人間には「格」というものがある。面と向かったとき理屈を超えて圧倒されるのは、わたしの場合、「武士」だ。もっと限定すれば、三船敏郎演じる素浪人だ。こういう人に何を言っても軽蔑されそうな気がする。
だが、わたしの父方をたどっても母方をたどっても先祖に武士はいない。どこかで武士と不倫して生まれた子だったというのが唯一の希望だ。だが先祖に頼るなど、しかも先祖の不倫に頼るなど、武士としてあるまじき態度だ。素浪人に一刀のもとに切り捨てられても不思議ではない。
ただ、わたしは武士でもなく食後でもないのに「武士は食わねど高楊枝」を実践し、質実剛健を心がけ、真冬でも素足にサンダルで通している(暖房のきいた施設の中では)。だが最強の寒波の最中に、素足で外出すると老いの身に何が起きるか分からない。靴下と靴をはき、背中にカイロを貼り、か弱い身体に鞭打って凍てつく寒空の下に出ると、生まれて間もない雛鳥がいきなり冷凍庫の中に入れられたようだ。荒野の素浪人になったら一日ももたないと確信した。だがそれで終わりではなかった。

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