書評:トコトンやさしい自動運転の本
クライソントロンナムチャイ 著、日刊工業新聞社
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「完全自動運転」の将来性については、色々な議論が交わされています。
しかし、私のみる限り、近い将来に自動車の完全自動運転が実現する可能性はほとんどありません。
それは飛行機(旅客機)の自動運転の歴史をたどれば明らかです。
世界最初のオートパイロット(自動運転システム)は、1958年に開発された米国空軍のF-106「デルタダート」に搭載されましたが、これは地上の半自動式防空管制組織とリンクした巨大なシステムでした。
その後1960年代には民間旅客機にもオートパイロットが導入されるようになります。ところが、2018年現在に至っても「完全自動操縦」の旅客機は存在しません。少なくとも一人のパイロットが同乗します。
実のところ飛行機の自動操縦は自動車に比べればとてつもなく簡単です。
決まった空港から離陸し、決まった空港へ着陸するだけでなく、あらかじめ定まった航路では足元がおぼつかない老人やボールを追いかけた子供が飛び出してくることもありません。
実際技術的には、少なくとも90%以上は自動操縦(ほぼ離陸の作業だけをパイロットが行うがそれも技術的には可能)です。それでもパイロットが同乗するのは「責任の所在を明らかにするため」です。万が一航空機事故が起こって何百人もの死者が出た時に、「無人操縦」の飛行機そのものに責任を負わせることはできませんし、そのような「無人飛行機」で多数の死者を出した航空会社やメーカーに非難が集中するのは火を見るよりも明らかです。
先日、ウーバーが自動運転車で死亡事故を起こし大騒ぎになりました。もちろん1名の人命は尊いですが、日本の2017年の交通事故死者数は3,694人です。これでも前年より210人減っており昭和23年に統計を取り始めてから最小です。
「完全自動運転車」が100%のシェアをとっても、歩行者、自転車、オートバイなどは存在しますから、それなりの死亡者は出るはずです。さらに100%のシェアをとるまでの複雑な交通システムの中では、自動運転車の事故率は既存の人間が運転する自動車と大差がないと思われます。
そもそも「完全自動運転車」も機械ですから当然故障します。したがって(死亡)事故ゼロは不可能と思われ「誰が責任をとるのか」という問題がクローズアップされます。現在検討されている内容では「自動車のオーナ(運転者)が保険でカバーし、自動車そのものの欠陥が明らかになればメーカーに請求する」方向です。
しかし、このようなことが本当に実現できるのでしょうか?
そもそも自動車の運転とは、たとえ海水浴に行くためであっても「業務」とされ、死亡事故を起こせば「業務上過失致死」になるので、普通の過失致死よりも重い刑罰を受けます。「交通刑務所」というものが存在するくらい、この罪に問われる人は多いのです。
また「事故を起こした船の船長が乗客を避難させた後、自らは事故の責任をとって船と運命を共にする」という話が美談として語られます。もちろん半島のセ◎◎ル号の船長のような卑劣な行いよりははるかにましですが、その裏には「船長の重い賠償責任」があります。
昔は、船長は運行に関する「無限責任」を負っていて、生き延びて帰っても裁判で巨額の賠償金を請求され「死んだも同然」の生活を余儀なくされたのです。ですから「名誉ある死」を選ぶ動機があったのです。
本書は技術的な本であり、その内容はコンパクトにまとまっていますが「完全自動運転」の将来を考えるためには「いったい誰が責任を負うのか」というのが最も重要なポイントです。
(大原浩)
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