今ニコニコ生放送で、『孤独のグルメ』Season3 の一挙放送をやっているんですが(28日の24:00まで繰り返し放送されるようです)。

 昨日、

 健康のために孤独を避けるため、人間は人工知能を友達にする

という記事で、これから人間が孤独を避けるために人工知能を活用するのではないかというネタをやりました。

 でも、この『孤独のグルメ』見てると、人間の孤独を避けたいという欲望の結実だなあと感動します。

 食事するとこに一人で入るのってそこそこ勇気がいるとおもうのです。なんか孤独の象徴みたいじゃないですか。大学の学食の「ぼっち飯」が社会問題になるみたいに。

 でも、この『孤独のグルメ』見てると、全然孤独じゃないじゃないですか。お店の人がお客さんを喜ばせるために真剣勝負で出してくるものを、真剣勝負で食べる。
 みんなでわいわい来ちゃったら、店の人とのつながりはその分希薄になりかねませんから、本当に味わいたかったらむしろ一人で来たいと思う人はたくさんいます。ラーメンみたいに一人で入ることが問題ないところであれば、積極的に一人行くことでしょう。

 しかし、店には一人で入り辛いところもあります。しかし、我らが井之頭五郎は、次々と一人で行きにくそ〜な店に入ってくれます。そして、出された料理をもくもくと孤独に味わう。しかし、ちっとも孤独ではなく、なぜならそれを出す人がいるからです。(うお〜、こう来たか)とか、心の中でめっちゃ店のひとと対話してます。店の人とほんとの会話もいっぱいしてますし。

 そして、私たちはなんだかだいって一人でご飯食べる機会はたくさんあり、そういうときみーんな井之頭五郎になって、心の中でぶつぶつ言いながら食べているわけですから、見てる人の共感度は半端ありません。ニコ生なら、コメントががんがん流れて、視聴者のその共感ぶりは目に見えてわかります。

 それに、井之頭五郎はやらないですけど、ひとりで飯食うときは、SNS でがんがん友達と会話してたりしますし、それどころか自分の食べてるものアップして、飯テロだ〜って言われたりするわけで。

 なぜこんなことになるかと言えば、働き方がどんどん変わり多様化しているからです。

 昔主流の農業、その後には工業、みんな一斉に働く必要がありましたから、昼休みも一斉。集団で食べていました。

 その後だんだん仕事が多様化し知的労働が増えるにつれ、同じ時間に休む必要もなくなり、しかも同じ職場でもお互いしてる仕事が違って、つまり働くペースも違います。昼飯は職場の仲間と食べに行かなければいけない時期も少しはありましたが、いまやその縛りはどんどん緩んでいることでしょう。お弁当の人もいますし。

 かくして、社会は一気に一人でご飯を食べる機会が増えました。一見、孤独な機会が増えたように思われますから、多様化の負の側面かと考えられなくもありません。

 しかし、どうでしょう。