※今号は無料公開版です。
石のスープ
今号の執筆担当:渡部真
■久しぶりに訪れた仮設住宅に、FM局が出来ていた
福島県には、県庁所在地の福島市、繁華街が賑わっている郡山市、漁業の栄えるいわき市、3つの30万人都市があり、それぞれが周辺地域の経済を支えている。福島は日本で3番目に広い面積で、その経済的な中心地が、ほぼ同じような規模で3つ存在しているのだ。
そのなかで郡山市は、東京の郊外の地域によく似た雰囲気だ。あくまでも僕のイメージでしかないが、福島県の中でもっとも東京の雰囲気に似ていると感じる。市街地の繁華街は、ちょうど東京の町田駅や八王子駅の周辺という感じ。
2011年3月11日の東日本大震災の発生以降、郡山市は沿岸部の被災者たちの避難を数多く受け入れてきた。一方で、郡山市もまた、震度6の地震に襲われた「被災地」だ。全半壊の住宅は約2万戸で、宮城県仙台市、福島県いわき市、宮城県石巻市に次いで、4番目の被害であることは、見過ごされがち。これは、沿岸地域でない内陸ではもっとも深刻な被害だ。上記の3市は、どれも津波被害による影響も大きいのだが、内陸部である郡山市は海がなく、地震による影響が大きかったのだ。
そんな郡山市の市街地の郡山駅から、車で20〜30分ほど走ったところに、富田若宮前仮設住宅がある。
約500戸の住宅は6つのエリアに区切られ、全体で約1000人の避難者が暮らしている。その多くは、原発事故の影響を受けた富岡町、双葉町、川内村から避難している人たちだ。
11月初旬にこの地を訪ねた。昨年の夏以来、約1年2か月ぶりだった。当時はまだ仮設住宅も6〜7割ほどしか完成しておらず、久しぶりに来てみると、集会所やペット(犬)専用の小屋まで出来ていて、ずいぶんと様変わりしていた。
[キャプション]仮設住宅の敷地の外れに設置された
犬専用の小屋。小さな物置くらいのスペースに
区切られている。小さな窓が唯一の明かりの射し口
敷地のほぼ中央には、「おたがいさまセンター」(正式名称:富岡町生活復興支援センター)が作られていた。今年の2月に正式に設置されたらしい。運営主体は、富岡町社会福祉協議会で、被災者同士が助け合い、被災者同士をつなぐためのボランティア活動支援施設として位置づけられている。
喫茶室などもあり、仮設住宅で暮らす人たちの憩いの場になっている。数百人規模の仮設住宅では、こうした集会所のような場所はよく見られるが、社会福祉協議会が運営しているだけあって、ボランティアの受け入れなどが充実しているのが特徴だ。
その「おたがいさまセンター」内に、小さなラジオブースが設けられ、「おたがいさまFM」がラジオを放送していた。
「おたがいさまFM」は富岡町の臨時災害FMだ。この震災で、「臨時災害FM」という言葉を聞いた人も多いだろう。本来、放送局は、公共電波を使用する免許事業だ。総務省などの面倒な手続きを踏まなければ開局する事が出来ない。ところが、災害時の緊急的な情報伝達としてラジオ放送が有効である事などから、「臨時災害FM」は、申請が非常に簡単ですぐに周波数が割り当てられ、開局する事が出来る。実際の現場でどのような申請がされているかは詳しくないが、法律上は、口頭で開局申請が出来る仕組みになっている。そのかわり、あくまでも「臨時」のため開局には期限がある。阪神大震災のときは半年間許可されたが、東日本大震災では最大2年間の放送が認められている。
「おたがいさまFM」は、昨年5月、郡山市にある「ビッグバレットふくしま」で開局した。「ビッグバレットふくしま」は、圏内で最大の避難所となっており、震災直後には最大で約2300人が避難していたと言われている。
昨年末に、佐藤栄佐久・元福島県知事にインタビューした際、ビッグパレットの様子をこう語っていた。
「事故から数か月経っても、郡山の複合施設『ビッグパレットふくしま』には、原発事故から避難してきた方々が避難生活を送っていました。ホールはもちろん、廊下にも段ボールを敷いて生活している人たちがたくさんいました。数メートル四方の小さなスペースに何人もの家族が身を寄せ合っていました。家族が一緒の人ばかりではありません。無料電話のスペースには、行列ができて遠くバラバラになった家族や親族と連絡を取り合っていました。廊下に作られた掲示板には、安否確認のメモや行方不明になった家族を探すメッセージのチラシが貼り出されていました」
この「ビッグバレットふくしま」には、富岡町から避難してきた人たちが多数おり、一時的に町役場の仮設事務所なども設置され、まるで富岡町の一部が一つの施設の中に丸ごと移動してきたような状態だった。
そんなかで開局された「おたがいさまFM」の事情を、ラジオパーソナリティを勤める平岡知子さんが振り返ってくれた。
[キャプション]大阪出身のアナウンサー・平岡知子さん
「今年3月に臨時災害FMとして開局しましたが、もともとは、避難所だった『ビッグパレットふくしま』で昨年の5月末にミニFM局として開局しました。私がボランティアとして参加するようになったのは6月から。その時は、週に1回くらいお手伝いする程度でした」
ミニFM局は、FM周波数を使うものの、微弱無線のために免許申請は要らずに放送する事が出来る。ただし放送法上の放送局でない。ビッグバレットの周囲にいる人たちだけに向けた放送だ。しかし、当時、不安のなかで避難所生活を送っていた人たちを勇気づけたラジオ放送だった。「困ったときはお互いさま。ボランティアを受け入れるだけでなく、被災者自らも活動していこう。人はお互いに必要とされることで生きていることを実感でき、前向きに生きることが出来るから」という思いを込めて「おたがいさまFM」と名付けられた。
ミニFM局としての「おたがいさまFM」は、昨年8月にビッグパレットふくしまの避難所が閉鎖されたのに伴って一度は閉局したが、今年3月に臨時災害FMとして再スタートした。それまでは福島FMでアナウンサーをしていた平岡さんも、再スタートにともなって、正式なスタッフとなった。
「富岡町から避難してきている人たちが暮らしている仮設住宅は、この富田仮設だけじゃなくいくつかあるので、そうした避難所の様子なども取材しています。通常のラジオ局とかコミュニティFMとかなら、メールやファックスでのリクエストや、リスナーからのメッセージとかが届きますけど、『おたがいさまFM』にはぜんぜん届きません(笑)。その代わり、この仮設住宅に住んでいる方々が、放送中にブースを覗き込んでくれたり、仮設住宅から帰ろうとする私に『ともちゃん、お疲れ様!』って声をかけてくれたりして、聞いてくれている皆さんとの距離がすごく近いと感じています」
■仮想コミュニティ空間の可能性
富岡町が、全国で避難生活を送っている町民に対して、タブレット端末を無償で配給している。このタブレットで、「おたがいさまFM」を聞く事が出来るようになっている。
「現在の『おたがいさまFM』の規模では、人員も少ない事もあって、生放送を全国に流す事は難しいので、放送が終わったらすぐに1時間ほどでインターネット上にアップロードしています。それが全国にいる富岡町の方々に聞いていただけるようになっています」
このタブレット端末は、お年寄りでも簡単に使えるようにカスタマイズされている。タブレット端末を起動すれば、富岡町の専用サイトが画面に表示され、そこにある「おたがいさまFM」のボタンを押すと、すぐにラジオを聞く事が出来る仕組みになっている。逆に、一般的なタブレットのように、インターネットやアプリを自由自在に使えるようにはなっていない。誰でも使えるように、機能を限定的にカスタマイズしているのだ。
現在、大熊町、浪江町、飯舘村など、原発事故の影響で地元に帰る事の出来ない町村の自治体が、このタブレット端末を町民・村民に配布する事業を展開している。NTTDocomoが積極的に自治体と連携して事業展開していて、各町村としても、わずかな予算で実現できるために、連携に前向きになっているようだ。今年の秋から急速に展開し、お年寄りの多い同地域の住民たちの間でも、徐々にその利用・普及が広がっている。
富岡町では、総務省の「ICT地域のきずな再生・強化事業補助金」などを活用し、1億1400万円の予算を投じた(ICT=情報通信技術の利活用は、政府が教育や地域活性化のために積極的に推進している事業。総務省が積極的に予算措置を行ない、東日本大震災でも復興予算として積極的に活用されている)。同町は、9月からシステムを開始させ、その時点で3042個を希望する世帯に配布した。9月以降も希望者は増え続け、11月30日現在、全部で3400個を配布。とくに県外避難者からの問合せが増えていると言う。
実は、現在、ある研究機関などと企業が連携し、避難者たちの仮想コミュニティをどのように作り上げて行くかという研究が進められていて、偶然だが、最近になって取材を始めているところだった。いくつもの研究があるので、NTTDocomoの背景までは詳しくないが、こうしたタブレット配布の動きも、そうした研究などと連携した活動の一環だ。
例えば、タブレットを開いて「住民相談・アンケート」のボタンを押せば、簡単に役場への相談事や要望を投稿する事が出来る。「ふるさとカメラ」のコーナーでは、ライブカメラから、警戒区域の様子が見られる事が出来る仕組みになっている。富岡町で言えば、春になれば夜ノ森のきれいな桜並木が、見たい時にリアルタイムで見る事が出来るようになっているのだ。
[キャプション]富岡町夜ノ森に桜並木(2012年4月)
SNSのように、単なるネット上の仮想コミュニティを作るのが目的ではない。仮想空間を利用して、リアルなコミュニティを再構築し、全国に散らばっている福島の人たちを結びつけるのが目的だ。「仮の町構想」のように、物理的に一箇所に集まる事と同時に、その場所にいない人たちに、いかに不自由なく同じ行政サービスを提供できるか、地方行政の新たな試みとして研究機関などが積極的に関与しており、今のところ、行政、企業、研究機関の「官産学」連携が上手く機能している。近い将来、この研究成果が日本の地方行政に与える影響は大きいと、取材中ではあるが僕は感じていて、震災がもたらせた「不幸中の幸い」になればと、注目している。
「おたがいさまセンター」ではタブレット端末の使い方の講習会なども行なわれた。最初は“IT恐怖症”のお年寄りたちも、徐々に慣れてきて利用度も上がっているらしい。平岡さんも、徐々にタブレット端末が普及していることを実感していると言う。
「タブレットを配布するようになってからは、できるだけ全国にいるの富岡町の人たちに、ほかの富岡町の人たちがどうされているか、伝わるようにしたいと思っています。数は少ないですけど、埼玉に避難している人からメッセージが届いたりもしています」
[キャプション]富岡町が無料配布しているタブレット
(写真提供:長岡義幸氏)
■仮設住宅に来て、聞いて、それを伝えてほしい
さて、「おたがいさまFM」は、パソコンやスマートフォンなどがあれば、全国の災害FMやコミュニティFMをでストリーミング配信する「サイマルラジオ」からも、聞く事が出来る。
曜日によって異なるが、「おたがいさまFM」の番組構成は、「08:00〜09:00」「10:00〜11:00」「12:00〜12:15」「16:00〜17:00」「19:00〜21:00」が主な時間帯なので、その時間に合わせれば聞くことができる。
[参考]「おたがいさまFM」サイマル放送
http://www.simulradio.jp/asx/OdagaimasaFM.asx
大阪出身の平岡さんは、福島県に来て8年になる。いまでは福島出身のご主人と2人で郡山市内に暮らしている。福島FM時代には農業取材などをしていた経験もあり、福島の農業問題にも関心がある。
「開局した頃は、仮設住宅内の情報を提供することが中心でしたけど、最近は少し変えようと思っています。仮設住宅にいる人たちが、もっと外に出て行きたくなるような情報も入れて、皆さんが積極的に外に出ていけるような放送にしたいです。
全国の方から、福島県にも富岡町にもいまだに支援が届いています。この仮設住宅もボランティアの方々が来てくれて、『おたがいさまFM』でもその様子を放送しています」
平岡さんは、全国の人たちが、月に1度でも半年に1度でもいいから、福島に点在している仮設住宅に足を運んでみてほしいと言う。
「そうやって福島に来てくれた人たちが、地元に戻って、福島の様子を伝えてほしいですね。来てくれた人たちが、町の人たちに『いまどんな様子ですか?』とか、『何か困っている事はないですか?』と聞けば、町の人たちは率直に答えてくれます。その声を、皆さんを通じて伝えていただいて、全国の人たちが福島の事を忘れないでくれることが大事だと思います」
[キャプション]おたがいさまFMのラジオブース
■「Fプロジェクト・チャンネル」β版公開
東日本大震災 証言アーカイブス
Fプロジェクト・チャンネル
http://ch.nicovideo.jp/channel/f-project
現在も自由報道協会に残っているメンバー、協会から去ったメンバー、それぞれですが、この「F プロジェクト」の一環として、ブロマガ「東日本大震災 証言アーカイブス」に、我々の記事を提供していきたいと思っています。「石のスープ」編集部の渋井さんや渡部も、「石のスープ」の取材報告とは記事のテイストを変えて、被災した皆さんから聞かせていただいた「生の声」を記事にしています。
渡部真 わたべ・まこと
1967 年、東京都生まれ。広告制作会社を経て、フリーランス編集者・ライターとなる。下町文化、映画、教育問題など、幅広い分野で取材を続け、編集中心に、執 筆、撮影、デザインとプリプレス全般において様々な活動を展開。東日本大震災以降、東北各地で取材活動を続けている。
[Twitter] @craft_box
[ブログ] CRAFT BOX ブログ「節穴の目」
石のスープ
定期号[2012年11月30日号/通巻No.58]
今号の執筆担当:渡部真
■久しぶりに訪れた仮設住宅に、FM局が出来ていた
福島県には、県庁所在地の福島市、繁華街が賑わっている郡山市、漁業の栄えるいわき市、3つの30万人都市があり、それぞれが周辺地域の経済を支えている。福島は日本で3番目に広い面積で、その経済的な中心地が、ほぼ同じような規模で3つ存在しているのだ。
そのなかで郡山市は、東京の郊外の地域によく似た雰囲気だ。あくまでも僕のイメージでしかないが、福島県の中でもっとも東京の雰囲気に似ていると感じる。市街地の繁華街は、ちょうど東京の町田駅や八王子駅の周辺という感じ。
2011年3月11日の東日本大震災の発生以降、郡山市は沿岸部の被災者たちの避難を数多く受け入れてきた。一方で、郡山市もまた、震度6の地震に襲われた「被災地」だ。全半壊の住宅は約2万戸で、宮城県仙台市、福島県いわき市、宮城県石巻市に次いで、4番目の被害であることは、見過ごされがち。これは、沿岸地域でない内陸ではもっとも深刻な被害だ。上記の3市は、どれも津波被害による影響も大きいのだが、内陸部である郡山市は海がなく、地震による影響が大きかったのだ。
そんな郡山市の市街地の郡山駅から、車で20〜30分ほど走ったところに、富田若宮前仮設住宅がある。
約500戸の住宅は6つのエリアに区切られ、全体で約1000人の避難者が暮らしている。その多くは、原発事故の影響を受けた富岡町、双葉町、川内村から避難している人たちだ。
11月初旬にこの地を訪ねた。昨年の夏以来、約1年2か月ぶりだった。当時はまだ仮設住宅も6〜7割ほどしか完成しておらず、久しぶりに来てみると、集会所やペット(犬)専用の小屋まで出来ていて、ずいぶんと様変わりしていた。
[キャプション]仮設住宅の敷地の外れに設置された
犬専用の小屋。小さな物置くらいのスペースに
区切られている。小さな窓が唯一の明かりの射し口
敷地のほぼ中央には、「おたがいさまセンター」(正式名称:富岡町生活復興支援センター)が作られていた。今年の2月に正式に設置されたらしい。運営主体は、富岡町社会福祉協議会で、被災者同士が助け合い、被災者同士をつなぐためのボランティア活動支援施設として位置づけられている。
喫茶室などもあり、仮設住宅で暮らす人たちの憩いの場になっている。数百人規模の仮設住宅では、こうした集会所のような場所はよく見られるが、社会福祉協議会が運営しているだけあって、ボランティアの受け入れなどが充実しているのが特徴だ。
その「おたがいさまセンター」内に、小さなラジオブースが設けられ、「おたがいさまFM」がラジオを放送していた。
「おたがいさまFM」は富岡町の臨時災害FMだ。この震災で、「臨時災害FM」という言葉を聞いた人も多いだろう。本来、放送局は、公共電波を使用する免許事業だ。総務省などの面倒な手続きを踏まなければ開局する事が出来ない。ところが、災害時の緊急的な情報伝達としてラジオ放送が有効である事などから、「臨時災害FM」は、申請が非常に簡単ですぐに周波数が割り当てられ、開局する事が出来る。実際の現場でどのような申請がされているかは詳しくないが、法律上は、口頭で開局申請が出来る仕組みになっている。そのかわり、あくまでも「臨時」のため開局には期限がある。阪神大震災のときは半年間許可されたが、東日本大震災では最大2年間の放送が認められている。
「おたがいさまFM」は、昨年5月、郡山市にある「ビッグバレットふくしま」で開局した。「ビッグバレットふくしま」は、圏内で最大の避難所となっており、震災直後には最大で約2300人が避難していたと言われている。
昨年末に、佐藤栄佐久・元福島県知事にインタビューした際、ビッグパレットの様子をこう語っていた。
「事故から数か月経っても、郡山の複合施設『ビッグパレットふくしま』には、原発事故から避難してきた方々が避難生活を送っていました。ホールはもちろん、廊下にも段ボールを敷いて生活している人たちがたくさんいました。数メートル四方の小さなスペースに何人もの家族が身を寄せ合っていました。家族が一緒の人ばかりではありません。無料電話のスペースには、行列ができて遠くバラバラになった家族や親族と連絡を取り合っていました。廊下に作られた掲示板には、安否確認のメモや行方不明になった家族を探すメッセージのチラシが貼り出されていました」
この「ビッグバレットふくしま」には、富岡町から避難してきた人たちが多数おり、一時的に町役場の仮設事務所なども設置され、まるで富岡町の一部が一つの施設の中に丸ごと移動してきたような状態だった。
そんなかで開局された「おたがいさまFM」の事情を、ラジオパーソナリティを勤める平岡知子さんが振り返ってくれた。
[キャプション]大阪出身のアナウンサー・平岡知子さん
「今年3月に臨時災害FMとして開局しましたが、もともとは、避難所だった『ビッグパレットふくしま』で昨年の5月末にミニFM局として開局しました。私がボランティアとして参加するようになったのは6月から。その時は、週に1回くらいお手伝いする程度でした」
ミニFM局は、FM周波数を使うものの、微弱無線のために免許申請は要らずに放送する事が出来る。ただし放送法上の放送局でない。ビッグバレットの周囲にいる人たちだけに向けた放送だ。しかし、当時、不安のなかで避難所生活を送っていた人たちを勇気づけたラジオ放送だった。「困ったときはお互いさま。ボランティアを受け入れるだけでなく、被災者自らも活動していこう。人はお互いに必要とされることで生きていることを実感でき、前向きに生きることが出来るから」という思いを込めて「おたがいさまFM」と名付けられた。
ミニFM局としての「おたがいさまFM」は、昨年8月にビッグパレットふくしまの避難所が閉鎖されたのに伴って一度は閉局したが、今年3月に臨時災害FMとして再スタートした。それまでは福島FMでアナウンサーをしていた平岡さんも、再スタートにともなって、正式なスタッフとなった。
「富岡町から避難してきている人たちが暮らしている仮設住宅は、この富田仮設だけじゃなくいくつかあるので、そうした避難所の様子なども取材しています。通常のラジオ局とかコミュニティFMとかなら、メールやファックスでのリクエストや、リスナーからのメッセージとかが届きますけど、『おたがいさまFM』にはぜんぜん届きません(笑)。その代わり、この仮設住宅に住んでいる方々が、放送中にブースを覗き込んでくれたり、仮設住宅から帰ろうとする私に『ともちゃん、お疲れ様!』って声をかけてくれたりして、聞いてくれている皆さんとの距離がすごく近いと感じています」
■仮想コミュニティ空間の可能性
富岡町が、全国で避難生活を送っている町民に対して、タブレット端末を無償で配給している。このタブレットで、「おたがいさまFM」を聞く事が出来るようになっている。
「現在の『おたがいさまFM』の規模では、人員も少ない事もあって、生放送を全国に流す事は難しいので、放送が終わったらすぐに1時間ほどでインターネット上にアップロードしています。それが全国にいる富岡町の方々に聞いていただけるようになっています」
このタブレット端末は、お年寄りでも簡単に使えるようにカスタマイズされている。タブレット端末を起動すれば、富岡町の専用サイトが画面に表示され、そこにある「おたがいさまFM」のボタンを押すと、すぐにラジオを聞く事が出来る仕組みになっている。逆に、一般的なタブレットのように、インターネットやアプリを自由自在に使えるようにはなっていない。誰でも使えるように、機能を限定的にカスタマイズしているのだ。
現在、大熊町、浪江町、飯舘村など、原発事故の影響で地元に帰る事の出来ない町村の自治体が、このタブレット端末を町民・村民に配布する事業を展開している。NTTDocomoが積極的に自治体と連携して事業展開していて、各町村としても、わずかな予算で実現できるために、連携に前向きになっているようだ。今年の秋から急速に展開し、お年寄りの多い同地域の住民たちの間でも、徐々にその利用・普及が広がっている。
富岡町では、総務省の「ICT地域のきずな再生・強化事業補助金」などを活用し、1億1400万円の予算を投じた(ICT=情報通信技術の利活用は、政府が教育や地域活性化のために積極的に推進している事業。総務省が積極的に予算措置を行ない、東日本大震災でも復興予算として積極的に活用されている)。同町は、9月からシステムを開始させ、その時点で3042個を希望する世帯に配布した。9月以降も希望者は増え続け、11月30日現在、全部で3400個を配布。とくに県外避難者からの問合せが増えていると言う。
実は、現在、ある研究機関などと企業が連携し、避難者たちの仮想コミュニティをどのように作り上げて行くかという研究が進められていて、偶然だが、最近になって取材を始めているところだった。いくつもの研究があるので、NTTDocomoの背景までは詳しくないが、こうしたタブレット配布の動きも、そうした研究などと連携した活動の一環だ。
例えば、タブレットを開いて「住民相談・アンケート」のボタンを押せば、簡単に役場への相談事や要望を投稿する事が出来る。「ふるさとカメラ」のコーナーでは、ライブカメラから、警戒区域の様子が見られる事が出来る仕組みになっている。富岡町で言えば、春になれば夜ノ森のきれいな桜並木が、見たい時にリアルタイムで見る事が出来るようになっているのだ。
[キャプション]富岡町夜ノ森に桜並木(2012年4月)
SNSのように、単なるネット上の仮想コミュニティを作るのが目的ではない。仮想空間を利用して、リアルなコミュニティを再構築し、全国に散らばっている福島の人たちを結びつけるのが目的だ。「仮の町構想」のように、物理的に一箇所に集まる事と同時に、その場所にいない人たちに、いかに不自由なく同じ行政サービスを提供できるか、地方行政の新たな試みとして研究機関などが積極的に関与しており、今のところ、行政、企業、研究機関の「官産学」連携が上手く機能している。近い将来、この研究成果が日本の地方行政に与える影響は大きいと、取材中ではあるが僕は感じていて、震災がもたらせた「不幸中の幸い」になればと、注目している。
「おたがいさまセンター」ではタブレット端末の使い方の講習会なども行なわれた。最初は“IT恐怖症”のお年寄りたちも、徐々に慣れてきて利用度も上がっているらしい。平岡さんも、徐々にタブレット端末が普及していることを実感していると言う。
「タブレットを配布するようになってからは、できるだけ全国にいるの富岡町の人たちに、ほかの富岡町の人たちがどうされているか、伝わるようにしたいと思っています。数は少ないですけど、埼玉に避難している人からメッセージが届いたりもしています」
[キャプション]富岡町が無料配布しているタブレット
(写真提供:長岡義幸氏)
■仮設住宅に来て、聞いて、それを伝えてほしい
さて、「おたがいさまFM」は、パソコンやスマートフォンなどがあれば、全国の災害FMやコミュニティFMをでストリーミング配信する「サイマルラジオ」からも、聞く事が出来る。
曜日によって異なるが、「おたがいさまFM」の番組構成は、「08:00〜09:00」「10:00〜11:00」「12:00〜12:15」「16:00〜17:00」「19:00〜21:00」が主な時間帯なので、その時間に合わせれば聞くことができる。
[参考]「おたがいさまFM」サイマル放送
http://www.simulradio.jp/asx/OdagaimasaFM.asx
大阪出身の平岡さんは、福島県に来て8年になる。いまでは福島出身のご主人と2人で郡山市内に暮らしている。福島FM時代には農業取材などをしていた経験もあり、福島の農業問題にも関心がある。
「開局した頃は、仮設住宅内の情報を提供することが中心でしたけど、最近は少し変えようと思っています。仮設住宅にいる人たちが、もっと外に出て行きたくなるような情報も入れて、皆さんが積極的に外に出ていけるような放送にしたいです。
全国の方から、福島県にも富岡町にもいまだに支援が届いています。この仮設住宅もボランティアの方々が来てくれて、『おたがいさまFM』でもその様子を放送しています」
平岡さんは、全国の人たちが、月に1度でも半年に1度でもいいから、福島に点在している仮設住宅に足を運んでみてほしいと言う。
「そうやって福島に来てくれた人たちが、地元に戻って、福島の様子を伝えてほしいですね。来てくれた人たちが、町の人たちに『いまどんな様子ですか?』とか、『何か困っている事はないですか?』と聞けば、町の人たちは率直に答えてくれます。その声を、皆さんを通じて伝えていただいて、全国の人たちが福島の事を忘れないでくれることが大事だと思います」
[キャプション]おたがいさまFMのラジオブース
■「Fプロジェクト・チャンネル」β版公開
東日本大震災 証言アーカイブス
Fプロジェクト・チャンネル
http://ch.nicovideo.jp/channel/f-project
現在も自由報道協会に残っているメンバー、協会から去ったメンバー、それぞれですが、この「F プロジェクト」の一環として、ブロマガ「東日本大震災 証言アーカイブス」に、我々の記事を提供していきたいと思っています。「石のスープ」編集部の渋井さんや渡部も、「石のスープ」の取材報告とは記事のテイストを変えて、被災した皆さんから聞かせていただいた「生の声」を記事にしています。
渡部真 わたべ・まこと
1967 年、東京都生まれ。広告制作会社を経て、フリーランス編集者・ライターとなる。下町文化、映画、教育問題など、幅広い分野で取材を続け、編集中心に、執 筆、撮影、デザインとプリプレス全般において様々な活動を展開。東日本大震災以降、東北各地で取材活動を続けている。
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