書評:隷従への道
フリードリヒ・ハイエク 著、日経BP社
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●ファシズムと共産主義と絶対王政
アドルフ・ヒットラーが社会主義(共産主義)者であったことは、あまり注目されませんが、彼が率いたナチスの正式名称は国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)であり、まぎれもない社会主義(共産主義)政党です。ナチスが共産党を弾圧したことから、ナチスは共産主義(社会主義)者ではないと思われがちですが、ナチスと極めて似通った主張をする共産党がライバルであったため蹴落としたというのが真実です。
実際、ヒットラーはマルクスの著書を愛読しており、ナチスの政策にもその思想が多く反映されています。「優生学」も共産主義思想の一つといってよく、人間にある一定の理想形を求め、その基準に合致しない人間は「不要なものとして処理する」のは共産主義・社会主義の根本思想といっても良いでしょう。
ですから、よくマスコミがネオ・ナチを「極右」などと誤って呼びますが、正しくは「極左」です。
事実、世界3大虐殺王といわれる3人を並べれば、1位:毛沢東(大躍進と文化大革命で人為的飢饉による餓死者も含めて8000万人を殺したと推計される)、2位:ヨシフ・スターリン、3位:アドルフ・ヒトラーで、すべて共産主義者(社会主義者)です。
その他カンボジアのポルポト政権(共産主義)による虐殺は「キリングフィールド」(1984年。英国。ニューヨーク・タイムズ記者としてカンボジア内戦を取材し、後にピューリッツァー賞を受賞したシドニー・シャンバーグの体験が原作)として映画化されています。
なぜ、共産主義(社会主義=ファシズム)で、このように虐殺・粛正が頻繁に行われるのか?とてもシンプルに言えば、そのような国々には「自由」が無く、「強制」によって統治されているからです。
日本で安倍政権や自民党を批判し、時には聞くに堪えないような下劣な罵声を浴びせても、別に何も起こりません。批判した人々の身の安全は120%保証されています。
それに対して、チャイナ、ロシア、北朝鮮で少しでも「政権批判」すれば「拷問・監禁・銃殺」を覚悟しなければなりません。香港のように本来条約で「50年間の自由」が保証されているはずの場所でさえ、政権に批判的な書店店主が中国共産党に連れ去られ行方不明になるという事件が起きています。
また、チベットやウィグルは「現代のアウシュビッツ」と呼んでも過言ではありません。
要するに、共産主義(社会主義)は根本的に間違ったシステムなので、理詰めで批判されると反論できません。つまり、暴力で粛正するしか対抗方法が無いということです。人間は本当のことを指摘されると逆上しますが、国家も同様です。
ポルポトや毛沢東が、教師、大学教授、研究者、医師、弁護士など政権を批判する知識を持った人々を中心に粛正を行ったのも「知性と教養がある人々が正しく政権を批判」することを恐れたからです。
結局、「強制」によって国民(臣民)を従わせる手法は、古代から続く絶対王政、社会主義(共産主義)、ファシズムにおいてすべて同じなのです。しかし、人間を暴力で従わせるやり方は、ピーター・ドラッカーが定義する知識社会では通用しません。
知識社会の貴重な資源である「知識労働者」たちは、理不尽な政府の要求に屈しませんし「自由」を渇望します。結局、共産主義・ファシスト政権は、貴重な経済的資源である知識労働者を粛正するしかなく、高度な経済発展はあり得ません。
共産主義(社会主義)国家が総じて貧しく、発展しても中進国どまりであるのは、ここに大きな理由があります。旧ソ連は巨大な国家でしたが、軍事に傾斜した張りぼての国であり、ベルリンの壁崩壊やソ連邦崩壊の後その実態が世界にさらされました。
軍事帝国を目指すチャイナも同様です。軍事強国を目指しながら、中身がスカスカの経済は、いつかソ連邦のように終わりを告げるでしょう。
●計画は役に立つか
共産主義(社会主義=ファシズム)国家に共通したやり方が「計画」です。【「偉い人」が神のごとく「計画」したことには間違いが無いから「計画」の仰せに従えばよい】というわけです。
しかし、世の中に神のような完璧な人間がいるはずもなく、それどころから人間の能力には大差が無いわけですから、誰がやっても完璧な計画はありません。ところが共産主義者、ファシストが支配する国では「偉い人は正しい」ことが前提になっているので、計画が間違っていた場合、現実を(間違っているはずが無い)計画に合わせるという奇妙なことが行われます。そして、それを「おかしい」と批判する人々は粛正されるわけです。
ただし、計画には2通りあります。世間では、計画といえば「絶対不可侵の計画」をおおむねイメージしますが、もう一つの計画は「修正されるのが前提の計画」です。「トライ&エラーのための捨て石」と呼ぶこともできます。
ハイキングに行く時から、大企業の事業まで、おおよそ計画無しではものごとは始まりません。しかし、この場合の計画は常に修正されます。もし雨が降ったら美術館巡りのBプラン、バスの手配ができなかったら電車で移動など「予想されなかったこと」に臨機応変に対応するのが当然です。バスの手配ができないのは計画になかったことだから中止などという硬直的な対応が賢い選択だとは思えません。
事業でも同様です。競合や消費者、それに市場が予想外の動きを行うことは日常茶飯事で、そのような突発事件に対応することこそ事業の本質です。要するに、この場合の計画は指針とか目安と同類であり、強制力は基本的に持ちません。だからこそ、社会は円滑に動き自由な環境が保たれるのです。
しかし、フリードリヒ・ハイエクが指摘するように、前者の硬直的な計画は共産主義、ファシズム国家の専売特許ではありません。例えば国家の予算というのは非常に硬直的で、一度決められるとほとんど変更が無く、予算が余れば年度末の道路工事などで無駄遣いされるのは、読者も良くご存じのはずです。
またこの種の計画には、評価が行われないことも大きな問題です。株式会社は決算の数値という明確な指標で効果を測定され、株主から厳しい評価を受けます。ところが、政府予算の<効果>というのは漠然としていて、明確な数値で検証されることが無いので責任もあいまいです。
ですから、現代において常に評価され(計画)改善の努力を続けている株式会社(営利企業)があらゆる分野で高い成果を出しているのは当然なことなのです。
●平等という言葉の意味
私は、大変残念なことにジャニーズ系のイケメンではありません・・・またイチロー、あるいはオリンピックで金メダルをとるようなスポーツ選手の素質も持って生まれませんでした。もちろんアインシュタインのように「相対性理論」を考え付くこともありません(それ以前にこの理論をきちんと理解していませんが・・・)。これは、私に限った話では無く、人間の能力・素質というのは遺伝子がとても不公平に与えたものです。しかし、これを是正する動きはありません。
例えば不細工な男はイケメンの男の顔をぼこぼこにしても良いとか、逆に不細工な男の美容整形費用は国が全額負担などという話は、世界中どこでも聞いたことがありません。そのようなことに意味があるとは思えませんし、それぞれの人間はそれぞれに与えられた条件の中で努力し、結果を得ることで満足しているのです。
実は、金持ちの家に生まれるとか貧困家庭に生まれるとかいう条件もそのような要素の一つにしか過ぎないのです。私を含めすべての人間(子供)は、親を選ぶチャンスを与えられませんでした。偶然その両親から生まれてきたのです。ですから、その両親が金持ちなのか貧しいのかは、遺伝子によって決定される才能と同じように全くの偶然なのです。
もちろん、才能に恵まれた子供が自分の才能に感謝する必要が無いとか、逆に児童虐待の被害にあっている児童を救う必要が無いということではありません。しかし、どのような環境に生まれ落ちるかは「偶然」であるわけですから、そこをいじっても良い結果が生まれるはずがありません。
大事なのは、ハイエクも述べるように「機会の平等」なのです。生まれた環境、つまりくじ引きの結果は<偶然=運命>として受け入れるとして、どのようなくじを引いた人々でも「平等」に機会を与えることが一番大事なのです。家柄、血筋、人種などで区別・差別することは「機会の平等」に反しますが、学力で区別する「学歴主義」は、機会の平等に反しません。もちろん、持って生まれた学力は千差万別ですし、親の収入によって塾に通えるかどうかが決まることもあるでしょう。それでも、どのような貧困家庭、人種であっても「受験するチャンス」が平等に与えられていることが重要なのです。
そもそも、世の中の出来事のほとんどは「偶然」に左右されており、同じような条件を与えたつもりでも、微妙なタイミングの差で全く違った結果になることがあります。
「平等な機会」を与えて生まれた偶然の結果の違いまで、面倒を見て同じ結果にしようなどとするなどというのは、50メートル競争で最後は手をつないでゴールインさせ同着にさせるような、誤った(結果の)平等主義の小学校の教育方法と同じです。
そもそも、「結果」は偶然に支配される人知を超えた領域なのですから、我々人間は「機会」の平等を維持するよう努力すべきなのです。
なお、本書は、ナチス・ドイツの敗色が濃くなった1944年に発刊されましたが、ファシズムだけではなく、それと同類の共産主義(社会主義)に関しても鋭い洞察を行っています。さらには、資本主義、民主主義国家に内在する「強制」についても深く考察されています。
実際、世界大戦が始まるまで、英国をはじめとする欧州諸国はナチスの「力強い指導力」と「計画性」を称賛して好意的でした。どのような国家でもファシズム・共産主義の要素は内在しているのです。
本書が出版された時期は、共産主義(社会主義)さらには大きな政府に対する楽観論が広がっていた時代ですから、それらの妄想に対して痛烈な一撃を放った本書は大ベストセラーになりました。
(大原浩)
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