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石のスープ
定期号[2013年2月6日号/通巻No.106]
今号の執筆担当:渡部真
今号の執筆担当:渡部真
■モヤモヤした気持ち
「あなたは原発問題だけで都知事を選びますか」
2月2日、新聞各紙にこんなキャッチコピーの意見広告が掲載された。ジャーナリストの櫻井よしこ氏の大きな顔写真も添えられている。広告主は「公益財団法人 国家基本問題研究所」(理事長は櫻井氏)で、読売、朝日、日経、産経の各紙紙面に掲載されたという。
この意見広告によると「原発の賛否を都知事選の唯一の争点としてしまってよいのでしょうか」「少子高齢国家日本の首都には数多の課題が山積しています。成熟国家の首都の選挙がポピュリズムにまみれる事を懸念しています」とある。
一方、作家の落合恵子さんは、「都知事選は一つの自治体首長の選挙だけではなく、もっと深くもっと広い意味でこの国の国政をも左右するものでもある」とした上で、「脱原発・反原発をシングルイシューという事が間違っていると思います。脱原発・反原発を通して私達は、今の原発推進社会が持っているところの、支配と被支配の構造を変えていく。そういう意味では、福祉も他もみんな同じテーマだ」と位置づける(2月3日「原発都知事選候補に統一を呼びかける会」記者会見より)。
「脱原発を地方選挙で争点にすべか」というのは、この都知事選が告示される前から常にメディアで話題にされている。しかし、すでに選挙はスタートし、主要候補のなかで、元日弁連会長の宇都宮健児氏と元首相の細川護煕元氏がともに「脱原発」を重要政策として訴えており、東日本大震災から続く「脱原発」の意識が都民にとってどれほど重要視されているか、この選挙で問われているのは間違いないだろう。
【THE PAGE】2月4日
「東京都知事選」候補者 政策ごとのスタンスは <原発政策への対応>
http://thepage.jp/detail/20140204-00000010-wordleaf
話は変わるが、今回の都知事選は、何かもう一つスッキリとしない。スッキリしないという気持ちを持っている人は多いようで、前述の落合恵子さんは会見の中で「こんなにも選挙が人を傷つけるなら、関わっていかなければいけないけど、少し距離をおきたいと思わされるようになった」と吐露している。昨日配信した本メルマガの渋井さんの記事も「悩める東京都知事選」というタイトルになった。
津田大介さんが主宰する政治オピニオンサイト『ポリタス』に投稿された記事からは、幾人もの言論人が同じような気持ちを感じていることがうかがえる。Twitterで津田さんから流れてくる大量の感想リツイートも、ポリタス読者達が迷っている様子を伝えている。
落合恵子さんのように「脱原発」を長く訴えてきた人達は、「脱原発」運動が宇都宮候補と細川候補の支持で分裂していることを憂いている。
石原・猪瀬都政、あるいは自民党・安部政権に辟易している人達は、自民党から推薦を受けた舛添要一氏には抵抗を感じながらも、「宇都宮では舛添に勝てないが、だからと言って細川に投票して後悔しないか」と考える。細川候補の最大の支援者が、元首相の小泉純一郎氏であるため、仮に細川氏が都知事になって「脱原発」に近づいたとしても、他の施策で新自由主義や市場原理主義が拡大されることを懸念している。
都知事選で「脱原発」を争点にされていることに不満や戸惑いを感じている人達も少なくないだろう。各報道機関の世論調査を見ると、「脱原発」よりも経済や福祉などの政策を重視したいと考えている都民が多いという結果が出ている。
僕としても、色んな意味でスッキリとしない選挙になった。
いくつか理由があるが、そのうち一つは落合さんと同じような感覚だ。労働問題などについても深く取材して来たジャーナリストの鎌田慧さんが、「脱原発」だけで細川候補を積極的に応援していることも気になる。細川候補のこれまでの政治姿勢を見ていると、鎌田さんがこれまで社会に問い続けてきた問題に対して、細川氏が誠実に取り組むとは考えにくいからだ。
また、宇都宮候補の「脱被ばく政策」も大いに失望させられた。
【facebook】1月27日
宇都宮候補の「脱被ばく政策」について
https://www.facebook.com/makoto.watabe/posts/586135654797597
■シングルイシューだっていい!
そもそも「シングルイシュー」で投票することは悪いことなのだろうか?
ジャーナリストの江川紹子さんは、『ポリタス』のなかで、小泉氏の選挙戦術に疑問を投げかける。
【ポリタス】1月25日
江川紹子「二元論は危ない」
http://politas.jp/articles/40
江川さんは、小泉氏が「原発ゼロでも日本は発展できるというグループと、原発なくして日本は発展できないんだというグループとの争いだと思う」(1月14日、出馬表明会見にて)と発言したことを受けて、「意見が異なる相手にネガティブな極論のレッテルをぺたりと貼りつける、お得意の二元論」と批判。そして、二元論によって言論が分断され「白か黒か、敵か味方か、正義か邪悪か」という単純化された社会に危機感を感じていると書く。
「私は、こういう思考の単純化や無思考は、本当に危ういと思う。極端な二者択一の果てに、気がついたら思いもしなかったところに着いていた、ということになりはしないか、と恐れる」(『ポリタス』より)
小泉氏が首相時代に「郵政民営化」を問うて強行して解散した2004年の衆院選挙。「郵政民営化に賛成か反対か」と一方的に問われた有権者は、小泉政権に委ねた。小泉自民党が圧勝したこの選挙の後、衆院の議員数を背景に爆発的な小泉人気に乗じた自民党が暴走し、民主党への政権交代へと繋がった。郵政民営化以外の政策は、ほとんど争点にならなかったにもかかわらず、自民党は「自分達は国民に信任を受けている」と正当性を主張して国会が混乱した事は、有権者の記憶に残っているはずだ。
そうした有権者は、「脱原発」というシングルイシューだけで都知事を選ぶことに強い抵抗を感じざるを得ないだろう。
ただ、僕はシングルイシューが必ずしも悪いとは思わない。
乱暴な言い方かもしれないが、どんな理由で投票しようとも、そんなものは有権者の勝手なのだ。「脱原発」で決めるも良し、他の政策を一つだけ評価して決めるも良しだ。もしも読者の中で、「一つの政策だけで投票するのはいけないことなのかな?」と戸惑っている人がいれば、大いに自信を持って投票すればいい。
落合さんが「脱原発はシングルイシューの問題ではない」というのも、江川さんが「二元論は危ない」というのも、本質的にはあまり変わらず、「どんな理由で選ばれた為政者であろうとも、有権者は全てを白紙委任しているわけじゃないぞ」「自分達が選んだ政治家でも、暴走しないように監視し続けるぞ」という意識を持つことが大事。二人の言葉を、勝手にそう解釈している。
■誰が都知事でも地方への押しつけは止まらない
この都知事選は、猪瀬前知事が利害関係にある医療組織から不透明な資金提供を受けていた事による、突然の辞任劇から始まった。当初僕は、今回の選挙はシングルイシューで投票する候補者を選ぼうかと考えていた。
それは、原発によって排出されるいわゆる「核のゴミ」について、東京都としてどう考えるかというテーマだ。
現在の日本で、貯蔵・処分が必要な「核のゴミ」は、原発稼働による使用済み核燃料、今後進められる原発の廃炉による廃棄物、そして、東京電力・福島第1原発事故による汚染された土壌などの除染廃棄物の3種類に大別できる。
今後の日本社会が原発に依存しようと、脱原発を実現しようと、こうした「核のゴミ」をどうするかは喫緊の課題である。
【毎日新聞】1月31日
原発依存か、脱原発か: 原発のごみの捨て場所はあるのか?
http://mainichi.jp/ronten/news/20140131dyo00m010033000c.html
【毎日新聞】1月28日
楢葉町長、中間貯蔵施設で県に要望書/事実上の白紙撤回
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20140128ddlk07040276000c.html
これまで日本で最大の電力消費地である東京は、こうした「核のゴミ」問題には関心を持たず、青森県六カ所村に代表されるように産業振興がままならない地方の過疎地域に押し付けてきた。
そもそも、福島と新潟に東京電力の原発があるのも、東京や関東の消費する電力を供給するためだ。関東では広い敷地を確保することが困難だったこともあるが、多くの住人が反対するような原発施設を、財政難に苦しむ過疎地域が受け入れてくれたからこそ、都民は原発による電力供給が受けらてきた。
しかし、東日本大震災に伴って起きた原発事故は、日本社会に、そうした地方押しつけのあり方を見直す事を突きつけた。落合恵子さんが言う「支配と被支配の構造の変革」が、都市と過疎地域という側面でも求められている。
震災から3年が過ぎようとするなかで東北では復興が進められ、他の地域では次の震災の備えが着々と進みつつ、6年後には東京オリンピックが開催される。その間、日本各地でかなり大きく地域の再生・振興が進むはずだ。本格的に、今後の日本社会の構造について真剣に考えるべき時期だと考える。
だからこそ僕は、この都知事選で、「地方押しつけの都政にSTOP!」という政策を大きく掲げる候補者がいれば期待したいと思った。その象徴として「核のゴミ」をどうすべきか、ぜひ候補者に聞いてみたかった。
【TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」】2月5日
都知事選挙候補者への公開質問状 回答編
http://www.tbsradio.jp/ss954/2014/02/post-243.html
この番組アンケートの「都知事として、東京都で最終処分場や中間貯蔵施設を引き受ける可能性はありますか?」という質問に対し、細川候補などは「ない」と明確に回答し、舛添候補と宇都宮候補は態度を保留した。
細川候補は1月22日の出馬会見のなかで、同様の質問に対して「東京は当然、ある意味で負担しないといけない」と回答していたが、発表された政策には具体的な提言はなく、その後も僕が探した範囲では具体的言及はない。街頭演説やインタビューでも確認できなかった。上記アンケートへの回答を、正式な方針と考えていいだろう。
この回答で個人的に失望を感じるのは、やはり細川候補と宇都宮候補だ。「脱原発」を掲げるなら、東京の安全だけを訴えても、日本社会の構造的な変革は期待できない。
なぜ原発のない東京の知事選で「脱原発」を政策として訴えるのかといえば、それによって東京という日本最大の「地方」から、日本社会のあり方を「国」に訴えるためのはずだ。それならば、東京の消費した電力によって生じた「核のゴミ」、東京に電力を供給し続けた福島で扱いに困っている除染廃棄物、それらに対して、東京がどんな責任を負うのかという点まで言及しなければ、無責任ではないか。
もちろん、本当に処分場を東京に作るとしたら慎重な議論が必要だろう。だから今の時点で「東京に処分場を作る」と言及できないのは理解できる。しかし、せめて地方に押し付け続けてきた問題に対して積極的に解決して行く姿勢を見せて欲しかった。
主要候補者のなかに、そうした姿勢を示す人物がいなかったのは残念としか言いようがない。
■やっぱりシングルイシューでは選べなかった
ということで、僕は今回の都知事選も、シングルイシューで決めることはできず、結局は、いろんなことを加味しながら選ぶしかなくなった。
以前の記事でも書いたが、僕が投票する際に考えるのは、ふわっとした言い方をすれば「民主主義や平和を大事にしてくれる人物かどうか」だ。そのために、過去の発言、政治的行動、支援政党などを参考にする時もあるし、個別の政策を吟味する時もある。
そういう意味では、 元航空幕僚長である田母神俊雄氏は論外と思ってる。同様に、自民党に対しても同じように考えている。例えばこんな調査がある。
【毎日新聞】1月28日
都知事選 ヘイトスピーチ「やめるよう説得すべきだ」41%
http://mainichi.jp/feature/news/20140128mog00m010002000c.html
在日韓国人に対するいわゆる「ヘイトスピーチ」について、自民支持者の50%が「問題ではない」と回答し、「やめるよう説得すべきだ」の32%、「取り締まるべきだ」の13%を上回っている。こうした民主主義を冒涜するような行為を是とする支持者に支えられている候補者や政党に対して、僕は自分の票を投じることができない。
個別な政策だと、やはり教育問題や子供に関する問題にどのように取り組むか、僕にとって重要なテーマだ。
例えば、東日本大震災以降、地域の防災拠点として学校が改めて見直されているが、小さな子供達の安全を守るべき学校が、地域全体の防災拠点になることが正しいかどうかの議論は、世間的にはあまり注目されない。しかし、僕が東北で取材した現場でも、学校教育という視点で考えれば学校が防災拠点となることに疑問を持つ教職員たちは多い。もともと教育関係者の間では疑問の声も大きかったが、震災で災害現場の最前線にあった実体験は、それまで以上に切実な声となった。にもかかわらず、政府の方針もあり、日本社会全体では、地域防災における学校の位置づけがむしろ全体的に高くなっている。
本来、「教育の独立」ということから、都知事が具体的に教育問題に関与するのは好まれない傾向にあるが、地域防災と学校のあり方などは、まさに知事の政策として相応しいテーマだ。
将来的なこととはいえ、こんな問題に切り込んでくれる都知事の出現を期待したいところだが、これまた残念ながら、この問題に触れている主要候補者はいなかった。
【ベネッセ】1月23日
公立学校の9割が避難所指定、でも「防災機能」は……
http://benesse.jp/blog/20140123/p2.html
このほか、現在かかえている東京の教育・子育て課題はいろいろあって、一つひとつを説明していると誌面がたりない。いくつかリンクを貼っておくので、興味のある人は読んでほしい。
【ベネッセ】1月29日
教育委員会の改革、首長との関係はどうなる
http://benesse.jp/blog/20140129/p4.html
【毎日新聞】2月5日
教育行政の最終責任者を教育委員会から自治体の首長に変更する事に賛成?反対?
http://senkyo.mainichi.jp/news/20140205mog00m010007000c.html
【朝日新聞】1月7日
都立の小中高一貫、白紙に 猪瀬氏の「肝いり」構想
http://www.asahi.com/articles/ASG173FX1G17UTIL008.html
【ハフィントンポスト】2013年11月29日
「土曜日授業」文科省が推進へ
http://www.huffingtonpost.jp/2013/11/29/saturday-school_n_4358287.html
【ハフィントンポスト】2013年12月13日
朝鮮学校生への学費補助/東京都は率先して削減、神奈川県は復活へ
http://www.huffingtonpost.jp/2013/12/12/korean-school-debt_n_4430731.html
【ハフィントンポスト】2月4日
「保育園一揆」から1年、待機児童問題の現状
曽山恵理子さんに聞く「首都の争点」
http://www.huffingtonpost.jp/2014/02/03/tochiji-taikijidou_n_4720496.html
【毎日新聞】2月5日
保育所探しの親、迅速に待機児童対策も
「フリーランスの人でも働きやすい社会に」
http://mainichi.jp/select/news/20140206k0000m010063000c.html
さらに、今ちょうど目を患っており、持病の喘息の事などを考えると医療福祉についても注視したい。普段は福祉と縁のない生活をしていても、いざ家族が重い病気にかかったり介護が必要になったりした時には、行政の福祉政策が途端に身近な存在になる。
また、労働問題など自分がこれまで関心を持ってきた分野も含めて、各候補者がどのように考えているか政策を見比べた。本稿では、主要候補者のマイナス面を指摘したが、それぞれの候補者のなかには、興味深い政策も少なくない。
で、実は、すでに期日前投票に行って一票を投じてきた。ただ、誰に投じたかを公表するつもりはない。
(ここから先は、毎度毎度、同じようなことを言うんだけど……)
兎にも角にも、まずは投票に行こう!
「買わない宝くじは当たらない」と同じで、選挙権を行使しないで待ってるだけでは、自分の期待する政治なんていつまで待っても現れない。
シングルイシューで決めてったいい。何となく信用できそうな人物を選んでもいい。僕のように、試行錯誤しながら決めたっていい。消去法で、この人にはなって欲しくないと思う人を削っていく方法でもいい。とにかく一人だけ選ぶ。
そして、仮に自分の期待する選挙結果にならなくても、けっして絶望しない。
選挙の結果で生まれる政治は、数年後の未来を決めること。未来に絶望をしてしまったら、これから生きて行く自分自身にも、未来を背負って行く人達にも希望がなくなってしまうから。
「2014年2月9日執行 東京都知事選挙」には、以下の16人が立候補しています。
(立候補届け出順)
ひめじけんじ(ひめじ・けんじ)/61歳
宇都宮健児(うつのみや・けんじ)/67歳
ドクター・中松(どくたあ・なかまつ)/85歳
田母神俊雄(たもがみ・としお)/65歳
鈴木達夫(すずき・たつお)/73歳
中川智晴(なかがわ・ともはる)/55歳
舛添要一(ますぞえ・よういち)/65歳
細川護熙(ほそかわ・もりひろ)/76歳
マック赤坂(まっく・あかさか)/65歳
家入一真(いえいり・かずま)/35歳
内藤久遠(ないとう・ひさお)/56歳
金子博(かねこ・ひろし)/84歳
五十嵐政一(いがらし・まさいち)/82歳
酒向英一(さこう・えいいち)/64歳
松山親憲(まつやま・ちかのり)/72歳
根上隆(ねがみ・たかし)/64歳
また、各候補者の公約などが掲載されている「選挙公報」は、以下のURLからダウンロードできます(PDFファイル)
【関連記事】
渋井哲也(2014年2月5日号)
「悩める東京都知事選。誰に入れる? それとも……」
http://ch.nicovideo.jp/sdp/blomaga/ar452802
太田伸幸(2014年2月7日号)
「どちらにしようか……」
http://ch.nicovideo.jp/sdp/blomaga/ar455059
村上和巳(2014年2月8日号)
「帯に短し、たすきに長し」
http://ch.nicovideo.jp/sdp/blomaga/ar455951
渡部真(2014年2月9日号)
「各候補者は『警報』にどう対応したか」
http://ch.nicovideo.jp/sdp/blomaga/ar456001
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渡部真 わたべ・まこと
1967年、東京都生まれ。広告制作会社を経て、フリーランス編集者・ライターとなる。下町文化、映画、教育問題など、幅広い分野で取材を続け、編集中心に、執 筆、撮影、デザインとプリプレス全般において様々な活動を展開。東日本大震災以降、東北各地で取材活動を続けている。震災関連では、「3.11絆のメッセージ」(東京書店)、「風化する光と影」(マイウェイ出版)、「さよなら原発〜路上からの革命」(週刊金曜日・増刊号)を編集・執筆。
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