10年後の幼児教育から大学までの景色(その1)の続きは明日です。
所ジョージさんの「苦労とか努力っていう人はたぶん才能ないんだと思う」から考える諦めの重要性
がバズってますね。ほりえもんも同意してます。
すごくよくわかる。でも俺がいうとあんまり多くの人に刺さらないんだけどね 所ジョージさんの「苦労とか努力っていう人はたぶん才能ないんだと思う」から考える諦めの重要性 - http://t.co/kwGWmSGyoX
― 堀江貴文(Takafumi Horie) (@takapon_jp) 2014, 10月 6
でも、これ正しいけど、そのまま額面通りに取ってはいけません。これを読むと、短絡的には今やってることが苦しいなら、その分野の才能がないと思いがちですが、そうではありません。単にやり方の問題かもしれないのです。
最近 DragonBox というアプリを教えてもらいました。ドラゴンが出てくるパズルを解いてるだけで、数学の1次方程式が解けるようになってしまうというソフトです。やってみました。結構な分量ですが、始めてしまうとやりとげたくなって、パズル形式のA面は必死にやり遂げましたし、B面はもう普通の方程式になるのですが、A面同様の画面操作で進められるようになっていて、時間の合間に進めています。小4、小1の息子たちもパズルとして抵抗なく進めています。聞いたところでは多くの子が熱中して最後までやりたがるそうです。
多くの中1がつまづくと言われている方程式、中には苦労や努力で辛い思いをして習得した人も多いでしょう。で方程式の才能がなかったのか? それとこれとは別なのです。 DragonBox で方程式を苦労とも思わず習得し、その後数学が楽しくなってハマる人は、昔よりはずっと増えるでしょう。
今後数学という山を登る方法は多様化し、どれを登っても良く、したがって今たまたま登っている方法が苦しいからといって、その山を登る才能がないとは言えないのです。
これは昔からそうです。私は英語はあまり得意でなく、勉強に割と苦労していましたが、大学になってから、NHKのラジオ講座をタイマーでカセットテープに録音し、通学路で聞くという方法を始めたら、ハマって3つくらい異なる番組をアメリカに行くまで続けました。アメリカに行ったら、シットコムにハマり、英語の字幕付きのをひたすら見て、日常会話を覚えました。
昔と違うのは、昔は方法も少なかったし、高かったりもしたのですが、今はいろんな方法があるし、その中にはお金がかからない方法もいっぱいあるということです。 たとえば今ならイラスト投稿サイトの pixiv にもくもくと投稿することでうまくなる人がいると思いますが、昔はそういう方法はありませんでした。
ですから、なにかの分野を始めてみて、苦しいからといって才能がないかというと、そのやり方での才能がないだけで、分野に才能があるかはわかりません。でも逆に、ここである技能があることが分かります。
それはなにかに取り組む時に、自分の苦しくない方法で取り組むということです。
たとえば、私が中学の時音楽で写譜というのが宿題で出ました。楽譜を写すんです。音楽は好きだけど、その宿題は時間ばっかり食うので、適当にやっていくと、汚いといろいろなじられる。むかついて、思案したあげく、そのときは手持ちの100を軽く超えるカセットテープを端から聞く時間にしました。持ってるけどなかなか聞かなくなるテープがあるわけで、一本一本懐かしくて感激するわけです。とても楽しい時間になり、丁寧に書いて先生に褒められると大発明でした。
そうやって自分の苦しくない方法をネットとかで見つけるとか、自分で考えちゃうとか、そういう技能があって、それが得意な人は、なんでもそこそこできるようになるわけです。
で、そうやって苦しくなく取り組めるなら何でも究められるのかというと、それはそれでまた別の問題で、才能もないといけないし、俗にいう10万時間の問題もあることでしょう。
要は、所ジョージさんもほりえもんも簡単に苦しまずに取り組む方法ができる人で、そこが飛んでるので、普通の人にはほとんど役に立ちません。
まず努力を努力と思わずに没頭できる体験。これはゲームなんかで体験できる人も多いでしょう。
なにかをするときに、苦しい方法を取らずに、自分のできる方法で取り組むこと。ネットなどでみつけてもいいし、自分なりの方法を編み出してもいいでしょう。ダイエットはそのもっとも典型的な例でしょう。
親の立ち場であれば、子供に苦しい努力をさせないこと。なにか毎日取り組めるほど没頭できるものをみつけること。勉強などさせなければならないことは、その子にあった方法を見つけること、あるいは発明すること。
ある分野がより多くの人を獲得したければ、より多くのそして多様な人をハマらせるツールを次々開発すること。
これら全てがそれぞれ難しい問題であり、みんなが苦労していることです。
が、それに新しい道が見えてきたということです。昔「ウェブ進化論」で将棋には高速道路ができたという話が出てて、ツールが揃ってきて、みんなあっという間にうまくなるようになった、でもその先、プロになるのには大渋滞が起きてるというのです。
学校の勉強はまだそこまでは行っていませんが、確実にその方向に向かっています。多様なツールがどんどん揃ってきていて、ほとんどの人は、本人が望むなら自分にあったツールで苦しい努力をせずに上達するようになる、そういう時代に向かっているのです。
しかし、そこから先、他者を抜きん出るようになるには、大渋滞が待っている、つまりそこからは並々ならぬ努力が必要です。いわゆる10万時間の努力でしょうか。その努力が苦しいようならその分野には才能がない、そう所さんは言っていて、確かにその言葉は正しいのかもしれません。
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