未来の普通:たまに馬車目線付き

「大学」は「自由」を学ぶ所だったのではないか

2014/11/21 23:45 投稿

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 10年後に大学がどうなっているのか、小学生の子どもを二人持つ私にはとても重大な問題で、ミラフツでも何度も考えています。

 そんな中、最近3年前に読んだメッセージが再び流れてきました。

 卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ)

 東日本大震災直後で卒業式が中止された高校で、立教新座高校の渡辺憲司校長から卒業生に贈られた言葉です。その中では、次の言葉がテーマになっています。
 大学に行くとは、「海を見る自由」を得るためなのではないか。
 大学にいるときは平日でもふと海に行きたければ行ける、高校や、就職した後ではそれはできない、そんな自由が大学のときにはあると話しています。
 
 いわゆるモラトリアムという言葉にも関連する話ですが、この「自由」を得るという人生のステップはとてもとても重要な局面です。さらに校長は、
 時に、孤独を直視せよ。海原の前に一人立て。自分の夢が何であるか。海に向

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