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■1

「女王様に、あたしはなる!」
 何度も聞いてきた台詞だった。これから三年間通ることになる私立彩文(あやふみ)学園の校門を前にして、碧山依恋(みどりやま・えれん)は爛々と瞳を燃え立たせ、果てなき遠くを見つめていた。通学路に植わる桜並木と舞い散る花びらが、少女をこの上なくフレッシュに彩っている。
「このあたしの美貌をもってすれば、一年……いえ、半年もあれば充分ね! この学園でナンバーワンの女の子はあたしなんだって、みんなに知らしめてみせるわ。今までと同じようにね」
 幼稚園の頃、女王様になるのがあたしの夢ですと発表会で宣言したのが事の始まりだ。男の子が一度は世界最強を目指すように、女の子も一度は女王様と崇め奉られたいもの。しかしいつしか、現実を前に諦めるようになる。平凡の道を歩むほかなくなる。
 依恋は凡人ではなく、ずっとその夢を持ち続けていた。
 努力より成功が先に来るのは辞書の中だけだというが、依恋は決して口だけではなく、日々の努力を欠かさなかった。両親から課せられたお稽古事を喜んでこなし、大人も顔負けするほどに多彩な美容テクとボディケアを学んでいった。
 小学校でも中学校でも、依恋はいつもナンバーワンだった。男子という男子を夢中にさせ、女子という女子を格が違うとダメージを負わせた。ラブレターが靴箱に入っていない日はなく、羨望の視線が向けられない日はなかった。
 確かに依恋は可愛い。それに最近、驚くほどのスピードで胸も大きくなった。本当の美少女とはこういう子のことだと、百人が見れば百人ともがそう口を揃えるに違いない。
 だが……。
「可愛いってだけでナンバーワンになれるものかな。高校ってのはもっと世界が広くなるんだから」
「ふん、大丈夫に決まってるじゃない!」
 某大企業取締役の娘として、蝶よ花よと愛でられながら何不自由なく成長した依恋は、その生まれに似合う高いプライドを持ち合わせるようになった。時として激しい気性を見せつけ、男を震え上がらせるのだ。そのことは他ならぬ彼が、自身の体をもっていやというほど経験してきた。
 正直、彼は隣の家に住むこの幼馴染が苦手だった。
 無理矢理買い物に付き合わされたり、荷物持ちをさせられたり、何かと引っ張り回してくる彼女。しかし逆らう度胸もない。せいぜい、やんわりご注進する程度で。
「なあ、学園の女王を目指すならさ、もうちょっとその、おしとやかさも身につけたほうがいいかと」
「あたしにはあたしのやり方があるの。それにこれは生まれもっての性格だし」
 怖いくらいの笑顔だった。聞き入れられるわけもなかったなと、彼は頭を掻いた。
「それよりあんたはどうなのよ、来是。せっかく高校生になったんだから、平凡なりに大きな目標を立てないと」
「どうせ俺は平凡だよ。まあとりあえず、名前負けしないように男らしくなろうかと」
 彼の名は春張来是(はるばる・きたぜ)。別に函館出身ではなく、生まれも育ちも東京である。
 当然、こんな名前は気に入っていなかった。幼い頃から毎日のようにからかわれて、将来は演歌歌手になれなどと囃し立てられた。どうしてこんな名前にしたのかと両親を責めたが、カッコいいじゃないかの一言で片付けられるだけ。
 どれほどこの名前を恨んだかしれないが、いくら嘆いたところで変更できるものではない。
 だったら、せめて男を磨こう。
 そして名前負けしていると言われないように頑張ろう。それを高校デビューの抱負にしたのだった。開き直りともいうが。
「じゃあ運動部にでも入って、体を鍛えなさいよ」
「運動はイヤだなあ。もっと静かなのがいいよ」
「静かな部活? そんなんでどう男を磨くの」
「さあ。ま、どうするかはこれからのんびり考えるよ。いろんな部や同好会がありそうだから」