フリーランサーズ・マガジン「石のスープ」

西村仁美【とりあえず行ってみる】vol.5「原点に帰る」

2012/01/12 19:03 投稿

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週刊 石のスープ
定期号[2012年1月12日号/通巻No.22]

今号の執筆担当:西村仁美
※この記事は、2012年1月に「まぐまぐ」で配信されたものを、「ニコニコ・チャンネル」用に再配信したものです。



■挨拶をかける

 数年前に私は『「ユタ」の黄金言葉』(東邦出版刊)という本を書いた。同書は奄美や沖縄のシャーマンたちに取材し、その自然観、世界観を描いたものだ。
  シャーマンは、普段私たちの「目に見えない世界」を、見たり感じたりすることができる。自然の中の神や、亡くなった者の存在に触れ、そうした存在を自分自 身に憑依させ、時に脱魂させ、そうした存在と交わり、そうした存在に触れることのできない私たちとをつなぐ役目を果たす。
 その取材中、同書で紹介する一人、糸数ナビィさん(旧姓)からこんなことを教わったことがある。それは、そのような私たちの「目に見えない世界」に対しても、「目に見える世界」同様、挨拶するものだということだった。
  例えば、人の家に用があって行く。すると家の内側に向かって何の言葉もかけず、いきなり玄関の戸をあけ、その人の家の中にズカズカと入っていく人はまずい ない。「こんにちは〜」とか「すみませ〜ん」とか声をかけるだろう。家の中から「どちら様で?」とか聞かれたら、「隣近所に済んでいる〇〇です」とかなん とか言って身分を明かすものだ。「見えない世界」でもそういった礼儀作法をするものなのだという。
 糸数さんは沖縄の久高島出身なのだが、たしか これから久高島での同行取材をさせてもらう時にそんな話になったと思う。久高島では、まず港の近くに石碑があり、そこに島の「門番」がいるため、そこで自 分の住所、名前、島に来た目的を伝え、挨拶をしてから島の中に入って行くよう勧められた。

 久高島は、沖縄本島の東側に位置する周囲約8 キロの小さな島で、人口は256人(2011年12月末日)。那覇市からバスとフェリーで約1時間半で辿り着く。沖縄で「神の島」と呼ばれ、天からアマミ キヨという神が最初に久高島に降り立ち、国づくりを始めたという言い伝えがある。またこの島では、女は神人(カミンチュ)、男は海人(ウミンチュ)であ り、神女(タマガエー)として女たちが神職者に就くのに「イザイホー」という儀式が12年に一度ある。イザイホーをするには一定の条件があるのだが、今は その条件を満たせる人がいないため、しばらく行われていない。私自身は、こうしたことなどから久高島は沖縄の人々の精神文化の要を担っている場所だととら えている。
 そんな久高島で生まれ育った糸数さんが冒頭で紹介する「挨拶」の話をしてくれたのは大変興味深いことだった。私はその話を聞いた時、 「たしかにそうだよなあ〜」と素直に思った。だって「目に見える世界」でやっていることを「目に見えない世界」でやらない手はないだろう。やったっていい と思った。

 そう思えたのはやはり同書の取材のため沖縄に半年間ほど、それ以前には別件で奄美に1年ほど滞在できたことがベースにはある と思う。人々の暮らしの中に亡くなった祖先や自然神などを敬い尊ぶ生活習慣や祭りがそこにあったからではないかと思う。その後も糸数さんを取材で追いかけ ていると、彼女はいつもいろんな所に行ってはこうした「挨拶」を繰り返していた。
 そうした話を聞いて以来、私自身、取材を終えて家のある東京(当時)に戻ってからは、どこか見知らぬ土地に行く時など、最低限のこうした挨拶をするよう心がけるようになった。
  例えば、日本を離れ海外に行く際には、飛行機の中で、離陸する時に日本を大きな一つの家とイメージし(漠然とではあるが)、そこを守る家長のような存在に 対し心の中で挨拶をする。どこそこの誰それでどんな目的で海外に行くのか自己紹介をしてから、「行ってきますよ〜」などと言い、また日本に戻ってきたら 「ただいま」と声をかける。新しい土地には「こんにちは。お世話になります」などと言う。
「そんなことをやって何になるの?」と言われれば、目に見える形では何にもならないかもしれない。ただ私の場合、そうすることで身が引き締まる思いというのはあるし、少なくとも自分を生かす自然や土地に対する愛着や感謝の気持ちは以前よりも少し芽生えている気がする。


■念願の韓国の聖山・摩尼山へ行く

 かねてから行きたいと思っていた韓国の摩尼山(マニサン)に行けたのは、昨年11月のことだ。ここは韓国のソウル市西部、海上に浮かぶ江華島(カンファド)にある山で、現在の韓国も含んだ朝鮮の建国神話にまつわる場所だ。
  韓国にも「ムーダン」と呼ばれるシャーマンたちがいる。ここ数年、韓国のムーダンも取材したいと考えていたため、まずは韓国の原点といえるこの場所に行 き、本格的な取材を始めるにあたっての「挨拶」をここでもしておきたいと思っていた。もちろん、建国神話にまつわる場所がどんなところかこの目で確かめて おきたかったのもある。
 

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