書評:真説 アダム・スミス
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グラスゴー大学の道徳哲学の教授であり、当時は「道徳感情論」の方がはるかに有名であったアダム・スミスが「国富論」のような経済に関する画期的な書物を執筆したことは、現代人にとっては不可解です。
しかし、たった250年前のスミスの時代には、現在「経済」と呼ぶような活動はほとんどなく、農業と貧弱な工業(現代で言えば手工業)、それに帆船による貿易が存在した程度です。
もちろん、銀行業、手形、為替(融通手形という好ましくないものも…)といった基本的な金融技術はすでに存在していましたが、現在のように社会の末端まで(少なくとも先進国では)浸透していたわけではありません。あくまで社会の一部の出来事で、基本は農業です。スミスも「重農主義」ではありませんが、農業が一番資本効率の良いビジネスであると述べています。
そのため「経済学」という学問分野が確率されていなかったため、「人間の従うべき倫理やルール」を扱う道徳哲学の外縁部、すなわち<人間の従うべき論理やルールの一部>として経済を扱うことは、当時としてはそれほど違和感がありませんでした。
例えば、1643年生まれのサー・アイザック・ニュートンは、現代では「物理学者」のイメージが強いですが、自然哲学者、数学者、物理学者、天文学者であり、錬金術に熱中したことでも知られています。
ニュートン力学の確立はあまりにも有名ですが、微積分法の発見も重要な業績です。さらに、1717年に造幣局長としてニュートン比価および兌換率を定めているのです。ニュートンが、経済や金融に深くかかわっていた事実は意外に知られていません。
スミスも、人間の心や行動を扱う道徳哲学だけではなく、「天文学史」も著わしていますし、残念ながら死の直前に焼き払われてしまった多数の遺稿の中には、自然科学をはじめとする幅広い分野の研究の成果が記録されていたようです。
彼は、「国富論」や「道徳感情論」などの著作は「小さな仕事」と考えていて、自然科学を含む、壮大な思想体系を構築するつもりだったようですが、60歳ごろから衰えが見えはじめ(当時としてはかなりの高齢)67歳で亡く
なっています。不完全な原稿を残せばそれが出版されてしまうと恐れて焼いてしまったと考えられていますが、大変残念なことです。
スミスは、地質学者のジェームズ・ハットン、医学者のジョゼフ・ブラックと共に「オイスタークラブ」という会をつくり、毎週金曜日にグラスマーケットの居酒屋で昼食を共にしましたが、そのメンバーには数学者のジョン・ブレーフェア、地質学者のサー・ジェームズ・ホールなどの自然科学者が含まれています。
スミスは、関税などは基本的に不要(商工業者の自己保身による圧力に政府が屈して課税されると考えていた)と主張していましたが、晩年は教え子のラ・ロシュフコー侯爵の紹介で、<スコットランド関税委員>の職を得ています。
また、250年前の欧州といえば「キリスト教(カトリック教会)の専横」を抜きには語れません。生涯を通じた友人であったデビット・ヒュームは、「無神論者的行動」で教会の目の敵にされていましたが、その彼の死を悼む文
章で彼のことを「ソクラテス」(教会ができる前の知的巨人)と讃えたことで、スミス自身も教会の攻撃にさらされます。
1761年、スミスがパリに到着する数年前に、プロテスタントの織物商、ジャン・カラスが「カトリックに改宗しようとした息子を殺害した疑い」で裁判にかけられます。証拠が全く無かったにも関わらず、死刑の判決を受けるというまるで魔女裁判のような状況です。
カトリック教会が得意とする拷問にかけられても一貫して無罪を主張したのですが、1762年に車裂きという火あぶり同様残酷な手段で処刑されています(1765年に遺族の抗議により、裁判がやり直され無罪となり賠償が行われた)。
スミスは、拷問にかけられても無罪を主張し続けたカラスの勇気に感銘しています。
スミスの著作では「無神論」的な表現は抑えられていますが、それは当時のカトリック教会による暴力と恐怖による支配を前提にして解釈すべきでしょう。
(大原浩)
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