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土曜日、瑞々しい青空の午前。彩文学園将棋部の一同は、将棋会館への道のりをのんびりと辿っていた。
JR総武線の千駄ヶ谷駅を下車して、南へ徒歩六分。数多の将棋ファンが歩いてきたここに、今自分もデビューしたのだ。そう思うと一種の感慨が沸いてくる。
しかしそんなことはわりとどうでもよくて、来是は傍らのおっぱい、もとい先輩のことで頭がいっぱいだった。
「せ、先輩! 服のセンス、いいですね!」
「そうですか? ありがとうございます」
私服の紗津姫が見られるのだと思うと、集合前から興奮して仕方なかったのだが、あまりにも破壊力がありすぎた。
彼女の心を具現化したような清楚な水色のブラウス。ロングスカートは反対にシックで落ち着いた黒だ。取り立てて飾ってはいないファッションだが、それがむしろ着る者の素材のよさを引き出しているようだった。
何より、横からの眺めが壮観だった。厚手の制服よりも、胸の突き出し具合が一段階ほど増しているように見えるのだ。
「でも碧山さんも華やかで可愛いですね?」
「そ、そんなの当たり前じゃない」
依恋は明るいピンク色のキャミソールに、フリルたっぷりの白いミニスカートという出で立ちだ。胸の谷間がかなり深く刻まれている。依恋は中学時代から、しばしば露出が高い格好をして見せつけていた。それでいてジッと眺めたりすると「このエッチ!」などと罵声が飛んでくるのだから理不尽なものである。まったくこの幼馴染が考えていることはよくわからない。
「来是、あたしの服、どうよ。感想を言ってごらんなさい」
「ん? いいんじゃないか?」
「そういうのは感想とはいわないの!」
「何を言えばいいんだよ……」
ずっと直進していると、コンクリートの建物が建ち並ぶ中、ひときわ鮮やかな緑の区域が見えた。
「あれは神社ですか」
「鳩森神社っていうんだ。ちょっと寄っていこうか?」
関根の先導で境内に入っていく。土の匂いと緑の匂いが、ほのかに立ち込めていた。
「ここはプロ棋士を目指す人や、将棋が上手くなりたいアマチュアの人が、毎日のように訪れているんです。ほら、あそこ」
紗津姫の指差す方向に、たくさんの絵馬が飾られていた。
近寄ってみると「早くプロになりたい」「目標・アマ初段!」などと書かれたのがちらほらと。棋力向上を祈願する専門の絵馬だ。これはすぐ側の社務所で売られていた。
「どうせだから、参拝していきましょう」
紗津姫が社殿に足を向ける。
賽銭箱にセオリーどおり五円玉を投げ入れ、四人揃って二礼二拍一礼。神様への正しいご挨拶の仕方だ。
……どうか先輩ともっとお近づきになれますように。来是は真っ正直に心の内を神様にさらけ出すのだった。
「なんてお願いしたんだ? やっぱ将棋が上手くなるように?」
「ま、まあそんなとこです。部長は?」
「彼女ができるように」
同じレベルということらしい。
「あたしも将棋なんかじゃなくて、もっと大事なことをお願いしたわ」
「ふうん? どんなのだ」
「……秘密よ」
ぷいっと顔を背ける依恋。少し顔が赤いような気がしたが、目の錯覚だなと思い直した。
「先輩はなんて? アマ女王防衛ですか」
「いえ。この将棋部がもっと楽しくなるように、です」
我を忘れてしまうほど、美しい笑顔だった。
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