
わざわざここで説明する必要のないくらい、
アメリカおよび世界の国際関係論の学者の間では、
知らない人のいないくらいの超有名な、
最もハードコアな「リアリズム学派」の学者です。
この"筋金入りのリアリスト"が、
なぜか日本ではあまり知られていないのですが、
彼はかなり以前から、中国拡大脅威論について論じており、
ここ数年の間にも、中国拡大論について
世界中のあらゆるところからスピーチを頼まれているようです。
余談ですが、
「なぜ中国の脅威を一番感じているはず日本が、私を呼んでくれないんだ?」
と、ミアシャイマー教授がこぼしている・・・ということを、
とある筋より聞いています。
さて、このミアシャイマー教授の「中国拡大論」の分析の手法は、
北岡氏の「五つの条件」という分析とはまったく違うアプローチで、
特に、「リアリズム」を理解している「アメ通」読者の皆さんにとっては、
非常に興味深いのではないでしょうか。
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まず、ミアシャイマー教授は、
中国は人口も軍事力も経済力も大規模な
「大国」(great power)であり、
そのような大国は拡大的な政策をとらざるをえない、と断言します。
つまり、「大国は拡大する」ということであり、これが彼の理論の核心です。
では、日本はなぜ拡大しないのか。
それは日本が「大国」ではないからだ。
彼はこのように冷酷に、
国際政治の"身も蓋もない"現実を分析するわけです。
そして、拡大する大国は何を目指すのかというと、
まずは地域覇権を目指す、というのです。
それでは、中国にとっての地域覇権とは何か?というと、
単純にいえば「東アジアの覇権」。
そして、ここで最も重要なのは、
その地域から他の大国の影響力を排除することである。
東アジアの「他の大国」といえば、それはアメリカのことであり、
一歩下がったところに位置するロシアのこと。
これが大国である中国にとっては
非常に「自然なこと」である。
ミアシャイマー教授はこのように指摘します。
さて、如何でしょうか?
このような論理を聞くと、日本の識者たちは
「中国の拡大は悪い」といった「価値判断」をしがちです。
実際、前述の北岡氏の議論でも、
「(戦前の日本のように)現在の中国の拡大は悪いことだ」
という認識が通底していることが伝わって来ます。
前述したように、
今は中国が「愚」で日本に「義」がある、という点です。
ところが、ごりごりの「リアリスト」であるミアシャイマー教授は、
中国が拡大するのが「善いか悪いか」「それが愚か義か」という、
余計な「価値判断」は一切入れていない、
という点にお気付きでしょうか?
感情論を徹底的に排して、
あくまでも国際システムの物理的な「メカニズム」として、
「あー、でも中国さんは、否が応でも拡大しちゃうんですよねー」
と、冷静に冷酷に分析しているのです。
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このように学問的なアプローチが違ってくると、
同じ「中国の拡大」という現象一つをとっても、
その捉え方や説明の仕方に面白いほど違いが出てくるのです。
もちろん、私自身は、
「余計な価値判断」というものを挟まない国際政治の判断
というものを"学問として"叩きこまれてきた人間なので、
ミアシャイマー教授の判断の仕方がしっくりと腑に落ちます。
「リアリズム」をどう捉えるのか?
ということについては議論が色々ありますが、
ミアシャイマー教授のように、
「そこに余計な価値判断は一切含まない」
という透徹した視点があるのが、
「リアリズム」の特色の一つです。
ミアシャイマー教授は、今回お話した以外にも、
中国拡大について面白いことを言っています。
例えば、
「中国は東アジアの覇権を狙っている。
なぜなら、同じ大国であるアメリカも、南北アメリカの覇権を狙っていて、
それを19世紀末までに達成したからだ」
これはつまり、
「我々アメリカがやったことを、これから中国がやろうとしているだけですよ~」
ということですね・・・。
繰り返しになりますが、国際政治を考える時に、
善悪といった「価値判断」を持ち込まずにアプローチすることで、
かなり新鮮な分析や視点が得られるのです。
そして、「リアリズム」系の学問の真骨頂はまさにここにあって、
私たち日本人が、今、必要としているのもこの視点なのです。
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